第百三十五話 凶弾










 翌日、朝食を終えて気晴らしのギャルゲーでもと思っていた俺の元に一通の《思考通信》が入った。



『凶一郎、俺だ。少し話せないか』




 相手は初日の夜にコロッセオで出会った“蒼き闘犬”ことアズールさん。



 “笑う鎮魂歌”の幹部であり、『天城』三大勢力の一角“BLUE”のリーダー。



 そんな奴が俺にコンタクトを取ってくる理由は一つしかない。




亡霊戦士ファントムの件ですか?』




 返ってきた答えは勿論もちろん肯定イエス




◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』第一中間点・コロッセオ・VIPラウンジ





「で? なーんでこのアタシがあんたの野暮用に付き合わなきゃならないわけぇ?」



 光沢が眩しい黒のラグジュアリーテーブルに置かれた高そうなオードブル。


 そいつをもしゃりながら、ドラゴン娘が不服そうな瞳でこちらを睨んできた。




「とか何とか言っちゃって、火荊さんメッチャめかしこんでるじゃないっすか? もしかして俺とどっか出かけるの満更でも無かったんじゃ……」

「あぁ? 殺すわよこの【聞くに堪えないお下品な言葉】が」

「……デスヨネー、さーせん」



 怖っ。何もそんなマジになることないじゃない。

 こっちだって冗談で言ってるんだから。



「これは擬態よ擬態。ホラ、これだけ露出が高いと、いかにも非武装オフって感じでしょ」

「まぁ、ウン。そうね」


 ノンアルコールの高級シャンパンが注がれたグラスを傾けながら、自分の装いをさりげなく見せつけてくるナラカ様。



 シースルーのパーティドレスをこの抜群おっぱいが着こなすと、それはもう色々とやばくって……あぁ、もう目のやり場に困る。




「で、話しを戻すんだけど」



 おっぱい、じゃなくて火荊が言う。



「なんでアタシがアンタのお守りなんてしなくちゃいけないのよ、一応は中間管理職リーダーなんだから、それくらい一人でやりなさいな」

「まぁそう言うなって、万が一の為だよ。万が一の。火荊はこの件の事情を色々と知ってるし、それにウチのパーティで一番強い。だからお前を選んだんだ」



 嘘は言ってない。

 虚と並んで同率一位だ。



「ふんっ、めんどくさい事この上ないわ」



 等と言いつつ、オードブルを摘まむ手が少し速まる。


 照れ隠しの仕方が、さり気なさ過ぎてちょっと可愛い。



 根は素直というか、何だかんだ言ってついて来てくれる辺り意外と面倒見いいんだよな、こいつ。



「この借りは高くつくわよ、凶の字。“何でも言う事を聞く権利”も忘れたわけじゃないんだからね」

「分かってるよ、馬車馬のようにコキ使ってくれ」

「ふんっ」



 





 アズールさんが部屋にやって来たのは、それから約十分後の事だった。




「待たせたな」



 相変わらず縦にも横にも広いクジラ男が席に座る。


 ずしん、と伝わる振動音。


 座るだけでこの迫力だ。

 流石はニメートル五十越え、色んな意味で規格外である。

 

 これは俺も気合を入れて臨まないと、呑まれちまう――――




「何アンタ、スーツとか着るタイプなの? 全然似合ってなくて笑えてくるわ。まだ素っ裸の方が紳士的なんじゃなくって?」




 ――――無敵か、この女は。



「すまない。似合わないのは重々承知しているのだが、今回はコロッセオの顔役としてではなく、“BLUE”の代表として……」

「ご託は良いからさっさと本題に入りなさいよ。アイスブレイクとかそういうのもナシね。てか、アンタみたいな男と世間話してもこっちの心は解けないから、余計にこじれるだけだから、キャハッ」



 ――――本当に無敵だ、この女。

 敵を作る事に一切の躊躇がない。




「すいません、アズールさん。ウチの火荊がとんだ無礼を……」

「いや、いいんだよ凶一郎。このスーツが似合ってないのはホントだし、周りからも『アズールさんって雑談力ゼロっすね』って良く言われるし……ぐすっ」



 意外とナイーブな人だった。


 ゲーム時代は、終始威厳のある大男だったから意外、ってそうじゃなくって。




「とりあえず、話し合いを始めますか」

「あぁ、それがいい。是非そうしたい」



 これ以上気まずくなるのはごめんなので、早速本題に取りかかる――――まさか、火荊はこの状況を作る為に、……いや、まさかな。




「端的にお尋ねしたい。今回は一体どういったご用件で?」

「昨日、ファンに会ったそうだな」

「えぇ、まぁ」

「奴と何を話した?」



 クジラ男の瞳に宿る獰猛なかげり。

 

 

 あぁ、この感じ。ゲーム時代を思い出す。



 原作だと、コレがファーストコンタクトだったんだよな。


 主人公を無理くりここまで連れて来て、軽く小競り合いなんかもしちゃったりして、それで今みたいに聞くんだ――――黄さんと何を話したのかって。



 それに比べたら今の状況は相当マシだ。


 初日に知り合っておいたおかげで、ここまでの進行がスムーズに進んでいるし、アズールさんも紳士的に接してくれている。



 サンキュー火荊、お前が初日にダダをこねてくれたお陰だよ。




「何って」




 俺はゲーム時代の選択肢と、その後のシナリオ展開を高速で咀嚼しながら言葉を放つ。




「『亡霊戦士』の討伐を一緒に頑張っていこうって話ですよ。後、実際に中道派の皆さんと協力して『亡霊戦士』を撃退したりとか、そんな感じです」

「それだけか?」

「それだけとは?」



 問い返されたクジラ男は、少しだけバツが悪そうに自分の髪の毛をかきながら想いを漏らす。




「奴は……黄は、俺達について何か余計……というか、その、陰口のような事を」

「黄さんは、アンタかヒイロさんが亡霊戦士だって言っていたよ」



 あえて砕けた口調で真実を伝える。



 ここではぐらかしたり、迂遠うえんな述べ方を選ぶと、このクジラ男さんは非常にめんどくさいム―ブをかましてくるのだ。


 だからここは『正直に話す』一択。


 クジラ男の癇癪メンヘラスチルなんて、回収したくもないし。




「……根も葉もない憶測だ。俺達はそんな野蛮な真似はしない」

「でも、BLUEは革新派ですよね。何が何でも『天城』のボスを倒して前に進もうとする、そういうグループだと伺いました」

「そういう側面がある事は否定しない」



 俺はテーブルの上に置かれたナッツを一粒齧りながら、「でも」と昨日仕入れた情報をブチ込んだ。



「でも黄さんは言っていましたよ。亡霊戦士は自分達の手で『天城』のボスを倒そうとする“笑う鎮魂歌あなた達”の怨念そのものだって」

「ひねくれ者のあいつらしいよ。でも残念ながら俺達BLUEは、亡霊戦士じゃない」

「その根拠は?」



 アズールさんの口角が上がる。



「だって俺達こそが、アレの最大の被害者なんだぜ? 何度あいつに進軍を邪魔された事か」



 BLUEは、攻略組の急先鋒のような組織だ。



 命に代えても最終階層守護者を打ち倒そうと進み続ける復讐の化身達。


 これは一面から覗くとまさに黄さんの言っていた亡霊戦士ハンニン像そのものであるが、裏を返せば一番三十四層に挑んでいるチームという事でもある。




「もしも俺達が亡霊戦士だっていうんなら、何でテメェの仲間チームメイトをテメェで傷つけなきゃならんのだ。亡霊戦士アレはな、俺達の仲間を植物状態に陥れたんだぞ」

「植物状態」

「ミドリって言ってな、草笛が上手くて、とても仲間想いな良い奴だった。それを半年前、あの化物は撃ちやがったんだ。まるで害虫を駆除するような無慈悲さで一発、――――ッ!」



 テーブルを震わす巨大な拳骨。


 その衝撃で飲み物やオードブルの皿が吹っ飛び、火荊が強めの舌打ちをした。


「……すまない。少し感情的になり過ぎた」

「いえ、こちらも不躾な質問をしてすいませんでした」



 小さく頭を下げながら、視線をアズールさんの手元へと向ける。



 震える手。バキバキに浮き出た血管。



 あぁ、彼の怒りは本物なのだと視覚が納得を覚えた。




「では、アズールさんは“だれ”が亡霊戦士ハンニンだとお考えで?」

「黄かヒイロのどちらかだろうな。黄は、色々と知り過ぎているし、もしも亡霊戦士の目的が最終層の封鎖なら、その条件に最も合致しているのがヒイロだ」

「ハッ、口では仲間だのなんだの言ってる癖に、結局はアンタも一緒じゃない」



 火荊の剃刀のような指摘に、一瞬憤慨げな表情を浮かべるも、すぐに顔色を自罰的なベクトルに変えるアズ―ルさん。




「そうだな。結局、俺達はいがみ合ってばかりだ。“笑う鎮魂歌”という王国を、先代達が築いてきた実績や栄光を、全部食いつぶして、ダメにして……あぁ、くそ」

「ねぇ」



 ドラゴン娘の火眼が、捕食者のソレに変わる。

 嘲るというよりも、ひたすらに苛ついているような、そんな声で



「憐憫オ○ニーはトイレでやってくれる? こっちもあんまり暇じゃないの」

「すまない。そんなつもりじゃ」

「すいません、でしょ? 何『上』から来てんのよこの負け犬。これだけ人様の時間を奪っておいて、まだ口答えする気? ホント、良いご身分」

「……すいません」




 傍から見れば、火荊がただアズールさんをいびっているようにしか見えないこの光景。



 本来ならすぐにでも奴の口を塞いで、ぺこぺこと頭を下げるべき案件なんだろう。



 だが俺は、その時奇しくも彼女に同調していた。



 苛立ちというか、もっとかみ砕いて表現するならばムカついていたのだ。




「(……あぁ、マジでめんどくせぇ)」



 真相を知っていながら、ゲームの進行通りに進めなければならないもどかしさ。



 真相を知っているが故に見えてくる“笑う鎮魂歌”というクランの欺瞞。



 どの面下げてウジウジしてやがるんだクソが、という言葉が喉から漏れ出そうになる。



 だが、それを懸命に抑えてできる限り紳士的に微笑んで




「成る程。大変参考になる話を提供頂きありがとうございました。他に用件などはございますか?」

「いや、いい。今日は本当にすまなかった」

「いえいえ。色々大変だとは思いますが、協力して亡霊戦士を倒しましょう」



 そうして穏やかに話を切り上げようとしたところで





「――――――――え?」




 不意にアズールさんが頓狂な声を上げた。





「どうして、ここに」




 振り返り、彼の見ているものを捉える。




 そこにはダークブラウンのコートを羽織った髑髏面の怪人が立っていて




「――――! 亡霊戦士ファントム





 奴の持つ一丁の拳銃が、クジラ男の脳天に照準を定めると――――



「あっ」

 



 銃声が、鳴り響いた。













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