第百三十四話 亡霊戦士の謎








◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第四中間点・大通りへと向かう道






 あくまでも設定上の話ではあるが、『亡霊戦士』は神出鬼没だった。


 どこからともなく現れて、『天城』の攻略者に牙を向く謎の怪人。


 それこそが奴の設定であり、役割であり、在り方である。



 そんな亡霊戦士の出現場所を黄さんは、予測できると言った。




「奴の行動には、一定の法則パターンがあるんです。出没する場所、時間、後は襲撃箇所の優先順位や狙われやすい『獲物』の傾向など――――ちまたでは神出鬼没等とうたわれておりますが、亡霊戦士は実に機械的な存在なんです」

「知らなかったぜ、そんな事」

「えぇ。中道派われわれ秘匿ひとくし続けていますから」




 道すがら、とんでもないカミングアウトをブッ込んでくる糸目の言葉売り。



 さっきまで俺の背中でお寝んねぐーすかぴーしていたチビちゃんも、これには思わずびっくりだ。



「キョウイチロウ、ワタシ達今、いんぼーろんってやつに巻き込まれてるんじゃないのけ?」

「否定はできん」



 目線を下にさげる。

 隣を歩く同行者は、高そうな扇子を仰ぎながら、飄々ひょうひょうと歩いていた。



「ヒイロさんが言ってたぜ。アンタが『亡霊戦士』と繋がっている可能性があるって」

「まぁ、何も知らないあの正義女からすれば、そう見えるのかもしれませんねぇ。我々が情報を隠しているのは事実ですし」

「本当は違うと?」

「少なくとも、亡霊戦士アイツの事は敵だと思っていますよ。これはホント」




 じゃあなんでヒイロさん達と情報を共有し合わないのかと、尋ねると黄さんは、笑み色のポーカーフェイスを崩さずにこう言ったのだ。




「まぁ、それについては追々。ひとまず奴の出現ポップを潰してから、話を進めましょう」







 そこは黄さんのいた路地裏から、ポータルゲートのあるセントラルエリアへと向かう丁度中間に位置する歩道だった。



 ゆるい勾配と、メタセコイヤの並木道というどこかで見たロケーション。



 そう、まるで――――。




「あなたが奴に襲われた場所に似てるでしょ」

「えぇ、まぁ」


 道の間隔も、色鮮やかな紅葉の景色も、十層のソレを彷彿させるところがある。


 後、人が全く通っていない所も。



「清水さんがあの日訪れた場所にはね、人払いの術式が張られていたんですよ」



 人間の認知に作用し、無意識にその場所を避けようと思いこませるタイプのスキルらしい。



 ……まぁ、中間点に入る前から意識的にそこへ行こうと思ってさえいれば、突破できる程度の拘束力しかないので、前回はそこを突かせてもらったわけだが。



「なんでそんな事を?」

「『亡霊戦士』から冒険者あなた方を守る為の措置です。あくまでも中間点に限った話ではありますが、奴の行動範囲は決まっているのでね」




 服の左袖を鮮やかにまくる線目の言葉売り。


 露わになった細身の白腕、何故か付け根部分腕の中心に撒きつけられている金細工の腕時計。



「ふむ。少々早く来過ぎてしまいましたね。奴が現れるまで後、六分程猶予があります」









 果たして奴は本当に現れた。



「きちゃ」

「あぁ、そうだな」


 唐突に出現した黒い楕円形の穴から現れたそいつは、ダークブラウンのフードを目深に被り、頭部を骸骨のマスクで覆っていた。



 間違いない。

 時刻が昼過ぎなせいで、怖さ半減、威厳三割カットだが、あれは間違いなく『亡霊戦士』。



 奴は全身から黒い靄を発しながら、ゆっくりと数十メートル先の俺達の方へと向かっていき




「ユピテル」

「あい」




 そして突如として天から降り注いだ一筋の黒雷により、木端微塵に粉砕された。



「噂はかねがね聞いておりましたが、本当に規格外ですね、あなた達」

「そうっすか。これくらい普通ですよ。むしろ今まで――――」



 と、そこで再び黒い穴が出現し、亡霊戦士の追加個体おかわりが飛んでくる。



「気をつけてください清水さん。奴は何度でも蘇ります」

「やっぱり黄さんは知ってたんっすね。この仕様」

「当然です。無能なレッドガーディアン共と違い、我々は優秀ですので」

「成る程、そいつはすげえや――――チビちゃん」



 そんな事を黄さんが言っている間に二体目も滅殺ドーン



 哀れ、骸骨マスクさん。

 享年一秒である。




「でも、元は同じクランだったんでしょ」



 俺が問うと、糸目の言葉売りは複雑な笑みを浮かべながら首を横に振った。


 ついでに、また黒穴が現れた。



「今も、ですよ清水さん。アズールも、ヒイロも、そして勿論もちろんこの僕も“笑う鎮魂歌”のメンバーである事に変わりはない。ただ、奴に対するスタンスが各々違うだけで」



 そんな“笑う鎮魂歌”の仲を引き裂いた当の亡霊戦士ほんにんは、現在チビちゃんに焼き殺されて本日三度目の死を迎えていた。南無。



「しかし、本当にタフっすよねあいつ。すぐに復活するからめんどくさいのなんの」

「あいつの不死は残機制ではなく、時間制なんですよ」

「というと?」



 四体目の骸骨マスクが現れて、そして死んだ。




「戦える時間があらかめ決められていて、その時間帯に限り、無限に復活できる……みたいな?」




 言葉売りの癖にものすごく大ざっぱな説明の仕方である。



 五体目が死んだ。



「要するに特撮ヒーローの活動限界時間カラータイマー的なアレが『亡霊戦士』にもついていると」

「その解釈で概ね合っています」



 六体目が死に、そろそろこの不毛な作業にも飽きてきた頃、ようやく『亡霊戦士』側が動き始めた。



「雑魚がふえた」



 最早見慣れてきた楕円形の黒穴が計三つ。



 その中から現れる三体の骸骨マスク。


 背丈も服装も全部同一。


 そう。奴はこのタイミングで増えやがったのである。



「……馬鹿な。なんだこれはっ」



 目を見開き、うっすらと額に汗をにじませる黄さん。




「その様子だと、アレは初めて見る仕様のようですね」

「! すぐに迎撃部隊を展開します。清水さん達は一刻も早く退避を……」



 と、線目の言葉売りがこれまでにないシリアスな空気を醸し出したところで



「もんだいないぜ、べいびー」



 現れた三体の骸骨マスクの頭上に、三条の黒雷が降り注いだ。



 閃光。轟音。そして、粉砕。



 一体だろうが三体だろうが同じ事だ。


 黄さんのいうように、奴の出現場所には確かに法則がある。


 そしてそれ故に、ウチの砲撃手には絶対敵わないのだ。



 三体だろうが、五体だろうが、十体だろうが、百体だろうが。




「大丈夫ですよ、黄さん。ユピテルに任せておけば、あんなクソダサコスプレ野郎、ものの数じゃありません」



 俺は黄さんを元気づけるべく、ニカッと爽やかスマイルを浮かべた。




「はっ、ははっ……」



 なんか普通に引かれた。







 その後、亡霊戦士は増えたり巨大化したり異形化したりとそれはそれは大急ぎであったが、全部チビちゃんが『入り』を潰して事なきを得た。




「ありがとうございます、清水さん。今日だけで相当のデータが取れました」



 茜色の空の下、言葉売りの男が深々と頭を下げる。


 彼の後ろには遅れてかけつけてきた中道派の皆さんが、リーダーにならってお辞儀中。

 みんな同じ黄色を着てるから、カラーギャング感が半端ない。



「やはり貴方達は優秀だ、卓越している」

「いや、俺はほとんど何もしてませんって。礼ならこいつに言って下さい」



 俺がおんぶ状態のお子様に「なっ」と合図を送ると、「それほどでもあるぜべいびー」という言葉が返ってきた。



「ご謙遜を。そこの小さな淑女レディが十全以上に働く事ができたのは、あなたが的確に“奴”の出所を見抜いていたからだ、そうでしょ、名観測手スポッターさん」

 


 あらら。バレテーら。



 まぁ、あれだけ霊力迸らせてブツブツ呟いてたらそりゃあ、バレるか。



「やー、それ程でもないっすよ、ホント俺がやった事なんてタカが知れてるんで」

「ご謙遜を。いや、事実大した事がないと思い込んでいるのかな? それとも揺るぎないを持っているが故の余裕かな?」

「ご自由に捉えなすってくれて構いません。推測するだけなら個人の自由だ」



 それに俺が答える義理はないがな、と言外に告げると黄さんはあっさりと会話を切り上げ、懐から緑色の巻き物スクロールを取り出し、言った。




「これは?」

「我々中道派が収集した『亡霊戦士』の出現ログインリストです。お近づきの印にこれをお納め下さい」

「中を拝見しても?」

「ご随意ずいいに」



 許可が出たので、遠慮なく巻き物の風を開ける。


 あぁ、このサラサラーっとした手触り。

 相当いい紙使ってんなコレ。




「十九時十分、第二中間点弔い場へ通じる並木道、出現頻度六十パーセント、脅威度E……すげぇ。これ本物だよ」




 大げさに喜びながら、黄さんに感謝の言葉を伝える。



「ありがとうございます、黄さん。これがあれば快適な中間点ライフを送れそうだ」

「パーティーメンバーの皆さまにも注意喚起をお願いします。それと、この件はヒイロやアズ―ルらには内密に」

「? どうしてですか?」

 


 俺がブリっ子トーンで尋ねると、線目の言葉売りはいつもの人を食ったような笑顔を浮かべながら言った。





「そりゃあ、勿論もちろんアイツらの事を疑っているからですよ。ヒイロか、アズール、あるいはその両方が関わって亡霊戦士事件を起こしていると我々は考えています」

「……ヒイロさんも同じような事を仰っていましたよ。アンタが怪しいんじゃないかって」

「でしょうね、僕らは互いが互いを犯人だと思い合っている。ある意味両思いだ」



 背中のチビちゃんが小さく、くっだらねと呟いた。


 ユピテルにはまだ真相を話していないのだけれど、きっと奴なりに思う事があったのだろう。


 気持ちは良く分かる。


 綺麗事に聞こえるかもしれないが、やっぱり仲間同士が疑い合う姿を見るのって、……嫌だよな。



「何で疑心暗鬼そんなことに?」

「単純な話ですよ。『亡霊戦士』が初めて現れたのが、僕らがボス戦攻略に失敗した直後の事、そしてエネミーアバターが中間点に現れる事はない。つまり“奴”は生物ではなく現象だ。必ず裏で糸を引いている奴がいる」



 そう聞くと確かに“笑う鎮魂歌”のメンバーに疑いの目が行きたくなる気持ちはある。



 だけど



「そんな事をして何の得があるっていうんですか? 身内や他の冒険者達を襲って、ヒイロさん達にメリットなんてないでしょうに」

「邪魔をする事、それ自体がメリットなんですよ」



 夕日に照らされた黄さんの尊顔が自嘲色に歪んだ。



「僕らはね、あの時大切なモノを奪われたんです。自分の命よりも大切だと思えたその人を守れなかったこの気持ちは、あのデカブツを壊す事でしか贖えない」

「デカブツっていうのは、ここのボスの事ですか?」

「えぇ。まさに。“笑う鎮魂歌”のメンバーは、全員アレの事を恨んでいる。必ず自分達の手で殺さなければと憎んでいる。だから」




 その想いが強すぎる余り、暴走してしまったのではないか――――あぁ、そうさな。アンタが正しいよ黄さん。



 そう。それこそが『亡霊戦士』が現れた動機に他ならない。



 奴は、……いや、奴を操る犯人は自分の手で天城のボスを倒す為に動いている。



 それ故に、外様の俺達との衝突は避けられなくて。


 だからこそ、俺はこの事件を解決しなければならない。



 亡霊戦士、その正体は復讐に取り憑かれた“鎮魂歌の亡霊”だ。

 


















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