第百三十三話 言葉売りの黄
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
現在我々のパーティーは、最終層をクリアするまでシャバの空気は吸いませんという、前人未到の修羅道パレードの真っ最中である。
しかし、いやだからこそ大切にしなければならないのが『きちんとした休息』だ。
肉体的な疲労だけでなく、精神的なリフレッシュも兼ねた
当然ながら、この時間を喜ばないものはいなかった。
ゲームに勤しむ者、ショッピングを謳歌する者、そして己の醜態にぷるぷると震える者……まぁ、最後のは兎も角、概ねみんな楽しんでいたように思う。
俺……?
俺はもちろんいつも通りよ。
ギャルゲーやって、筋トレして、みんなと話して、そして『イベント』を進めていた。
亡霊戦士と、それに連なる複数のクエスト。
こいつを解決することこそが、ボス戦攻略の鍵なのだ。
だからそりゃあ、進めますよ。
だって休日を返上してでも首を突っ込む価値が、このクエストにはあるんだもの。
とまぁ、そういうわけで俺の三連休は『亡霊戦士』漬けだった。
……いや、ごめん。少し盛ったわ。
厳密に言えば、三連休の内の半分、つまり一日半位の時間を亡霊戦士関連に費やした。
しかも俺が進んで首を突っ込んだわけではなく、半ば巻き込まれる形で。
◆
きっかけとなったのは、二日目の昼過ぎ。
俺がお子様を連れて、買い出しに出かけていた時の話である。
「今日の夜は何食べたい?」
「しゃぶ」
「しゃぶが一個少ない」
「ノーパンしゃぶしゃぶ」
「ノーパンはいらん」
「ノー、ノーパン?」
「イエス。ノー、ノーパン」
「つまりワタシが食べたいのは……パンツ!」
「へぇ、そいつはすげぇや」
昼下がりのショッピングマートで、とてつもなく雑な会話を楽しむ馬鹿二人。
いつも通りというか、いつも以上に頭を使っていない気がするが、それはきっと疲れているからなのだろう。
人間疲れていると、知識や語彙力が飛ぶものだ。
その癖、一丁前に刺激だけは求めるものだから、こうしてしょうもない下ネタに走るという悪循環。
パンツとか
なんだったら俺ちゃん全然疲れてないし。
「なぁ、ユピテル」
「なんじゃ」
「俺思ったんだけどさ」
俺達もう少しお上品になった方がいいんじゃないかしらと、銀髪ツインテールに提案しかけたまさにその時、俺の脳内に《思考通信》の着信を告げるアラームが鳴り響いた。
『お世話になっております。レッドガーディアンのヒイロです。清水さん、今お時間大丈夫でしょうか?』
俺達の脱お下品会話計画、失敗。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
四番目の中間点ともなると、流石に街の雰囲気も落ち着いたものになっていた。
そりゃあ、そうさ。
ここへ立ち寄る事ができるのは、あの『トロイメア』を倒した猛者達だけ。
最前線クラン“
「ずいぶんと、しょっぺー街並みになったものよ」
「こら、そういう事いうもんじゃありません」
背中越しに聞こえてくるチビちゃんの失言を軽く
青い空、白い雲。
大きな建物はほとんどなく、ぽつりぽつりと住居が並び、申し訳程度の売店が数か所確認できる位で、後は大体並木道やら川やら噴水やらで誤魔化している。
まるで田舎の駅前みたいなショボ……閑静な空間だ。
ユピテルが『しょっぺー』と言いたくなる気持ちも分からんでもない。
「なんで“笑えるちんこんかんこん”の女は、こんなド田舎指定した?」
「もしかして“笑う鎮魂歌”の事言ってる?」
「そういう捉え方もある」
どうやらそうらしかった。
酷過ぎて言葉も出ないぜ。
「どうした、ゴリラ」
「……なんでもない。それよりなんでヒイロさんが、この場所を指定したか、だったな」
「うむ」
俺はぷるぷるさん達によって環境調整された秋の空気を吸い込みながら、先程のヒイロさんの言葉を
『第四中間点に
「――――どうも、その黄って男が偉いけど変な奴らしくってさ。今後俺達が共同戦線を張るに辺り、彼と協力できる相手かどうか見極めて欲しい、みたいな感じ?」
「ふわっふわな理由」
「まぁ要するに顔見せみたいな感じよ」
ただ、ヒイロさんは「黄と『亡霊戦士』が繋がっている可能性がある」とも言っていたがな。
同じクラン同士で何もそんなギスギスし合わなくてもと思わなくもないが、今の彼らにはそういうのが必要なんだろうとも思うから、いかんともし難いところだ。
「なぁ、ユピテルよ。どうして世の中から無駄な争いがなくならないんだろうな」
「無課金の癖に、課金者を舐め腐った鬼引きをするやつがいるから」
私怨モリモリの意見が飛んできた。
◆
「いらっしゃい、お客さん。見ない顔だね」
「はい。昨日、
「そうですか。……良かったら見ていってくださいよ、僕の言葉達を」
街外れの路地裏で、彼は店を構えていた。
大風呂敷を広げて、その上に無数の色紙を並べた露天商の男。
こう聞くと、何やら胡散臭い中年の親父みたいなイメージを想像してしまうかもしれないが、何て事はない。ここはギャルゲーの世界である。
ネームドの若い男は大抵、美形というご多分に漏れず、彼もまた俺の大嫌いなスリム系イケメンだった。
鮮やかな黒髪を、一房だけ結い、黄色の着流しを上手に着こなした
彼こそが“笑う鎮魂歌”中道派のリーダー『
「どうも、黄さん。クラン“烏合の王冠”の清水凶一郎です。そしてこっちが」
「ユピテル」
「あぁ、成る程。君達が……ヒイロから話は聞いていますよ。何でも今度の共同討伐作戦に参加されるんですって?」
「その予定になっております」
黄さんは、俺とチビちゃんを値踏みするように見渡して、そしてこう言ったのだ。
「ふぅむ。二人共、実に面白い形をしてますね。オーラの色が実に僕好みだ」
「……えっと?」
「しかしオーラ診断だけでは、
唐突に電波な事を言い出したかと思えば、商品の売り込みを始めやがった。
「すいません。話の意図が良く分からないのですが」
「何、ちょっとした占いみたいなものですよ。僕と君達が本当に『合う』かどうか、この『言葉達』を使って見定めたい。……無理にとは言いませんが」
そう言われて「きっしょ」とお断りする勇気は俺にはなかったので、ここは素直に『イエス』を選択。
チビちゃんを降ろして、一緒に売り物の言葉達を眺めてみるとそこには
『くたばろう多様性』
『器が小さいくせに、主語だけデカイ。そんな君と出会えた今日は、ゴミ収集日』
『君はサバサバなんてしてないよ。単に心がブスなだけ』
『サビ残したっていいじゃないか、家畜だもの』
「…………」
色々と酷い。
なんかどこかで聞いたようなフレーズばかりなのも気になるし、肝心の内容に関しては、シンプルな暴言のオンパレード。
どれが良いとか言われても、どれもクソなので正直選びたくない。
「おい、ユピテル好きなの選んでいいぞ。ここは一蓮托生だ」
「うい」
故に俺は、自分の命運を彼女に託した。
責任をなすりつけたともいう。
「キョウイチロウ、これ」
そうしてしばらく経った後、チビちゃんがおもむろに指差したその紙には……
『もっこりカーニバル』
わーお。
「お前さん、これが良いの?」
「他のよりかは幾分かマシ」
「……まぁ、何かを罵倒したり
俺はそのド直球な下ネタ用紙を手に取り、線目の言葉売りにつきつけた。
「じゃあ、これで」
「ふむ。ふむふむ成る程」
黄さんは、その無駄に声の良いテナーボイスでしきりに頷くと、やがて急に左手を差し出して言った。
「じゃあ、千ね。お札出してください」
「……はい?」
何この人、怖いんですけど。
『もっこりカーニバル』と書かれたクソの役にも立たない紙を売りつけようとしてくる……。
「いや、これ売り物だからねぇ。君達はこの言葉に感銘を受けて、思わず手に取ってしまったんだろ。 それはもう言葉を買ったという事と同義ではないですか? ねっ? そうでしょ?」
ラフな口調と丁寧な言葉遣いが混ざり合った独特な語り口で、『もっこりカーニバル』を売ろうとしてくる言葉売りの男。
お札一枚ってのがまた絶妙にやらしい価格設定だ。
「ぐ……分かりましたよ。引き取ればいいんでしょ引き取れば、はいお金」
「どうも。……おや、丁度占いの結果も出揃いました。ズバリあなたは、押しに弱くて、かなり性欲が強い、そうですよね清水さん?」
種も仕掛けもありあり過ぎて、最早コールドリーディングと呼ぶのもおこがましいような単調な推測。
その癖、あながち間違っちゃいないものだから、消化しきれないモヤモヤばかりが募っていく。
かといって、あんまりコミュニケーションを取りたいタイプの人間でもないのでここは一つ
「あー、確かにそういうところもあるかもしれないっすね」
奥義、大人のスルースキル。
俺は愛想笑いと適当な相槌で誤魔化しながら、隣のチビちゃんに用紙を渡した。
「くれるんけ?」
「いや、一時的に預かってて欲しかっただけなんだけど……まぁ、うん。あげるよ、それ」
ユピテルの目が、心なしかいつもの二割増しくらいの光量で輝いている。
……まぁ、いい。
あんな下ネタ用紙の事はさっさと忘れよう。
「それで、黄さん。俺達はアンタのお眼鏡にかなったんですかね?」
「このお札一枚くらいは信用してあげますよ」
重いんだか軽いんだか良く分からない評価である。
食えない奴。
「そいつはどうも。じゃあ、討伐作戦の時はよろしくお願いします」
「おや、もう帰られるのですか?」
俺がチビちゃんを連れて、露店から距離を置こうと足をあげると、線目の言葉売りはぼんやりとした声で尋ねてきた。
「折角ならもう少しゆっくりしていきませんか、清水さん? 今はどうにも『時間』が悪い。このまま大通りに向かうと、ルート次第で“奴”に出くわす可能性があります」
「奴って?」
これに対し、黄さんは人を食ったような笑みを浮かべながら
「そりゃあ
そう告げたのだった。
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