第百二十七話 破られた沈黙






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点





 十五層の攻略が終わり、無事第三中間点に辿り着いた俺達は、新しい街の景色を堪能――――することもなく、真っすぐお家へと帰った。



 無論、俺の方から「帰るまでが冒険!」と強要したわけではない。

 一応現地解散という形で締めた後に借り家に帰ろうとしたら全員、ついてきたのである(約一名だけは、ついてくるというよりも、背中にくっついているという状態だったのだが、まぁ、ともかく)。


 ……いや、ね。

 そりゃあゲームだったら俺も新しい街を隅から隅まで回るよ?



 だけど現実問題として、デカい荷物背負いながら、合計数十キロのフィールドを半日中駆け回ってたらいくら精霊使いといえども疲れんのよ。



 おまけに道中の戦闘も一応は命のやり取りなわけだからさ、霊力とか体力とか何よりも精神的な活力も減っていって…………とまぁ、そんなこんなで死にそうとまではいかないけれど、「ヨーシ、仕事終わりに宴だー!」なんてテンションで騒ぎまくれる程元気じゃなかった俺達は、別に示し合わせるまでもなく、借り家に直帰したのである。







 荷物を降ろして、各々の部屋にこもり、それぞれが自分だけのフリータイムを過ごす事約二時間、そろそろご飯の支度をしなければ、とリビングの明かりをつけると、テーブルの上に置き手紙が置いてあった。




「(……『現地調査に行ってきます』、か。真面目だなぁ)」




 そろそろ見慣れてきたこの文言。



 少しだけ丸みを帯びたその文字列を見渡しながら、俺は何故だか少しだけほっこりしてしまった。



 ウロさん、どんな時でも決して口を開かない寡黙な暗殺者。



 その経歴やスタンスから、最初はどうなることやらと思っていたけれど、何て事はない彼はとても好い人だった。



 こっちの指示を素直に聞いてくれるし(火荊は文句を言う上に、気分で命令を無視する)、何も言わなくても戦闘に参加してくれるし(火荊は、おだてるなり脅すなり煽るなり褒美をちらつかせないと自発的に動いてくれない)、今だって進んでパーティーの為に働いてくれている(火荊は、以下略)。



 ……うん、なんだろう。



 虚さんが素晴らしい人材だってのは、勿論なんだけれど、比較すれば比較するほどドラゴン娘のアレさが際立ってくるな。




 根は悪い奴じゃないし、扱い方も段々分かってきた感じはあるんだが、やっぱりアイツは依然として問題児さんだ。



 

 今日の『アポロ・コロッサス』戦だってアイツと花音さんがもう少し早い段階で協力し合えていたら…………いや、よそう。

 メンバーの愚痴に頭を費やす暇があったら、『どうすれば良いか』に思考のリソースを割いた方がよっぽど建設的だ。



 それにアイツはアイツで頑張っている――――とは、到底思えないけど、歩み寄る姿勢は見せている…………のかなぁ? ……と、兎に角良い方向には向いているのだ。



 だから、焦らず、腐らず、程好い距離感を心がけて



 ――――ぐぅぎゅるるーっ……。



 

 と、決意を固めティングなその最中、突如として鳴り出す俺の空きっ腹第四人格



 珍しいな、第三人格と比べたらほぼほぼ無音と言っても良いくらいに大人しいお前がグズり出すなんて。




 しかも結構、空腹の波が激しい。




「(……どうすっか)」



 基本的にこの家の台所事情は俺が取り仕切っている。


 だから、今からサッと動いてパッと支度を済ませればモノの数分であっつあつの『焼きうどん』を錬成する事も可能なのだが……。




「(……イマイチ乗らねぇんだよなぁ)」



 チャンポン、パスタ、そして焼きうどん。


 『天城』に来てからこの方、我が家の夕食はどれも麺類。



 これは、過酷な冒険者業を支える為の糖質摂取と、何より作り手側の手間がかからないからという理由で採用されてきたメニュー群ではあるのだけれど、何というか俺の舌がもっと凝ったものを求めているのだ。



 しかも、こう何て言ったら良いんだろう具が沢山入ってて味の染み込んだ寄せ鍋というか、ブイヤベースというか、サルシエラというかそんな感じのドッサリ鍋タイプ?


 あぁ、いっかい想像し出したら意識が一気にそっちへ引っ張られてきた。


 こんな脳みその状態で、皿うどんなんて作ってる場合じゃないし、今から店で材料買って調理なんてお腹のグー助さんが待っちゃくれない。



「(……行くか、外食)」





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三中間点・情熱的な料理店『ションパツ』




「『俺は、仕事上がりに仲間を無理やり飯に誘うような時代錯誤野郎じゃないんでね』、とかほざき散らかしてたのは、どこのどなたかしら?」



 ベーコンの巻かれたステーキをお上品に切り分けながら、そんな嫌味をおっしゃる火荊さん。




 ったく、奢ってもらってる分際で何を偉そうに。




「また、あなたはそういうことを……。どうして、イチイチ人に噛みつくんですかナラカさん」

「あら、コレが噛みついているように見えるなんて、ほんとアンタってお子様よね、子犬パピー

「何ですかその子犬って、一体どの犬種を想定した発言ですか!?」



 ……気になるところ、そこなんだ。

 いや、とっても花音さんらしくはあるんだけれども。



 俺は隣り合わせで喧嘩するチワワとドラゴンの様子を見咎めながら、海鮮鍋風スープサルシエラを小皿に取り分けて




「たのしいねぇ」




 何故だろう。台詞とは裏腹に、チビちゃんの発する声からは『ほのぼの』とか『何気ない幸せ』みたいなキ◯ラ系テイストの波動ぽわぽわが感じられなかった。



 喜んでいるには喜んでいるっぽいのだが、それはどちらかといえば『愉悦』というか、まるでギャンブル漫画に出てくる大金持ちが、生き死にをかけた主人公達のあがく姿をみて、ほくそんでいるかのようなそういう『喜び』方だ。



「ユピテル、その変な質問なんだけどさ」

「なに?」



 俺は、今も今とて元気に口喧嘩をしている二人をこっそりと見やりながら、隣の銀髪ツインテールに尋ねた。



「あの喧嘩、お前さん的には『楽しい』の?」



 こっくりと頷くチビちゃん。

 



「ギャルゲーのサブヒロイン同士の掛け合いみてるみたいで楽しい。メインヒロインがいないからこそ成り立つ会話劇みたいなやつ」





 何てゆがんだ解釈をしやがるんだこのお子様は。

 そして俺はどうして、チビちゃんの珍回答にほんのりと冷や汗をかいてやがる。



 いや、深く考えるな凶一郎。きっとこれはそう、サルシエラのせいだ。


 奥側の席でこんな湯気の立ち込める熱々料理を口にしてたらそりゃあ、汗の一つもかくってもんさ。


 それになんかこう店内も赤いし? エスニックだし? 電球とかも暖色系だし? そういった『赤み』とか『暖かそう』みたいな属性に、熱い料理が舌を踊ってそのせいで────って何ワケわかんないこと考えてんだ俺、シャンとしろ!



 パチリと両手を叩き暴走しかけた頭を冷やす。



 よし、これでいつもの冷静沈着な俺ちゃんに



「今、ハルカのこと考えて気まずくなってた」

「ぶっ──!」




 予期せぬ(そして、割りと的を射た)チビちゃんのブッコミに、思わずえずいてしまう俺の喉。



 そんな俺のあわてふためく様をみて、お子様は心底から楽しそうにこう言ったのだ。



「たのしいねぇ」








「今朝の話なんだけどさ」



 一通り食事を済ませ、デザートも平らげたところで、俺はあの話を切り出した。



「『亡霊戦士』の件、俺達も関わっていこうって考えているんだけど、みんなどうかな?」



 これに真っ先に反応したのは、案の定花音さんだった。



「はいっ! とても良い案だと思います。一人の冒険者として、かの怪人を野放しにしておく道理はありませんから」

「うーわ、出たわよ良い子ちゃん。ほんとアンタって飼い主に尻尾振るのが上手よね」



 息をつくまもなく、茶々を入れてくるドラゴン娘。


 そして最早そろそろ慣れてきた二人の言い合いが始まりかけようとしたそのタイミングで、意外な人物が会話の中に入ってきた。



「関わるっていっても何する気か、ゴリラ? 相手は、神出しんしゅつきばつの変態なんじゃろ」

「神出鬼没の怪人な」

「そういう捉え方もある」



 マシュマロ入りのデザートドリンクをゆるゆると飲みながら、最もな質問を投げかけてくるチビちゃん。



 彼女の言い分は(酷い言い間違いを除いて)最もである。



 亡霊戦士は、ダンジョンと中間点を自由自在に行き来する謎の存在。


 おまけに死んでも蘇るというクソ効果持ちなので、一回や二回倒したところでキリがない。


 だから




「とりあえず現時点では、『情報収集』と『襲撃警戒』、後は三十四層の攻略をレッドガーディアンさんと合同でやる、くらいのスタンスでいこうと」

「まっ、妥当なところよね」



 花音さんの目が丸くなった。

 いつもなら、真っ先に喧嘩をふっかけてくる火荊が素直に俺の案を受け入れた事に対して驚いているのだろう。



 まぁ、このドラゴン娘には前日の時点で色々話しておいたからな。

 というか、この亡霊戦士攻略自体が俺と火荊の合作だったりするし。




「あら何よ凶の字、アタシの方をチラチラ見ちゃって? もしかして欲情してる?」

「まさか」



 嘘をついた。


 いや、断っておくが天地神明遥さんに誓ってドラゴン娘に欲情なんてしていない。



 しかし、ことコイツの能力、特に戦術面での頭の良さに関しては、ベタ惚れといっても良いくらいに尊敬していた。



 勘が良く、俺と同じ思考パターンを持ちながら、それでいて独自の観点を持つ才媛。



 俺はコイツの事を




「ただ、すっごく“使える女”だと思っているのは事実だけどな」




 ぶん殴られた。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三中間点・歓楽街エリア




 第三中間点ともなると、それなりに街の規模が小さくなってくるというのがダンジョンあるあるなのだが、『天城』の場合は少し違う。



 規模としては第二中間点と同程度、少し自然物(といってもプルプルさん達が制作したものなので、正しくは『ぷるぷる物』なわけだが)が大目かなと感じる事はあるけれど、やはり已然として都会っぽい。



 俺達が今日訪れたレストラン『ションパツ』もダンジョンの第三中間点という、商売人的にはあまりウマくない立地のはずなのにちゃんと繁盛していたし、なんというか『常闇』との格の違いを見せつけられた気分だ。





「ウェイ、おねえさ~ん達! ちょっとオレとアッチで遊ばないっすか~」

 



 通りを見渡すと長身の男が、発育の良い女性冒険者二人組にナンパをしかけていた。



 ったく、あーいう奴ってどこにでもいるよな。

 下半身でしかものを考えられない男って軽蔑するザマス。



 というか、ウチの子達にあんな猥褻物わいせつぶつを近づけるのもアレなので、ここはさっさと借り家へ――――




「待って下さい、凶一郎さん」



 ぎゅいっと優しい手つきで俺のシャツの袖を掴む何者か。


 振り返って見下ろすと、桜髪の少女が当惑した表情で、ナンパ男の方角を指差していた。



「どうした、花音さん。知り合いでも見つけた?」

「知り合いというか」



 彼女は、恐る恐る声を震わせながら言った。




「あちらで女性に声をかけている殿方って…………ウロさんじゃないですか?」



 



 …………ほへ?






───────────────────────



さぁ、これまでの奴の挙動をおさらいチェックだ!

(*´∀`)♪





































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