第百二十六話 水と油の使い方
◆
とはいえ、これはこれで良い機会だと思ったので、俺は十五層の攻略を火荊と花音さんに任せる事にした。
反りが合わない同士を任せるのは危険じゃないかって? ……いやいや違う違うだからこそなんだ。
こういうのは層が浅い内にやっとかないとダメなのよ。
階層が進めば進む程、ダンジョンの敵は強くなっていくし、こちら側のリスクも増えてくる。
加えてボス部屋だけは亡霊戦士も入って来れないからな。
ある意味、花音さんの訓練場所としては最適なわけですよ。
――――いや、花音さんだけじゃない。基本的にチームプレイが出来ない火荊にとってもこのボスは
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
波止場街を模した屋外フィールドの上を、巨大な金ぴか像が駆け回る。
想像して欲しい。
全長十五メートルの巨大な男性像が顔色一つ変えずに俺らに向かって襲ってくるところを。
地響きが鳴る。
小さな家屋がバッタバッタと倒されていく。
いや、もうね。完全に怪獣映画のソレですよ。
ゲームやってた時も思ったもん。
あっ、一気にインフレしてきやがったなって。
腰布一枚巻いて、ほぼほぼ全裸スタイルで襲いかかるドデカ金ピカ像。
その名は『アポロ・コロッソス』という。
『天城』に巣食う五体の中ボスの中でも二番目に大きな体躯と、厄介な耐性能力がウリの金ピカさんは、相性の良い敵相手には滅法強い。
そして、彼にとって火荊と花音さんは相性のいい敵だった。
「チッ!」
フィールドの上空から発せられる炎色の螺旋。
火荊とその契約精霊であるファフニールの二重ブレスが進撃する巨像の身体を焼き尽くす。
それは『ミノタウロス』や『成体ゴーレム』であれば一撃で
「◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇――――!」
けれども金ピカ巨像には、全く効いていなかった。
動きを少しだけ鈍らせつつも、奴は
『アポロ・コロッソス』の常在発動型能力【太陽神の偶像】、その効能は熱光エネルギー吸収能力。
太陽神を模して造られたその身体に、火や光の攻撃は通じない。
遠距離攻撃手段がこの二つの属性に偏っている二人にとっては最悪の相性とも呼べる敵だろう。
加えてこいつは『天城』ボス特有の強固な物理耐性まで持ち合わせているから、半端な攻撃じゃあビクともしない。
……なんて他人事みたいに言ってるけど、このマッチアップ組み立てたの俺ちゃんなんだよね、反省。
「…………」
「いいの?」
虚さんは無言で、ユピテルは実際に声を出して加勢しなくていいのかと問うてくる。
両者共に、彼女達の苦戦っぷりに思うところがあるようだ。
「まぁ、本当にヤバくなったら二人にも加勢してもらうよ」
数百メートル離れた位置で身長越えの大斧を振るう花音さんを見やりながら言う。
攻撃力抜群の《
だが、彼女の攻撃は当たらない。
斧との接触が起こるよりも速く、金ピカ巨像がものすごい跳躍力で地面を飛んでしまうからだ。
一瞬の空中浮遊からのストンピング。
敏捷性が著しく下がる《琥珀陸斧》では回避が間に合わず、仕方なく敏捷特化の《
さっきから二人共、ずっとこの調子だ。
火荊はムキになって火力攻撃にこだわり、花音さんは《琥珀陸斧》での一発逆転を狙うもことごとく失敗。
連携が取れていないどころの騒ぎではなく、そもそもタッグで戦っているという自覚がないのだろう。
「…………」
「キョウイチロウ」
「オーケー、分かった、根負けだよ。ひとまず二人に連絡してみるから――――『もしもし、火荊、花音さん』」
『はいっ、花音ですっ』
『何よ凶の字』
届いた心の声を聞く限り、二人共まだまだ余力はありそうだ。
とはいえ
『大分苦戦しているみたいだからさ、そろそろ俺達もヘルプに入ろうかなって話してるところなんだけど』
『はぁっ!? アンタどこに目ン玉ついてんのよっ! このナラカ様が苦戦なんてあり得ないわぁ!』
『その割には全然攻撃が通ってないですよね、火荊さん』
『なっ、そういうアンタだってさっきからバカみたいに斧を空振りさせるだけで、ちっとも貢献してないじゃないっ!』
『わ、私は現在進行形で攻撃のタイミングを測ってるんですっ! 攻撃が全く通じていない火荊さんと一緒にしないでくださいっ』
この有り様だもんなぁ。
マジで水の油じゃんよ。
「かいめんかっせいざい」
「急にどうした」
背中のチビちゃんが、突然電波な事を言い出した。
「あの二人が水と油で交わらないならば、我々が、かいめんかっせいざいになってやれば良い」
「ごめん。“かいめんかっせいざい”って何?」
「チャーハンで言うところの卵」
「! 米の水分と、油の間に挟まって、なんかいい感じにまとめろと、そう仰りたいのですねユピテル先生!」
「うむ」
どうやらそういう事らしかった。
そうだよな、水と油だって間にワンクッション挟めば美味しいチャーハンになれるんだ。
だったら俺が卵としてやるべき事は――――
『オーケー、二人共。もう十分だ。ここから先は俺達に任せてくれ』
俺が飛ばした《思考通信》に、二人がそれぞれの言葉で、しかし全く同一の反応を示す。
『はぁ!? ちょっと待ちなさいよ、凶の字! この程度の雑魚敵相手にチェンジとか、あり得ないんですけどっ!』
『あの、凶一郎さん。私まだまだ全然いけます。体力も霊力も相当余力がありますし』
『でも二人共全然、有効打を与えられてないよね』
俺の指摘に押し黙る二人。
若干心が痛むが、どれも事実には違いないので、俺は淡々と言葉を紡いだ。
『火荊の攻撃は、金ピカに通じてないし、花音さんは《琥珀陸斧》以外に攻め札がない状況で、けれども攻撃が当たらない。幸い、敵の攻撃自体は大した事ないから負けはしないと思うけど、それでも勝ち切るのはキツイって感じだよね』
『チッ』
『……それは』
息を吸い込む。
硝煙と粉塵の混じり合った戦場の香りはいつだって苦い。
『ごめん、二人共。俺の采配ミスだ。たとえ相性の悪い相手でも、火荊と花音さんならなんとかするだろうと無責任な信頼を寄せていた自分を恥じるばかりだよ。多分、ユピテルと虚さんのコンビなら
その時、俺は彼女達の心のこめかみが、盛大にピキる音を確かに聞いた。
『下等種族風情が、随分と生意気な口を聞いてくれるじゃない。このアタシが、未来の龍生九士たるナラカ様が、高々「耐性持ち」と「お荷物女」程度のハンデを背負った位で詰むわけないでしょうよ』
『そうですっ! 火荊さんと違って、私にはちゃんと攻撃手段があるんです、だから――――』
『じゃあ、五分だ』
水と油のバチバチに、卵を差すようにして割り込む。
『後、五分でこいつを片付けられなかったら、メンバーチェンジ。二人には大人しく引き下がってもらう。ただ、これだけだと面白くないから勝利ボーナスをつけよう』
といっても金銭授与は、色々と揉める可能性があるからな。
ここは、あんまり重くなくて、どうでもいい、ちょっとした罰ゲーム感覚のご褒美を設定して
『もし、二人が五分以内にコイツを討伐出来たら、「なんでも言う事を聞く券」を進呈しよう。一回だけだが、俺の事を好き勝手コキ使っていいぞ、ガハハ!』
『…………』
『…………』
刹那、二人の動きに変化が訪れた。
火荊がファフニールを使って花音さんを拾い、上空で何やら作戦会議を始めたのである。
そしてしばらくして。
『……いいわ、凶の字。アンタのそのくだらないゲームに乗ってあげる。褒美には全く興味がないけれど、このまま引き下がるのはシャクだしね。……褒美には全く興味がないけれど』
『分かりました、凶一郎さん。タイムの計測は次に私達が敵に攻撃をしかけたタイミングからでお願いします。それと口約束も契約の一種ですので、仰った言葉にはきちんと責任を持ってくださいね』
『えっと……はい』
なんだろう、俺が望んでいた通りの展開なのに、若干何かが引っかかる。
――――なに、二人共そんなに俺をコキ使いたいの?
「墓穴ゴリラ」
ボソリと呟いたチビちゃんの言葉が、チリチリと胸に刺さる。
◆
その後の二人の活躍は目覚ましかった。
まず火荊がファフニールを使って炎術攻撃を連打。
アポロ・コロッソスの【
その隙をついて花音さんが、上空からの大ジャンプ&《翡翠風槍》からの《琥珀陸斧》のコンボで、奴の正中線をド派手に切り裂き、中から露出したコアに向かって火荊が追撃の《
【太陽神の偶像】の適用範囲外、つまり弱点と呼べる箇所に大火力の術式を叩き込まれた金ピカ偶像の身体は見るも無残に倒壊していき、そこから更にダメ押しとばかりに花音さんが五番目のフォーム《
『まぁ、九割方アタシのお陰ね。アンタはチョロチョロ動き回ってただけで、正直ほとんど活躍してなかったわ、そこのところ、ちゃんと自覚しときなさいよ“
『なっ、それは幾らなんでも横暴というか盛り過ぎです。貢献度度合いで比較すれば、私の方が若干、“ナラカさん”よりも上回っていたのは明白で』
『あぁ? アンタやっぱり目が腐ってんじゃないの?』
『その台詞、オブラートに包んだ上で、そっくりそのままお返ししますっ!』
その、なんだ。
君達、実は仲良いんじゃないの?
―――――――――――――――――――――――
・
斬撃特化型。武器は双剣の柄、属性は水、特化ステータスは技巧。髪型はシニョンで編み込んだウェービーストレート。
双剣の柄から流体の刃を放出し、半径数十メートルの敵群をバッタバッタと切り刻んでいく高速戦闘スタイル。殲滅戦、巨大ボス戦、そして白兵戦とマルチシチュエーションで使えるフォームでもある。
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