第百二十五話 水と油と怒り方








◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点





 翌朝、俺は朝食のテーブルについた我がパーティーメンバー達に昨日の一件を話した。



 神出鬼没の怪人『亡霊戦士』とそいつを巡って反目しあう三勢力。



 そして半年前、五大クランのパーティーメンバーと“笑う鎮魂歌”のメンバー達による『連合部隊』が結成されるも、あっけなく奴にやられてしまった事を契機に、今では(革新派のBLUEを除いて)誰も最終層に行かなくなってしまった──というヒイロさんから仕入れた情報を全部伝え終えた上で、俺はウチの子達に向かって尋ねた。




「で、どうするって話よ」




 皆の箸を動かす手が止まる。


 虚さん、ユピテル、花音さん。


 それぞれがどうするべきかと悩んでいる最中、早々にアジの開きの解体作業を再開するドラゴン娘。


 心底からくだらないといった面持ちだ。



 火荊は昨日の時点で、ほぼほぼ正解を言い当てている。


 俺からのまた聞きだけで、事件の真相を言い当てたその慧眼に対してはマジで敬服するほかないが、しかしそれはそれとして今ここで



 理由は二つ。


 状況作りと、敵の油断を誘う為だ。


 ……いや、油断を誘うというよりも『ガチにさせない為』って言った方がいいかな。


 

 昨日の件からみても分かる通り、浅層の亡霊戦士は温い。


 逆に最新部付近に出てくる奴が強いのはそれだけ『追い詰められている』からだ。


 ハッキリ言おう。


 俺はこの事件の全貌を知っているし、この段階で亡霊戦士を亡き者にする算段も持っている。


 俺手ずから手を下さなくとも、その辺の偉い人にチクって、メタりにメタッた討伐作戦を企てれば、奴は即座にお陀仏だろう。



 しかし、その選択肢は取らないノー



 何故ならば亡霊戦士関連のクエストを正確にこなさなければ得られない報酬ものがあるからだ。



 ソレは『天城』のボス攻略をスムーズに進める為の一助にして、鬼札。


 数多の艱難辛苦めんどくせぇを乗り越えた果てでしか咲けない花を取る為に、俺はあえて原作ルートをなぞっていく。



 もちろん、ウチのメンバーの安全を最優先にした上でね。




「どの道最終層を越える為には、こいつの討伐が不可欠なんだ。だから協力できる所はよそ様と協力して、このワケの分からないデケェ害虫を駆除していきたいと俺は考えている」

「質問があります」

「はい、空樹さん」



 礼儀正しく右手をピンと伸ばしながら意見を述べる桜髪の少女。

 薄ピンクのスウェット姿が大変爽やか。




「凶一郎さんの話を聞く限り、亡霊戦士は人間ではありませんよね」

「そうだね」



 肉体を失っても霧のように実体が消えるだけで、すぐに新たな亡霊戦士スペアが現れる糞仕様。


 これはどう考えても人間じゃない。名前の通りの化物だ。



「しかし、この敵は精霊ではありません。少なくとも、エネミーアバターや突然変異体の類ではないはずです」



 これまた正解だ。


 中間点が、セーフティエリアとして機能しているのは、ダンジョンの神がこの場所を『そういう風に設定している』からである。



 中間点にあちら側からの精霊プレイヤー達がログインする事はできない。



 故に亡霊戦士は、精霊界やダンジョン産出身の精霊でもない。




「では、一体



 花音さんの疑問は、ある意味核心をついていた。



 中間点に現れる以上は精霊でなく、そして昨日の一件で俺が奴の“非人間説”を立証してしまったが為に、これまで『天城』界隈で主流だった人間個人の犯行という説も破綻した。



 人でもなければ、精霊でもない。



 正体どころか、種族すらも不明瞭なナニカ。




「現時点では何とも言えないな。幾つか候補はあるけど、憶測で物事を語るのはよくないし」

「良く言うわ」



 いらぬ茶々を入れてきたドラゴン娘を睨み返す。



 こいつとは昨日の段階で色々とすり合わせているので、段取りを熟知しているはずなのに、なんて軽口!


 お前、そういうとこだぞ! なんでこうすぐに迂闊な事を言っちゃうのかしら!



「えっと、火荊さん?」

「あら失礼、単なる軽口だから気にしないで“真面目ちゃん”」



 ムッとほっぺを膨らませる花音さん。



「その真面目ちゃんっていうの止めて下さい。私には空樹花音という名前があります」

「あら、そ。アンタそういう名前だったのね。ごめんなさい、あまりにもアンタの印象が薄かったせいで、すっかり忘れてたわ。今後は気をつけるから、どうか許して頂戴ね、“真面目ちゃん”」

「~~~~!」



 ……あぁ。これは、マズイ。


 昨日よりも更に二人の仲が悪化している。



 とにかく真面目で根が委員長気質な花音さんと、息をするように他人を煽り散らかす性悪ドラゴン娘の関係性は、まさに水と油。



 悪いのは、もちろん勝手につっかかってきた火荊の方なのだけれど、花音さんの方も少しばかり過敏に反応し過ぎである。


 多感な中二女子に大人のスル―スキル身につけろってのは中々に酷な話ではあるが――――どうする? どうやって二人を抑えようか。



「キョウイチロウ」



 そんな風に悩む俺の横で銀髪ツインテールがボソリと呟いた。



「たのしいねぇ」




 うん、ごめんユピテル。

 その感覚はちょっと俺には分からない。








 二人がこんな感じだったから、当然道中もギスギスしていた。




「火荊さんもちょっとは戦闘に参加して下さい! サボり過ぎです!」

「えっ? この樹が密集したフィールドで火球なんか飛ばしたらどうなるか分からない? それにそもそも、この程度の相手に苦戦してるわけぇ? そんなに強いのコイツ? ――――えいっ、アハッ! ワンパーン」

「~~~~!」



「ちょっと凶の字、今日のボス戦についての相談したい事があるんだけど」

「申し訳ありません、火荊さん。今“私”が“凶一郎さん”と“重要なお話”をしているので、後にしてもらえませんか? そうですよね、凶一郎さん」

「…………」




「あら、このローストビーフ包み中々上品な味わいじゃない。カイザーヴェックとの相性が抜群だわ」

「お褒めに預かり光栄です火荊さん。そんなに美味しかったですか、“私の作った”ビーフ・オン・ウェックは!」

「急に安っぽい味付けに思えてきたわ。なんかソースもクドイし」

「それどういう意味ですか!?」




「ちょっと凶の字、コイツが」

「違いますよ凶一郎さん。私は仲良くしたいのに火荊さんが全然話を聞いてくれなくて」










「君達、いい加減にしようか」




 というわけでお説教タイムである。



 ブルーシートに二人の美少女を座らせて、正論爆弾を投げつけるなんて大したご身分ですねと思われるかもしれないが、こういうのは資格とか偉さじゃなくて、責任の問題なんだ。




 俺はこのパーティーのリーダーとしてメンバー同士のいさかいを止める義務がある。



 ……ほんと、怒る役って損だよな。

 正しい道理を説いても逆恨みされる場合もあるし、そもそも怒るって事に多大な労力を使う。


 たまに怒る事自体に快楽を見出す輩もいるけど、あんなのは大抵似非ぱちもんだ。



 本当の“怒る”ってのは、痛くて、コントロールが難しくて、そしてとにかくメンドクセぇ。




「まず、火荊。お前はちょっと花音さんに突っかかり過ぎだ。誰も彼もがお前の軽口を平々と流せると思うなよ」

「だって」

「だってじゃない。お前の趣味イジリは、世間一般で言うところの悪趣味だって事を自覚しろ」

「…………」



 一丁前にむくれやがって。


 まぁ、でもそうだよな。

 人にもよるが、怒られるっていう状況は何というかすごく“屈辱的”なんだよ。



 自分が悪くて、相手が正しい。

 だけどそれを良い事に相手からネチネチと正論棒で殴り続けられたら、たとえ自分が十割悪かったとしても、「なんかムカついてくる」ものなのだ。


 

 少なくとも、悪党の才能がある奴はみんなそのきらいがある。



 だからこういう奴を諭す時は



「その上でどうしてもそういうのがやりたくなったら俺の所に来い。俺ならお前の軽口に付き合ってやれるし、むしろキレさせてみろって感じだ。

 良いか、我慢しろって言ってんじゃないんだ。誰だって汚い言葉の一つや二つ吐きたくなる時はあるし、誰かをからかって優越感に浸りたくもなる。だけど、相手は選べ。というか俺だけにしとけ。お前のサンドバッグは今日から俺だ」

「何ソレ、愛の告白? 俺だけをイジメろとかアンタ正真正銘のドMね」

「ドM? だったらお前は自分を『S級女王様だと勘違いしたエセS女』だな。ドM様を気持ち良くできないS嬢とかヘタッピにも程があるだろう」

「言うじゃない、この【聞くに堪えないお下品な言葉】男」

「なんだそんなもんか? もっと【とても誌面には乗せられないお下劣な台詞】とか【ノクターン行きまっしぐらなワード】とかそれ位刺激的な台詞を吐いてみろってんだ」



 このように逃げ道を用意してやればいい。


 相手が間違っていても、その全てを否定するんじゃなくて、一部を認めつつこちらの望む方向へと誘導する。



 絶対に相手を追い詰めない。

 時には軽口を叩きながら、方向性だけを修正する。

 

 要するに『怒る相手にも気を使え』ってこった。


 それを意識するだけでも、大分事後の関係性が変わるからさ。



 そして花音さんみたいなタイプには




「次に花音さん」

「……はい」

「ごめんな。仲裁に入るのが遅れて。いくら大人びているとはいっても、君だって年頃の少女なんだ。からかわれたら普通に嫌な気持ちになるし、ムキにだってなっちゃうよな。「花音さんならスルーできるだろ」って勝手に思いあがっていた俺をどうか許して欲しい」

「ち、違います。凶一郎さんは何も悪くないですっ、私もちょっと火荊さんに言い過ぎていた部分もあるし、そこは反省しないといけません。だからそんな、頭を下げないでくださいっ」




 決して責めない。


 怒るのではなく、小さじ一杯の罪悪感をまぶし、期待しているむねをこっそりと耳打ちしてやる。


 ここで「喧嘩両成敗」等とほざき散らかして、理不尽に怒るのは論外だ。



 「私は悪くないのに」と思わせちまったら、絶対今後に響くからな。


 花音さんみたいな良い子は、ちゃんと自分にも反省すべき所があったと気づきさえすれば、後は自分で軌道修正できる。




“――――アタシが龍生九士に至るまでの間に、どれだけのモノを犠牲にしてきたか分かってる? 親も兄弟も師匠も仲間も全員食ったわ。いいこと、ヒーローさん。人が龍になるのってそんな簡単なことじゃないのよ”

 



“その時、私は誓ったんです。もう誰も信じない、と”





 ふと、ゲーム時代の彼女達の姿が重なった。



 

 暗い過去を背負わされた悲しい少女達、なんて紋切り型のイメージで押しつけるつもりはないけれど、俺のクランのメンバーにはできるだけ幸せになって欲しいと思う。




「……………………」

「どうしました? 虚さん?」



 視線を感じたので、振り返ると暗殺者の虚さんがこちらをジッと見つめていた。


 彼はすぐにかぶりを振るい、視点を別の場所に移したんだけれども……はて、なんだろう? 悪い感じの見方ではなかった気もするが。








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