第百二十四話 レッドガーディアン










 『天城』と『常闇』の最たる違いは、<シナリオ>の有無であると俺は思っている。



 『常闇』は言うなればフリークエストであり、最終階層で突然“邪龍王”が大暴れする点(後は強いていえば、“死魔”関連でちょこっとあるくらいだ)を除けばほぼほぼ一本道の探索用ダンジョンである。



 お話は無いし(ムービーはあるが)、『ダンマギ』の物語にまったく絡まないダンジョンではあるが、その分わずらわしいイベントやらクエストをこなさずにサクサク攻略できる。……それはゲームとしては寂しい仕様ではあるけれど、リアルでの攻略となればこの上なくありがたい「恩恵」だ。


 「物語性」があることが評価されるのは、あくまでゲームの中での話であり、現実でお使いやら余計な討伐クエストやら人間関係のもつれを解消しなければ先に進めないとなれば、それはただただ「面倒臭い」だけである。




 そして『天城』は、ダンジョンなのだ。




 イベント名<彷徨さまよえる亡霊戦士>と、それに連なるクエスト群。


 『天城』の完全攻略を成し遂げるためには、これらを解決し、彷徨える者達を導く必要がある。


 ……面倒だよな、無視しちまいたいよな。


 俺もそう思ったんで、攻略プランを練っている時に黒騎士の旦那に相談したんだよ。


 諸々のイベント放置して、ダンジョン攻略に励んでも良いですかってさ。



 すると旦那はこう返してきた。



『仮に私がリーダーの立場だった場合は、そうしていたかもしれない。だがリーダーは、やるべきだ』



 理由を尋ねると、その方がボス攻略の難易度が下がるからだってさ。


 ……まぁ、確かにそうなんだ。


 この<亡霊戦士>イベントを完全攻略すると、『天城』のボス戦時に、自パーティーが有利になる特殊イベントが発生するんだ。



 だから基本的には大人しくイベントをこなすのが丸いわけなんだけれども……。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第二中間点・“笑う鎮魂歌”・レッドガーディアン本部




「改めて挨拶の方を。クラン“笑う鎮魂歌”所属、レッドガーディアン本部長のヒイロです」



 赤を基調としたアジアンテイストの大部屋。

 その中央奥に設置された木製テーブルに手をつけながら、赤髪の女性が折り目正しい挨拶を交わす。



 レッドガーディアン本部長“ヒイロ”



 この街を取り仕切る“三役”の一人にして、『天城』攻略のキーキャラクターでもあるお人だ。



「はじめまして、ヒイロさん。クラン“烏合の王冠”代表の清水凶一郎です。本日はお招き下さりありがとうございます」



 ヒイロさんにならい、こちらもなるだけ丁寧な応対を取る。




「……それで早速本題の方に移らせて頂きたいんですけれど」

「どうしてあなたがここに連れて来られたかについてですね」

「はい」



 頷きながら、俺は心の中で小躍りした。



 話が早くて助かるぜ。

 本家と違って、色々すっ飛ばしたのが功を奏したなウケケケケ。




「清水さんにお越しいただいたのは、あの怪物についてお話が聞きたかったからなんです」

「怪物っていうのは、あの髑髏マスクの事で良いんですよね」

「はい」



 ヒイロさんは、原作通り「奴」の事を『亡霊戦士』と呼んでいた。



「あの怪物、亡霊戦士はこのダンジョンの至るところに現れる悪霊なんです」

「悪霊、ですか……まぁ、少なくともアレは

「はい、清水さんの奮闘のお陰で、ようやく確信が持てました」




 ヒイロさん曰く、『亡霊戦士』はこれまで一度も撃退できなかったらしい。



 ダンジョンの深層や、中間点に出没する謎の襲撃者。


 奴に襲われて冒険者が被害を負ったケースはここ一年で数十件、そして一年半後の未来ではめでたく三桁オーバーに達するのだ。



「最初に奴が現れたのは、三十四層でした」



 ヒイロさんの話があまりにも長ったらしかったので、ざっくりまとめると




①骸骨マスクこと亡霊戦士が最初に現れたのは約一年前、場所は『天城』の三十四層


②亡霊戦士は『天城』の最終層へと向かう者の前に現れて、これを妨害する


③煙のように現れて、霞みのように消える神出鬼没の怪人


④強さや苛烈さにムラがあり、今回のような浅層では“警告”程度の力しか出さない(もしくは出せない)が、三十四層に出現する亡霊戦士は、この『天城』に出てくるどの中ボスよりも強い


⑤中間点に入れるという事は冒険者――――だと思われていたが、今回の一件で奴が復活するタイプの非生物だという事が分かった


⑥その戦法は多岐に渡り、近接、射撃、妨害、武器術とありとあらゆるタイプの技を使いこなすオールラウンダー


⑦そして




「私達ガーディアンの見解では、犯人は元“笑う鎮魂歌”のメンバーだと考えております」

「元っていうのは……?」



 ヒイロさんの理知的な顔が、自嘲の色で歪む。



「お恥ずかしい話ですが、現在我々のクランは三つの派閥に分かれているのですよ」



 パチリとヒイロさんが指を鳴らすと、どこからともなく現れた部下とおぼしき女性が俺の前に一枚ペライチの資料を持って来てくれた。



 そこに描かれていたのは三種のロゴマーク



 蒼い獣と、黄色の猛禽類、そしてこれは赤いゴリラ……!



「ふっ」

「どうされましたか、清水さん」

「いえね、この怒ったゴリラに親近感が湧いてしまいましてね、なにせ私、ちまたではよくゴリラと呼ばれているもので」



 しかしそれを聞いたヒイロさんは大変申し訳なさそうにうつむきながら、こう述べられたのである。



「すいません、……それサルなんです。ハヌマーンをモデルにしたものでありまして」

「あっ、いえすいません。てっきり怒ったゴリラだとばかり……」

「申し訳ありません。私の、絵心が、ないばかりに」



 顔をプルプルと震わせながら、ほんのちょびっと涙目になっているヒイロさんは正直とてつもなく愛くるしかったのだが、それ以上に気まずくてもう胃の中が猿蟹合戦ファンキーモンキー状態ベイベーよ。



 クソが、何が怒ったゴリラだよ。


 霊長サルもく王様キングはお猿様だろどう考えても。



「話を戻しましょう」



 我ながらとてつもなく無理くりな咳払い。


 沈黙よりはマシだと、心の中で何度も自分に言い聞かせながら、目の前の紙に書かれた情報の内容について尋ねた。




「先程のヒイロさんの口ぶりから察するに、あなた達“レッドガーディアン”がこの赤いゴ……サルのチームで、それ以外の二チームと争っていると」

「争っているわけではありません。ただ、それぞれの主義主張の違いから距離を置いているだけです」




 “レッドガーディアン”、“BLUE”、“中道派”――――“笑う鎮魂歌”から分かれたこの三つの勢力が睨みを利かせているのが今の『天城』なのだと、赤髪の才媛が懇切丁寧に教えてくれた。




「要約すると『天城』のボス戦での敗北と、それに伴うリーダーの生贄サクリファイス、そして同時期に現れた『亡霊戦士』への対応を巡って三組に分裂した結果が今の状態だと……この解釈で合ってます?」

「はい。その解釈で間違いありません」



 彼女の説明によると、レッドガーディアンは亡霊戦士の討伐を最優先とし、『天城』の治安維持に務める保守派、BLUEは亡霊戦士の討伐に拘らず、多少の犠牲を出してでもボス攻略を優先しようとする革新派、そしてそのどちらにも属さず労働者組に転身したグループが中道派を名乗っているらしい。



「元クランマスターの敵討ちにとり憑かれて犠牲を出し続けるアズールも、亡霊戦士の悪逆を我関せずと眺めているだけのファンも間違っています。私が、私達がこの街を守らなければいけないのに」



 しかし、そう呟くヒイロさんも、傍から見れば何かに「とり憑かれている」ように見えた。



 いや、気持ちは分かるんだけどね。切羽詰まり過ぎというか、視野狭窄きょうさく気味というか、なんというか。





「つまり」




 俺はこれまでの話を全部呑みこんだ上で、思っくそ簡単に噛み砕いた。


 さっさと本題に入れと紳士的に伝える為である。



「亡霊戦士という得体の知れない化物が暴れていて、そいつの対応を巡ってクランメンバーが分裂。そんでもってヒイロさんは犯人が自分たち以外の派閥の人間だと疑っていて、そのあたりの面倒くさいに俺達を巻き込もうとしている」

「はい。概ねその通りです」

「何故ですか?」



 心底から不思議そうな顔で尋ねる。



「俺達みたいな新興クランに頼るくらいならば、五大クランのどこかに依頼を出した方がよっぽど確実性が高いでしょうに」

「……………………」


 

 ここで流れる沈黙。

 あぁ、全く。

 息使いから、仲間達と視線を合わせるタイミングまで、全部ゲーム時代そのままだ。




「実は」




 ヒイロさんの額から汗が滲む。


 明かに緊張した面持ちで、彼女はその脅威について語りだした。



「その方法は、既に試しました。およそ半年前の春の事です。我々はさる五大クランの方々と共に秘密の討伐作戦シークレットミッションを敢行し、そして」




 ヒイロさんの薄い唇が恐怖に揺れた。




「そして我々『連合部隊』は、亡霊戦士に敗れました。五大クランの方が一人亡くなり、我がクランのメンバーからも一人……」






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点





「それでアンタ、オッケーしちゃったわけ?」




 タンクトップ姿のドラゴン娘が、大皿に乗っかったペスカトーレをクルンクルンさせながら俺の土産話にため息をついた。



 午後十時。



 チビちゃんは部屋でギャルゲー、花音さんはゴーレム戦の疲れで休息、そして虚さんは昨日と同じくどこか遠くへお出かけ中なので、今借り家のリビングには俺と火荊の二人しかいない。



「なんでわざわざ他人の苦労を背負っちゃうのかしらねぇ、この男は。ほんとお人好し」

「おっ、もしかして火荊さん俺のこと褒めてる?」

「んなわけないでしょ、ていうかアンタお人好しって言われて嬉しくなっちゃうタイプ?」

「まさか。アレって自分にとって都合の良い奴隷を、誉めてる風に見せかけて嘲笑する為の言葉だろ」

「……へぇ、分かってんじゃない。アンタのそういう捻くれたところ嫌いじゃないわよ」

「そりゃどうも、――――いや、全然良くねェか。おい火荊、今お前俺をディスったな」

「やーいやーい、凶の字のお人好しー!」

「キーッ!」



 そんな小学生の喧嘩みたいな幼稚なかけ合いの果てに俺は、火荊に尋ねてみたんだ。



「で、火荊。お前はこの『亡霊戦士』事件どう見る?」

「んー? ほとんど当て推量だけど、その亡霊なんちゃらの正体は――――で、目的は――――で、方法と経緯は――――って感じじゃない。知らないけど」




 鳥肌が立った。

 やっぱこいつ油断さえしなければマジモンの天才だわ。


























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る