第百二十三話 メタセコイヤの並木道








 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第二中間点





 とはいえ、疲弊も大きかった。



 ただでさえ霊力消費の大きい《紅玉砲火》を、戦いの最中に目覚めさせたのだ。


 それまでの疲れも相まって、花音さんは歩くのもやっとな位のヘロヘロ状態。



 流石にそんな彼女を無理やり歩かせるわけにもいかなかったので、帰りは俺がおぶる事になった。



「あっ、あの凶一郎さん。大丈夫ですから」

「いや、そういうわけにも行かんでしょうよ。実際、君動けないんだし」




 そうして、お疲れの花音さんを何とか借り家まで運び出し、夕飯の支度を済ませた俺は、他のメンバーに留守を任せて夜の中間点へとおもむく事にした。



 陽気できらびやかな都市の外れにあるポータルゲート。



 真珠色に光輝くうねうねゾーンを抜けて、目的の場所アドレスを思い浮かべていると、果たしてそこに第二中間点があった。




 尖り型の屋根が並び、オレンジ色の灯りが夜闇を照らす。



 石畳の床、少しだけレトロ風味な時計塔、第一中間点のような豪奢さはないけれど、それでも『常闇』の中間点に比べればはるかに街だ。



 俺は『ラリ・ラリ』で買った装備ケースを肩にぶら下げながら、一人ハードボイルドに夜の街を歩く。




『愚子息が立たないからといって諦めず、そういった方向で自慰行為に耽るマスター、失敬、オナ◯ーマスターの事を私は本当に尊敬致します』




 訂正。口うるさい邪神の声と共に歩いている。



『あの、申し訳ないんだけど、黙っててくださる? ていうか、これは自慰じゃねぇし。ちょっと黄昏ながら自分を盛り上げているだけだし』

『股間から汚い汁を飛ばすか、脳から汚い汁を飛ばすか位の違いでしょうが。どちらも自分本意の気持ち良さを追求しているという点では同じですし』




 アドレナリンやドーパミンを精◯扱いとは、本当にこの邪神は酷い。


 どうしたらそんな卑猥で低俗な発想が出来るのかしら。



『“サキュバスの舌でブレインウォッシング”とか、“悪の女幹部様の耳責め悪堕ち催眠”なんて役をこなし続けていると必然的にその手のネタに詳しくなるんです。要するに職業病ってやつですよ』

『…………さいで』


 

 

 うわぁ、反応に困る。

 曲がりなりにもプロのネット声優から職業病とか言われたらツッコミ辛いじゃんか。


 というか、そのシチュの作品最近買った覚えがあるぞ。


 確か、あれは……。




『それよりもマスター、本当に良かったのですか?』

『んっ、あぁ。多分大丈夫でしょ』



 露店で売っていた地図を眺めながら、メインストリートを外れていく。



『向こうの出方次第だけど、今の俺なら死ぬ事はないだろうし』



 おっ、あったあった。

 メタセコイアの並木道。


 これだよ、これこれ。いかにも秋って感じの木々の群れ。

 いいなぁ、ここ。一通りの事が片付いたら、今度遥と一緒に来ようっと。



『むしろある程度の隙がないと、向こうも動いてこないだろうし』



 羽状に対生した黄褐色の葉が俺の頭上を通りすぎる。



「よっと」



 そいつを意味もなく手で掴んで、ペタペタと触りながら、足を等間隔で動かして




 ――――ひたり、ひたりと。




『ほぅらみろ、早速引っかかりやがった』




 俺は邪神にドヤッと自分の釣り針が正しかったことをアピールし終えると、すぐに音のする方角へと視線を動かした。



 そこにいたのは、ダークブラウンのフードを目深に被ったいかにもな怪人物。

 身長は百八十の半ば、体格は細め……なんだけど骨格がものすごくガッシリしているのが分かる。



 そんでもってチラリと見えるフードの中身は、紅い眼をした骸骨マスク。


 これはもう、明らかに素性を隠した出で立ちだ。



「よう、良い夜だなアンタ」



 俺は男か女かも分からないその人物に声をかける。



 気さくに笑いながらも、しっかりバッグの中身を取り出して、いつでも行けるぞと霊力を飛ばして




「――――――――!」




 瞬間、骸骨マスクの双腕から、不気味な光が放たれた。


 『常闇』の景色を思い出す毒々しい紫色の閃光。


 当然だが、こんな怪しいモノが、ただピカピカと眩しいだけの『目くらまし』であるはずもなく、大剣越しに重厚な衝撃が伝わってきた。




「随分な、挨拶じゃ、ねぇか――――っよ!」



 霊力でコーティングした大剣形態のエッケザックスで一発ずつ弾いていき、ゆっくりと彼我ひがの距離を縮めていく。



 冒険者にとっての安息地である中間点で起こった突然の襲撃。



 普通だったら驚くか、そもそも気づかずに奇襲を受けていたのだろうが、生憎とこっちにはゲーム知識があるんでね。



 想定内。いや、むしろ獲物が釣れたぜガッハッハって感じですよ。




「一応聞いといてやんよ。てめぇ何もんだ。どうして俺ちゃん襲うのよ」

「…………」



 答えはない。

 その代わりに紫の閃光がバカスコ飛んできた。

 ホント、好戦的な人ってやーね。



「そうかい、オーケーオーケー。話す気がないならそれで良いわ。とりあえず身動きとれなくなるまでボコって、その後どうするか考える事にしましょう」



 言って未来視と《時間加速(十五倍バージョン)》、それに《脚力強化》と《遅延術式》を起動。


 落ち葉舞うメタセコイヤの並木道を駆けながら、俺の得意なレンジへとひとっ飛びだ。



「…………」



 迫り来る我が筋肉超特急に対し、未来の骸骨マスクが取った行動は、後方回避からの遠距離術式掃射。

   

 更に先の未来では、霊力で編み込んだククリナイフ型のエネルギーソードなんぞも飛ばして来たりなんかしちゃったりして、徹底的に中距離戦闘を行おうという腹積もりである。



 本来ならばその動きは『どちらとも言える動き』だったはずだ。



 即ち①元々その距離を得意とする使い手だった、あるいは②こちらの戦法を知っていたのいずれか二択。


 だが、諸々のネタバレを全部知っている身として、あえて言わせてもらおう。


 答えは②


 この骸骨マスクは、俺の事を知っている。




「(……まぁ、だからなんだって話だけどさ)」




 奴が俺の事を知っていようがいまいが今は関係ない。



 だって俺の方が強いのだから。要するに勝てば良いのさ、勝てばよ。




「喧嘩売っといて逃げ腰スタイルはないんじゃねぇの、あぁん?」



 敵の回避地点に先回りした上で思いっきり一閃。


 俺の大剣ホームランをモロに喰らった骸骨マスクは、人が曲がっちゃいけない体勢で曲がりながらメタセコイヤの樹へと激突。



 その衝撃で大量の黄褐色の葉が舞い落ちて、いとをかし。


 しかしそれはそれとして俺の殺意は、ノー風流。

 絶対殺す。必ず仕留める。お命頂戴、R・I・P死んでください



 事情を知らない主人公達は、ここで奴を「無力化」させる方向で動いていたが、俺は最初から「殺す」つもりで計画を立てていた。



 理由? 簡単だよ。この骸骨マスク、人間じゃないのさ。



 見てくれは人間だけど、実態は火荊のファフニールやユピテルのケラウノスに近い、要するにアバターなのさ。



 だからここで【殺しておく必要がある】


 そうすることで向こう側の動きを誘発ないし制限し、そしてあわよくば……




「はいっ、ドーン!」



 エッケザックスのトリガーを弄り、形態を大剣から大槌に変えてからのフルスイング。



 骸骨マスクの頭蓋を捉えたその一撃は、大した障害もなく樹の方までめり込んだ。




「あっれーオカシイナー。コイツ人間ジャナイゾー」


 適当に棒読みで状況を解説しながら、ぐるりと新たに芽生えた殺意の方角へと向き直る。



「わービックリ! さっき倒したはずの敵が復活してるー! 分身、増殖? あるいは【何かの力で発生しているもの】なのかしら? いずれにしても大ピンチだなー、怖いなー」



 我ながら本当に茶番が下手だ。

 贅沢な悩みだし、悩む事自体が舐めプだと分かってはいるのだけれど、叶うならば何も知らない状態でこのイベントを味わいたかった。



 人間ってのは本当に勝手な生き物だ。

 安全や平和を第一に考えている癖に、環境が温いとどうしてもスリルを求めちまう。



 遥の事をちっとも笑えんな、こりゃあ。

 いつの間にか俺もすっかりワクワク狂いになっちまった。



 そのまま、怖いなー怖いなーと言いながら骸骨マスク(低レベル体)を丁寧にぶち殺していく。


 一体消す度に、新しいのが現れて、それと軽くチャンバラごっこで遊んでキル取ったら、すぐに新しいのと対戦開始。



 それは無限湧きするイベント戦そのものであり、だからこそ作業感が半端なかった。



 本来なら襲撃者の無限湧きイベントは、三戦目に起こるものなんだけれど、初戦でギミック暴いちまったからなぁ。



 こいつは人間じゃなくて、こいつの背丈や身なりに意味などない。


 この二つを【今日ここで俺が知った】という事実が欲しかったから出っ張ったんだけど、想像してた以上にクソだるい。



 せめてもう少し敵が【強いの】を用意してくれていたなら話が違っていたのだけれど、多分向こうも牽制というか警告というか一戦目のつもりで来てたんだろうからなぁ。



 まぁ、強くて危なっかしいのが出てくるよりはマシなんだし、ここは素直にイベント戦闘を楽しみましょ。





 ◆




 そうして九体目を倒し終えた頃になってようやく、この虚無戦闘に変化が訪れた。




「大丈夫ですか!?」




 声の方へと目を移すと、遠くの方から、数人の武装集団が猛スピードで駆け寄ってくるのが分かった。



 戦闘に立つのは赤毛のショートヘア。


 非常に整った容姿をしていて、ギャルゲープレイヤーならすぐに“ネームド”だと見分けられるようなそんな美貌の持ち主である。



「こちらはクラン“笑う鎮魂歌レクイエム”のガーディアン部隊隊長ヒイロです。そこの『亡霊戦士ファントム』を追う――――」

「あっ、大丈夫です。もう終わるんで」



 そのままドゴンと一発大きめのハンマーインパクトを喰らわせてやると、リポップしたばかりの骸骨マスクがまた消えた。


 これで二桁達成。


 あー、働いた働いた。




「それで、えっと“笑う鎮魂歌レクイエム”さんでしたっけ? あなた達はどうしてここに?」



 視線をぐるぐると見渡しながら、骸骨マスクの姿を確認する。


 奴はいつの間にか姿を消していた。



 影も形もありゃしない。




「我々は、『亡霊戦士ファントム』を追う者です」

「『亡霊戦士ファントム』っていうのは、あなた達が来た途端に復活しなくなったあの人間もどきの事ですか?」

「…………その通りです」




 俺の意地悪な質問に、何とも言えない顔で答える赤毛の女性ことヒイロさん。




「あなたは……清水凶一郎さんですね、“烏合の王冠”の」

「はい。そうですけど」



 彼女は几帳面そうな顔を少しだけ強張らせながら言った。




「少しお時間、ありますでしょうか? あなたにお話ししたい事があります」




 その言葉を引き出せた事に内心ほくそ笑みながら、俺は爽やかスマイルで応対した。



「もちろん、良いですとも」




 さぁ、クエストスタートだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る