第百二十二話 紅玉砲火
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
データだけで見るならば、『天城』の中ボスは、割りとシンプルである。
どれくらいシンプルかというと、“基準値以上のステータスと有利属性の火力スキルさえ持っていれば、どんなパーティー構成でもワンチャンある位”には
『常闇』の“死魔”のようなギミックありきの糞ボスはいないし、状態異常対策が必須みたいなやらしい敵も『天城』にはいない。
ただ、ひたすらに硬くて強い。
そのコンセプトを馬鹿正直に守っているのが、『天城』の中ボス達なのである。
だが、単純な事と簡単な事は似ているようで、まるで違う。
硬くて強い。
それを突き詰めた『天城』のボス達のスペックは、かつて俺達が旅した『常闇』のボス格達のそれをはるかに上回る。
ここ十層のボス『成体ゴーレム』もまた、そんなスペックお化けの一人だった。
『侵入者発見、侵入者発見。これより迎撃モードに移行します』
全身を藍色の鉱石で覆った一つ目の機械生命体が、動き出す。
全長は目算で五メートル長。
遺跡風のフィールドと相まって非常に“らしい”敵である。
四方を囲う黄土色の岩壁に、菱形の紋様が刻まれた柱の群れ。
そして聳え立つ迷宮の番人は、ゴーレム。
良いねぇ、これでこそダンジョンって感じ。
「準備は良いかい、花音さん」
「はいっ、いつでも行けます」
「オーケー。なら早速行きましょうかっ!」
研ぎ澄ませた霊力を爆発させ、一気呵成に地面を駆ける。
今回もチビちゃんと虚さんは、後方待機。
だってあの二人に任せたら一瞬で勝負がついちゃうんだもの。
出てくる敵達を軒並みワンパンしてたら、そりゃあ楽かもしれないが、そんな事してたらいつまで経っても花音さんが育たない。
目先の勝利よりも将来の勝算を取るために、ここはどうしても彼女に頑張ってもらうしかないのである。
「牽制射撃、行きますっ!」
「了解!」
応答するよりも早く右側面の柱群へと移動した俺は、そのままデカい岩石野郎の側面に向かって舵を切った。
視界の隅で輝く桜色の閃光。
炸裂する光の瀑布。
鉱石巨人の何かが爆ぜる音が、こっちの方までクリアに聞こえてきやがる。
まったく、これで牽制だっていうんだから参っちゃうよね。
アイギスの戦闘形態が一つ《
そりゃそうさ、だって飛ばしてんのがほぼほぼレーザーなんだもの。
……いや、もうね。
この技を浴びるように受けたにも関わらず、何度も立ち上がった原作凶一郎は、ある意味すげぇよ。
ゲームとしての演出どうこうって次元を完全に越えちゃってるからね、アレ。
ほんと、どうやって耐えたんだろ。
多分、原作花音さんが手心を加えてくれていたからだとは思うんだけど…………レーザー的なサムシングの射撃技に手心もクソもない気がするんだよなぁ。
鼻孔にかかる煙たい匂い。
その匂いは勝負が決したかと思う程に濃厚で、そして当たり前のように臭かった。
ウェッとえずきながら、藍色ゴーレムの真横へと回り込み未来視を起動。
やっこさんは、自己修復機能を使って損傷個所を復元しながら、右腕部から青白いレーザーを飛ばす。
目には目をレーザーにはレーザーをってやつか。
成る程。悪くない判断だ。
だけど直線攻撃は
「みえみえなんだよっ!」
ひらり、ひらりと描いた未来を参考にしながら、奴の連続射撃を避けていく。
きっと威力はそれなりなんだろうが、悪いなゴーレムさんよ。
そんなバカ正直な真っすぐ技じゃあ、俺は捉えられんよ。
機械生命体ってのは、合理的で冷徹な分、動きが総じて読みやすい。
達人達の武術に比べれば、直進するだけの光線なんて可愛いもんだぜ、全くよ。
『花音さんっ!』
『はいっ!』
そして俺が引きつけている間に真打ちが、到着した。
琥珀色の鎧に身を包んだ桜髪の少女が、自身の身長を優に超えた大斧をあらん限りの力で振り降ろす。
「はぁあああああああああ――――っ!」
そして走りだす崩壊音。
成体ゴーレムの下半身がものの見事に割断され、五メートル大の巨体が見るも無残にバラけていく。
もしもこいつが仮に人間範疇の生物であったのならば、ここで完全にチェックメイトだっただろう。
下半身を斧で割られて生きている人間なんていないし、よしんば九死に一生を得たとしても、足がなくなっちまえば身動きが取れなくなる。
だが、奴はヒトではなく、機械生命体だ。
身体は藍色の鉱石で、血の代わりに霊力が流れている。
そんでもってついでに
『オペレーションチェンジ:type-positron』
やたら発音の良い機械音声を流しながら、自らの身体は高速で分解&再構築していく岩石巨人。
これ見よがしな変身シーンである。
ここで特撮物のロマンが分かっていない知ったか野郎の常套句「えぇっ? 変身してる間に叩けば良くないですかぁ?」を実行できれば楽だったんだが、そうは問屋がおろさない。
奴め、変身しながらめっちゃビーム飛ばしてくんの。
しかも、コアらしき部分を上空に引き上げ、花音さんのレーザー弓も直接迎撃。
こいつ、ガチだ。
ちゃんと対変身メタ用の解答を持ち合わせてやがる。
『花音さん、そこの石柱に隠れながら《盾》の準備。俺もそっちに向かう』
『分かりましたっ』
回避と牽制の合間に、《思考通信》で作戦会議。
まだ十層だっていうのにこのひりつき感、たまんねぇぜホントによぉ。
『再設定完了、これより破壊モードに移行します』
そうして出来上がったのは、とてつもなくアンバランスな“龍”だった。
尾から胴体に至る部分が骨のように細くって、その代わりにコアのある頭部が異常にデカい。
竜頭蛇尾は、マジだせぇと昔の人は言ってたらしいが、成る程確かにこれは不格好。
だが、性能まで不格好かと言われると全然そうじゃないのが困るところ。
藍色岩石不格好ドラゴンの紅い一つ目が、俺達の隠れ先を睨み付け、そして
『
そして弾けるごんぶとビーム。
硬い装甲に覆われたコア部分から射出された閃光が、柱もろとも破壊してやるぜベイベと殺意の
『花音さんっ!』
『はいっ!』
そんな岩石野郎の『
《アイギスの盾》――――彼女の精霊の名を冠したその術の真骨頂は、“あらゆる物質をアイギスの盾に変えること”にある。
たとえ木の盾だろうが人間だろうが石の柱だろうが、彼女が一度術をかけさえすれば、それらはたちまち『アイギスの盾』となる。
亜神級相当の防御力を、どんな物にでも付与できる超強力バフ。
こいつのおかげで、俺達の隠れ蓑は、今も健気にごんぶとビームを耐えてくれている。
……よしっ、今のうちに
『ありがとう、花音さん。助かったよ。というわけで、今回はここまでにしよう。後は俺達に任せて、休んでて』
成体ゴーレムがこのモードに移行してしまった以上、正直花音さんをメインアタッカーに置いた攻略は難しくなってきた。
原因は火力不足。
最初の形態の時に仕留められなかったのが痛かったな。
《
そして彼女の保有する
つまり今の花音さんでは、成体ゴーレムを単騎で討伐することは不可能なのだ。
だから
『あの、凶一郎さん』
彼女は、その翡翠色の瞳を真っ直ぐ俺に向けながら言った。
『もう少しだけ、私に任せてもらえないでしょうか』
『良いけど、どうやって倒すつもり?』
ドラゴンもどきの移動に合わせて石柱をぐるぐると回りながら《思考通信》で彼女のプランを聴取する。
『意気込みは買いたいし、君に勝ってもらいたいというのが本音だけど、今の君の手札じゃ、アイツを仕留めるのは難しいと思うんだ』
『はい。さっきまでの私では、多分無理でした』
まるで今は違うとでも言わんばかりの口ぶりである。
……いや、待て。まさか。
『分かった。話してみてよ、君の攻略プランを』
◆
「よう、頭でっかち尻すぼみっ! てめぇのフォルムクソダセェんだよ、百足野郎」
「
「ワッチ!?」
俺が柱から出るや否や、奴はすぐにごんぶとビームを飛ばしてきた。
ったく、ちょっと悪口言ったらすぐコレだ。
新大陸だと、どれだけ悪口言われても暴力で返したら負けなんだぜ? まぁ、ここは皇国なんだけれども。
「はい、【四次元防御】!」
俺は中指を突き立てながら、無敵モードを発動させる。
視界がモノクロに切り替わり、音も匂いも消失した世界で、ただひたすら中指を突き立てたお地蔵さんとして振る舞い続ける健気な俺ちゃん。
照射されるごんぶとビームなど何のその。
今まで味わってきた理不尽アタックの数々に比べれば、こんなもん屁でもねぇわ、クソッタレ!
「(……さて、後は)」
生憎と【四次元防御】中は、《思考通信》も霊力感知もできないから状況を見守ることしかできないけど、多分、大丈夫。
きっと彼女ならばやってくれるはず。
そうして無駄にビームを浴びながら待つこと一分弱。
果たして彼女は現れた。
纏っているのは深紅の装甲。
両手に抱える獲物を火色の
《
花音さんの成長は特殊だ。
レベルアップによる能力の増加ではなく、さる事情により失った能力の再習得というのが、『途中までの』彼女の成長要素である。
だが、その点を加味した上でも彼女の成長は目覚ましかった。
ウチに入った時点では一つしか扱えなかった形態変化を、ごく短期間の訓練と模擬戦で三つまで
飛行百足ゴーレムのデカい顔が、桜髪の少女へと向けられる。
無機質に、機械的発射される紅のごんぶとビーム。
だが、お得意の必殺技は、その数倍の大きさを誇る極太ビームの前にあっさりとかき消され。
俺は急いで【四次元防御】を解き、その光景を色つきで視た。
轟く快音。
肌に当たる熱を伴った霊力圧。
桜色の極光が、ゴーレムの装甲を突き破り、周囲の石柱すらも消し飛ばしながら、岩石野郎の身体を塵も残さず滅ぼし尽くす。
「流石すぎるぜ、花音さん」
あぁ、そうだ。
すっかり忘れていた。
周りが頭のおかしな性能をした連中ばかりのせいで、すっかり忘れていたが、彼女も十分壊れキャラなのだ。
無印メインヒロインの称号は伊達でもお飾りでもない。
彼女もまた、化物。
それも遥と同じ成長性に特化した天才なのである。
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・
巨大な大筒から桜色のごん太ビームを飛ばす砲撃特化形態。基本フォームの中では最も高火力を出せるカテゴリーである。
このフォームの使用に難しい技術は必要ない。
ただ狙って撃つ。それさえできれば
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