第百十九話 蒼き闘犬










◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・コロッセオ





 コロッセオという名前の血なまぐささとは裏腹に、屋内の様子は小洒落たホテルのように整っていた。



 黄系統の光を放つシャンデリアに、大理石の床。

 階段もぐるんぐるんと螺旋を描いていて、何だかものすごくラグジュアリー。



 流石は、コロッセオ。きっとたんまり儲かってんだなーと感心していると火荊が「これだから庶民は」と鼻で笑ってきやがった。




「全部ガワだけよ、ガワ。材質は大したことないし、大理石も人工ね。後、置かれてるアンティークも、あえて古めかしく作ってるだけの安物だから、あんまり物珍しそうに観ていると足元すくわれるわよ」



 ……なんかものすごく賢いことを言われた気がする。

 腐ってもタイ、メスガキでもお嬢様ってことか。

 くそ、なんかくやしいっ。




「ねぇ、凶の字。こんな貧乏くさそうなところで本当にお金稼げるの? アタシ何だか不安になってきたわ」



 入りたいって言ったのはお前だろうが、という心底からの叫びの声を、喉元フロントラインで必死に押さえ込みながら、俺はドラゴン娘の質問に紳士的に答えた。



「そりゃあ、お前さん次第だよ……と言いたいところだけど、多分大丈夫だと思うぜ。だって最強無敵のナラカ様が負けることなんてあり得ないだろ」

「っ! ふんっ、分かってるじゃない。そうよ、アタシは勝者。生まれついての勝ち組であり、親ガチャも環境ガチャも才能ガチャも全てにおいて最高等級のパーフェクトビーング。だから……」

「へいへい。すごいすごい。それじゃあ、俺は手続き済ませてくるから、ナラカ様はそこで大人しくしててくださいね」

「あっ、ちょっと最後まで聞きなさいよ!」



 嫌だよ、お前の話長いもん。









 コロッセオの仕組みは意外と単純だ。


 冒険者IDと紐付けされたカードにマネーをチャージして、そいつを専用のコクーン(あるいは、視聴用のマシーン)に投入。

 

 そうすると自動的に胴元へ一定の額が振り込まれて、試合がスタート。その後戦いの結果によって、勝者に配当金が配られ、敗者は賭けた分のマネーを失うというわけさ。



 カジノ施設と違うのは、運否天賦ではなく、完全な実力制ってところだな。



 強い奴は当然のように勝つし、弱い奴は当たり前に負ける。



 逆を言えば強すぎる奴は中々ファイトを受けてもらえないし、弱そうな輩ほど、声をかけられ安いので、いかに自分を弱々しく見せられるかが鍵になる。





「良いか、火荊。最初が肝心だぞ。いかにも興味本位で遊びに来ましたー(まぁ、実際その通りなんだが)って感じを装って、強そうな相手を釣るんだ。何ならその辺に置いてあるIDチェッカーを使って、これ見よがしに戦歴がないことをアピールしてやれ」

「成る程ね、良い案だわ。……ねぇ、だったらこういうのはどう? 釣った魚をすぐに焼かずに、わざと良い試合を演出してあげるの。それでその試合を観たカモ達に自分なら勝てるかもって夢を見させてあげるのよ、そうすれば」

「初心者補正マークを長引かせられるって寸法か。悪くないな、……っと、そうだ。入場する前にこいつを着けておけ。角隠し用の耳当てだ。さっき売店で買っておいた」

「気が利くじゃない。龍人だってバレたら、折角のカモが逃げちゃうものね」

「そゆこと」




 ゲッゲッゲと二人でこそこそとほくそ笑みながら、儲けるための作戦を考える。



 あぁ、良いなぁ。やっぱり俺はこういう時間が一番楽しい。




「やるからには、勝ちまくれよ。ただし、圧勝はせずに生かさず殺さずだ」

「誰に物を言っているのかしら。このアタシにかかれば、どんな塩試合も、たちまち名試合ごちそうに早変わりよ」

「オーライ、その意気だ。んじゃ、いってこい」



 コツリと拳を合わせて戦勝祈願。

 さぁ、まずは一戦目。

 美味しいカモを探しに行こうか。




◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・コロッセオ・バトルフロア




「はぁいっ、お兄さんヒマ? 良かったらアタシと手合わせして下さらない?」



 アップテンポのユーロビートが流れるバトルフロアに颯爽と現れたおっぱいガール。


 露出なんてなくとも、その破壊力は戦術兵器級ボインボインで黒のドレスアーマーから視えるそのあまりにも三次元ビッグな胸部装甲は、瞬く間の内に会場のボルテージを常夏色に変えた。



 男はバカな生き物だ。

 たとえそれが手に入らないと分かっていても、あるいはのっぴきならない事情によりポケットの相棒モンスターが機能しなかったとしても、そこに『巨乳』があれば目を注いでしまう。



 逸らすか視るかは、その後の話なのだ。


 たとえどれだけ紳士的かつ誠実な男でも無視はあり得ない。

 まずそこにおっぱいを「認識」するという工程があって、そこから各人の倫理が働くという仕組みになっているのである。




 火荊が声をかけたその男性は、どちらかといえば紳士よりの人だった。



 目の前で揺れる均整の取れた巨乳から必死になって目を背けようとして、火荊の美貌に見惚れてしまい、そして再び目を逸らそうとすると、おっぱい、太もも、足、顔、おっぱい……




「あのっ、はひっ、僕なんかで良ければよろこんでお相手するよ」

「そっ、ありがと。それじゃあ、早速レートの相談なんだけど」



 そうして天使のような顔をした悪魔は、清らかな微笑みを浮かべ









「あっはははははっ! ザ―コッ! ザ―コッ! このアタシに勝とうなんて百年早いわぁっ!」




 そして当然のように快勝したのである。








 いや、実際やつのやり口はとても上手かった。



 おっぱいで釣り、メスガキム―ブで煽りながらも、勝負自体はそこそこ拮抗しているかのように演出して周りの分からせおじさん達をことごとく釣り上げたのである。



 火荊は色々と終わっているが、決してバカではない。


 

 むしろ戦闘面での地頭の良さだけで言えば、ウチのクランの中でもトップに入る程の逸材なのだ。


 火荊の問題は、そういった慧眼を本人の残念パーソナリティがことごとくダメにしている点にある。

 つまりそこさえ改善できれば、いずれは三強にも食い込めるのでは(少なくとも三作目の火荊ナラカは、黒騎士相手に有利判定を出しても全然問題ない位には強いし)と俺は思っているのだが、肝心の本人がやっぱり




「ほらほらっ、みなさいよ凶の字! たった一時間でクレジットが二十万近くまで増えたは、時給二十万って中々じゃない? 流石はアタシねっ! ガッハッハッ!」

「そうね。すごいね。大したもんだわ」



 適当に褒め言葉を並べながら周囲を見渡す。



 冒険者達が火荊を見る視線の色が、さっきまでとまるで違う。


 あれは性的ピンクというよりも警戒心レッド



 この女はヤバい奴だとようやく気づいたらしい。



 まぁ、さすがにそろそろ潮時だろうな。

 もう誰もコイツをか弱いルーキーだとは思ってくれないだろうし



 だけど



「よぅし、その調子でガンガン稼いで来い。お前なら百万だって夢じゃない」

「あはっ、桁が二つ足りないわよ凶の字。アタシなら一夜にして億だって夢じゃないわぁ」



 バトルクレジットの詰まったカードをくるりと人差し指で回転させながら、火眼のドラゴン娘が不敵にわらう。



 突如、現れた新参者が魅せる破竹の快進撃。



 それを面白く思わない輩がそろそろ現れそうなものだけど










「火荊ナラカってのは、お前か」



 それから約三十分後。



 俺達の前に小山のような体躯の大男が現れた。



 ビッグだ。兎に角ビッグだった。



 身長はニメートル十、いや二十はあるか。身体中に筋肉が実っているのは元より、その人物は横にも大きかった。


 レスラー体系とでも言えば良いのかな。ただ筋肉をつけているだけじゃなくて、あえて脂肪もつけて体を膨らませている。


 俺がゴリラならば、そいつはさながらクジラとでもいうべきか。


 

 短髪蒼髪のクジラ男がドラゴン娘に向かって言い立てる。




「初心者装って、カネ撒き上げてるメスガキってのはお前か」

「二つ誤解があるわ。まずアタシは実際今日この遊び場を知ったばかりの初心者よ。そしてアタシはガキでもない。この抜群のプロポーションが目に入らないのかしらぁ」




 そういうところがガキだっつってんだよ。

 ほら見ろクジラ男さんのこめかみがピキってるじゃないか。




「ふざけた野郎だ」

「野郎じゃないわ、お嬢様よ。ねぇ大丈夫頭? それとも眼の方? もしかして両方だったりして、キャハッ」



 煽る煽る煽りよる。



 絡んできたのはクジラ男さんの筈なのに、いつの間にかすっかりドラゴン娘のペースだ。


 流石はナラカ様。

 ただただ性根がねじ曲がってらっしゃる。




「すいません、俺達本当に今日が初めてだったんです。一応ルールは守っていたつもりなんですけど、もしも皆さんを御不快にさせたようでしたら謝ります」

「アンタがこいつの保護者か……んっ、お前どこかで」



 クジラ男の顔色が徐々に疑念から確信へと変わっていく。




「……っ! 知ってる、知ってるぞ。お前、あの清水凶一郎だな」

「えっと、あなたは?」




 俺の問いかけに、彼は鼻息をならしながら答えた。




「俺はアズ―ル。しがない冒険者さ」

「しがない冒険者が、アタシ達に何の用よ」

「まぁ、成り行きって奴だ。一応これでものまとめ役の一人なんでな。変な客には釘を刺しとかねぇと、周りの奴らに示しがつかんのさ」

 


 圧が消え、急に饒舌じょうぜつになるクジラ男。


 俺の素性を知って明かに態度を軟化させたアズ―ルさんに対し、火荊が訝しな表情で言葉を返す。



「わっかりやす。凶の字ごときにビビり散らかすなんてアンタ本当に【お下劣な言葉】ついてるわけぇ? 図体ばかりでかいくせに小心者とか……ふがっ!」

「すいません、ウチのバカが。今言った事は全て撤回させて頂いた上で深く謝罪させて頂きます。本当に申し訳ありません」

「あぁ、イヤ。良いんだよ。先に絡んじまったのは俺の方だし、気にせんでくれ」

「いえいえ、そういうわけにはいきません。このような失礼極まりない物言い、到底社会人として許されるものではございません。場内を騒がせてしまった件も含めて、是非ともお詫びをしたい所存であります」




 というか、ここでお咎めなしだと困るんだよ。



 火荊のバカをしばらく泳がせていたのは、アンタとコンタクトを取るチャンスを窺っていたからなんだから。



 『蒼き闘犬』のアズ―ルだろ。



 ここ『天城』攻略におけるキーキャラクターの一人。



 初日のこのタイミングで知り合えた絶好の幸運チャンスを逃してたまるかってんだ、クソが。















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