第百十八話 新しい拠点








◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点




 中間点には、往々にして特色カラーがある。



 近代的な街、牧歌的な村風味、SNS映えする景観から、果ては空飛ぶ車が走る未来都市まで。


 その在り方は千差万別であり、自由自在。


 これは『ぷるぷるさんというチート創造家集団のおかげで、現実世界よりもはるかに簡単な街づくりが叶うから』という理屈が一応存在するのだが、まぁぶっちゃけゲーム的な都合なんだろうなと俺は勝手に思っている。



 中間点ってのは、言うなれば『RPGの街』だ。



 個性的な景色、テーマに沿ったBGM、独自の文化とサブクエストがあり、【一つの地域を舞台としながらも、色んな世界を描く為の舞台装置として機能している】のだと、かつてとある有名ギャルゲーブロガ―様が論じていらっしゃったが、言い得て妙だよな。



 現実世界という基盤となる世界があって、その下にダンジョンという小さな異世界がある。


 そして冒険者を、【ポータルゲートを通じてありとあらゆる異世界にアクセスできる次元渡航者プレーンシフター】と定義づけるならば、成る程、シリーズが進む度に設定がインフレしていくのにも一定の説得力が




「いや、ねぇわ。単に運営側が設定盛るのが大好きマンなだけだろ絶対」

「凶一郎さん?」



 つい漏れてしまった俺の電波メタ台詞を聞いた花音さんが、不思議そうな顔で俺を眺めていた。



「あぁ、いや。ここの景色が凄すぎてさ、作った奴というか、設定した奴は相当、美意識が高かったんだろうなってのを俺なりの言語センスで呟いただけですハイ」

「なるほど。凶一郎さんは、詩的ですね」



 苦し紛れの言い訳を、ものすごく好意的に解釈してくれた桜髪の少女に心の中で「ごめんね」と謝りながら、俺は目の前の建物を見上げる。




 三つの門と、十数本の鐘塔から形成されるその巨大建造物。


 それは端的に言って、サグ○ダファミリアだった。



 実際にはカラーリングや、鐘塔のデザインなどに細かい違いがあるので似て非なるものです、とデザイナーさんが設定資料集で言い訳していたが、向こうの世界の住民ならば十人が十人突っ込む程、それはサグ○ダファミリア(の完成予想図)だった。




 オレンジと茶色を基調とした街の風景もどことなくスパニッシュだし、特徴的な屋根の形とか、色彩豊かな公園なんかもまんまグ○ル公園である。




「わぁーっ、すっごく綺麗」



 そんな夕暮れ時のバルセロナ……じゃなかった『天城』の街を感嘆のため息と共に観覧する花音さん。



 彼女の頬が赤いのは、きっと夕陽のせいではないのだろう。


 あの空樹花音が、素直に感動している。


 ゲーム時代は、主人公達が街の景色に感動しているかたわらで『早く拠点に向かいましょう』とクールに決めていた彼女が、はしゃいでいる。



「ねみぃ」

「…………」



 なんだったら、パーティーの中で一番満喫しているまである。



 チビちゃんはおねむだし、ウロさんは暗殺者の習性なのか、人々の往来を静かに警戒していた。



 そんな張りつめなくてもいいのにな、と少しだけ思う。



 だってこの街を歩く人々の姿はどこまでもラフで、穏やかだ。


 ほら、あのお姉さん集団見てみろよ。みなさんすっごい露出で胸もたわわと――――なんてバカみたいなワイ談をかませる相手がここにはいない。


 まぁ、そもそもどれだけこの手のネタで盛り上がったところで、どうせ俺の第三人格は盛り上がらないのでどうでもいいのだけれど。


 さておき。



「どうしようかこれから、みんなで観光してから借り家に行くか。借り家で荷物降ろしてから、自由行動にするか」

「ねたい」 

「…………(ピースサイン。多分、二番の選択肢ってことなんだろう)」

「わ、私はみなさんに合わせます」



 後者の選択肢が二人。どちらでも構わないが一人。



「オッケー。だったらまずは、俺達の拠点に向かおうか」




 言いながら、ふと思う。



 そういえば火荊は、どうしているのかしら。




ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点「住宅街エリア」




『――――もしもし。あー、やっと繋がった。ちょっと、アタシの家どこよ? アンタ達がノロマなせいで、超絶待たされたんですけ』



 荷物を部屋に降ろしながら、思考通信を切る。



 今回のお部屋は、白、黒、グレーの三色を基調としたクールカラーで出来上がっていた。



 大きめのソファーに木製のクローゼット、それとベッドは何故だかダブル。天井にはアクセントとして星空のタペストリーが敷かれてあって、お……ちゃんと冷蔵庫とテレビもあるじゃないか。しかも、筋トレ用の機材まで置いてあるし。



 いやぁ、参るね。

 これで個人部屋とは、本当に恐れ入る。

 流石、叔母さん。良い物件取ってくれて(しかも経費で落としてくれて)マジ感謝。




『ちょっとー、もしもーし。なんか急に切れたんですけどー。超感じ悪いんですけ』





 荷物の整理が終わったら、次は借り家全体の点検だ。



 チビちゃんは早々に自分のお部屋でねんねんころりになってなってしまったので、これは主に俺と花音さん、そして虚さんの三人でやった。



 今回の借り家は二階建てで、天井が吹き抜けとなっている。


 一階が男性陣の部屋、二階が女性陣の部屋。

 風呂は一階に備えつけられていて、トイレは一階と二階の両方にあるから基本的に男性陣が二階に上がる事はない。



 幾ら冒険者とはいえ、やっぱりこういうところは気をつけないといけないからな。


 資金があるからこそできるセパレートってわけよ。





『ねぇ、もしかしてわざとやってる? あっ、分かった。アタシに先越されて悔しかったんだ。ったく器の小さい男ね。きっとアソ』





 一通り見て回って、家に異常がないことを確認した俺達は、その後各々おのおのの時間を過ごすべく散会した。



 チビちゃんは昼寝、虚さんは偵察(と、本人が書置きを残していた)、俺と花音さんはアイランドキッチンで軽食を作りながら談笑を楽しんで




『ねぇ、ちょっと。特別に謝ってあげてもいいから、さっさと迎えに来なさいよ! クソ、この【聞くにえないお下品な言葉】! ……あー、今のはうそうそ! 言葉の綾ってやつでちゃんと反省してるから、心入れ替えたから、だから』

「あの、凶一郎さん」

「ダメだ」




 自業自得な上、奴がやったことは、擁護のしようのない単独行動である。



 迷惑こそかけていないし、何だったら火荊がいなかったおかげで逆にスムーズに進んだんじゃねといった気すらするものの、それでも「好き勝手やって、舐め腐った態度をとっても簡単に許される空気」が出来上がるのはまずい。



 だから火荊が、あのプライドがサグ○ダ・ファミリアよりも高いメンタルメスガキがきっちりと頭を下げるまで俺はあいつに応対するつもりはない。



「花音さんも、あいつがちゃんと謝ってくるまでは応対しちゃダメだよ」

「あまり気が進みませんが、了解です」




 等と言いつつも花音さんの顔色はあまり優れてはいなかった。



 感情としては手を差し伸べたいけれど、秩序維持の為には致し方ないと割り切っている感じ。

 あぁ、俺の知っている空樹花音だと、ふと思う。




◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一中間点・噴水エリア





 火荊が折れたのは、それから約二時間後の事だった。


 奴の名誉の為に詫びの言葉は割愛しておくが、それなりに泣き声が入ってたとだけ伝えておく。


 さしもの俺もちょっと罪悪感を覚える程には、反省しているみたいだったからさ、仕方ない迎えに行ってやろうとわざわざ早足で待ち合わせ場所に向かったところ




「遅い! ねちっこい! まったく、どれだけアンタは陰険なのかしら。このアタシに恥をかかせるなんて」

「帰る」

「あー、ウソウソ! ちゃんと反省してるってば、今後単独行動は控えてあげるから、アタシを家に入れてくださいっ! ……くそ、おぼえてなさいよ」

「なんか言ったか」

「いいえ、何も。アタシはアンタの忠実なる犬よ、代表様」



 ……ふんぞり返りながら言われてもまったく説得力がなかったが、まぁいい。

 多少は応えたみたいだし、何よりそのポージングは、ドラゴン級の胸部装甲が強調されていて、大変眼福である。


 火荊は罪だらけだが、火荊のおっぱいに罪はない。

 故に俺はおっぱい……じゃなかった火荊を許す事にした。


 

 ていうか。



「別に俺達と連絡取らなくても、適当に宿屋でも借りれば良かっただろ」

「……だってそんなことしたら、アンタますます怒ったでしょ」

「だろうな」

「後、そもそもお金持ってないし。パパがくれたお小遣いはとっくに全部使っちゃったし」

「お前な」



 どんだけ後先考えてないんだよ。


 刹那的にも程があるだろうが。



「……ひとまず家に帰ろう。案内するから」

「お腹すいた」

「食事は用意してある。家に帰ったらあったかい食事が待ってるぞ」

「A5のお肉が食べたい。焼き加減はミディアムで、トリェフとウニも欲しい」

「抜かせ。今日は、ちゃんぽんと肉じゃがだ」

「ちゃんぽんって――――何?」

「マジかお前」



 素できょとんとされちまったよ。

 流石は上流階級様だぜ。








「ねぇ、あれ何?」




 帰り道の途中、ドラゴン娘が真白のドーム会場を指差した。



 夜の街に燦然と輝くその場所は、冒険者ならば誰もが知っているホットスポットである。




「あれは『コロッセオ』だよ。シミュレーターを使った興行で儲けてんのさ」



 コロッセオ、バトルカジノ、VBF


 言い方は色々あるが、こういう施設は割とどこのダンジョンでもある。



 俺達が夏に挑んだホープフルカップも、広義の意味では似たようなものだし、そもそもシミュレーションバトル自体がそういう娯楽として大衆に受け入れられてるからな。



 表看板には、ちゃんとダンジョン組合公認マークも掲げられているし、原作目線で言ってもこのダンジョンのコロッセオは危ない場所じゃない。


 普通に遊んで、ファイトマネーを獲得する分には何の問題もないだろう。



「興行で儲けてるって事は、雑魚を倒すだけでお金貰えるの?」

「まぁ、そうだけど。……ってお前まさか」



 気づいた時にはもう遅かった。



「ねぇ、凶の字。アタシ、あそこ行きたい」




 だって、そう語るドラゴン娘の火眼は、これでもかという程金色かねいろに輝いていたのだから。





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