第百十七話 バトルドレス
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
「それじゃあ、ブリーフィングを始めるぜ」
昼時を少し過ぎた午後二時。
俺達は五層行きのポータルゲート付近の木陰で、ランチミーティングに勤しんでいた。
刺々しい葉が生い茂る巨大樹の下で、ブルーシートに乗っかりながら昼飯を食べる。
……どこからどうみても、ピクニックにしか見えないが、やってる事は中ボス攻略を見据えた真剣な会議である。
「ちょっと、眠くなってきちった」
「…………」
そのままグースカピーと眼をあけたまま鼻ちょうちんを膨らませるチビちゃんと、結構ガッツリ系の飯を猛スピードで掻き込んでいく虚さん。
……ウチの大食い三人娘程ではないけれど、この人も結構な
なんだろう、過ごす時間が増える度に謎ばかりが増えていくこの感じ。
キャラクター像がブラックボックス過ぎるから見てて全然飽きないわ、この人。
さておき。
「花音さん」
「はいっ」
ツナサンド片手に敬礼のポーズで応えるポニーテール少女。
「五層のボスは、俺と君の二人で攻略する。君がメインで俺がサブ。後の二人は控えに回ってもらって、俺達だけで敵を倒す。……何故だか分かるかい?」
「はいっ。未熟な私を鍛えるためです! 後は凶一郎さんとの連携訓練、それとユピテルちゃんと虚さんを加えると勝負にならなくなってしまうからという理由もあるかと思います」
「概ね正解だ。間違ってる部分は、俺が花音さんを未熟だと思ってないってとこだけ。君は立派な冒険者だよ」
「あっ、ありがとうございますっ。恐縮であります」
言葉こそお堅いが、その愛らしい顔立ちはほんのりと喜色に満ちていた。
どっちかといえば犬系なんだよな、この子。
色んな意味で猫ちゃんなウチの彼女とは、対照的である。
「とはいえ、今後の攻略を考えていく上で、君にもっと強くなってもらう必要があるのは確かなわけで。だからこそ
「はいっ、ありがとうございますっ。先輩方に早く追いつけるように、精一杯頑張ります」
良いお返事。
経歴としては自分の方がはるかに先輩なのに、そこに驕らず、そして腐らない姿は本当に好感が持てる。
この真面目さと素直さは、間違いなく彼女の武器だ。
俺なんかが言うのは
……まぁ、本音をいうと伸びてもらわないと困るんだけど。
だって、お客様扱いするわけにもいかないし。
そりゃ確かにあの日、俺は彼女を守ると誓ったさ。
そして“烏合の王冠”のメンバーとして受け入れもした。
だけどそれは、花音さんをお姫様のように扱って大事に愛でる為じゃあない。
彼女を“烏合の王冠”に入れるということは、つまり俺の地獄ダンジョン攻略RTAに付き合ってもらうという事と同義であり、そして俺はその点も含めて『覚悟』を決めたのである。
だから俺は、他のメンバーと同じように彼女を『使う』つもりだ。
適正があればバンバン危険な敵とも戦わせるし、足りないところは容赦なくつついて強くなってもらう。
俺にとって『守る』ってのは、
一緒に強くなって、鳥籠を自分から巣立っていき、そして憎き古巣をボロクソにぶっ潰せるくらいまで育てることが『守る』なのだ。
てか花音さんを華やかな表舞台に引き戻すっていう行為自体が、どこぞのゴミカスクランをピキらせるキーフラグだからな。
原作と同じような対立展開(といっても、既に二つの五大クランに喧嘩を売ってるわけだから、そんな大差ないんだけど)が予測できる以上、彼女をどれだけ育てても育てすぎということはない。
打倒“烈日の円卓”
目指せ五大クラン落とし。
「そういうわけだから、花音さん。一緒に頑張って“烈日の円卓”をぶっ潰そうな!」
「どこからそんな話になったんですか!?」
どこからともなくだよ、フッ。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
石畳の床に、燃えたぎる松明。
迷宮の一区画とでも言えばいいのだろうか。
奥行きは二百メートル程あり、天井の高さは五メートルくらい。
横は大体二十メートルってところか。
サイドステップを使っても問題なく戦える距離感である。
それはまさに、ザ・普通なボス部屋だった。
暗くもなければ、狭くもなく、屋外でもなければ、悪趣味なオブジェもない。
普通。基本的。あるいはオーソドックス。没個性。
そして、その奥で斧を構えるボスもまた、ファンタジーの定番とも言える出で立ちをしていた。
頭は、
身体はムキムキマッチョ。
全長は驚異の三メートル越えな二足歩行生物。
「OXWOOOOOOOO!」
彼の名はミノタウロス。ここ、ダンジョン『天城』五層の守護を務める中ボスである。
野太い咆哮を上げながら、石畳の床を疾駆する牛頭の怪人。
彼の眼窩から
いいね、バチバチ来るよ。
このひりつくような緊張感は、やはり模擬戦じゃ味わえないからな。
「花音さんっ、手筈通りに」
「はいっ」
彼女の返事を火打ち石にして、俺は戦線を駆け抜ける。
右手に構えたエッケザックスは大剣形態。
一秒毎に近づいていく、灰牛の怪人にメンチを切りながら、未来視を展開し
『今だっ!』
瞬間、後方から三筋の閃光が発射される。
桜色の輝きを放つ線形の閃光。
霊力と熱量が混ざりあったその輝きは、ミノタウロスの両足と脇腹を焼き払い、牛さんの突進を見事止めることに成功。
『ナイッショ、花音さん。“カウント”も無事一個貯まったよ。敵が再生するまで数秒の猶予がある。その内に』
『はいっ、畳み掛けますっ!』
脳内に響く生真面目な
そしてそれから僅か一秒も経たない内に、彼女は俺のいる場所を追い抜いていった。
「はぁあああああっ!」
翡翠色の戦衣装から放たれる指向性を持った突風。
文字通り風を纏った花音さんは、現在進行形であんよを再生中の牛頭怪人の喉笛に、思いっきり長槍を突き刺した。
《
風のように駆け、穂先から嵐を巻き起こし、敵を一方的に蹂躙する――――ゲーム時代、どれだけ彼女のレベルが上がっても、決して腐ることのなかったこの
「OXWOOOOOOOO!」
喉から下を突きと“嵐”によってグチャグチャにされたミノタウロスが、弾けるような怒号と共に大斧を振り回す。
荒々しい風体とは裏腹に、彼の攻撃はとても理性的である。
幾つかのフェイントを交えながら本命の一撃をさりげなく撃ち込み、花音さんの攻め手を強引に防いでいく牛さんお化け。
攻撃は最大の防御というが、彼の動きはまさにそれだ。
苛烈に相手を攻め立てることで、無理矢理敵のアタックを封じ、そしてその隙に肉体の再生とお得意の《硬質化》で再起を図ろうとしている。
《硬質化》、あれ厄介なんだよ。
龍種の
だから悪いけど
「邪魔するぜっ」
未来視でシミュレートしたルートをなぞり、攻撃のチャンスを作り出す。
狙いは固くなりかけている腹部。
黒く染まる雄牛男のストマック目がけて、エッケザックスを旋回させ、ドンピシャのタイミングで大槌形態へと移行。
「せいっ!」
「!?」
つま弾く破砕音は、《硬質化》を阻止したというミノタウロス側からの
これでカウントは二つ目。
良い調子でこっちも溜まってるが、今回の主役は俺じゃない。
『今だ、花音さんっ』
『はいっ!』
《硬質化》が砕かれ体勢を大きく崩した雄牛お化けの懐に向かって、桜髪の少女が疾駆する。
両手で持ち構えたその武器は、翡翠色の風槍ではなく、琥珀色の霊力を纏った巨大戦斧。
刃渡りは目算で二メートル超。
ミノタウロスの得物は愚か、エッケザックスの大剣形態すらも上回る超巨大質量兵器を振り上げる少女の体は大地の霊力と琥珀色の大鎧で覆われていた。
《
公式設定資料集で『ミサイルの一撃』と例えられていた
「――――はぁあああああああああああああああああっ!」
「OXWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
そしてそのまま、牛頭の怪人を真っ二つに割断した。
雪崩のような土煙が巻き起こり、周囲の松明が風圧でかき消され、そして耳心地の悪い爆音が層内全体をロックに揺らす。
ミノタウロスの生死は……こりゃわざわざ確認するまでもないな。
奴が裂けた場所から夕陽色の謎粒子がわんさかと視える。
死んだ。
完璧に。
ものの見事に、疑念の余地なく、牛怪人の再現体はこの領域から消え去っていた。
再生能力持ちを、再生できない程の一撃で粉砕――――確かにミサイルだ。ミサイル以外の何物でもない。
「終わり、ましたぁっ」
荒く息を吐き出しながら、その場にへたれこむ花音さん。
少なからず疲労の色が見えるが、それを圧倒的に上回る濃度の感情が、彼女の顔には現れていた。
「ひさし、ぶりの、ボス戦で、ちょっと緊張しちゃいましたがっ、やっぱり楽しいなぁっ。胸がドキドキして、目の奥がかぁっと熱くなって、あぁ、ほんとにっ、すっごくすっごく楽しいです」
それはきっと特定の誰かに向けて言った言葉ではないのだろう。
心から溢れてくる喜びの洪水がどうしても押し
玉のような汗をかき、年相応の無邪気さで笑う桜髪の少女。
「お疲れ、花音さん」
「お疲れ様です、凶一郎さんっ」
俺はそんな花音さんの手を笑いながら取り、ゆっくりと彼女の体を起こしたのだった。
――――――――――――――――――――――─
・『アイギス』:位階「亜神級中位」
能力特性は「守護」
盾や鎧、そして“守護者”を生み出す能力。
それぞれの
性格は、かなりお堅い。
・《
アイギスのメインスキル。
用途の異なる鎧を術者に纏わせ、英雄に変える能力。
それぞれのフォーム毎に別種のステータス配分を施す事で、器用貧乏になりがちなバランス型の問題を解決している。
現状、花音が扱える形態は三つ。
①
風の如き速さと、小規模の嵐を起こす強襲形態。スピードが群を抜いている半面、攻撃力自体はそこそこで、防御面に関しては極めて脆い。手数と攻撃範囲で翻弄し、次へ繋げる隙を見出す形態。
②
巌の如き頑強さと、何物をもなぎ倒す英雄の膂力を得る脳筋形態。この形態でやる事はただ一つ。殴る。思いっきり殴る。それで相手は大体死ぬ。攻撃と防御面以外(特に敏捷性)のステータスが極端に下がる代わりに、決めさえすれば極大ダメージを与える事ができる、フィニッシュブロー形態。
③
矢とは名ばかりのレーザーもどきをばんばか放つ牽制形態。この形態時の花音は手先の感覚と集中力が達人の域まで高まり、絶対命中マンと化す。やっている事は完全にレーザービームなのだが、どこぞの中ボスが、チュートリアルでこれをしこたま浴びながらも喋る余裕があった事を鑑みると、もしかしたら別の理屈で働くサムシングなのかもしれない。
しかし、それはそれとして岩ぐらいなら普通に貫通する。
どうして髪型が変化するのかは謎。
もしかしたらアイギスの趣味なのかもしれない。
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