第百二十話 タッグマッチ
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
円形の闘技場に満員の観客。
やいのやいのと観覧席で叫ぶアバター達の正体は、当然ながらここの利用者達である。
なんだかすごい事になっちまったなぁ。
お詫びに何でもしますからって言ったら『じゃあ、一戦手合わせ願いたい』って頼まれちゃって気づいたらこうしてバトル展開。
ったく、脳筋共め。
カードゲームアニメじゃないんだから、何かあったらすぐ
「勝負は時間無制限の一本試合。バトル形式は天啓なしのタッグマッチで決着はどちらかの陣営の全滅か、シミュレーターの“
「ないわ。さっさと始めましょう」
「同じく」
俺達の返事を聞いたアズ―ルさんは、うむ、と木の幹のような首を動かし、それから最後の参加者へと目線を向けた。
「すまんな。
「気にするな、友よ。俺とて武芸者の端くれ。強者との相対が叶うとあらば、万難を排してでも駆けつけようぞ」
フランクなのか仰々しいのかイマイチ掴みどころのない喋り方をするその男“納戸”さんは、とても奇抜な格好をしてらした。
白装束を纏い、目を白布で覆って、髪型はドレッドヘアーとチョンマゲを足して二で割ったようなパンク侍スタイル。
流石はネームドキャラ。
ビジュアルが濃ゆい。
「へぇ、ちょっとはヤリそうじゃない。雑魚は雑魚でも少しだけ骨がありそう。ていうか、魚の骨ってウザくない? あいつらが肉に勝てないのってそういうところだと思うの」
「しらねぇよ。ていうかどうする? 何か作戦でも立てとくか」
てっきり「このあたしに戦術なんて必要ないわぁ」といういつものアレが飛んでくるものだとばかり思っていたが、意外な事に火荊は「ふむ」と顎に手を当てて
「だったらこういうのはどう? まずアタシが――――」
◆
【三秒前、ニ、一、戦闘開始】
無機質なバトルアナウンスが場内に響き渡ると同時に、俺達四人は一斉に動き出した。
『作戦通り行くわよ。まずはアタシがあのクジラ男を、凶の字は』
『オーケー。やってやるとも』
《思考通信》と並行して《脚力強化》と《思考加速》、そして《腕力強化》の術をかけながら、俺は土色の床を風のように賭けた。
刹那、近くで巨大な爆発と地響きが同時に炸裂したがこれは無視。
怪獣は、怪獣同士で争っててくれ。シクヨロ。
「ふむ。俺の相手はお前か、代表殿。噂に名高き『覆す者』の実力、見せてもらうぞ」
「いや、俺ほんと大した事ないんであんまり期待しないで下さいね」
等と言いつつ、俺は右手に構えたエッケザックスでパンク侍さんの首をチョンパしようとし
「中々に剛毅な太刀筋。良い師に恵まれているな」
当然ながらこれを防がれたので、すぐにバックステップ。
納戸さんの武器は……うん、やっぱり長槍だ。
この辺はゲーム時代と一緒である。
まぁ、一緒だからといって何かが変わるわけでもないが。
技巧に優れた武芸者に半端な小細工は通じない。
ステータスを上げてゴリ押すか、武芸で対処できない程の火力でゴリ押すか……結局ゴリ押すしかねぇじゃねえかよ。
どうしよ。今の俺にこの人をどうこうできる程のゴリ押し力はないし。
ここは大人しく
「(半端じゃない小細工で行くか)」
俺は大剣形態のエッケザックスに霊力を纏わせ、そこから更に《時間加速》と未来視を起動する。
視界が切り替わり、時間の流れも様変わりする。
あんまり出し過ぎると、後が怖そうなので加速力は十五倍スタートだ。
猛烈に強化されたスピードと先読み能力の追加により、さっきまでとは比べ物にならない程の鋭さを得た俺の刃がパンク侍の槍と激突する。
ぶつかり合う金属音。内臓にまで響き渡る重々しい霊力圧。
装備の重量なら圧倒的にこちらが上の筈なのに、当たり前のように押されてんなチクショウめ。
「それが全力か」
「まさか。小手調べって奴ですよ、こてしらべぇ――――え!?」
瞬間、未来の俺が頭をブッ刺されて死んだ。
「クソッタレ!」
急いで全力バックステップで
「ったくギアの上げ方がさり気なさ過ぎて見切れないんですよ、アンタ達は」
武芸者の何が嫌かって『緩急』がエグイのよ。
この程度なら大丈夫だろうなって受けに回ってたら、次の瞬間にはこっちの反応をはるかに越えた速度で致命傷与えてくるから防御以外のステータスが意味を為さない。
しかも達人クラスの連中はたとえ防御固めたとしても、『隙』とか『穴』とか『弛緩の瞬間』とか言って平気の平左で貫通してくるからな。
意味が分からん。人力で魔法みたいな事するんじゃねぇよ、イカレポンチ共め。
「今のを避け切るか。面白い」
「そうかい、楽しんでくれているようで何よりです、よっ!」
地面を蹴って再び前進。
観客の歓声が耳をつんざく。
ただ移動しただけなのにこの熱狂とか俺ちゃんも随分と人気者に…………あっ、違うこれお隣へのやつだわ。
「おぉおおおおおおおおおおおおっ!」
けたたましい咆哮と共に青白い閃光を飛ばすアズ―ルさん。
口は元より左右の肩口に現れた蒼い毛並みの
『ケルベロス』、やっぱカッコイイよなあの精霊。
融合型の召喚術ってのが最高に男心をくすぐるぜ。
だけれども。
「アハハハハハッ! 何ソレ? 攻撃のつもり? まるで火力が足りてないんですけどぉっ!」
今回に限って言えば相手が悪い。
スペックだけで言えば、あのシラードさんすら上回るウチのドラゴン娘にそんな『けっこう良い感じ』程度の技など効かんのだよ。
案の定火刑は『ファフニール』を出さずに、自前のブレスだけでアズ―ルさんのビーム攻撃をぶっ飛ばしていた。
『よそを見ている余裕があるのかね』
刹那の間隙を縫うようにして未来の俺ちゃんの胸を貫くパンク侍。
おいおい、油断も隙もありゃしねぇじゃねえかよ。
「余裕なんて最初からありませんってば!」
「よそを見ている余裕が……むっ?」
槍の直進を大剣の腹で受け止めて、そのまま高速ステップ&連続ラッシュ。
当然、俺の攻撃は納戸さんに弾かれるが、構わず攻めて攻めて攻め続ける。
「……お前、何を見ている?」
「そりゃあ、もちろんアナタだけを」
あちらさんと比べると些か地味……じゃなかった武骨な攻防を繰り広げながら、俺は軽くパンク侍さんと言葉をぶつけ合った。
いわゆるマイクパフォーマンスってやつさ。
観客を楽しませる事も忘れちゃいけない。
「良いね、段々見切れるようになってきましたよ。こっから更にギアを上げちまったら俺ちゃんもしかして勝っちゃうんじゃないかな」
「抜かせ、若造。こちらとてまだ手の内を一枚も見せてはおらぬわ」
「へぇっ、んじゃあ、そろそろ」
「良いだろう、来いっ!」
そうして俺達は互いにギアを一段階引き上げ
「――――――――――
「…………………………
刹那、納戸さんの右肩が血の洪水と共に縦方向へと裂かれた。
《遅延術式》――――――戦闘を開始した時から武器越しにかけ続けてきた【時間低速化】の理が、最高のタイミングで実った結果である。
武芸者ってのはとても繊細な生き物だ。
自身の理合いを正確に熟知し、肉体を十全に使えてこそ、人智を越えた『神業』ってやつを実現できるのである。
そんな武芸者にとって一番大事な部分を、俺の《遅延術式》が狂わせた。
ステータスではなく、動ける時間を徐々に低下させていき、頃合いを見計らってよーいドンの出力アップ展開に持っていく。
そうする事で相手のズレを大きくし、更に《時間加速》でこちらの加速域を一気に引き上げる事で敵の『理合い』をブチ壊す。
己の加速と敵の低速を利用したこの技こそが無才の俺が辿り着いた『なんちゃって緩急』
よしよし良いぞ良いぞ、納戸さん程の相手にちゃんと決められたのは、ものすごくデカイ。
これなら、実戦でバンバカ使っていっても問題なさそうだが……。
「見事だ。あぁ、良い。良いぞお前」
光もかくやという程の速さで襲いかかる
「流石は“烏合の王冠”の頭領。我が理合いを打ち砕くとは実に見事。故に俺も」
斬ったはずの右肩から生えた四本の腕から長さの違う槍を自在に振り回しながら、歴戦の猛者が笑う。
「ここから先は、精霊の力を解放する」
そうして八本の腕を持つ異形の武芸者が完成した。
『ヘカトンケイル』、納戸さんの契約精霊の本領がとうとう発揮されたのだ。
……あぁ、まずったな。腕切った後にチキらず踏みこんどけば良かった。
とはいえ、後悔したところでもう遅い。
カウントは二つ。霊力には余裕がある。そしてレガリアはルールの関係で使えない。
「(さて、どうすっか)」
この阿修羅もどき相手にノーレガリア状態での近接戦は流石に分が悪い。
お茶を濁す程度の小細工ならば、幾らでもできるけれど、いずれはじり貧に――――《そして闘技場は、跡形もなく吹き飛んだ》――――あっ
「すいません、納戸さん。この決着は、いずれまた」
「何を言って――――!?」
八腕のパンク侍の顔が驚愕に変わるよりも早く、俺は【四次元防御】を自分にかけ
「アーハッハッハッ! 死になさい雑魚共! タイムアップよぉっ!」
◆
そして闘技場は、跡形もなく吹き飛んだ
◆
火荊ナラカの絶技が一つ、【
その能力は極限まで圧縮した熱エネルギーを、龍の霊力を使って一気に解き放つ“無差別爆撃”
チャージ時間の長さと誰かれ構わず問答無用で巻き込んでしまう使い勝手の悪さこそあれど、その威力は強力無比な上、奴はこいつを戦闘の片手間に作る事ができる。
ほんっと、性格以外は非の打ちどころのない化物だよな、こいつ。
「やったわ、凶の字! なんだかんだで五十万よ、五十万! あのクジラ男、滅茶苦茶気前が良いわぁ! これがいわゆる“稼ぎ場”ってやつなのね」
ゲゲゲゲゲ、と気持ち良さそうに高笑いするドラゴン娘さんは本当に楽しそうで、皮肉ではなく「よかったな」と思えてくる。
「しかしアンタも変わりもんね、最初に払ったチップ代以外いらないだなんてちょっとアタシの感性じゃ考えられないわぁ」
「別に俺はカネに困ってないしな。元々、お前の小遣い稼ぎにきたわけだし、思わぬ幸運にも巡り合えた」
アズールさんと、納戸さん。
初日の夜にこの二人と出会えて、手合わせが叶った挙げ句に、連絡先まで交換できたのだ。
『天城』攻略という観点でみるならば、このイベントの価値は五十万どころの騒ぎではない。
むしろ、五十万ぽっち(しかもこちら側の支出はゼロである)のファイトマネーしか与えられなくてすまんな、火荊とすら感じてしまう程にはホクホクなのだ。
「……ふぅん、まっ、アンタがそういうならそれで良いわ。さっさと家に帰りましょ。案内して下さる?」
「あぁ、もちろん。帰ったらあったかいチャンポンが待ってるぞ」
「だから、チャンポンって何よ」
「見りゃあ、分かるさ。あぁ、チャンポンだなって見た目してっから」
チャンポンのチャンポンって感じ、アレ本当に絶妙だよなぁ。
名前付けた人は、本当に頭が良いと思う。
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緊急回避行動の一種。避けられない急所攻撃を、『反射的に』腕でガードする技術。
冒険者の基礎訓練の一つとして、いの一番に学ぶ。
・『天城』攻略パーティー身長早見表
・ゴリラ:194センチ
・虚:187センチ
・ナラカ:166センチ
・花音:162センチ
・ユピテル:138センチ
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