第百五話 術技試験









 一日目があまりにも忙しかったから、神様が帳尻を合わせてくれたのだろう。


 二日目はおもっくそ暇だった。


 午前中なんて特に暇で、お昼過ぎまで遥と動物さんごっこに励んでいたくらいだ。



 まぁ、夕方頃には二十層踏破者がちらほらと現れるようになってきてた為、日がな一日中ゴロゴロというわけにもいかなかったが、それでも十二分に休むことができたと思う。



 やっぱり好きな人と過ごす時間は格別だ。


 だって、もしもこの場にはーたんがいなかったら、間違いなく一日目の疲れを引きずってたと思うもの。



 あぁ、はーたん。俺の愛しい人。



 ほんと、どうしてアイツは






◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』屋内食堂『ぽっぽっぽ』




 

「どうして俺の彼女はあんなに可愛くて美人で可憐で素敵で気立てもよくて性格も完璧で強くて優しくてエッチで魅力的ですべすべでぷにぷにでさらさらで尊いんだろうな」

「きっしょ」

 


 俺の惚気をバッサリと切り倒すお子様。


 なんて口の悪いチビちゃんだ。


 まるで教育がなっちゃいない。


 きっと義姉の影響せいなんだろうな。

 ……おのれ邪神め、あんなに素直で良い子だったチビちゃんをソシャゲ中毒のギャルゲー廃人に変えやがって。許せねぇよな、まったく!



「それについてはアル姉あんまし関係ない。むしろワタシがこうなったのは、ゴリラがクソみたいな神引きばっかするせい」



 赤色の紙容器に乗ったジャガイモの揚げ物をモシャモシャと箸で食い散らかしながら、恨みがましそうな視線をこちらに向ける銀髪ツインテール。



 とても昼下がりの大衆食堂でランチを食べている人間の目とは思えない。



 というか、まるっこいポテトもどきオンリーの昼食ってどうなのさ。



「『ぽてぷっち』はじゃがいも。じゃがいもは野菜。野菜は健康によき。だからワタシの食生活はかんぺき」



 まるっきりおデブちゃんな思考理論をドヤ顔で披露されてしまった。



「そしてこのスポドリまで加えればまさに敵なし無敵なさいきょーランチのかんせい」


 

 そう言ってチビちゃんはとても美味しそうに青色のスポーツドリンクをがぶ飲みする。



 

「……オーケー、ユピテル。とりあえず今度俺と一緒に姉さんの講習受けような。そしてせめて肉だけでも食おう。ほら、あそこの店で売ってるステーキなんてどうだ? 熱々のできたてを提供してくれるらしいぞ」

「肉よりも『ぽてぷっち』の方がすき。これならいくらでも食える」



 パイプ椅子に腰掛けながら、もっそもっそとジャガイモの揚げ物を食していくユピテル。



 運動嫌い、ポテト大好き、ゲーム廃人、スポドリを糖質たっぷりのジュースではなく健康飲料として愛飲している――――これはもう、手遅れだな。早いとこ姉さんにチクって勉強会を開いてもらおう。



「ボスに言いつけるのは卑怯ぞ」

「じゃあ、俺のいうこと大人しく聞いてくれるか?」

「……時とばあいによる」



 まぁ、正直。

 お前のそういうところ、俺は好きだぜユピテル。



「きっしょ」

「ハハハッ、このツンデレさんめ。ていうか最近思うんだけどさ、ツンデレって一周回って新しくね? 特に甘々なラブコメのスパイスとして加えられてる感じのやつ俺すっげぇ好きなんだけど」

「確かに、サイクルが回ってきた感はある」



 

 それからあーでもないこーでもないと、二人で中身のない馬鹿話を一通り楽しんだ後、俺はおもむろにユピテルに向かって尋ねた。



「で、どうよ“術技試験そっち”は。誰か良い人見つかった?」

「そこそこのはいっぱい。すげぇのが二人。ものすげぇのが一人」



 『ぽてぷっち』を箸でつっつきながら、所見を語り始めるチビちゃん。



「まず、ものすげぇのはあの女。あっちで沢山の人間に囲まれてるお下げのやつ」


 ユピテルがお行儀悪く箸で差した先に見えたのは、ラスボス聖女とそれを囲う受験者達の群れだった。



「あいつは、やべぇ。ワタシの黒雷でめちゃくちゃにしたNPCひとがたを、ちょこっと祈っただけで元に戻した」



 “術技試験”は、タンクやヒーラー、それにサポーターといった属にいう『守備向け』のカテゴリーに属する冒険者を測るための試験である。



 殴り合いが正義の“戦闘試験”と違い、こっちはそれぞれの『役割』に合わせた問題を出さなければならない為、試験官側の立ち回りも色々と面倒臭かったりするのだが、意外にもユピテルはちゃんとやっていた。



「しょせんは仮想空間シミュレーションだし、ワタシあんまり動かなくていいし、見てるだけなら何とかなる」



 謙遜しちゃって。

 そういうお前さんのマセた所も俺は好きだぜ、ユピテル。



「……あんましそういう台詞は吐かない方が良い。ワタシやアル姉みたいな常識人は、ゴリラのそれが知恵の足りてないクソつまらねぇ冗談だと理解できるけれど、マレにハルカみたいな変態が発情ごかいする恐れがある」

「誤解? ないない? 俺ちゃん基本的に非モテだし、遥が例外とくべつなだけだって」

「――――蚩尤しゆう紅令くれい

「ぶっ!?」


 

 思わず吐き出しかけたプロテインドリンクをなんとか口のなかで抑え込む。


 蚩尤しゆう紅令くれい


 あの傍迷惑はためいわくな恋愛色情狂の名前を聞くと、俺は今でも身構えてしまう。


 異性から(しかもかなり美人の)アプローチを受けてを感じたのはアレが始めてだった。


 ……いや、あるんだね。告白されて泣きたくなる事って。


 人を傷つける「アイラブユー」があるんだなと凶さんあの時始めて知ったよ。



 魔性というか、化生というか、とにかくあの女は俺にとって軽いトラウマなのだ。



 そしてそんな奴の名前を、このタイミングで切り出してくるだなんて、ウチのチビちゃんも中々どうして容赦がない。




「ハルカやあのメスブタが一般的な感性の持ち主だとはワタシも思わない。だけど、いやだからこそなのかもしれないけど、キョウイチロウはそういう変態やつらを引き寄せる魅力がありよりのありけり。料理でたとえるなら“くさや”とか“シュールストレミング”とか、多分そんな感じ」

「なにお前、俺のこと臭いって言いたいの」

「言葉のあや。ワタシもにわかには信じられないけれど、ゴリラに発情する変態は世の中に一定数存在するっぽい」



 だから、と『ぽてぷっち』を箸で摘まみながらお子様が言った。



「自分の価値をあんまし低く見積もらない方がよき。ゴリラが普通に接しっていたつもりでも、それが結果的にクリティカルヒットになってしまった事例メスが少なくとも二匹いる。そのことをゆめゆめ忘れてはならない」

「おっ、おう。分かった、気をつけるよ」



 俺は大人しくコクコクと頷いて、ユピテル大先生の教えを胸に刻み込んだ。



「……で、話戻すけどさ」



 気まずくなったので話題転換。




「あのお下げの子以外で、お前が優秀だと思ったのはどんな奴なんだ?」

「あれ」



 続けてユピテルが指したのは、窓際の席で食事をとっていたグループだった。



「あのメガネかけてる長髪のやつ。アイツも中々やった。黒緑色のモヤモヤで、ワタシの攻撃をそこそこ防いだ」

「成る程ね」




 野郎三人に混じって飾らない笑顔を浮かべるそのメガネ男子は案の定イケメンだった。



 顔立ちがほっそりしていて、それぞれのパーツも滅茶苦茶端正キレイ


 なのにどこか地味めな印象を抱いてしまうのは、多分奴がそういう風に自分を演出しているからなのだろう。




 会津あいづ・ジャシィーヴィル。



 とある組織のエージェントがこの試験のためだけに用意した仮の姿。


 地味で目立たないけど、ちゃんと優秀で孤立もせず、さりとてあちらの聖女様のように余計な注目を集めたりはせず。



 オリエンテーションの時には、目隠し姿のはじけたルックだったが、あれも正直目立ってなかったもんなぁ。



 普通はさ、目隠しなんかしたら絶対に悪目立ちするじゃん?


 だけど、我々の業界では、むしろあれくらいの奇抜さが当たり前なのよ。



 現に今回のイベントでも似たような目隠しファッションをした受験生が二、三人いるからね。



 鎧の騎士やら半裸の獣人やらピエロのメイクをしたトランプ使いやらそんなコスプレ集団がウヨウヨいる中に目隠しキャラ(しかもキャラ被り)が混ざったところで目立たないというか、地味なんさ。



 そう。地味。


 会津・ジャシィーヴィルは、徹底的に地味な自分を装っている。



 トレードマークのはずの目隠しをあえてつけることで、ちょっと酔狂な自分を演出しているところがまた憎い。


 そんでもって、オフの時は、あぁして眼鏡マンになることで「目隠しアレは戦闘用の装備であって、普段はまともなんです」アピールをさりげなくかます……いや、参るよホント。


 奴の素性を知っている俺でも一瞬、ホントに逆理エージェントなのかって不安になったぐらいだもの。



 顔は見知ったゲームキャラのはずなのに、まとう空気感が違い過ぎて別人と見間違う程の擬態。



 組織の奴らめ、随分とレベルの高いスパイを送り込んでくれやがるじゃないの。




「で、今言った二人の次くらいにすげぇなって思ったのが変なコスプレした女」

「コスプレってどんなだ? 大なり小なり全員奇抜な格好してるからそれだけだと分からん」



 チビちゃんは少しだけ悩む素振りをみせてから




「なんかオジジを白くしたパチモンみたいなやつ」

「白騎士か」

「受験番号しか聞かなかったから分かんないけど、多分それ」



 胸に感じた想いは驚きと、少しばかりの安堵。



「へぇ、ふぅん、そっか。で、その白騎士さんはどんなだった?」

「一通りのサポートは全部できてた。防御に回復、それに妨害も中々。下手な専門家スペシャリストよりもよっぽどやりおる」

「攻撃面はどうだった?」

「……そっちに自信があるなら大人しく“戦闘試験”を受けてるはず」

「それもそうだな」



 ユピテルの指摘は、ある意味俺が最も欲していた答えでもあった。



 攻撃方面に自信があるのならば、“戦闘試験”を受ける――――あぁ、全くもってその通りだ。



 白騎士さんが本当に『彼女』だったら、“術技試験こっち”を受けるはずがない。


 ゲーム時代の英傑戦姫アイギスは確かにサポート面もいける口でだったが、本業はバリバリの超火力アタッカー。


 “戦闘試験あっち”と“術技試験こっち”の二択なら、間違いなく前者に適したタイプである。



 だというのに、後者の方を選択したという事はやっぱり別人説が有力。

 

 つまり全ては俺ちゃんの杞憂きゆうだったのだろう。



「キョウイチロウ、なんか嬉しそう」

「そうか? ……そうかもな」


 嬉しいかどうかはさておき、ホッとしている部分はある。



 だってねぇ。考えてもみなさいよ。

 ボスキャラ軍団集めてこれから運命に反逆してやるぜって息まいている最中さなかに、メインヒロインなんて特級異物混ぜたら、組織(と俺の精神)が滅茶苦茶になっちゃうじゃん。



 そんなの嫌だよ、俺は。


 ヒロインには主人公達と幸せになって欲しいし、俺ちゃんは俺ちゃんのコミュニティで幸せになりたいの。



 だから関わりを持たないのが最善で最上の――――




『はいっ、もちろん知っています。私あなた達の大ファンで』


 


 ――――いや、なんか色々と手遅れな気もするけど、とりあえず今回の選抜試験については、ほぼほぼ無関係だいじょうぶだろう。



 ……ダイジョーブ、だよね?


 こんだけ安心できる材料揃ってて、実は全部壮大なフリでしたーみたいなオチが来たら、凶さんギャン泣きしちゃうよ?















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