第百四話 蒼乃遥VS火荊ナラカ(後編)












 戦争の歴史とは射程の歴史だと誰かが言った。


 剣よりも槍、槍よりも弓、弓よりも銃。


 相手の攻撃が届かない位置から、いかにしてこちら側の攻撃を通せるか――――古今東西、そしてこれから先の未来においてもその正義りくつくつがえる事はおそらくない。



 射程の長さは戦術の長さであり、射程の優位は戦略の優位である。


 その点において、火荊の判断は正しかった。


 いかにウチの彼女が最強無敵の剣術使いであったとしても、その『最強無敵』は剣士というカテゴリーの中でしか通じない。


 射程の長い相手から一方的に攻撃されたら、さしもの遥さんも防戦を余儀なくされてしまうからだ。


 人が辿りつけない領域からの一方的な蹂躙劇。


 それはまるで龍と人間の種族差違いをそのまま体現したかのようなワンサイドゲームであり、最早、恒星系に勝ち目はなかった。


 

 ――――少なくとも、火荊ナラカはそう思っていたはずだ。



 哀れとは言わない。

 ピエロとも呼べない。



 ただこれは、そう。

 ひたすらに相手が悪かっただけの話なのだから。






◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルームVIPエリア





 天空からメーザー砲が飛び、無数の火災旋風が戦場をかき乱す。

 炎龍ファフニールの翼から放たれる数百条の熱光線レーザーが大地を貫き、ドラゴン娘の《暴虐タイラント》が空を焦がしながら堕ちてくる。



『アッハハハハハハ! 踊れ踊れっ! 精魂尽き果てて塵に帰るまで私を目一杯楽しませなさいっ!』



 上機嫌にはしゃぎながらも、その猛攻が止む事は決してない。



 龍人の、しかも未来の“龍生九士”様の霊力許容量キャパシティは、やはり並はずれていた。


 龍を顕現させ、自らもド派手な技をバカスコ撃っているというのに、まるでバテる様子がない。


 

 これが火荊ナラカ。


 油断マシマシの煽り多めキャラ濃い目な女ではあるけれど、その実力はやはり超一流。


 悔しいが、是非とも欲しい人材である。


 あらゆる距離で超一流の成果を出し、その上自身は龍麟持ち。


 (本人の性格を除けば)非の打ちどころがない超攻撃型のオールレンジファイターとか、誰だって欲しいし、俺も欲しい。



 性格は、まぁ、うん。そこは適宜対応という事でよろしくどうぞ。




『わはーっ! ピンチピンチ大ピンチっ!』



 そんな火荊の猛攻を、言葉とは裏腹にものすごい笑顔で満喫しながら避け続ける遥さん。



 その手に握られている刃物は、相も変わらず市販ノーマル装備。



 熱術メタの『蒼穹』を使えば、格段に楽ができる状況であるにもかかわらず遥が市販装備にこだわるのは、本人の性癖ワクワク……によるところも当然大きいのだろうが、一番は彼女が“試験官”だからなのだろう。




 ――――ちゃんと受験者さん達の良いところを引き出してあげないとさ、やっぱり失礼でしょ?




 企画会議の時に遥が言った言葉だ。



 これは勝負でも試合でもなくて試験なのだから、ちゃんと良い勝負をする。


 相手の力量を見極めて、それに見合った装備と技で応えるのだと表明してくれた彼女の横顔はとても優しくて、美しかった。




『でも流石に、これだけだとちょっとキツイかにゃーっ!』



 そんな彼女が、今相対する敵の強さを認めギアを一つ上げようとしている。



 切ったカードは蒼穹メタでも<龍哭レガリア>でもなく、布都御魂フツノミタマ



 主の呼び掛けに応じた刀剣の精霊が、その力を燃える世界に向けて解き放つ。




『行こうっ! 布都御魂フツノミタマッ!』




 そうして現れた刀剣の複製品コピーの数は、総計十二本。



 ザッハーク戦を経てレベルアップを果たした布都御魂の最大召喚数いっぱいいっぱいである。


 


『へぇ。ようやく精霊を出す気になったの。けど残念ね。そんななまくらが何本増えたところでアタシの敵じゃないわぁ』




 そのなまくらに龍麟ごとぶった切られたのはどこのどいつだ。


 後、お前の煽りはやっぱり地上まで届いてないから現状ただの独り相撲セルフワルツになっているという事をそろそろお気づきになって火荊さん。



 ……まぁとはいえ、ドラゴン娘の言っている事は概ね事実だ。


 

 布都御魂は、装備状態の刀剣をその能力ごと複製する異能を持った精霊である。



 だから『蒼穹』や天啓レガリアのような特殊能力持ちと組み合わせる事で真価を発揮するタイプなのだが、現在遥が使っている武器は何の変哲もない市販の刀。



 特殊能力の類はおろか、術耐性もろくすっぽついていないノーマル武器である。



 火荊の事を擁護ようごするつもりなんざ微塵もない。

 けれども、超高度で制空権握ってる敵に対してノーマル武器の増殖で対抗しようっていうのは、普通に考えれば無理筋である。



 実際、ちょっと前までの遥さんだったらここで千日手ドローゲームだった。



 負けもしないが、勝てもしない。


 ひたすら相手の攻撃を受け流し続けるだけの耐久ゲー。


 射程距離という全剣士共通の欠点を鑑みれば、十分すごい結果ではあるけれど、それでもマウントを取ったシューターや砲撃手には敵わない――――それがかつての蒼乃遥の限界であったことを俺は否定しないし、彼女もきっと頷くだろう。




 だが、今は違う。



 その問題は、既に



 ロールという概念がある。


 RPGで例えるところのジョブや職業に分類される仕組みシステムであり、“各役割ロール毎にあてがわれたスキルやステータスの補強でキャラクターの個性を引き出す”というある種のカスタマイズ要素として、初代からずっとプレイヤーに愛され続けた名機能である。




 中でもリミテッド以上のロールには、そのロール専用のスキルが含まれている為、ダンマギプレイヤーはお目当てのキャラとシナジーのあるロールを求めて終わりのない周回たびを強いられていたりしたのだが、これが四作目から仕様変更になってねぇ……いや、それ自体は良い事なのよ? 天啓やロール習得の為に不要なリタマラしなくて済むようになったのは普通に嬉しかったし、当時はみんな神機能だって祭り上げたものさ。だけどね、たまに思うのよ、楽ばっかりの人生って味気――――(長いので中略)―――-そして、その中でもいっとう特別で強力なスキルを持っているのがエクストラリミテッドロールってわけなのさ。




 エクストラリミテッドロールのスキルは、どこまでも取得者の個性にアジャストした性能となっている。


 まぁ、世界に一つだけの特殊固有役という性質を考えれば当たり前なのだが、これがどいつもこいつも相当にエグい。



 長所を極端に伸ばすか、短所を抹消させるか。

遥のエクストラリミテッドロール『天元剣術使い』の場合は、完全に後者の方向に振りきっている。




 『天元剣術使い』の第一スキル【抜山蓋世ばつざんがいせい

そのスキル効果は自身の装備している刀剣に、特別な《斬撃拡張》能力を付与するというもの。



 《斬撃拡張》とは、呼んで字の如く斬撃の規模を拡大するスキル群の事だ。



 一定の霊力コストを払う事で放った斬撃と同威力の衝撃波(正しくはそれらに良く似たサムシング)を飛ばすこのスキルは、ゲーム版だと霊術剣士系のキャラの“強みウリ”として長らく重用ちょうようされてきた歴史がある。



 【抜山蓋世ばつざんがいせい】は、言ってしまえばこの《斬撃拡張》スキルに魔改造を施したものである。



 装備している刀剣に《霊力消費低減》効果と《射程距離延長》効果のついた《斬撃拡張》能力を付与する――――それは誰がどうみても遥さん専用スキルであり、それ故にブチ壊れていた。



 まず、《霊力消費低減》効果。

 これがつく事により《斬撃拡張》の霊力コストが大幅に改善される。


 そしてこの効果は当然のように布都御魂でコピーできるので、最大展開時の霊力消費量はほとんどノーコスト同然である。



 だが、本当にヤバいのは《射程距離延長こっち》の方。



 ……あぁ、そうさ。これも勿論もちろんコピーした分だけ加算される。


 大体一本につき百メートル弱だから、つまり――――




『ん―っ! にゃあーっ!』

『……は?』




 つまり全展開などしようものなら、余裕で空の敵を取れちゃうのだ。




 元気一杯のかけ声と共に振り上げられた“飛ぶ斬撃”は、本人の愛らしさとは裏腹に音越えにしてちっとも龍麟貫通級可愛くない



 ザッハークとの戦闘で得た経験と<龍哭>の副次おまけ効果で得た『龍剣術』を基に恒星系が勝手に作りあげた『遥流屠龍剣術』は、未来の“龍生九士”様を相棒の炎龍ファフニール諸共もろとも派手にぶった切った。



 試合終了。決まり手は“空を飛ぶ一刀両断”。敗者の断末魔は『……は?』であった。









「ぅぁあああああああああああんっ! ぁあああああああああん! ざっけんじゃないわよぉっ! チートよチート! こんなの完全にインチキじゃないっ!」



 試験終了後、予想通り敗北者がわめきだした。



「ひくっ、あたしの龍麟が、うくっ、こんな人間ごときに、えうっ、敗れるはずがないものっ! ……アンタ絶対自分のパラメーター弄ったでしょ! このズルっ子! 鬼! 外道っ! 阿修羅っ!うっ、くそくそくそくそぉおおおおおおおおぁああああああああああああああっ!」



 あーもう、ギャン泣きじゃないの。めんどくせぇなぁ。

 お前人前で取り乱すようなキャラじゃなかったじゃん。



「あの、火荊さん。泣かないでくださ」

「はぁ? アタシがいつ泣いたっていうの? 何時何分どこで泣いたっていえるの? ソース出しなさいよソース」

「ソースはないですけど、手鏡なら……」

「ぅうううぁあああああああああああああああああああああんっ! 下等生物がいじべでぎだぁあああああああああっ!」



 その場でものすごい地団太を踏みならす未来の“龍生九士”様。


 さすがドラゴン娘。台パンもドラゴン級である。


 ……って感心してる場合じゃねぇなこりゃ。



「あの、火荊さん。落ち着いて下さいっ、こらお前! 今火を吐こうとしただろっ!」

「触るなぁっ、下等種族っ! アタシに触れていいのはぁっ! 年収十億以上のぉっ! イケメンで高身長高学歴なぁっ! 家事全般全部やってくれるぅっ王子様系のモテ男子だけなのよぉっ!」

「いねぇよ、そんなやつ!」



 それからぐずるドラゴン娘を、俺と遥は二人がかりであやし続けた。



 そして何故か最終的に飯までおごる羽目になったのは、今考えてみてもやはり解せない。



 火荊ナラカ。


 “探索試験”を僅か数時間で攻略し、“戦闘試験”では恐ろしい程の実力を見せつけ、そしてものすごい醜態しゅうたいさらした驚異のインパクト娘。



「アンタ、覚えてなさいよっ! 今度やる時は、絶対けちょんけちょんのぐっちょんぐっちょんにしてやるんだからねっ!」




 

 こいつに対して言いたい事はそれこそ山のようにあるのだけれど、あえて一つに絞るとしたらやはりこの言葉に尽きるだろう。




「ふっ、おもしれー女」

「……凶さん」


 あっ、違います。他意はないんです。俺ちゃんは可愛い彼女一筋なのでだからそんな情熱的に押し倒しちゃらめっ――――







―――――――――――――――――――――――





・【抜山蓋世ばつざんがいせい



 『天元剣術使い』の第一スキル。装備(抜剣)状態の刀剣に《霊力消費低減》効果と《射程距離延長》効果のついた《斬撃拡張》能力を付与するパッシブスキル。


 《斬撃拡張》は、霊力をコストに【斬撃という現象】を伸ばすスキルであり、ゲーム時代は遠距離判定の相手に剣士系が攻撃を届かせる手段として長らく重宝されてきた。

 

 ただし、作中でゴリラが解説している通り、《斬撃拡張》を強みとして使えたのは専ら霊術剣士(RPG的に言うと魔法剣士に相当するタイプ)系のキャラである。

 これは剛剣士系(攻撃力重視の脳筋)や技巧剣士系(技やスピードで翻弄するタイプ)に比べ霊術剣士系統は霊力AP周りのステータスに優れているためである(《斬撃拡張》は、通常攻撃や剣術攻撃を遠隔化する機能スキルである為、一回の攻撃ごとに追加の霊力を支払う必要があった為)。



 この《斬撃拡張》を基幹として《霊力消費低減》効果と《射程距離延長》を混ぜて改造したのが本スキルである。《射程距離延長》の効果は百メートル弱、《霊力消費低減》の効果は20%オフ(ただし適用されるのは《斬撃拡張》系統のスキルのみ)。



 そしてこのスキル、作中の描写通り布都御魂フツノミタマのコピー能力がバッチリ適用される。

現在の遥さんの同時複製限界可能数は十二本(プラス本体)の為、総スペックは《射程距離延長》の効能が一キロオーバー、《霊力消費》95%オフというイカれにイカれたぶっ壊れ。





 その為、最大展開時の遥さんは、ほとんど霊力も使わずに射程一キロの音越え龍麟貫通斬撃を十二方向(プラス本体)から飛ばし続けるという、敵側からしてみれば悪夢以外の何物でもない方法を使



当然、これに天啓やら蒼窮のバフなり特攻なりが別途乗る上に、本来の彼女の強みは装備やスキルの強さそんな部分ではない為、あらゆる意味で本当にどうしようもない。




 ハーロットの軍勢相手に三日三晩これをやり続けて霊力が切れなかったのだから、その燃費の良さは推して知るべしという他ないだろう。











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