第八十九話 カウントⅤ 白虎暗黙










◆◆◆ 獣人族の掟




 かつて彼等は赦されぬ罪を犯した。


 かつて彼等は多くの者を殺めた。


 戦争を起こした。


 他国を侵した。


 多様性を認めず、己の主張を盲信し、思想を、主義を、宗教を踏みにじった。



 故に我等は、あがなわなければならない。



 多くの罪と血を流した呪われし先祖の罪を償わなければならない。




 我等は薄汚れた種族。


 在ることが罪深き悪性。



 獣。


 人のごとき理性も、龍のごとき力も持たぬ下等なる刹那。



 人に逆らうな。

 龍にかしづけ。

 それが我等のあるべき姿なりや。






◆◆◆産業都市・凍境とうきょう・獣人区画『煉馬れんま』・とあるバー




 安っぽい電光掲示板と、ブルース調の音楽が鳴り響くそのバーは今日この日まで“彼等”の活動拠点の一つだった。


 

 獣人族の暮らす区画に建てられた獣人族の経営する完全会員制バー。


 それはまさに彼等の為の隠れ家といっても過言ではなく、最盛期には“革命”を志す多くの若者達がこの場所で血生臭くも明るい未来を語ったものだ。




(だが、それも今日終わる)



 グリズリー耳の店主は、訪れた来客の風体からそれを悟り心の中で小さく嘆息した。



 しわがれた身体。

 子供ほどの背丈。

 杖をつくその姿はどこまでも弱々しく、されど塞がった目蓋から覗かせる鋭い眼光は、底知れぬ程に荒々しい。



 この瞬間、店主は己の死すべき運命を自覚した。



 自分は今日、ここで死ぬ。

 あぁ、だけどせめて次代を担う若き革命家達の命だけでも――――




「これはこれは長老閣下、このような場末のバーによくぞいらっしゃいました。当店は完全会員制ではございますが、貴方様程の御方であれば会員証の有無に関わらず大歓迎でございます。ささっ、どうぞお掛けになって……」

「下手な芝居はいい」



 巌のようなうなり声と共に、老人が杖をついた。



 鳴動する衝撃と破砕音。


 床を割れ、壁が裂け、バーカウンターに並べられたビンテージのワイングラスが次々と砕かれていく。




 杖の一突きでこの惨事。

 噂に違わぬ化生ぶりに、グリズリー耳の店主は苦笑した。



「随分な挨拶ですな。いかな長老といえども、この振る舞いは越権ですぞ」

無辜むこの民であれば、な。既に貴様達は一線を越えた」

「何を根拠に?」

「ワシが来たという事実そのものが、根拠であり沙汰じゃ」



 極めて横暴な理屈だが、恐らくはその通りなのだろう。



 長老は自分達の秘密を掴んでいる。

 そしてその秘密を出汁にすることも改めさせるつもりもなく、葬り去りに来たのだ。




 しかし……。



「仮に貴方の言い分が事実だとして、一体我々にどんな罪があるというのです?」

「世を乱す風説を広げようとした。父祖の罪から逃れようとした」

「だからそれの……」



 店主はにこやかな笑顔を浮かべたままバーテーブルを撫で回し




「何がいけないのかと――――聞いているのですよっ!」




 そしてそのまま金属製の机を叩き割った。




「何が先祖の罪だっ! 何があがないだっ! そんな過去の出来事の為にどうして我々が苦しまなければならないっ!?」

「それだけの罪を、かつて我々は犯したのじゃ」

「我々ではない。罪を犯したのは名すらも知らぬ愚か者達だっ!」



 店主の言葉には深い哀切と、それをはるかに上回る瞋恚しんいの炎が宿っていた。




「ただ獣人というだけで周りから疎まれ、何かあれば真っ先に犯罪者として疑われる。もうっ、ウンザリなんですよこんな生活はっ!」

「だから人の社会を壊すというのか」

「壊すつもりはありません。ただ、奴らに我々の権利を認めさせるだけですよ」

「どうやって?」

「もちろん、平和な話し合いによって、ですよ。最も、皇都の、角付きどもが、我等の、声、を、取り合わぬ、場合は? 少、々手荒な、手を、考えねば、なりませんが」



 発話の最中、自らの右腕を数倍の大きさに膨らませ、バーテーブルの残骸を更に砕き千切る店主。


 何度も何度も執拗にかいなを叩きつけ、散漫な言葉で持論を語る彼の姿に人らしさは欠片もない。



(……とても平和な話し合いを望む者の目ではないのう)




 それは暴力を最適な手段とし、大義の為ならば何をしても許されると盲信した先代達の『力への意志思想』そのものであった。



 彼は己でも気づかぬ間に、“獣”の性に飲み込まれていたのである。



「じゃから、我等は罪人なのじゃ」



 呆れと、わずかばかりの哀れみを込めながら長老は深いため息をつく。



 彼らの多くが不当な差別に苦しんでいることは、無論、長老も了知している。


 そしてそのような陰鬱な抑圧から、いずれ全ての同胞を解放したいと願う気持ちも持ち合わせていた。



(じゃが、ダメなのじゃ)



 しかし、あるいはだからこそ、長老は彼らの暴走を止めねばならなかった。



「貴様らが過ちを犯せば、我等が耐え忍んできた数百年が無駄に終わる。じゃから繰頭くりずよ、大人しく」

「死んでく、れと? 舐めるなっ! 死ぬの、はお前だっクソジジイッ!」



 刹那、繰図と呼ばれた獣人の全身が膨張し、三メートル大の大熊へと変貌した。




「完全獣身――――会得しておったか」

「ワタシだけデハナイッ! ココニイルドウホウタチは、ミナ、デキルッ!」



 大熊がその重機のような後ろ足を踏み鳴らすと、奥の部屋からけたたましい獣声が一斉に鳴り響き、そして次の瞬間




「「「オオオォオオオオオオオオオオォオオオオオオオッ!」」」




 轟音。

 破壊。

 粉塵。

 


 壁が裂け、扉が破れ、無数の獣達が跳梁する。




 それは蜂起と形容するに足る暴虐の嵐だった。




 鰐、豹、牛、鮫、鷲、蟷螂。

 哺乳類という枠組みを飛び出し、ありとあらゆる『人と龍ではない者達』の集まりが枯れ枝のような老人に向けて無尽のような殺意を向ける。




「よもやここまで、育っておったとは……」

「イマサラコウカイしたところで、もうオソイッ! キサマのシをモッテ、ワレラのカクメイのノロシとシヨウゾッ」




 グリズリーの獣人が咆哮ことばをまくし立てあげる。

 彼の中には最早、憂慮や仲間を逃すという思考はまるでなく、ただ目の前の老人を殺さなければならないという本能ゆえつだけがあった。



 獣の本能と、人間の悪意。



 それらが薄まることなく混ざり合った化生クリーチャーこそが自分達の宿業ほんしょうなのだと、彼等はその在り方をもって告げていたのだ。




「哀れよのぅ」



 先祖の罪は関係ないと豪語していた者達が、先祖と同じ様に身と心を獣にやつし、短絡的な行動へとひた走る――――老人は、これまで幾度となく同じ光景に立ち会い、を人知れず処してきたが、やはりこればかりは慣れない。



 人の心が獣に支配され、どうしようもなくなる様。



 獣人族は、この有り様を指して、六終むついと呼ぶ。




「“けもの”は、人の世では生きて行けぬ。飼われるか、追われるか――――その掟を守れぬものは害獣として駆除されゆくが摂理。故に同胞よ、境界を越えた者達よ、お前達は速やかに眠らねばならぬ」



 枯れ果てた眼窩がんかから鮮少せんしょうの涙を滲ませながら、老人が穴の空いた床下に再度杖を叩く。



 喧騒に包まれた店内に、カツンという小さな音がひた走り、そしてすぐに消えた。



「抜カセ、オイボレッ!」



 それを挑発行為と見定めたグリズリーの店主が蜂起の声を上げる。

 店内に充満する破滅的な霊力と、獣達の唸り声。



 爪が、牙が、角が、あぎとが、前脚カマが、わらべのような背丈の老人を狩るべく跳動する。



 それは喰らう為ではなく、殺す為の狩猟ハンティング



 計算ではなく純然なる衝動で肉体を動かし、獣特有の勘力おびえを人間の憎悪によって克服した悪性矛盾の混成共鳴レゾナンス



 愚かさと醜さを兼ね備えた殺戮者達は、血と肉を求めて狂い鳴き、





ウロよ」





 そして瞬く間の内に、細切れとなった。



(あ……れ……は?)



 鮮血が舞い、臓物がバラけ、己の四肢がげていく有り様を眺めながら、グリズリーの店主は下手人の姿に目を震わせた。



 いつからいたのか?

 どこから現れたのか?


 その全てが、身に包んだ黒の外套ローブのように朧気おぼろげな闇の狩人かりうど



 ただ、目深に包まれたフードの奥底で輝く金色の瞳だけが印象的で




(まさか、白虎しんじゅうの―――)




 しかし、芽生えかけたその疑念が、確信に変わる事はなかった。


 店主の思考を司る器官が頭蓋ごと握りつぶされたからだ。









「派手にやったのう」



 潰された血と肉が赤色の果物のように散乱する店内。


 獣人の嗅覚で嗅ぐ『その臭い』はとても強烈甘美な刺激を放ち、老人の神経回路に昔日の昂りを与えた。




「じきになばりの者達が来るはずじゃ。さすれば此度の一件は無事落着、こやつらの存在は、その不名誉な最後と共に

「……………………」




 金眼の暗殺者は語らない。

 ただ、静かに頷くばかりだ。




「大儀じゃったの、ウロ。お前が来てくれたおかげで、随分と楽が出来たわい」

「……………………」

「あぁ。分かっているとも。報酬はいつもの場所に振り込んでおくよ。しかし、それとは別にワシ個人として礼をしたいのじゃが……どうじゃ、今晩? 一杯おごるぞ?」

「……………………」


 血まみれのバーで言うには、あまりにも場違いな誘い文句。

 冗談か、天然ほんきか、悪趣味あえてか?

 真意定まらぬ長老の誘いに対し、ウロと呼ばれた暗殺者は流麗な手ぶりで手話を送り、己の胸中を伝達した。




「何? 次の仕事が控えている? 加うるに依頼主は、あの黒騎士殿じゃと? かの御仁は確か今桜花の地で………」

「……………………」



 しかし老人がより深く事の次第を考え出すよりも速く、寡黙な暗殺者は懐から携帯端末を取り出して、『ある映像』を流し始めた。



「これは……」


 老人のくぼんだまなこに、鮮やかな光が映し出される。

 それは先日行われた、あるクランの記者会見をまとめた動画モノだった。







―――――――――――――――――――――――




ウロ


『ダンマギシリーズ』二作目、『精霊大戦ダンジョンマギアⅡ~よるべなき魔剣と日向の女神』のボスキャラ。


役所としては、いわゆる暗殺者タイプ。

その類稀なる能力と、身に宿した『獣』の位階、そして契約精霊の特性が噛み合った結果爆誕した暗殺界のハイエンド。



彼の前では、あらゆる防御が意味を為さず、たとえ『龍鱗ドラゴンスケイル』持ちだろうが、問答無用で浄土へ送る一撃必殺仕事人。


 また、射程も拳を使うキャラとは思えない程広く、半径数百メートル程度の距離であれば、完全にキルゾーンである。


暗殺者にありがちな、奇襲に失敗すると脆いという弱点を神獣のフィジカルと鍛え抜かれた近接戦闘術で完全に克服しており、一流のタンクよりもはるかに硬い上に攻撃力がバグみたいな域に突出しているANSATSUSYA



二作目本編における彼の活躍は、悪い意味で突出しており、兎に角味方陣営のキャラクターを殺して殺して殺しまくった。


もちろん、その影には彼を雇う依頼人がいて、様々な思惑があり、そして実の所は彼は主人公達が追っていた『殺人鬼カーネイジ』ではなかったのだが、それはそれとして味方陣営をぶっ殺しまくっていたので、主人公達からもプレイヤー達からもドチャクソ憎まれている。



その最後に至るまで、一度も喋らず、モノローグすら描かれなかったので本当に謎の暗殺者である。彼の出自は、伝聞や調査報告書、あるいはゲーム外の設定資料集などである程度は補完されているが、依然として謎の多いキャラクター。







・二作目



 無印が人気を博した事で生まれた待望の新シリーズ。主要キャラクターは、一部を除いて一新。新しいキャラクター達による新しい物語が展開された。

 二作目はアドベンチャーパート面が強化されており、謎の殺人鬼『カーネイジ』と、それを巡る様々な陰謀が複雑に絡み合い、主人公とプレイヤー達を悩ませる怪作。


 バッドエンドがとにかく悲惨。戦闘難易度も歴代最強の三作目にこそ及ばないが、それでもフリークエストの中規模ダンジョンでザッハークがやっほーかましてくる事で有名な初期三部作クオリティなので非常に高い。


 シナリオ自体は歴代でも非常に高い評価を受けている部類なので、そんなにアンチはいない。




・獣人族


 その内に獣を宿した種族。かつては『始まりの獣』の声に導かれるままに世界各地で侵略活動を行っていた。

 こちらの世界でたとえるならば、匈奴きょうどとモンゴルとコロンブスと北○の拳を混ぜて、そこに肉食動物を混ぜた感じの蛮☆族プレイである。


 過去の歴史、獣へのトランスフォーム、そしてどれだけ薄めても消す事のできない“業”から、世界中で危険視されている種族。


 無印は、この辺りの問題に深く踏み込んだ内容であり、ラスボス発生の要因にも深く絡んでいる。




・神獣


 内に宿す獣の位階。最高位。

 獣の形質は完全にランダムであり、ハムスターのパパと文鳥のママからケルベロスなベイビーが生まれたりもする。要するにガチャ。




・長老



 凍境とうきょうの獣人族をとりまとめる長的な立場の人。


 人様に迷惑をかけそうな不穏分子には容赦がないが、好物がカルーアミルクとマリトッツォという何ともアレな乙女ジジイ。



 二作目で虚にぶっ殺される。

























































 

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