第八十八話 プロローグ1 叔母来る





・まえがき

・プロローグについて


 プロローグは、凶一郎を主体とした『一部からの登場人物達視点』の物語です。

 要するにいつもの奴です。

 説明は大体これが全てですが、もしも詳細を知りたいと思われる方がいらっしゃったら二月六日に公開した近況ノート『序章について』をご確認ください。






―――――――――――――――――――――――――








◆◆◆『覆す者マストカウンター』清水凶一郎




 その日の朝はいつも通り始まった。



 目が覚めたら彼女とイチャイチャして、姉さんと一緒に朝食を作ってみんなで食べて、そんでもって皿洗いが終わってちょこっとソシャゲをいじっていたら幸運にも限定ガチャで最高レアを引いた。


 最近の俺はやたらめったらガチャ運がいい。

 きっと日ごろの行いが良いせいかな、とユピテルに自慢と煽りをかましてみると、奴は「きえーっ!」と叫びながらそれはそれは迫力のある地団太を踏んだ。



 平和だ。

 実に平和な日々である。

 まさに学生の夏休みって感じ。



 叶う事ならば、ずっとこんな日々が続いて欲しいものだとこいねがわずにはいられなかった。



 だけど……。





「邪魔するぞ」




 そうは問屋が卸さなかったのである。







◆叔母について





 清水彩夏あやかという人を一言で表すならば“女傑”である。


 

 二十代の頃に立ちあげた貿易関係のベンチャーを瞬く間に成功させたかと思えば、その後大胆なM&Aを仕掛けながら事業を拡大。

 そうやって広げた裾野すそのを的確な意思決定とリソース分配によって余すところなく成長させて(あるいは“整理”して)いき、今では皇国でも有数の若手事業家として界隈にその名を轟かせている。



 そんな叔母が、今度は冒険者関連のマネジメントに興味を持ち始めた。


 きっかけは、もちろん俺達だ。




『いずれ首を突っ込むつもりではいたのだがな、相手が血縁者かぞくであれば色々と手っ取り早い。どうだ凶一郎、私と組まないか?』




 そんなラブコールを頂いたのが丁度二週間ほど前、ダンジョン常闇の完全攻略を成し遂げた直後の事である。



 渡りに船とはまさにこの事だった。



 俺達はドラゴンを狩る事はできても、経営やら何やらに関してはまるで素人のガキンチョだ。


 唯一黒騎士の旦那だけはそういう方面に関しても強そうだったが、あの人には経営者としてではなく冒険者として戦ってもらいたい。


 だから彩夏叔母さんの参戦は、本当にありがたかった。


 この敏腕やり手ウーマンに任せておけば、クラン運営なんてお手のものだろうし、何より叔母さんは信用できる。



 ユピテルやアルがこうして我が家を悠々自適に闊歩かっぽ出来ているのも、元を辿れば彩夏叔母さんが骨を折ってくれたからに他ならない。



 彼女が二つ返事で二人の親になってくれたから、今の日々おれたちがあるのだ。



 そんな敬愛すべき叔母さんへの恩返しの意味も込めて、俺が清水彩夏の手を取ったのは、まぁ言うなれば自明の理だったってわけさ。









◆清水家・居間





「よう、愛義娘まなむすめ達。元気にしてたか?」

「息災でございます、義母おかあ様」

義母マミーは元気にしてた?」

「ボチボチといったところかな。……それよりお前達に土産があるんだ。どのように“使って”もいいが、計画的な運用を心がけるように」

 



 そう言って彩夏叔母さんが愛義娘まなむすめ達に手渡したのは、それはそれはぶ厚い茶封筒だった。



 中に入っていたのは、誰もが欲しがる物でありながら、同時にこの上なくプレゼントとして不適格なもの――――即ち現ナマだった。



 ……うん、知ってた。

 叔母さんはこういうこと平気でする人だと知ってたけど、義理とはいえ自身の愛娘達に渡すモノが札束ってどうよ。



「そうは言うがな、凶一郎。実際コレが一番手軽で確実なんだよ。ほら、見てみろ、我が娘達の様子を。これ以上なくハシャいでいるじゃあないか」




 うながされるままに視線を邪神とチビちゃんの方へ向ける。




「ふおーっ! これでジャブジャブ課金できるぜ」

「丁度食道楽くいどうらく……もとい地域調査の為の資金が欲しかったところなのです。これはありがたい」




 ダメだった。

 もう色々ダメだった。



 ウチの子達は、基本的に倫理観や道徳心というものに欠けている。

 揃いも揃ってボスキャラらしい感性の持ち主達なのだ。



「なっ?」

「『なっ?』じゃないよ叔母さん。こんな不健全なプレゼント、姉さんが見つけたら何ていうか」

「だから文香の留守中にやって来たんじゃないか。……あっ、お前達この札束プレゼントは、くれぐれも文香には内密にな」



 彩夏叔母さんの呼びかけに二人の義娘達は、とても素直なお返事をよこした。

 

 くそっ、ウチのボスの登校日を狙ってやってくるとは、なんて知恵の回る叔母なんだ。

 抜け目というものがあまりにもなさ過ぎる。




「して凶一郎、お前の愛しい彼女さんとやらはどこにいる? 叔母として、将来の嫁候補に挨拶を入れておきたいのだが」



 ノンアルコールのビール缶をプシュリと開けながら、そんな事をのたまう彩夏叔母さん。



 もしこの場に当の本人がいれば、「いやですわ叔母様」とかなんとか言いながら尻尾振って喜んでいたことだろう。


 しかし残念ながら、遥さんは留守である。


 いや、正しくは留守というよりも――――



「遥なら蒼乃家の方に顔出してるよ。新しく入った大量の門下生達に稽古つけてる」

「そりゃ大変だ。常闇の一件で『蒼乃』は随分と儲かったんだろう」

「儲かったというか……まぁ、冒険者の間で話題になってるのは確かだね」



 ザッハーク戦で遥が得た報酬の中に『エクストラリミテッドロール』というものがある。


 これはものすごく大ざっぱにいうと、世界に一つしかない固有職業のようなものだ。


 勇者、魔法使い、戦士、僧侶、賢者――――RPGなんかでジョブとか職業として表されているこれらの概念を、我らが『精霊大戦ダンジョンマギア』では一括して『ロール』という名称で統一している。



 まぁ、出てくる登場人物の大半が冒険者という職業に就いているダンマギの世界でジョブって名前もおかしな話だし、『役割ロール』って名前も別に悪くはないと思うのだが、個人的にはちょっとだけパッとしないなぁと思ってたりする。


 ……いや、俺の所感なんてどうでもいいんだ。

 問題はロールよ、ロール。


 こいつが結構曲者でさ、文字通りパーティ内での役割を示す為の『自称ロール』から国が定める試験を合格する事で得られる『国家資格ロール』、そしてダンジョンのボスキャラを倒す事で得られる『リミテッドロール』とその種類は千差万別。



 中でもダンジョンの神が、特別優れた冒険者のみに与えるとされている『エクストラリミテッドロール』は、強力な固有スキルと世界に二つとないその希少性からゲーム内外問わず滅茶苦茶人気なんだ。


 そりゃあそうだよな。

 世界に一つしかない伝説の職種についたキャラクターとか誰だって憧れるし、自分にもって考えちまう。



 だから伝説のロールを得た遥さんの生家に人が押し寄せるのも当然だし、俺の彼女がアイドル的な人気を得るのも理解できるし、そんな子を公然と独占している俺ちゃんがネットの世界で絶賛燃えているのもあにはからんやという奴さ。


 そう、全ては仕方のない事なのだ。

 だからどれだけ見ず知らずの他人に「くだばれゴリラ」と言われたって、俺は全然気にしないもんね、ぐすっ。




 さておき、斯様かような事情で遥さんは帰省お出かけ中なのである。



「多分、夕方には帰ってくると思うけど」

「流石にそこまでは待てんなァ」



 ですよねー。

 お忙しい身の上ですもんねー。


 午前中からノンアルをグビッていて髪型もちょっとビジュアル系入ってるお方だけど、この人は今をときめく風雲児なのだ。



 甥っ子の彼女を見る為に夕方までダラダラしている時間などないのである。



「仕方ない。お前の可愛い彼女さんはまた今度紹介してもらうとして、今日は大人しくビジネスの話だけして帰るとしよう。凶一郎、とりあえずこいつに目を通してくれ」



 そう言って叔母さんが手渡してきたのは、小奇麗に整えられた黒のタブレット端末だった。


 タップ&フリックで液晶画面を動かしながら中に書かれた文章を覗いていく。




「叔母さん、これマジで言ってる?」

「マジもマジ、大マジさ」



 缶ビール片手に小憎たらしい笑みを浮かべる彩夏叔母さん。

 ちくしょう、クーラーがガンガンに効いているはずなのに、何故だかイヤな汗が止まらない。

 今更ながらに組む相手を間違えたと後悔したところでもう遅かった。



 なぜなら――――




「なぁ、叔母さん。今年デビューしたばかりのルーキーが選抜試験開くとかあまりにも生意気じゃないですか」

「大事なのは成果であって年齢じゃない。むしろ話題性があっていいじゃないか」

「この記者会見っていうのは?」

「クラン設営の意図と選抜試験のプロモーションを兼ねた一種のイベントだよ。大丈夫、当日来られるメディア様方は全員私の息のかかった“いい人”ばかりさ。お前が何を言った所で好意的な報道をしてくれる」



 どんな疑問や不満をぶつけても、それを豪快かつ理知的に切り伏せていく。


 アルのような長台詞ロジハラとも、姉さんのような優しい正しさとも違う清濁合わせ持った大人の論理。



 そいつに呑まれたら最後、俺のような一般人はただただ頷くしかなかったのである。




「そういうわけで凶一郎、早速で悪いが、お前には明日記者会見を行ってもらう。なーに安心しろ、叔母さんが横についていてやるからな」



 少し強めに肩を叩かれた俺は、もうただただ笑うしかなかった。



 記者会見って……一体何を喋ればいいんだよ。





























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