第八十二話 幼馴染を寝取られた重装戦士は、新天地に想いを馳せる~今更戻ってこいと言われても、もう遅い! ボクは真の仲間達と共に最高のクランを作ります!1









 世の中には似て非なる物ってのが沢山あるよな。



 チャーハンとピラフ、土偶と埴輪、牧師と神父。


 似ているけど、厳密には違うもの。


 どっちがどっちだかよく分からないけど、なんか名前が違うから“違うんだ”と空気感で判断して、俺達はそれらを当たり前のように使っている。



 けどさ、どれだけ形が似ていても違う名前のものには、ちゃんと違う理由があるんだよ。




 今から語るのは、そういった違いにまつわるお話だ。


 



◆清水家・凶一郎の部屋





 ひとしきり俺をいじり倒した後、此方さんはスッキリとした顔で帰っていった。



「清水さん……いえ、凶一郎さん。色々と難しい子ではございますが、何卒なにとぞ娘をよろしくお願いします」



 そう言って深々と俺に頭を下げた彼女の姿は、まさに理解のある母親のソレであり、毒親特有の毒気のようなものは微塵も感じられなかった。



 それはそれとして、遥さんは抵抗むなしく強制送還されてしまったが、交際はおろか清水家に住むことまで許可されたので、まぁ円満解決といって差し支えないだろう。



 子供には子供の言い分があるように、親にも親の考えがある。



 中にはかつてのケラウノスのようにマジもんの毒親モンペもいるから、一括りにはできないが、親ガチャってのは一方からの瞬間的な判断だけで簡単にランク付けられるものではないんだな、とその時俺は改めて思った。




 

 そんなわけで、久方ぶりに一人で寝ることになった俺は、その夜自分磨きに勤しんだ。



 大変下世話な話ではあるが、彼女の親の前であれだけの啖呵を切ってしまった手前、俺は然るべき時かくるまで童貞でいなければならない。



 しかし、悲しいかな。俺は聖人でもなければ、徳を積んだ坊さんでもない。



 溜まるもんは溜まる。

 だけど、最愛の彼女をはけ口にするわけにもいかない。


 故にやるべきことは、今まで通りの自分磨きだった。



 まず始めに同人音声のファイルを開き、R15指定の際どい耳責め音声作品に耳を通す。



 これで三人目の凶一郎を興奮させ、やつがやる気になったら自分磨きスタートだ。



『ご主人様はこういうのが好きなのですね、変態』



 そう言って、聞き手の耳をどぎつく責めるメイドさん。



 あぁ、いい。やっぱり天日白あまひしろさんは最高だぜ!



 ただの演技ではない、本物の責めっ気がこの人にはある。


 まだデビューして間もない新人さんなのに良くこんな堂の入った演技ができるよなぁ。




『おや、もう興奮なされたのですか……このマゾ』



 うぉおおおっ! 今の言い方たまんねぇっ! 心からの蔑みが、股間に響く! 



 これには三人目の凶一郎も思わずニッコリ――――




「――――はっ?」



 しかし、俺はそこでとんでもない異変に気づく。



 ズボンが膨らんでいない。


 ウンともスンとも言いやしない。


 どうした三人目、こいつは俺の大好物のはずだろう?



 俺は必死になって三人目に呼びかける。



 立て、負けるな、お前が折れてしまったら世界は救われないんだと、熱い性欲想いを乗せて何度も何度もおだてなだめすかすが、奴は一向に反応しない。



「ほら、これはどうだ! お前の好きなお宝動画だぞ」



 しかし、三人目からの返事は一向になく



「作り物が嫌なら、自然ものはどうだ! ほらっ、このハプニング映像百連発なんて絶品だぞ!」



 どれだけおだてようがなだめようが知らぬ存ぜぬと寝たきりで




「なぁ、お前本当にどうしちまったんだよ。フリーだった頃のお前は、もっと、ずっと――――」



 結局その日、俺のあいぼうが、男を見せることはついぞなかったのである。







◆創作小料理屋・ぢょんがら




「なぁ、俺何かの病気にかかちまったのかな? あれだけ大好きだった同人音声を聞いてもピクリとも反応しないだなんて間違いなく異常事態だよ。それとも男ってのはアレなのか、彼女ができるとその女以外には興奮しない自動識別マーキング機能とかがついてんのかい? 教えてくれよエロ博士」

「誰がエロ博士だ」



 お前のことじゃい、黒沢明影。



 何が悲しくて野郎と二人でランチを過ごさなきゃならんのだ。


 しかもこの小料理屋は、俺達にとって色々と因縁深い“あの”打ち上げ会場だ。


 そこで俺は嫉妬にかられた非モテ集団の八つ当たりにあい、そんでもってこいつは



「パーティーメンバーだけじゃ飽きたらず、他クランの女にまで手を出したんだろ。これがエロ博士じゃなくて何て言うんだ」

「望んでそうなったわけじゃない。彼女達の求めに応じていたらたまたまそうなって」

「それで他クランに睨まれまくった挙げ句、唯一の男メンバーに愛想つかされたんだろ。いやー、もう絵に描いたような傾国モテ野郎じゃん。同じ男として羨ましい限りだよ……あっ、今のは皮肉だから真に受けないでくれよヤリ◯ン」

「言われなくても分かってるさ」



 勢いよくノンアルコールカクテルを飲み干し、深々と溜息をつく黒沢。



 ったく、ほんとこのイケメン様は何やらせても映えやがる。

 ただ飲み物あおっただけで、色っぽいとかお前何星人だよ。


 

「容姿が良いだけで何もかもがうまくいくわけじゃない。この顔のせいで、俺は……」

「へぇ、ふーん。そうなんだ。じゃあ、整形でもすれば」 

「待て。俺が悪かった。だから帰ろうとするなっ」



 さいなら、と帰ろうとする俺を必死に引き留めようとする褐色イケメン。

 

 あっ、このシチュエーションちょっと萌える。



「ていうか大体よぉ」 



 やつが頼んだチーズクルチャを手でちぎりながら、俺は根本的な疑問を口にした。



「お前らのところのお家騒動にどうして俺が関わらないといけないわけ? 悪いけど凶さんそれなりに忙しいのよ」



 少し冷めたクルチャをもっさもっさと決めながらドヤ顔忙しいアピール。


 野郎相手はこういうところが気楽でいい。

 俺の女性経験が圧倒的に不足しているせいなのかもしれないが、やっぱり女の子相手だとどこかカッコつけたくなるもんな。



「すまないとは思っている。しかし、ウチの先輩の力を借りるわけにはいかないんだ」

「なんでさ」



 おっ、このクルチャ冷めても全然うまい。中のチーズが濃厚で、生地も滅茶苦茶モチモチしてる。



「ウチのクランは完全実力制だ。強い者やクランへの貢献度が高い者程良い地位につき、逆に劣っている者には容赦なく降格が言い渡される」

「余所様のメンバーを手込めにかけた結果、自分のパーティメンバーから愛想をつかされるようなタラシ野郎は」

「当然」



 黒沢が苦々しそうに頷いた。

 


「雑用からやり直しだ。最悪、破門もあり得る」

「なる程なぁ」


 どうやら黒沢程のやり手でも、五大クランからの破門は怖いらしい。

 まぁ、そりゃそうか、実質村八分みたいなもんだしなぁ、アレ。



「あまり大きな声ではいえないが、今回の一件で、古参メンバーが俺の排除に向けて動いているらしい。身内は誰が敵か分からん状態だ」

「だから外様である俺に頼んでいると」


 

 イケメンの顔が縦に揺れる。



「頼む、清水。俺に力を貸してくれ」



 闇色にかげろう一対の眼。


 店内のモダン照明をいい感じに纏ったその姿は、さながら覚悟を決めたライバルキャラのようである。




 やってることは他クランの女に手を出して男メンバーに見限られた糞野郎のはずなのに、なんでそんなキリッとできるんだこいつは。



「いや、あのさ。そもそもなんで他クランの女の子に手を出したんだよ。話聞く限り九割方お前の自業自得じゃんか」


 

 

 皇国は重婚を禁じていない。



 パートナー達全員を幸せにできる甲斐性さえあれば、ハーレムを作っちゃっても良いのである。


 だから今回の一件で問題視すべき点は、黒沢が複数の女と関係を持ったことそれ自体ではない。


 

 一番の問題はこいつが――――




「全ては俺の不徳が招いた種だ。みんなを幸せにしたいと思うあまりつい先走ってしまい、それで」

余所よそ様のクランの子を虜にしちまったと」

「……そうだ」



 うわぁ。認めちゃったよ。


 とんでもねぇヤリ○ンですわ、こりゃあ。



「ベッドでご自慢の槍術披露して他クランの女を自分のところにヘッドハンティングとか、よくそんなゲスい真似ができるよな」

「誰も傷つけたくはなかったんだ」

「傷つけてんじゃん。余所様にも神々の黄昏ラグナロクにも円城カイル男メンバーにも迷惑かけてんじゃん」



 俺の華麗なるロジハラに、褐色イケメンは沈黙。



 いいねぇ、これが正義棒ってやつか。


 反論できない相手を正論でボコスカ殴るのってこんなに気持ちいいのか。


 呟き投稿サイトで日夜謎の不謹慎マンが現れる理由も今なら何となく分かるぜグヘヘ。




「楽しそうだな」

「俺はお前みたいなモテ野郎が破滅する姿が大好きなんだよぉゲッゲッゲ」



 頼るべき相手を間違えたな黒沢よ。

 悪いが俺は非モテこっち側なのさ。



 お前がこれから味わう地獄のような光景をプロテイン決めながら存分に堪能することにするよ。



「そういうわけで派手に滅んでくれ。俺はこれから最愛の彼女とイチャイチャしなくちゃならん」

「待てっ、協力してくれたら何でもするっ、だから頼むよ帰らないでくれ」



 またも引き留められてしまい、席に座る俺。



 捨てられた子犬みたいな顔しやがって。

 そういうのがアレか、母性本能くすぐるのか。



「……で、具体的に俺は何をすればいいわけ?」

「協力してくれるのか」



 したかねーよ。

 叶うなら俺だって遠くで眺めてたいわ。


 ただ



「お前が今回手込めにした三人の女の子って、元々はあの大会で俺達対策のために共闘した面子だろ」



 そう。とてもシャクではあるのだが、こいつは一種のバタフライエフェクトなのだ。



 本来の歴史では起こり得なかったifもしも



 俺達の大会出場が巡りめぐって今回のヤリ◯ン騒動に繋がってしまったのである。



 いや、遅かれ早かれこいつはこういうことするんですよ?


 それが原因で円城カイルが闇落ちし、それをどうにかする為に主人公と共闘したりするんだけどさ、今考えたら世界一くだらない共闘イベントだったわアレ。



 だけど、どれだけ下半身がだらしなくてもこいつは主人公のライバルなのだ。



 そんな男がチュートリアルが始まる前に無職化しようものなら、色んな歴史がグチャグチャになりかねない。



 だから




「今回は助けてやる。ただ勘違いすんなよ。別に俺は、お前が助けたいから動くんじゃない。俺の都合の為に働くんだ」

「それでいい。ありがとう、清水」



 感極まった顔で俺の手を握るクールガイ。



 おうおう、なんか店内のBGMまでメロディアスなものになっちゃって……もしかしてこいつ狙ってんのか?



「お前みたいな義侠に厚い友人ができて、俺は本当に幸せだよ」



 はい、勘違い。それはもう、色々と勘違い。






◆ダンジョン都市桜花・第百十六番ダンジョン『泥岩』シミュレーションバトルルーム





 不承不承ふしょうぶしょうながらも黒沢の依頼を受けることにした俺は、その足でとあるダンジョンへと向かった。



 ダンジョン『泥岩でいがん』。

 『常闇』と同規模の二十五層級で、全マップ通して茶緑色の泥沼と格闘しなければならない、地形めんどくさ系ダンジョンである。


  

 そこのシミュレーションバトルルームに、最近の円城カイルは入り浸っているんだとか。



『女の子達の問題は、俺自身でケジメをつける。だから清水、お前はどうにかしてカイルを説得してくれないか』



 そう言われてやってきたはいいものの、ここのシミュレーションバトルルーム広いんだよなぁ。



 コクーンも常闇より上等なもの使ってるし、そもそもの問題として電脳の繭にこもっているであろう円城氏を見つけ出すのは至難の技だ。



 うーん。どうやって探そう。




「むっ、清水凶一郎か」



 聞き覚えのあるボーイソプラノ。



 声の方へと振り返ると、これまた見覚えのある短パン貴族が腕を組んでいた。



 アッシュゴールドのウェーブヘアーが、今日も今日とて決まってらっしゃる。



「おっ、真木柱。丁度いいところに来てくれた! 実は今、さる殿方の依頼で円城カイルの行方を探ってるところなんけど……お前さん心当たりとかない?」

「その“さる殿方”というのは黒沢明影のことか」




 俺は真木柱の問いかけに正直に答えた。



「そうそう、あの褐色イケメン野郎の差し金。あいつカイルと喧嘩しちゃったらしくってさ、それで俺を仲裁役に」

「喧嘩?」


 短パン貴族の高音が一オクターブ下がる。



「奴が一方的に不義理を働いたの間違いだろう?」



 ありゃ、これはまずい。




「……せいかーいっ! なんだ獅音ちゃんってば事情通じゃーん。いやー、どう考えてもアレはあいつが悪いよね。ほら、あの部分とか、あそこら辺とか最悪っていうか神経疑うって言うか、とにかくアレだ、アレなんだよ」

「下手な芝居でボクを煙に巻こうとしても、無駄だ。全部知ってるぞ、清水凶一郎。黒沢明影が男の風上にもおけない破廉恥な行為にふけり、その結果として窮地に立たされているのだろう」



 はい、その通りです。

 ていうかヤバいじゃんコレ。

 一般層にまで、今回の醜聞が広まってんじゃん。


 ……いや、焦るな。冷静になれ凶一郎。


 まだそうと決まったわけじゃない。


 まずは情報の出所から探っていこうじゃないか。

 



「えーっと、その情報の発信元はもしかして円城――――」

「あぁ、そうだ」



 真木柱は不服そうに頷いた。



「黒沢のこれまで働いてきた破廉恥な悪業の数々は、全部うちの総長ヘッドが教えてくれたよ」

「えっちょっと待って、ヘッドって誰?」




 そんな名前の人は、存じ上げないんだけれども。




「ヘッドはヘッドだ。お前も会えば分かるはずさ、清水凶一郎。あの人程ヘッドの称号が似合うお方を、ボクは知らない」

「へぇ」




 どうやらヘッドは総長ヘッドらしい人のようだ。

 まったくもって検討がつかん。


 そもそも、どうしてそんな不良漫画に出てきそうな人が、黒沢の所のお家事情を知っているのだろうか?



 円城の親戚? あるいは神々の黄昏に恨みを持つ第三者とか?



 いずれにせよ、このクソみたいなクエストに一定の緊張感が生まれたのは確かだ。



 黒沢の秘密を知る謎の人物“総長ヘッド



 その正体は一体――――






―――――――――――――――――――――――



・凶一郎の人格紹介


・エントリーナンバー1 俺


 語り部。本編の大部分を担う自称爽やかナイスガイ。

 スペック的にも人としての器の広さも小物というどうしようもないおしゃべり糞野郎。ガチャ運だけは異常に良い。

 童貞。




・エントリーナンバー2 オレ


 原作凶一郎。普段は心の奥底に潜んでおり、姉さん関連のイベントが発生する時だけひょっこり顔を出すアルティメットシスコン。

 姉さんさえ無事ならばそれで良く、世界は姉さんを中心に回っていると心の底から信じている主義者。何においても姉さんであり、姉さんさえ幸せであれば、たとえ己が死のうが世界が破滅しようが本気でどうでもいいと思っているあまりにもファンキーなシスコン。

 当然のように童貞。



・エントリーナンバー3 第三人格



 生命を尊び、種の存続を心から憂う聖人の中の聖人。他の二人格と異なり、本体は脳ではなく股間にぶらさがっている。

 三つの人格の中で一番紳士的かつ積極的な性格をしており、たとえ二次元だろうが三次元だろうが平等に愛する事のできる次元を越えた紳士。

 眷属神となった彼女との紐付けの影響で、特定の人間以外への反応が著しく鈍くなった悲劇の人。

 不本意ながら童貞。



・天日白


謎の新人ネット声優。










 















 


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