サブクエスト3
第八十一話 たのしい蒼乃さん一家(おかーさん来襲編)
◆清水家・凶一郎の部屋
その日も俺達は、早朝からイチャイチャしていた。
まぁ、正しくは夜通しイチャイチャしていたら勝手に朝がやって来たわけだが、最近の俺達は日がな一日中イチャイチャしているので、結論としてはやはりイチャイチャしていたのである。
「凶さんは、あたしのこと好き?」
「あぁ、もちろんだよ遥」
「もうっ、違うでしょ。二人っきりの時は」
「悪い。もちろん愛してるよ……はーたん」
「うん、嬉しっ。キスしちゃう」
満開の笑顔で俺の唇にひっつく俺の彼女。
今の俺達の頭の偏差値はきっとサーティワンくらいだろう。
もう、馬鹿も馬鹿。大馬鹿カップルである。
常闇の完全攻略を終え、晴れて付き合うことになった俺達の日常は斯様に
常に身体をくっつけあって惜しげもなく愛を囁き合い、ひたすらキスして触り合う。
長く苦しい戦いを経てようやく獲得した夏休みだというのに、ひたすら部屋にこもって愛欲に溺れる日々。
でもさ、仕方ないじゃんか。
こんな可愛い彼女が、俺なんかを求めてくれてるんだぜ?
そりゃあ応えたくなるし、愛したくなるよ。
ハタから見れば痛々しいようなあだ名で呼ぶことだって(正直ちょっと慣れないけど)やぶさかではないし、プライベートの時間を全部奪われても全くもって気にならない。
だって堪らなく幸せなんだもの。
好きな人と触れ合えることが、こんなにも尊いものだったなんて知らなかった。
柔らかい肌の感触。温かい体温。息が混じり合って、お互いの汗がくっついて、そして唇と唇が――――あぁ、もう最高。
誰が何と言おうと、清水凶一郎の絶頂期はココだ。
全てが満ち足りていて、心穏やかにイチャつけるワンルーム天国。
最高。最上。マジ卍。
俺は今、確実にリア充の階段を上っている。
「やんっ、凶さん。そんなところ触っちゃやーだっ」
「ごめん。はーたんの反応が可愛くって、つい」
「……そんなにはーたん可愛かった?」
「はーたんは世界一可愛くて美人さんだよ」
「ありがとう。凶さんも世界一格好良くてイケメンさんだよ」
「すき」
「あたしもだーいすきっ」
「
「チューすれば、もっと
「そりゃあ、試すしかないな」
「…………んっ、ちゅっ」
またキス。何度でもキス。
言葉よりも雄弁に唇と唇で愛を語り合って、互いの想いを確認し合う。
幸せだ。超絶スーパーウルトラミラクル幸せだ。
後は、あの問題さえ解決できれば、本当に言う事なしなんだが――――
「なぁ、はーたん」
唇をちょっとだけ離して、愛する彼女に提案を投げかける。
「んーっ?」
「あのさ、やっぱり一回家に帰った方が良いんじゃないか」
瞬間、蕩け切ったはーたんの顔が真顔の遥さんに様変わりした。
「なんでそんなこと言うの?」
「いや、別に俺も意地悪で言ってるわけじゃなくってさ、親御さん達もきっと心配してるだろうなーって……」
常闇での決戦から五日、未だに遥は実家に帰っていない。
ウチは来る者拒まず一家なので、負担とか迷惑とかそういったものは全くないのだが
「チャットとか電話で済ますんじゃなくって、ちゃんと元気な顔を見せてやれよ」
「イヤ。帰りたくない」
むくれ面で、そんな寂しいことを言い出す恒星系。
幼少期からずっと良い子を演じ続けてきた反動なのか、はたまた単純な思春期なのか――――恐らくはそのどちらも正しくて、間違っている。
多分こいつがここまで反発しているのは、そういった要素に加えて
「まぁ、全国ネットであんな発言しちゃったら、そりゃあ帰りづれーわな」
「……うっ」
ちょっとだけバツが悪そうにうつむく遥。
「『はいっ。清水凶一郎さんとは、結婚を前提にお付き合いさせてもらってます!』だっけ。いやーアレには、ほんと度肝を抜かれたよ」
おかげで呟き投稿サイトのトレンドに「くたばれゴリラ」がランクインである。
人生初のトレンド入りが、こんなに燃える事になるとは夢に思わなかったぜ。
「ごめん。……迷惑だったよね」
「あー、違う違う。責めてるわけじゃないんだ。遅かれ早かれきっとバレてたと思うし、ネットの奴らも半分は冗談って感じだったからさ、俺は全然いいんだよ」
ぽんぽんと、彼女の髪を撫でながら、優しくあやす。
曇り顔が少しずつ
あぁ、もう一回キスしたい――――じゃなくって今は真面目な時間だ。
エッチなスイッチは封印して、今は彼女のプチ家出騒動に全力を尽くさねば。
「でもな。ここで逃げても、何にも解決しないぜ? むしろ逃げれば逃げる分だけ、後ろめたさってやつに追い詰められることになっちまう。もちろん、今になって俺との付き合いが恥ずかしくなったってんなら別だが――――」
「そんなこと言わないでよ。あたしが君との交際を恥ずかしいだなんて思うはずないじゃんか。他の男も女も
力強く寝巻の袖を掴まれてしまった。
少し発破をかけるだけのつもりだったのだが、どうやら想定をはるかに上回る効能を発揮してしまったらしい。
愛されてるなぁ、俺。
「だったら、ちゃんと帰れるな」
言いながら、熱を帯びた彼女の身体を抱きしめる。
口ではなく、身体で伝える愛してるの言葉。
背中を撫で、胸の鼓動を聞かせながら、丁寧に彼女のトゲを抜いていく。
「大丈夫。大丈夫だから。もしも、ご家族に会いづらいんだったら俺もついていくし、何だったら説明も俺に任せてくれて構わない。だから、な。一回だけでもいいから会いにいこう? きっと悪い事にはならないはずだから」
それでも、ぐずる彼女を更にあやすこと一時間。
ようやく遥を説得する事にした俺は、心地よい疲れと共に朝のまどろみの中へと溶けて――――
「ゴリラ、お客さん来てる」
そうは問屋が卸さなかった。
◆清水家・客間
噂をすれば影というか、風雲急を告げるというか、まさかまさかの人物が清水家にやって来た。
「初めまして、清水凶一郎さん。蒼乃
慣れ親しんだウチの居間に、ゲームの中でしかあったことのない黒髪の和風美人が座っている。
艶やかな黒髪、鮮やかな碧眼。肌は十代と見紛う程に瑞々しく、薄く施された化粧が何とも色っぽい。
これで二児の母だもんなぁ。とてもじゃねーけど、信じらんねぇよ。
「初めまして、此方さん。本日は熱い日差しの中、遠路はるばるご足労いただき誠にありがとうございます。清水凶一郎と申します。娘の遥さんとは、清いお付き合いをさせていただいております」
巷で大不評の丁寧語モードでしっかりと応対する。
どれだけ周りに不気味だと罵られようが、目上の方にはまず敬語。
それはそれとして、きっちりと初手交際宣言を決めさせて頂いたが、なに問題ない。
どうせ向こうもその辺りの事情を織り込み済みで、ウチにやって来たのだろうから。
「えぇ。存じ上げております。……ウチの娘がテレビの向こうで教えてくれましたから」
ですよねー。
新聞とかにも大々的に出てましたもんねー。
まったく、本当にウチの彼女は……って
「遥?」
妙な寒気を覚えて隣の遥さんを見やると、恐ろしい程冷たい顔で実の母親を
「親に対してその目つきはなんですか? 貴方は」
「先に断っておくけど」
耳に響いたその声は、酷く剣呑としており
「少しでもこの家の人達に失礼な口を聞いた瞬間に、あなた達とは縁を切るから。話す言葉はちゃんと選んでよね」
その言葉が脅しではない事を如実に物語っていた。
「ご安心なさい」
しかし此方さんは冷静だった。
姉さんが出してくれた水だし緑茶を雅やかに飲みながら、臨戦態勢の娘に向かって
「別にとって食おうというわけではありません。私はただ、貴方の様子を伺いにきただけです」
「そう言って、小学生の時にあたしの交友関係に何度も割り込んできたよね? 表向きは娘の為とか何とか言いながら、いらないお節介を焼いてさ。あのパターンが今回も通じると思ったら大間違いだよ。おかーさんの言う『貴方の為を思って』なんて、あたし二度と信じないから」
「人の言葉を勝手に曲解し、偏見で凝り固まった過去の事例を論拠に一方的な拒絶――――まったく、なんてはしたない」
「はぁ? はしたない? お生憎様だけど、これよりはしたないことなんて、毎晩してるよ!」
オイ、待て。
それはまずい。
「……清水さん?」
「いや、違うんです此方さん。天地神明に誓って娘さんの貞操は無事ですし、俺自身も清く正しいど」
「将来を近い合った二人がすることなんて決まってるでしょ! あたし達はね、もうそういう仲なの!」
むぎゅっと俺の左
これは、あれだ。「当ててんのよっ!」てやつだ。
ハハッ、おかしいな。男子だったら誰もが憧れるシチュエーションのはずなのに、なぜだか震えが止まらねェや。
床の間に飾られた鶴の掛け軸が無性に羨ましくてたまらない。
あぁ、叶う事なら俺もお前達の様に自由に空を羽ばたいて――――
「清水さん。少し二人きりで話せませんか」
「あっハイ」
俺は生まれたての小鹿のように肩をぷるぷると震わせながら、ただ頷いた。
◆
いやだいやだと喚く遥を、アルと姉さんに引き取ってもらい、客間には俺達二人だけが残った。
「それで」
此方さんの碧眼が、まっすぐ俺の
「実際のところ、清水さんと娘はどこまで進んでおられるのですか」
投げつけられたのは直球ド真ん中の火の玉ストレート。
口調こそ丁寧なものの、その声音には明らかに冷たい熱が宿っている。
どうする? 適当にはぐらかすか? ……いや、下手な小細工は逆効果な気がする。
控えめに話をして、後で遥さんが明け透けに俺達の性事情を語り出したら、間違いなく此方さんの好感度は下がる。
だって実際、ゲームの中でもそうだったんだもの。
主人公がほとんど同じ質問を投げかけられて、嘘をついたらバトルパートに突入していたんだもの。
だからここは
「キスは済ませました。互いの身体を触り合ったり、健全な範囲内での愛撫も少々。それから毎日抱き合って寝ています。ただし、それ以上の事はしていません。娘さんも俺も未経験です」
「成る程。嘘はついていないようですね」
背中にイヤな汗が噴き上がる。
自分達の性事情を赤裸々に話す不快感もさることながら、それ以上に此方さんの『圧』が凄まじかったからだ。
もしも下手な嘘でもついていようものなら……おぉ、怖。
「ひとまずは安心しました。先程の娘の様子を見る限り、てっきりお二人はその先のことまで致しているものだとばかり思っておりましたが」
「致してはいません。そりゃあ、もちろんいずれは娘さんと致したいと考えておりますが、俺達はまだ学生の身です。そういうことはちゃんと責任が取れる年齢になってからやるべきかと」
多少格好つけてはいるが、大体は嘘偽りのない本音だ。
姉さんの死が回避されたからといって、俺がチュートリアルの中ボス化フラグが完全に折れたわけではない。
何かのきっかけで闇堕ちして、社会に散々迷惑をかけた挙げ句主人公達にボコられて死ぬ可能性だって十二分にあるのだ。
俺が何も気にせず童貞を卒業する為には、闇堕ち原因の元――――つまりは無印のラスボスをどうにかしなければならない。
自分に課せられた運命から逃避し、無責任な子作りに励むわけにはいかんのだよ。
「まだ中学生だというのに、清水さんはしっかりとした考えをお持ちのようですね」
「これから自分のクランを立ち上げようっていう人間が、一時の快楽に負けて仲間の人生を滅茶苦茶にするわけにはいきませんから」
童貞を捨てたいから、彼女を作ったわけではないのだ。
正直毎晩死ぬほどムラムラするし、自分を高める行いにも一苦労している。
目覚めた日なんて特に危なかった。もしもあの時俺の財布に避妊具が入ってたらと思うとマジでゾッとしない。
紳士だって一皮むけば猿なのだ。特にこの現役思春期の身体は本能的に女体を求めてやまず、常に「静まれ俺の相棒」状態である。
それでも俺は、致さない。
どれだけ苦しく切なくとも、無印の元凶をどうにかするその時まで、清水凶一郎は童貞でなければならないのだ。
「随分と遥のことを好いてらっしゃるのですね」
「はい。ぞっこんです」
「あの子のどんなところが好きですか?」
「沢山あります。だけどあえて一つに絞るのであれば、一緒にいるだけで何でも出来そうな気分にさせてくれるところですかね」
少しだけ此方さんが驚くような顔をなされた。
「此方さん?」
「いえ、すいません。ふふっ、これは、なるほど……ぷっ、くふふ」
そのまま、くつくつと笑い始める蒼乃母。
どうしたというのだ。
おちゃらけた解答をしたつもりはまったくないのだが。
「俺何か面白いこと言いましたか?」
「申し訳ありません。ご気分を害されたようでしたら謝ります。ただね、あの子も清水さんとまったく同じ事を言っていたものだから……ふふっ」
あっ、駄目だ。顔がすっげぇ熱い。
「あのっ、それってつまり」
「えぇ、そうです。貴方達はお互いを好きな理由まで両想いだったんですよ」
あっあぁああああああああああ――――殺せ、いっそ殺してくれ! 恥ずかしくて死にそうだ。
そんなのいくらなんでもバカップル過ぎる。
「あの、此方さん。どうかこのことは遥さんには内密に」
「えぇ、もちろん。時には沈黙が恋を育む事もありますから。……しかし、貴方達は本当に……くふっ、うふふふふっ」
その後しばらくの間、此方さんは楽しそうに笑い続けた。
あぁ、うん。思ったより話の分かる人で良かったっすよ、ハイ。
―――――――――――――――――――――――
・最近の遥さんのマイブーム
紙に『清水遥』と書いてニマニマすること。
恒星系「あおだー!、青の文字が入ってるっ!。やっぱりこれは、もう絶対無敵に運命だったんだねっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます