第五十二話 チュートリアルの中ボスと噛ませ貴族の協奏







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルーム






 真木柱まきばしら獅音しおんというキャラクターは悪い意味でポジティブな人間だった。



 主人公達に何度負けてもへこたれず、常に状況やタイミングのせいにしては再戦を誓い、そして折をみては決闘騒ぎを起こして、また敗れる――――そんな彼の姿を見ながら当時の俺は、りない奴だな、と苦笑を漏らしながら、同時に少しだけうらやましいと感じていたんだ。



 だって、そうだろう?



 同じ相手に何度も負けて、幾度いくどとなく辛酸を舐めさせられても、決して自分を責めずに前を向き続ける。



 なんでもかんでも自己責任の一言で片付けたがる現代の風潮とはまるで逆をいくその在り方は、見苦しくもカッコよく、いっそのことロックですらあった。



 ダンマギの真木柱は間違いなく悪役だし、その所業の数々は決して許されるべきものではないけれど、奴の空気の読まないポジティブさは、嫌いじゃなかった。



 ……嫌いじゃ、なかったんだ。




「ボクはクソザコ、クソザコナメクジ、……あっ、それではナメクジ様に失礼か? ボクはただのクソ、真木柱じゃなくてマキグソだ……ふふっ、あはっ、あはははは……はぁっ」



 コクーンの中にいた真木柱は、死ぬほど落ち込んでいた。


 しかも滅茶苦茶自分を責めている。



 何、これ?

 というか誰、君?


 解釈違いもはなはだしいんだけど。




「おい、真木柱しっかりしろ。高々たかだか、模擬戦に負けた位の事で落ち込むなよ。お前は何も失ってないし、次またれば、違う結果が待っているかもしれない。だから、そんなにクヨクヨすんなって」

「清水、凶一郎?」




 そこで真木柱は初めて、俺に気がついたかのように目をしばたたかせた。




「貴様、どうしてここに……いや、そんなことはどうでもいい。清水凶一郎、貴様今なんと言った?」

「えっと、」

「ボクがこの決闘で何も失わず、次に戦えば結果は分からないと言ったな!」

「いや、ちゃんと覚えてんじゃん」

「言ったよな!」

「あっハイ」



 真木柱の凄まじい剣幕の前に、俺の障子紙しょうじがみ並みのツッコミは、簡単に破かれてしまった。



「あの戦いを大勢の人間に見られたのだぞ? 動画サイトに投稿されてもおかしくない! それでアップロードされた動画を見た視聴者が、果たして次はボクが勝つなどと考えると思うか? 考えないだろう!」




 至極真面目な調子で、ものすごくネガティブな正論を展開してくる短パン貴族。


 

 なんだろう、ぐぅの音も出ない程正しい事をいっているはずなのに、違和感が半端ない。



「決闘などと息巻いておきながら、実際は我が精霊の力を発揮する間もなく瞬殺だ。情けないにも程がある。なぁ、清水凶一郎よ、貴様もそう思うだろう?」

「いや、思わないよ。思うはずがない」

「でまかせを言うなこの偽善者め! 彼我ひがの実力差は明白だった。にも関わらず、愚かなボクは貴様に勝負を挑み、大勢の観衆の前で無様をさらした。……もう終わりだ、何もかも」



 力なく首を落とし、小刻みに身体を震わせる噛ませ貴族。


 ……いや、こんなのもう噛ませ貴族でもなんでもないよ!?


 ちょっと生まれがやんごとない家柄なだけの、多感で繊細なお坊ちゃんだよ!




「考え過ぎだって。余計なお世話かもしれないけど、もっとポジティブにいこうぜ真木柱。多分、その方がお前の性にあってるよ」

「貴様に、ボクの何が分かるというのだ!」



 二年先の未来とか、お前さんがどんな末路を辿るのかくらいは分かってるよ――――なんて戯言ざれごとはもちろん言えない。


 というか、諸事情により心の闇的なモノに侵されていた本編の彼を、目の前の短パン貴族に当てはめて良いのだろうか?




 もしかしたら、今こうして力なくいじけている姿こそが、真木柱獅音本来の在り方なのかもしれない。



 少なくとも、原作に出てきたあの不撓不屈ふとうふくつの噛ませ貴族に比べればこちらの方が幾分いくぶん等身大である。




「同年代の女子に先を越され、いざデビューしたかと思えば、絶対に越えられないような壁に新人賞を阻まれる――――惨めだ、実に惨めだ。果たしてボクほど惨めな人間がこの世の中にいるだろうか? いや、おるまい! 生まれながらの道化! それがボクだっ! ボクなのだっ! ふふっ、ふははっふはははははははっ!」



 ……等身大ではあるのだが、これはこれでめんどくせぇ。



 なんだよお前、一昔前のこじらせ系ラノベ主人公もかくやってレベルで自虐するじゃん。

 

 いまどきウジウジ系は流行らんぞ。多分、噛ませ貴族よりも人気がない属性だ。




「どうした? 黙ってないで笑えよ、清水凶一郎。勝者である貴様には、ボクを嘲笑あざわらう権利がある。さぁ、笑えっ! 笑えよっ!」

「だぁあああああああっ! もうめんどくせぇっ!」



 ぷつりとキレた堪忍袋の緒が、こいつを運び出せと指令を下す。



「おいやめろ清水凶一郎、このボクを子供のようにかつぐな!」

「うるせぇ! 俺にとっちゃ平均身長の中坊なんざガキみたいなもんなんだよ!」



 じたばたと肩元で暴れる真木柱を知らぬ存ぜぬと担ぎあげながら、恒星系の元へと向かう。



「またせたな、遥。約束通り、今からろう」

「もう、待たせ過ぎだよ! 早くしよ…………ってその人は?」

「あぁ、こいつな」



 よっこいせと抱えた荷物を地面に降ろし、すっかり仕上がっている遥さんに事の次第を説明する。




「見学者の真木柱獅音さんだ。こいつに今から俺達の模擬戦を視聴してもらう」

「はぁっ!? どうしてこのボクが貴様たちの下らない戦いを観なければならないのだっ!」

「そっ、そそうだよ凶さん。あたし達の行為を人様に公開するだなんて……やだっ、ちょっと興奮しちゃうっ」



 頬に両手をあてながら、嬉しそうに身をよじらせる恒星系。


 よし。とりあえずこの変態は無視しよう。



「どうしてって真木柱、お前新人賞狙ってるんだろ」

「それはそうだが……」

「だったら、こいつは観ておいて損はないぜ。なにせ今最も新人賞に近い冒険者の戦闘シーンが拝めるんだからな」












「なっなななななななな、なんだアレは!?」




 仮想空間で遥と軽く十ラウンド程模擬戦を終えた俺に、短パン貴族が頓狂とんきょうな声を上げながら近づいてくる。




「このボクですら視認できないスピードで動いたはずの貴様がどうしてあっさりと切り刻まれているのだ!?」

「決まってんだろ真木柱。こいつが俺よりも速く動いて切り刻んだからだ」



 俺の腰下に寄りかかっている犯人に向かって指を差す。


 わふーっと満足したご様子の遥さんは、今日も今日とて全戦全勝だった。



「あり得ない。こんなの五大クランに所属出来るような……いや、ともすれば筆頭エースパーティに抜擢ばってきされるレベルの……」

「そりゃあ過小評価ってもんだ。ウチの遥さんを奴らと一緒にしてもらっちゃ困る。純粋な剣術の技量でいえば、桜花でこいつに勝てる奴なんていないよ」

「う、嘘だっ! 出鱈目でたらめに決まってる」

「じゃあ、信頼できる証人に聞いてみるとするか」

 


 俺はスマホから信頼できる証人Jの番号を呼び出し、真木柱に渡した。



「この人の言うことならお前も素直に信じられるだろ」

「一体、どこのだ――――ジェ、ジェームズシラード殿!? いっ、いつも貴殿のご活躍には勇気づけられております。も、申し遅れました。ボ、わたくし真木柱……」



 ぎこちなくも嬉しそうに電話口の相手と会話をする短パン貴族。



 こういう所は年相応なんだけどなぁ。



「はい、はい。承知いたしました。貴重な情報を提供頂き、誠にありがとうございます。はい、えぇ、本人にはそのように、はい、承りました。それでは失礼致します。はい、はい、では――――シラード殿が貴様によろしくと言っておられたぞ」

「へいへい」

「へいへいではないっ! 五大クランの一長をエビデンスとして使うなっ! こっ、こちらの心臓が持たんだろうが」



 いや、元を辿れば今回の騒動の原因は、あの爽やかイケメン腹黒タヌキが、テレビの記者会見であることないことでっち上げたせいだからね。



 だからこの程度の雑用事で済ませてやるのは、むしろ良心的とさえいえるのだが、……まぁ、こいつにそれを説いたところで



「悪かった悪かった。次からは気をつけるよ。それで、肝心のエビデンスは取れたのかい?」

「あぁ、エビデンスは」



 ちょいちょいと、インナーのすそが引っ張られる感覚に襲われて視線を下に逸らす。

 見ると、遥さんが怪訝そうに小首を傾げていた。



「ねぇ、凶さん。エビデンスってなーに?」

「証拠を異国語で言い換えた言葉だよ」

「ふーん。じゃあ、証拠って言えばいいじゃん。なんで二人共わざわざ難しい言い方で話すの?」

「……なんで、だろうな」




 気まずい沈黙が流れる。

 おい止めろ、遥。

 無駄にエビデンスとかアジェンダとかMTGを並べて不必要にアグリーアグリー頷くことで自身の知性をひけらかせると信じている人間がこの世の中には沢山いるんだぞ。


 だってカッコいいじゃん。エビデンスって。

 カッコいいは正義なんだよ? ドラゴンのアクセサリーや指抜きグローブと同じくらいイケてるんだよ?




「あっ、分かった! これも厨二――――」

「オーケー、分かった。こいつを食ってろ」

「むぐっ」



 言ってはいけない病の名前を口にしかけた恒星系の口元に、餌づけ用のソイバー(期間限定ヨーグルト&フローズンレモン味)を突っ込む。



 くそ、あぶねぇあぶねぇ。


 危うく俺と真木柱のライフが尽きるところだったぜ。


 ごほん、と大きな咳払いをかまし、場の気まずい雰囲気をリセットする。



「話を戻そう。それで、肝心のエビ……証拠は取れたのかい」

「あぁ、エビ……裏は取れた。他ならぬシラード殿の証言だ。無碍むげにはできまい。認めるよ。今期のトップは貴様でもボクでもなく、そこの失礼な女だ。“接近戦であれば、自分ですら敵わない”とシラード殿に言わしめる程の強者であれば、新人賞の栄誉もさぞや輝くことだろう」



 

 まるで憑き物の落ちたような顔で、物分かりのいいことを言う短パン貴族。




「すまなかったな、清水凶一郎。貴様には色々と迷惑をかけた。今後は二度とお前達に迷惑をかけないと約束するよ」



 折り目正しく頭を下げ、真木柱は謝罪の言葉を口にした。


 誰に強いられたわけでもなく、他ならぬ自分の意志で、真木柱獅音が謝った。

 あの真木柱獅音が、である。


 

 自分の非を認め、心からの謝意を伝える――――誰にでもできることじゃない。プライドの高い人間ならば尚更なおさらだ。



 立派だよ真木柱。嘘じゃない。本当にそう思う。



「これからは、自分の実力に見合った身の振り方を心がけるようにするよ。今回の事は、本当に勉強になった」



 だけどさ、真木柱よ。それは、全然お前らしくない。



「貴様の言った通りだ。ボク達の戦いは、正真正銘“決闘ごっこ”だった。力量差の違いも分からずに、勝負にならない戦いを挑むなんて、ボクはとんだ大馬鹿野郎だ」



 ウジウジ悩んだ挙げ句、大人しく己の敗北を受け入れるような噛ませ貴族が、一体どこの世界にいるというのだ。





「ざけんな負け犬。お前それでも冒険者かよ」



 気がつけば、俺は身勝手な文句を口にしていた。


 素直に謝ってきた相手に、解釈違いだからと怒るオタク……どう考えても害悪だ。

 被害者という立場をかなぐり捨てるような愚行である。



「たった一度の敗北がどうした。自分よりも強い奴がいたら諦めんのか? そんな賢しい知性があるんなら、最初からあんな馬鹿な手紙書くんじゃねぇよ、このあんぽんたん!」

「あんぽ……そうだな、ボクが馬鹿だった。面識のない人間の家に果たし状を送りつけるなど我ながらどうかしていた」

「そうじゃねぇだろ! 言い返してこいよこのすっとこどっこい!」



 分かっている。分かっているさ。


 ゲームと現実をごっちゃにするなってことだろ?


 ここにいる殊勝しゅしょうな短パン貴族と、ダンマギに出てきた真木柱獅音は厳密にいえば別人だ。



 年齢、状況、実力や社会的評価。未来の真木柱獅音が得ているものをこいつは持っていないし、逆に二年後のあいつが失ってしまった良識や倫理観を、今の真木柱は持ち合わせている。


 だから、今のこいつに未来の、しかも人の道から外れたあいつの在り方を求めるなんて我ながらどうかしてると思うよ。


 だがな、それでもあえて言うぜ?



 噛ませ貴族をやってた頃のお前はもっと輝いてたぞ、真木柱獅音。



 何があってもへこたれず、どれだけ相手が正しかろうとも微塵みじんも主張を譲らない鋼のメンタル。



 あぁ、あいつはクソ野郎さ。ゲーム内外問わず誰からも嫌われ、人気投票で凶一郎にトリプルスコア差をつけられて負けた笑えないバカだよ。



 でもな、俺の知っている真木柱獅音は、お前みたいに一度の敗北で折れるなんてことは絶対なかった。



 何度傷ついても、いくら負けても、主人公に勝つというただ一つの目的の為に全てを燃やし続けたんだ。




 世界から愛された存在に、本当は誰よりも仲良くなりたかった男に、最後まで抗う事を止めなかった噛ませ犬の鑑、それが俺の知っている真木柱獅音という男だ。



 善か悪かでいえば、あいつは絶対に悪だろう。


 過去と未来、どちらがマシかと問われれば、誰もが過去お前を選ぶだろう。



 だがな、未来あっちの真木柱獅子音は、今のお前みたいに自分の目標ユメを簡単に手放すような男じゃなかった。



 自分の実力に見合った身の振り方を心がけるだと?



 馬鹿を言え。身の丈の合わない相手に、我が身を焦がしながら挑むのがお前だろうが。


 それをなんだ? 一度負けたくらいで簡単に折れやがって。

 




「自分の正しさすら貫けねェ奴が、簡単にプライド掲げて決闘なんて挑むんじゃねぇよ、この豆腐メンタルおぼっちゃま!」

「だから悪いと」

「謝んな! 悪くねェだと開き直りやがれこのすかぽんたん!」

「き、貴様さっきから言ってる事が滅茶苦茶だぞ」



 

 そんなことは百も承知だよ! この綺麗な真木柱が!


 あー、もう怒り過ぎて段々自分がなんでキレてるのか分からなくなってきた。


 でもとにかくムカつく! エゴだと言われようがゲーム脳だとなじられようが心の深い部分がムカムカするんだよ、FU●K!





「まーまー凶さんや、少しこれでも食べて落ち着きなされ」



 まるで重力を超越したかのような軽やかさで宙を飛んだ恒星系が鮮やかな動作で俺の口元に何か棒状のモノを突っ込んだ。




 酸味の利いた甘い味。端の方に追いやられた包み紙に目を通すと、うっすらとヨーグルト&フローズンレモンという文字が見える。



 ――――って、まさかこれってさっき俺がお前の口に突っ込んだやつ!?



「ふぁごっ!? ふぁふふぁ、ふぉふぁへ!」

「いつものお仕返し。それ食べ終わるまでおしゃべり禁止だからねー。さてさて、えーっと何君だっけ」

「真木柱だ。真木柱獅音」

「うん、覚えたよ。あたしは蒼乃遥。よろしくね、真木柱君」

「う……む」



 てめぇ何顔赤らめてんだ短パン貴族。

 いくらウチの恒星系がその辺のアイドル顔負けの美貌を持っているとはいえ、万が一にでもさかんじゃねえぞ? 

 もし本人の許可もなく指一本でも触れてみろ、その時は邪神仕込みの股間粉砕ナッツクラッシャーでたっぷりお前を可愛がってやっかんな、あぁん?




「ごめんねー、ウチのひとたまに思いこみで暴走するとこあるから」

「あっ、いや、いいんだ。そもそもはボクが清水凶一郎に失礼な申し出を送りつけたことが発端なのだし」

「うーん。多分、そこはあんまり重要じゃないと思うんだよ」



 さも真実を述べるような語調で、知った風な口を叩く恒星系。




「確かに真木柱君と出会った最初の頃はピリピリしてたところあったけどさ、その後三十分ぐらいおしゃべりしてたでしょ、彼。

 もしも許せないーとか面倒くさいなーって感情が大きかったら、そんな長い間、君とお話なんてしないんじゃないかな?」



 くっ、あの時ベンチで寝てた女とは思えない洞察っぷりだ。

 しかもなまじ核心をついているせいで、気恥かしさが止まらない。


 



「では、なぜ清水凶一郎は斯様かように怒っている? ……! まさか、ボクの不甲斐ない戦いぶりに落胆して」

「残念ながらそれも違うかなー。さっきの試合があぁいう結果になったのは、どちらかといえば凶さんの責任だし、実力を発揮する前にやられた相手をおとしめる程、うちのリーダーは狭量きょうりょうじゃないよ」

 


 そう。

 俺が気に食わなかったのは決闘の前でも、決闘の最中でも、決闘の結果でもない。



 俺が許せなかったのは――――




「凶さんが怒っているのはさ、多分真木柱君が簡単に諦めたからなんだよ」

「ボクが、諦めたから……?」

「そ。推測なんだけどさ、凶さんは君とちゃんと戦いたかったんじゃないかな。あんな事故みたいな勝ち方じゃなくて――――いや、あたし基準では超絶アリだったんだけど――――互いの実力を惜しみなく出し合えるような、そういう気持ちのいい決闘がしたかったんだと思う」



 

 そうだ。

 俺はめんどくさいだの、わざと負ければいいだのと散々ごねていたくせに、その実心の奥底では真木柱との決闘を楽しもうとしていたのだ。




「あたしとの戦いをわざわざ真木柱君に見せたのも、きっと凶さんなりに発破をかけたかったんだよ。

 すっごい不器用なやり方だけどさ、この人なりに君のことを想ってたんだよ、真木柱君」




 認めたくはないし、決して本人には言わないけれど、はじめて同性同年代の冒険者と知り合えて嬉しかったんだよ! バカッ!



 決闘して、それでも諦めないお前と何度も何度も再戦を続けていくうちに男の友情的なものが芽生えて、それでプライベートとかでも遊べるような関係を築ければいいなとか考えてたんだよ!





「………………」




 若干の驚きと共に、真木柱の瞳から胡乱うろんとした感情が引いていく。





「清水凶一郎、貴様……いや君は、そこまでボクの事を考えてくれていたのか」

「お前の為じゃねぇ。俺自身が……納得する為だ」

「それでもありがとう。あんな無礼な申し出に、真っ向から向き合ってくれた君の事をボクは心の底から尊敬する」

「お、おう」



 くそ、真っ直ぐな眼でこっちを見やがって。

 やりにくいったらありゃしない。




「うーん、なんかちょっとアブない香りがするけど、とりあえずこれで一件落着かにゃー」



 短パン貴族の足が、半歩分だけ前に出る。



「これまで散々失礼な態度を取って来たボクに願い出る資格がない事は分かっている。だが、恥を承知で頼みたい。清水凶一郎、もう一度ボクと戦ってくれ」

「それは新人賞の為に?」

「違う」



 静かに、けれど確固たる意志をもって真木柱はかぶりを振る。




「誇れる自分である為に」




 魂の込められたその一言は、これまでの、いいやあらゆる時空における全ての真木柱獅音の放った言葉の中で、最も雄々しいものだった。





 名誉でも、ちっぽけな虚栄心を満たす為でもない。


 こいつは今、ただ心の気高さを汚さない為に立ちあがろうとしているのだ。



 ならば、是非もない。



 俺の返答は、こいつの勇気に報いる為の選択肢は、ただ一つである。




「今度は握り返してくれるよな」



 目の前に立つ一人の漢に右手を差し出す。


 二分の一秒の空白の後、真木柱は若干の照れとそれを上回る凛々しさで答えを告げた。



「あぁ、もちろんだとも!」



 力強い肯定と共に、真木柱の冷たい手の平が俺の右手を強く握る。




 かくしてチュートリアルの中ボスと噛ませ貴族の戦いは、長くて湿度の高い紆余曲折を経た末に、第二幕へと突入し――――






◆仮想空間・ステージ・プレーン






「っておい待て、清水凶一郎! これはいったいどういう事だ!?」

「こっちが聞きたいくらいだよっ! あぁ、もう! なんでこうなるんだクソッタレ!」



 対面、ではなく二人仲良く同じ方向を見やりながら、前方の脅威に向けて虚しい遠吠えを奏で合う。



 宙空に浮かぶ電子の文字列には、バトルロイヤルという名の絶望が刻まれていた。



 月蝕を思い起こさせる青い電脳空間の空に浮かぶ六つの刀剣。


 その中心には、もしかしなくても奴がいた。




「いやー、今回遥さんってば、すっごく活躍したと思うんだよねー。だからちょっとくらいのご褒美があってもばちは当たらないと思うんだよ」



 わはーっと満面の笑みを浮かべながら、眼前に立ち塞がる乱入者。



 楽しそうに愛刀の鯉口を切るその姿は、最早レイドボス並みの風格があった。


 やる気マンマン遥さんである。


 


「一時休戦だ、真木柱。まずは協力してあいつを倒すぞ」

「勝算はあるのか?」

「そんなものあるかい」



 あらゆる不可能を「なんかできちゃった!」の一言で解決するワクワクの怪物に、種族人間が敵う道理などないのである。



 だが……。




「無茶だろうが無謀だろうが関係ねぇ。越えられない壁なら、ブチ壊す勢いで進むんだ」



 そういう馬鹿が、どこかの世界に一人いた。


 敗北を宿命づけられた身でありながら、愚直に進み続けた道化の王様。


 奴の在り方は、ほとんどの点において間違いだらけであったけれど、それでも光輝くものはあったのだと、俺は信じている。



 だから俺は、俺達は進む。




「いくぞ真木柱、楽しい楽しい無理ゲーの開幕だ!」

「言われるまでもないっ! あぁ、やってやるともっ! あの女に勝って、お前に勝って、そしてボクは新人賞を掴むんだっ!」




 息を合わせ、互いの持ちうる最強の布陣を整える。



 目の前には理不尽の権化、宙に浮かぶは六本の大量破壊兵器。




「それじゃあ、そろそろいくねーっ!」



 能天気な掛け声と共に、戦いの幕が今開かれる。



 飛来する蒼穹。

 動き出すワクワク狂い。

 十秒後にアバターが生きている可能性は甘く見積もっても一パーセント未満。




 それでも、俺達は死地へと進む。


 研ぎ澄まされた噛ませ犬の牙が、いつか小数点の彼方まで届くと信じて。






「「いくぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」






 俺達の戦いは、まだ始まったばかりだ。







―――――――――――――――



サブクエスト2 了

第三章へ続く













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