第五十一話 チュートリアルの中ボスと噛ませ貴族の決戦








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルーム






 真木柱まきばしら獅音しおんは、ダンマギ界隈でもっぱら噛ませ貴族として扱われている。


 けれども、ここでいう貴族という言葉の中には実のところ多少の語弊が存在するのだ。



 真木柱家は、厳密に言うと貴族階級ではない。



 彼らの家系が文官の名門である事は間違いないし、大富豪と呼ぶにふさわしい資産を保有しているというのも紛れもない事実なのだけれど、しかし裏を返せばそれだけなのだ。



 皇国における本物の支配者階級――――つまり、絶対に敬語を使わなければならないような特権身分の持ち主ではないんだよ、こいつは。



 加えて真木柱は俺の一歳年下であり、さらにデビューの時期は同じである。



 年下で、同期な上に、自分の身勝手な言い分で俺達を引っかきまわしてくれやがったパパが凄いだけの傍迷惑野郎。


 そんな相手に使えるような敬語など、残念ながら俺の辞書には載っていない。


 だから、口から飛び出した第一声は、必然的にタメ口だった。





「始める前にいくつかアンタにたずねたい事がある。少し時間をもらっても?」

「許可しよう、そう、このボクがなっ!」




 尊大に鼻を鳴らしながら、偉そうに腕を組む年下の短パン噛ませ貴族。


 吹き抜けの上に並ぶギャラリーにまで届きそうな大声と、人を小馬鹿にしたような表情。


 いいね、それでこそ真木柱獅音しおんだ。




「お心遣い感謝するよ、お貴族様」

 


 若干の苦笑を交えた謝辞を終え、早速俺は真木柱に質問を投げかけた。





「最初の質問だ。何故、俺と決闘を?」

「果たし状に書いたとおりだ。貴様が調子に乗っていて、このボクの冒険者新人賞を邪魔しようとしているからだ」

「調子に乗った覚えも、邪魔した記憶もないんだが」

「嘘をつけ! デビューから、いやその前の冒険者試験の時から今日に至るまで、貴様はずっとボクより目立ってきた! これが調子に乗っているといわずになんというんだっ!」



 人差し指を高らかにつきつけ、まるで「犯人はお前だ」とでも言わんばかりの剣幕で断言する短パン貴族。



 なぜ、真木柱より目立つと調子に「乗っている事」になるのかはイマイチ分からなかったが、まぁ要するに俺の存在が目障りだということだろう。



 それにしても冒険者新人賞、ね。




「確か去年、アンタと同学年の奴が、新人賞を取ってたよな?」

「そうだっ! 忌々しい“英傑戦姫アイギス”、ボクより早くデビューしてボクより先に新人賞を取ってボクよりも、そうあろこうことかボクよりも目立っちやがってあの女――――!」



 熱に浮かされたようにぺらぺらと呪詛を吐き始める短パン貴族。


 彼女へのコンプレックスは、この頃から健在だったのか。




「そのメインヒ――――じゃなかった、“英傑戦姫アイギス”さんにも同じような手紙を送ったのか?」

「無論、送るつもりだったさ。だが奴は、ボクがデビューした直後に醜聞しゅうぶんさらし、クランをクビになった」

「だからなんだ? フリーになったとしても彼女の功績は変わらないだろ?」

「五大クランの一角と揉めた女を好んでパーティにいれるような冒険者などいない。アイツはもう、とっくにオワコンさ。いい気味だよ、ざまぁない」

「……そうかい」




 この辺も原作通り……なのだが、やっぱり腹立つな。

 

 お前が彼女の何を知ってるっていうんだ、真木柱獅音。


 クソが、今ここでブチ殺してやろうか?




「何熱くなってるのさ、凶さん」



 ていっと脇腹に突き刺さるチョップ。

 痛くはなかったが、微妙に強い力加減。

 振り返ると隣の恒星系が、つまらなそうに欠伸あくびを噛み殺していた。



「脱線してるよ、すっごく。そのナントカさんの話、今必要?」

「……いりません」

「じゃあ、話戻そ? それともあたしが凶さんの代わりに戦おうか?」

「いや、俺がやる」

「よろしい」



 言いたい事を言い終えた遥は、締めとばかりに俺の背中を軽くはたいた。

 

 少々の痛みと共に「しっかり!」というエール音のないエールが伝わって来る。



 ありがとう遥、おかげで大分楽になった。




 ったく、何やってんだ俺。



 唐突に“英傑戦姫アイギス”の話題を切り出しておいて、真木柱が予想通りの暴言を吐いたらキレるとか、まるで俺がこいつに



 ……いや、みたいじゃない。


 俺は真木柱を憎い敵に仕立て上げる理由が欲しかったのだ。


 

 何だかんだと言って、俺はこいつの横暴に腹を立てていたのだと思う。


 身勝手な理由で一方的に果たし状を送りつけられて、しかもそれがギャルゲーの発売日と被っていて、けれども実際に会ったこいつが微妙に憎みきれない奴だったから思うように煮えたぎれなくて、だけど■■になりたいという想いも少しあって、それで、そういうのがグチャグチャになって――――




「――――ふぅ」



 呼吸を整え、思考を切り替える。

 落ち着け、凶一郎。目の前に立つ短パン貴族を、無理やり悪役に仕立て上げようとするなバカ野郎。



 こいつは、真木柱獅音であり、それ以上でもそれ以下でもない。


 それ以上にも、それ以下にもしてはいけない。



「どうした? もう質問は終わりか清水凶一郎? ならば、いざ――――!」

「いや、質問はまだある。『最初の質問』って言っただろ。最初があるなら次もある。そしてこいつは最後でもない」

「長い! ボクは貴様とおしゃべりがしたいわけじゃないっ! 早くボクと戦え清水凶一郎!」

「それはアンタの都合だろ? 勝手に人の家にこんな物騒な紙を差し出しておいて、何も聞かずにボクと戦えなんて無理筋が本当に通ると思ってんのか」

「ぐっ……」



 短パン貴族の整った顔が、一瞬歪む。

 よし、ひるんだな。チャンスチャンス。



「どうしてもこちらの質問に答える気がないというのなら、悪いがこの決闘ごっこはなかったことにさせてもらう。ついでにこの危ない手紙をしかるべき所に出して――――」

「分かったっ! 分かったよっ! 好きなだけ質問を受けつけるっ! だから妙な考えを起こすのはやめろっ!」



 随分と焦っちゃって、かわいらしい中坊だぜ。



「そうかそうか、庶民に対する寛大な措置痛み入るぜお貴族様」



 全力の営業スマイルを浮かべながら、うやうやしく礼をする。




「んじゃあ、気を取り直して質問タイムの再開だ。上にいるギャラリー、あれはいったい――――」











「なるほど。つまりアンタは今、真木柱家に仕える従者達とパーティを組んでいるってわけか」

「……そうだっ! ……我が従僕達はよく働いてくれているっ! これで、もう、いい加減に、満足しただろうっ!」




 ダンジョン常闇のシミュレーションバトルルームに疲れの混じった怒鳴り声が響き渡る。


 ご自慢の大声も、すっかりかすれちゃってご愁傷様だ。


 まぁかれこれ三十分近く矢継ぎ早の質問を受けておきながら、それら全てを律儀にマックスボリュームで答えてたからなぁコイツ。



 おかげで大体の裏は取れた事だし(といっても懸念けねんしていた黒幕的サムシングは、影も形もなかったのだが)、いい加減解放してやるか。




「悪い悪い。ついアンタとのおしゃべりが楽しくなっちまって。……うん、そうだな。そろそろ始めようか」



 俺の発言に安堵と寝息と無責任な野次が同時に反応を示す。



 安堵は当然、真木柱。

 寝息は近くのベンチでうたた寝中の遥さん。


 そして、心ない野次を飛ばしているのは上で観ている無責任な観客達だ。



 「さっさとやれ」だとか「つまんねー」だとか、言いたい放題言ってくれちゃって。




「なぁ、真木柱。あいつら本当に必要だったか」

「当然だっ! やつらには証人になってもらわなければならんっ! そう、このボクが貴様を打倒したという決定的瞬間のなっ!」




 ずびしっと、人差し指をこちらに向けながらそんなことを言い放つ短パン貴族。



 証人、ね。



「あいつらはきっと俺とアンタ、どちらが負けてもこき下ろしてくるぜ」

「問題ないっ! 勝つのはこのボクだっ! 故に罵声を浴びるのは貴様であるっ!」



 なんて事を自信満々の表情でおっしゃるお貴族様。


 自分の勝利を微塵も疑っていない。




「わかったよ。んじゃ、コクーンに移動しようか」

「指図するな。ボクに従えっ! さぁ、コクーンに移動するぞ清水凶一郎っ!」

「へいへい」



 こんなところでもマウントを取らなきゃ気が済まないなんて、やんごとなき身分なお方というのも大変だ。








◆仮想空間・ステージ・プレーン




 二キロメートル四方に広がる青の世界。




 等間隔に配置された電子の輝きを光源としたサイバー空間に二つの影が対峙する。





「ルールの確認だ。勝負は時間無制限の一本勝負。決着はアバターのキルか、シミュレーターの“降参機能リザインシステム”を用いての降伏。初期配置は、互いに中央のラインを中心とした半径百メートル以内の自由位置で、スタートブザーの音を合図に決闘開始……なにか相違は?」

「ないっ!」

「結構。それじゃあ、いい勝負をしようじゃないか」




 手を差し出して、握手を求める。


 しかし、真木柱がその手を取ることはなかった。



「敵と慣れ合うつもりはないっ。さっさと持ち場につけっ、清水凶一郎っ」




 バッドコミュニケーション。



 三十分程度の質問攻めおしゃべりでは好感度を稼げなかったらしい。


 俺は握られる事のなかった右手をぶらつかせながら、自陣へと移動する。



 さて、ここからは少し真面目にやらないとな。


 何せ決闘だ。決闘、決闘……、決闘、なのだろうか?



 今更になって頭に疑問符が浮かぶ。



 決闘といっても、結局今からやることはアバターを使った模擬戦だ。


 しかもシラードさんの時のような賭け試合というわけでもないし、本当にただ戦うだけである。



 命どころか、互いに負けても何も奪われない。



 せいぜい敗者の名誉とか誇りとかそういったものに多少のひびが入る程度のものだろう。



 それだって別にどうでもいいというか、俺の誇りは強さに依拠いきょしたものじゃないし、真木柱が口にする冒険者新人賞云々の話も皆目かいもく興味がない。



 だから畢竟ひっきょう、別に負けたっていいのだ。



 それであのお貴族様が溜飲りゅういんを下げてくれれば万々歳だし、むしろ勝ってしまった方が色々面倒な事になりそうですらある。



 どうする? バレないように手を抜いて、適当なところで降参するか? 


 俺が勝つという事は、あいつのプライドが傷つくということだぞ。


 自業自得と言えばそれまでだし、可哀想だなんて欠片も思わないが、ほぼ確実に逆恨みされるだろうなという確信めいた予想はある。



 無印の主人公が作品を通して真木柱につきまとわれたのも、元をただせば今と同じように模擬戦で奴を負かした事が原因だったわけだし、考えれば考える程、勝つよりも負ける方がいい気がしてきた。




 負けても何も奪われず、逆に勝てば余計な面倒事が増えるだけ。



 どうしよう、マジで負けようかなと心を傾きかけた矢先の事だった。



 エリア全体に響き渡る、やたらと荘厳そうごんなブザー音。


 戦いの開幕を告げる電子の合図に、思考よりも先に身体が勝手に動き出していた。



 この音を聞くと、俺の身体は条件反射的にバトルモードに切り替わってしまう。



 要するにパブロフの犬という奴だ。度重なる恒星系との模擬戦を繰り返してきた俺にとって、シミュレーターから流れ出るブザー音は、死ぬ気で戦えという号令に他ならない。



 死ぬ気で戦わなければ、こちらが死ぬからだ。



 開始一秒、【四次元防御】の展開よりも早く蒼穹を掃射ブッパされて即死なんて日常茶飯事あたりまえ、《時間加速》と《脚力強化》の最速コンボは笑顔で避けられ、認識阻害持ちの<獄門縛鎖デスモテリオン>の捕縛は「一度喰らってなんか慣れちゃった!」の一言で毎回空振りに終わる――――そんなワクワクの怪物ワクワック・ビーングと多い時には週に数百本以上のペースでってるんだぞ?





 そりゃあ、開始の合図と共に《時間加速》と《脚力強化》の多重掛けを行って、指を弾くよりも短い時間で相手の懐に入り、<獄門縛鎖デスモテリオン>の展開と同時に大剣形態のエッケザックスで相手の首を飛ばす位の初動はできるようにもなるさ。



 ……できるというか、やっちゃっていた。





「やっべ」




 気づいた時にはもう遅かった。




 決闘開始から数秒、誇り高き短パン貴族のやんごとなき御首みしるしが、綺麗な放物線を描きながら空を舞う。



 真木柱獅音との決闘は、やつが自分の精霊をお披露目するよりも前に落着と相成あいなったのである。








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルーム







「さっすが凶さん! 惚れぼれするような試合運びだったよ! てっきりめんどくさがって、わざと負けるんじゃないかって思ってたんだけど、全然そんな事なかったね! 凶さんはやっぱり凶さんだ!」



 わはーっと心の底から満足した笑みを浮かべて讃えてくれる恒星系。



 ありがとよ、遥。全部お前のおかげせいだ。



 いや、どうすんだよこの雰囲気。

 会場、ひえっひえじゃねぇか。なんか野次飛ばしてたやつらも気まずそうに視線落としてるし、ていうかギャラリーのほとんどが帰っちゃってるし!





「きっと、みんな凶さんの強さに恐れおののいたんだよ。それこそ敗者に罵声を浴びせる気力すら奪われるほどにね」

「……マジで?」

「マジもマジ、大マジだよ。戦闘が始まった瞬間にシミュレーターの映像を観ていた人達全員が、一斉に静まり返ってさ、 ……あれは壮観だったなぁ」




 うっとりと、とても甘美な思い出に浸るような面持ちで中央の巨大スクリーンに視線を注ぐ恒星系。




 どうやら遥さん的には大満足だったらしい。



 良かった良かった、お前が喜んでくれたのならば、それで十分だ――――なんてことには当然ならない。



 今気にするべきは、中学生の首が飛ぶ映像を観て熱っぽい息を吐くワクワクポジティブサイコの好感度ではない。




 決闘を申し込んでおきながら、何もできずに首チョンパされた短パン貴族の好感度こそが肝要かんようなのである。



 

「なぁ、遥。真木柱はどこにいる?」

「対戦終わってから一度も彼の姿はみてないし、多分まだコクーンの中にいるんじゃないかな? ……ねぇ、そんなことよりも凶さん、今からあたしとろうよ。あんないけない映像見せられてワクワクしない人間なんていないよぉ」




 ハァハァと息を荒げて腰をくねらせながら、情熱的な誘い文句を口にしてくる恒星系。


 

 危ない人だ、完全に。




 

「……落ち着け遥、ステイステイ。後でお前の望む分だけ模擬戦やるから、今は真木柱のところに行かせてくれ」



 懐から餌付け用のシリアルバーを取り出し、出来上がってる遥さんの口元に優しく入れる。



「んっ、むぅ……はむっ、ちゅっ、んくっ……約束だよ? いっぱい、してね?」

「するする。だからそれ食いながらちょっと待っててくれ、な?」

「……わかった」



 渋々ながら納得してくれたらしい。


 俺はもう一度遥に詫びと感謝の気持ちを伝えながら、真木柱の元へと向かう。



 


 等間隔に設置されたまゆ型の筺体きょうたい群の中から、自分の記憶を頼りに短パン貴族の乗る筐体を探すこと約一分、俺は早々に目的のコクーンを見つけることに成功した。



 使用中のヘッドランプがついているにも関わらず、外側のセーフティロックが解除された筐体。



 地理的にも状況的にも十中八九、このコクーンだろう。



 一応念のため、コンコンッと軽めのノックを入れてしばらく待ってみる。



 返事はない。



 けれど何か、うわ言というか、うめき声のような不気味な声が聞こえてきた。




「……クは…………ソ……コ」



 中から聞こえてくるのは、覚えのあるボーイソプラノ。

 


 間違いない。やつがいる。




「真木柱、俺だ。清水凶一郎だ。決闘終わりにこんな申し出をするのはいささ不躾ぶしつけなのかもしれないが、単刀直入に言う。少し話さないか?」




 返事はない。

 相変わらずぶつぶつと呟いたままだ。



 二度三度と、同じやり取りを繰り返し、このままではらちが明かないとんだ俺は、思い切って筺体きょうたいの扉を開けてみた。




「邪魔するぞ、真木ばし…………ら?」




 すると、そこには――――。




「ボクはクソザコ……クソザコナメクジ……」





 そこには、真っ白に燃え尽きて顔を虚無きょむらせた短パン貴族の姿があった。




 いや、何があったし。

















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