第三章 烏合の王冠(下)

第五十三話 新たな戦力を求めて












 花火が好きな人だった。



 夏の夜空に咲く大輪の花達を見ていると、なぜだか幸せな気持ちになるらしい。


 なぜだか――――あまりにも分かりやすく、優しい嘘。


 彼女が光の花々をでる理由は、そこに子供でいられた頃の記憶が詰まっているからなのだ。


 父がいて、母がいて、友達と好きなだけ遊べた夢のような日々。


 両親の他界によって子供の時間を奪われた彼女は、夏夜の空に光の花咲く僅かな間だけ、年相応の自分に戻れたのだろう。


 けれどその気持ちを口に出してしまえば、きっと弟に余計な罪悪感を与えてしまうと思ったから。

 だから姉はオレに本当の理由を語らなかったのだろう。




「キョウ君。来年もまたお姉ちゃんと一緒に、花火を見ましょうね」




 毎年、夏の終わりにオレ達は約束を交わす。


 花火を一緒に見る。


 たったそれだけの約束が、オレ達姉弟きょうだいにとっての希望だった。









◆古錆びた神社・境内





「やはり、このままでは勝てません」



 夕凪の蒸し暑さに包まれた境内に、白髪の少女の声が響き渡る。





 この建造物の主であるヒミングレーヴァ・アルビオンの一言は、無慈悲ながらも正鵠せいこくたものであった。



「マスターから頂いた情報をもとに可能な限りの戦闘シミュレーションを試みましたが、現状の戦力のみで行う最終階層守護者戦の勝利確率はおよそ三パーセント未満。とても認可できる域にはありません」

「だよな……」



 覚悟はしていたが、実際に口に出されると辛いものがあった。



「ちなみに勝利するパターンは?」

「前提として蒼乃遥エースが覚醒します」



 あまりにも荒唐無稽な文言に、少しだけ吹き出しそうになってしまう。





 覚醒って、お前それは不条理な手段で勝った側のご都合主義いいわけであって、はじめから算段にいれていい要素ではないだろうに――――と、本来は一笑にすべき類の妄言なのだが、対象がアレだからなぁ。



「やるか、アイツなら」

「やりますよ、彼女なら」



 うんうん、と頷きあって、妙な納得感を共有する。





「しかし、覚醒イベント組み込んで三パーセントか……大分キツイな」

「遥の覚醒の指向性をこちら側でコントロールできれば、状況も変わるのですが」

「そう上手うまくはいかねぇよなぁ」



 一口に覚醒といっても、その種類は千差万別である。



 たとえば先の戦いで俺が至ったようなフロー状態による超集中と肉体のリミッター解放による二重増強術も、言ってしまえばその類いだ。



 けれども、こんな向こうの科学でギリギリ説明がつくような程度の現象は、覚醒業界では末席レベルとして扱われてしまう。



 存在の昇華、力量のインフレーションに新規概念の習得――――アルが遥に望む覚醒とはおそらくこのレベルのものなのだ。

 主人公補正クラスの理不尽覚醒の発現、その方向に遥がたどり着く可能性が、先の三パーセントという数字なのだろう。



「……………………」




 古錆びた神社の境内に、重々しい沈黙が流れる。




 さすがの裏ボスも覚醒の性能調整スペックデザインなんて無茶は通せないらしい。

 まぁ、こいつの権能ちからは、そういうタイプじゃないし、無い物ねだりをしてもしょうがない。


 だから、気にせず切り替えていこうとポジティブな言葉をかけようとした手前に、裏ボスはぼそりと小さく呟いた。


 


「……あるいは彼女ならば……に」

「なんだ? 良い案でも浮かんだか?」

「いえ、我ながらありえない可能性を模索しておりました。申し訳ありません。忘れて下さい」

「? あぁ、わかった」



 珍しく素直に謝ってきた。

 普段の傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりが嘘のようである。




「やはり、遥の覚醒をメインプランにおくのは危険ですね。堅実に必要な戦力を揃える方向性でいきましょう」

「だな」



 最終的に至った結論は、極めて凡庸ぼんようなものだった。


 足りないから増やす、誰もが思いつく最適あたりまえなプランである。



「とはいえ、結構難易度高いぜ癒し手ヒーラー探しは」



 そう、俺達が今欲している存在は回復役なのである。



 傷を塞ぎ、失った体力を復活させるパーティの命綱。



 そんな、本来は最初の仲間として迎えるような必須ロールを、今更になって欲し始める俺達って一体なんなんだろうか。




「仕方がありません。これまで戦ってきた相手は、全て個々人のスペックで対処できる相手でしたので」




 持参したフルーツゼリーを紙スプーンで掬いながら裏ボスが語った言葉の中に、その答えはあった。




 月蝕の死神に始まり、白鬼と悪鬼、死魔、カマク、そしてケラウノス――――どいつもこいつも決して楽な相手ではなかったが、それでも結果だけみれば全て無血討伐ノーダメクリアである。



 すさまじい記録だと思う。

 

 チート技や計略がハマった結果とはいえ、中坊と小学生のお子様パーティでここまで来れたのだ。


 十分に誇っていい。俺達は、偉業とも呼べるほどの無茶を、確かにやり遂げたのだから。




 だが、今度の敵は次元が違う。


 どれだけ安全策を講じようが、いくら術式を鍛えようが必ず誰かが手傷を負う。


 遥とユピテルという最高峰の人材を集めても、癒し手ヒーラーなしでは三パーセントを切る程の強敵。



 かの“龍”は、それほどの手合いなのである。



「我が妹を巡る問題も片がつき、ジェームス・シラードの会見によってマスターの名が知れ渡った今こそが好機です。優秀な癒し手を、我らの陣営に迎え入れましょう」

「五大クランの一長に認められたパーティなら、ある程度の人材は確保できる、か」

「せっかく高めた名声ですよ? 存分に活用して超一流の回復役を確保しましょう」

「欲が深いな」



 だが、嫌いじゃない。



「で、お前の希望する癒し手はどんなタイプなんだ?」

「そうですね」


 ゼリーの中に敷き詰められた果物をあっさりと平らげながら、裏ボスは自らの望む癒し手の基準を語り始めた。



「まず、回復性能が一流であること、これは絶対に譲れません。聖女クラスとまでは言いませんが、それでも戦闘活動に支障が出るレベルのダメージを快癒できるだけのスペックは欲しいところです」

「おう」

「次に高い戦闘能力。自分の身は当然、自分で守って頂くとして、可能であれば遠近両方の戦術に対応できる人材が望ましいですね」

「お、おう……」

「そして最後に冒険者としての経験値、これもある意味欠かせません。マスター達は、とても“若い”パーティです。戦闘能力こそ並外れておりますが、それ以外の分野に関してはルーキークラス相応でしょう。ゆえにその穴を埋めるべく、ベテランを投入するのです」

「…………」

「後、欲をいえば天啓レガリア持ちが――――」

「お前いい加減にしろよ!」



 さすがに強欲が過ぎるでしょうよ!




「一流の回復能力を持っていて、前衛後衛どちらでもこなせるベテラン冒険者だって? そんな優良物件が野良で残ってるわけないだろ」

「マスター、天啓レガリア持ちも忘れないでください」

「なお悪いわ!」



 ただでさえ癒し手は需要が高いというのに、何考えてるんだこいつ。



「ならば、五大クランあたりから引き抜いてしまいましょう。先のジェームズ・シラードが行ったような賭け試合をこちらからしかけていけば良いのです」

「良いわけあるかい」



 トップクラン相手にアンティ勝負をしかけるとか、どんな命知らずだよ。

 万が一成功したとしても、絶対その後ロクな事にならねーだろ。



「では、お得意のゲーム知識とやらで都合のいい人材を探してきて下さい。さすれば私が、この曇りのないまなこもってその者を査定してさしあげましょう」

「お前、何様だよ……」

「時の女神様です」



 死滅した表情をキープしながら、首から下だけどやる邪神クウネル・ニート。

 

 ウチの裏ボスは、あいも変わらず態度がデカい。



「まぁ、いいや。ちょっと考えてみるか」



 俺はいつかの時のように、脳内のダンマギフォルダをフル稼働させながら、アルの出した条件に見合うキャラクターを探し出すことにした。




 ダンマギに登場したキャラクター達の中には、当然回復スキル持ちも多数いる。


 中には、邪神が望むような戦闘もこなせる自己完結型もいるにはいるのだが……やっぱり後半二つの条件がネックだな。



 特に最後の天啓レガリア持ちに関しては、最早単なる戯言たわごとである。

 

 そんなハイスペック実力者が野良の冒険者やってるわけないだろうに。


 てか、近接も遠距離も回復もこなせる歴戦の天啓保持者レガリアユーザーが、一人寂しくソロ活動してたら逆に怖いわ。


 大体、天啓はどうやって取ったんだよ?


 ゲーム知識を使って相性の良い突然変異体イリーガルを倒すなんて無法インチキ行為ができるわけないし、どこかのパーティにスポット参戦して勝ち取ったとでもいうのだろうか。


 ……いやいや、ありえないだろう。

 そんな孤高の傭兵キャラがいたら、間違いなく主人公達の仲間になってるっつーの。


 だってキャラ立ちまくりじゃん、孤高の傭兵とか。


 更に過去の経歴が謎に包まれてて、顔に仮面とか兜とかつけとけば絶対に人気が――――





「――――いたわ」



 脳裏に浮かんだのは、全身を黒鋼の甲冑で覆った孤高の騎士。



 役割はオールラウンダー寄りで、近接遠距離共に隙がなく、経験豊かで天啓も所持している。


 ……しかも複数だ。


 彼ならば、あるいは。



「お前のお眼鏡にかないそうな奴が、一人だけいる」

「伺いましょう」



 そうして俺は、アルに“黒騎士”と呼ばれる男の話を語り始めた。





――――――――――――――――――――――――――――





明けましておめでとうございますっ!

三章開始ですっ!

なんとか頑張って毎日更新で繋げていこうと思うので『フォロー』や『☆☆☆』、『コメント』、『ハート』等で応援よろしくお願いしますっ!


 




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