第四十九話 雷霆の獣と夢みる少女10







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十層





「ユピちゃんっ!」




 自陣に戻ってきたユピテルに、遥が猛烈な勢いで抱きついた。




「よく頑張ったね、よく頑張ったねぇっ」

「みんなのおかげで帰って来れた。本当に、ありがとう」

「ユピちゃぁーんっ!」



 見目麗しい少女達が、再会を喜び合って抱擁ほうようをかわす姿は、大変感動的である。


 だが、俺はそんなエモいシーンに水を差すような台詞をどうしても言わねばならなかった。



「お前ら、イチャつくのは後にしろっ! まだ戦いは終わってねぇんだぞ!」



 真面目に熱術放ってるシラードさんをほったらかしてヨロシクやってるんじゃないよ! くそ、俺もあの中に混じりてぇ。でも百合空間に男が割り込んだら、市中引き回しの上打ち首獄門ってハンムラビ法典に書いてあったからな、自重、自重。



「ハッハッハッ! 仲睦まじいのは良い事ではないか! 私も仲間に入れて欲しいものだ」

「いくらシラードさんでもそれをやったら極刑ですよ?」

「ならば君が慰めてくれよキョウイチロウ。どうだい今度一緒にディナーでも?」

「えっ、ぜ、是非!」

「凶さん……」

「さすがにそれは引く」



 なんでだよっ! 


 お前らとやってることは大体一緒だろ!



「ハッハッハッ! 君達は本当に面白いなぁ。あの獣とは大違い――――だよっ!」



 語気と共にシラードさんの熱術の火力が跳ね上がる。


 次の瞬間、煌々と燃え上がる業火の大渦おおうずが、獣の肉体を情け容赦なく嚥下えんげした。


 敵の全身を空間ごと燃やし尽くすその術は、まるで火炎地獄の具象化だ。


 どんな最後を迎えるにしても、あんな死に方だけはご免である。

 皮膚から内臓、空気まで全部燃えてんだろ? ぞっとしねぇよ、まったく。



「……………………」



 しかして獣は無言を貫いていた。


 断末魔どころか苦悶も怒号も上げずに、じっと火炎地獄の中で在り続けている。




「嵐の前の静けさというやつか。火炙ひあぶりの最中さなかで黙々と術式を編みこむとは、中々に剛毅ごうきな獣よ」



 シラードさんの言葉通り、ケラウノスは力をめていた。



 溜めて、溜めて、溜めて、溜めて――――そうして蓄積した霊力を最後の最後で一気に吐き出すつもりだろう。



 火で炙られようが、刀で裂かれようが今の奴ならなんなく耐えられる。


 何故ならばあそこにいるのはユピテルとの接続が切れた状態のケラウノス。


 契約者にちゃぶ台をひっくり返されて、親子関係を解消された哀れな雷親父は、それ故にユピテルが持つアクセサリーの影響から外れているのだ。



 契約の白紙化と更新の僅かな間隙――――いや、もしかしたらこれも試練の一環なのかもしれないな。



 心だけでなく、実力でも打倒して見せよとかそんな感じの仕様なのだろうか。



 ……まぁいい。

 考察は暇な時にゆっくりやろう。


 今は、ケラウノスへの対応が最優先だ。




。シラードさんは熱術を維持しつつ俺の後ろへ。遥とユピテルはその後ろに」


 三人は短く首肯し、機敏な動作で持ち場へと移動した。



「奴の直情的な性格と噴出点の移動が見られない事から最後の一撃ラストアタックは十中八九、直線型の攻撃でしょう」



 ゲームで見たから知ってまーすなんて戯言たわごとをほざくわけにはいかないからな。

 それっぽい理屈を考えるのには苦労したぜ、ホントによー。



「威力の程は分かりませんが、直線型の攻撃ならば俺の【四次元防御】で耐えられます。これが第一層です。そして側面への補強としてシラードさんにやって頂きたいのが」

「対熱エネルギー用の結界付与、だったね」

「はい、お願いします」



 承知した、とイケメンのみに許される爽やかウインクを飛ばす片手間で見事な熱術結界を構築していくシラードさん。



 業火の大渦とイケメンウインクと並行して結界まで作っちゃうなんて流石俺達のシラードさん。

 やはりこの人は色々と別格である。



「んで、遥、お前さんの役割は、」

「万一、噴出点が出てきた時の迎撃と、防衛線の補助でしょ。まっかせてー!」

「あぁ。頼りにしてるぜ、相棒」



 軽く拳を突き合わせ、熱い想いを分かち合う。

 そんな俺達のルーティンに、ちょっぴり遠慮がちな拳が寄り添った。




「ワタシも、一緒に戦いたい」



 おずおずと、けれども確かな決意を込めてユピテルは言った。



「どんな雑用でもいい。ワタシにもみんなのお手伝いをさせてほしい」

「でもお前、ヤツとタイマン張ってヘロヘロなんじゃ……」



 実際、ユピテルの身体は疲労紺倍ひろうこんばいとしていた。



 唇はチアノーゼの発症によって青紫色に染まっているし、手足も小刻みに痙攣を繰り返している。



 無理もない。


 精神世界とはいえ、先程までずっとこいつは自らのトラウマと戦っていたのだ。



 肉体はケラウノスに取り込まれ、精神は一世一代の大勝負によって過負荷状態オーバーロード


 客観的に判断しても、立っているのですらやっとといった有り様だ。


 正直、この状態で斬った張ったなんてやらせたくないし、そもそもケラウノスを倒すのにケラウノスが力を貸してくれるはずがないのである。


 だから、ユピテルには大人しくしていて欲しかったのだが……。



「そんなの、関係ない」



 銀髪の少女は精いっぱいの力でツインテールを振りまわし、反抗の意志を示した。



「みんながワタシの為に戦ってくれるのは、とっても嬉しい。だけど、この戦いは元々ワタシが撒いた種、ワタシが負わなければならない責任。それを放りだして後ろで小さく縮こまっているなんて絶対に、イヤ。ワタシも最後まで戦う。みんなと一緒に、戦う」



 いつも通りの表情に乏しい顔で、けれども眼差しだけは力強く。

 ったく、ちょっと見ない間に一皮むけやがって。

 随分、カッコいいこと言うようになったじゃねぇか。



 俺は懐から治癒力活性化剤ライフポーション入りの瓶を取り出して、ユピテルに手渡した。



「それ飲みながら、霊力の流れを探ってくれ。ケラウノスの方に何か動きがあったら、逐一ちくいち俺達に伝えること。どうだ? へばらずにやれるか?」

「じょーとー」



 親指をぐっと天井に向けて、自分に任せろとアピールするちんちくりん少女。

 


 足腰がぷるぷる震えている事を差し引いても、十二分に英雄的ヒロイックだ。



「よし。じゃあ、お前の配置は遥の隣。それと遥がヤバいと判断したら、すぐに休むこと、いいな?」

「……だいじょうび」



 そこはかとなく不安の残る返事だったが、まぁ遥の隣に陣取らせておけば安心だろう。



「つーわけで遥、悪いけどコイツのこと頼むな」

「うんっ……やっぱり凶さんは優しいねぇ」

「どこがだよ? ヘロヘロのチビッ子酷使してるんだぞ?」

「またまたー、ヘンに悪ぶっちゃって―」



 ツンツン、と恒星系の肘が優しく俺の脇腹を小突く。



 こそばゆいのと照れくさいのが同時にいてきたので、「ふんっ」と無理やりそっぽを向き、そのまま前線へと移動する。




 霊力を込めた右腕で、エッケザックスのトリガーを撃ち抜く。


 天に鳴り響いた号砲は、グレンさんから仕入れた新たな着脱式戦闘論理カートリッジを起こすためのものだ。


 うねうねとその造形を変化させていく漆黒の大剣。


 鋭角ばったフォルムは急速に丸みを帯びていき、ついには完全な円へと生まれ変わる。




「っし、変形完了だ」


 

 出来あがったのは巨大な盾。


 光沢を放つ漆黒のスライム鋼が、なんとも武骨でいい感じだ。



 そう、グレンさんに設計してもらったエッケザックスの新形態は武器ではなく防具。


 しかも重量や頑強性ではなく、表面積の大きさのみに特化した特注品である。



 普通、盾っていうのは重さや固さを重視して作られるものだ。


 当然だよな? 盾っていうのは守る為にあるんだから。


 いくら守る面積が広くても、敵の攻撃を防げなかったらなんの意味もない。


 だから盾の設計というものは、まずどんな攻撃から身を守るのかを決め、それから用途に合わせた機能を追加していくのだとグレンさんは言っていた。



 しかし、この大盾は違う。


 こいつは、幅広い面積を守れるという用途が先にあり、後から防御力の体裁を整えるという逆機軸の装備なのだ。



 バランスが悪い事も、盾としてのスペックが大して高くない事も十分承知している。


 だが、こと俺が使う場合に限っていえば、守備範囲特化型このスタイルが最適なのだ。




 何故ならコイツは【四次元防御】との併用へいようを前提として設計された特殊兵装。



 つまりは範囲攻撃絶対防ぐマンだからである!




「シラードさん、一旦攻撃をストップして下さい。コイツを設置しますんで」

「よかろう。……しかし、随分と大きな円盾だな。一瞬、城壁が現れたのかと誤認したよ」

「ははっ、それだけがコイツの取り柄なん――――でっ!」



 床面と接着する瞬間、ずしん、と重々しい振動が鳴り響いた。



 ははっ、全然前が視えねぇ。

 前方の視界がほとんどエッケザックスでおおわれてらぁ。



 研ぎ澄まされた霊覚を頼りにケラウノスの様子をうかがいながら、細かい位置調整をほどこしていく。




 シラードさんが控えているとはいえ、俺がミスれば大事に至る。


 前方から発せられる禍々しい霊力の乱れと、仲間達の命を預かっているという精神的重圧プレッシャーとの板挟みで、頭がどうにかなりそうだった。



 逃げたい、と願う自分がいる。

 無理だ、とさじを投げ出しかけている自分もいる。



 俺は弱い。

 物語の主人公のように理想に準じて鋼の意志を貫き続けるなんて到底不可能な凡夫である。



 どれだけ身体を鍛えようが、怖いものは怖い。

 いくら戦いの経験を積もうが、辛いものは辛い。



 そんな自分の薄弱さを恥ずかしげもなく認めた上で、それでもこうして無様に立ちあがっていられるのは、ひとえに仲間達のおかげである。



 アイツらがどうしようもなく幸せに生きている姿が好きなのだ。

 こんな俺を信じてくれる事実が誇らしいのだ。



 だから俺は、盾を構える。




「来いよ、ケラウノス。テメェの癇癪かんしゃくなんざ、子猫のくしゃみ以下だ」



 膨れ上がっていく霊力。

 怨嗟えんさに満ちた唸り声。



 真の能力を取り戻したグランドルートの中ボスと、チュートリアルの中ボスのマッチメイクなんて誰が想像しただろうか。


 いいさ、やってやるよ。



 窮鼠猫を噛むならぬ、凶一郎ケラウノスを制すだ。



 さぁ、来い。

 来い。来い。来い。来い。




「さっさと来やがれ、この寝取られモンペがぁあああああああああああっ!」




 その瞬間、誰かの何かが確かにキレた。



 単純に音に反応したのか、それとも挑発の意味を理解したがゆえ激怒ガチギレなのかは分からない。


 けれど、一つだけ確かなことは、ケラウノスが長い充填期間を経た末に臨戦態勢に入ったのである。



 嵐の前の静けさは終わりを告げた。

 臨界点を迎えた赫怒かくどの化身は、今ここに神なる力を解き放つ。



 



 そして――――





「AWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」




 そして最後の一撃は解き放たれた。



 雷の速度で直進する瞋恚しんいの閃光は、シラードさんの必殺術式すら上回る威力を秘めた“災害”である。



 

 瞋恚のRaging黒雷dark――――正史における主の異名を冠したこの技は、グランドルートに到達した主人公パーティですら対策なしでは耐えられない程のバ火力なのだ。



 無論、ゲーム時代とは、状況がまるで違う。

 しかし、だからといってスキルの威力に下方修正ナーフが入るなんて奇跡は……まぁ、九割九分起こらないだろうな。



 きっと奴は、愛しいユピテルちゃんに被害が及ぶ危険性なぞ欠片も勘定かんじょうにいれていないと思うし。



 あるいは、先の試練の敗北を受けて、とうとう主であるユピテルすらも敵とみなしたのかもしれない。



 奴の自己中心的な性格をかんがみれば、十分にありえる話だ。



 娘の反抗が許せない。

 己の愛に応えようともしない娘が憎い。

 親のいうことに従わない子供など存在する価値もない。


 ――――だから、殺す。



 ……笑えるぜ。

 まさに矛盾のかたまりだ。

 守ると決めた対象をテメェの都合で勝手に殺すとか、厄介勢やファンチも腰を抜かすレベルの傍迷惑メンヘラ野郎である。



 でも悪いな雷親父、テメェの脱糞お気持表明クソデカ感情はここで通行止めだ。


 俺の大切な仲間達に、テメェのクソは汚すぎる――――!

 



『【四次元防御】による砲撃防御、成功いたしました。背後の三人への損害はゼロです』

『……よかった』



 モノクロに染まった世界の中で、ホッと一息なで下ろす。

 といっても、スキルの反動で俺の身体は停止状態にある為実際に息を吐きだしたわけじゃない。


 いうなればエア呼吸である。



『それでは単なる呼吸運動ではないですか』

『じゃあ、アトモスフィア呼吸でいいよ』

『急に厨二臭くなりましたね』



 相変わらずこの女は文句ばかりである。


 けれど、この全てが停まった世界の片隅で、わざわざこうして話し相手を務めてくれているのだ。


 無碍むげにはできない。

 できるはずなどない。


殊勝しゅしょうな心がけですね、いつもこれ位素直であれば扱いやすいのですが』

『はいはい、邪神邪神』



 それとこれとは別である。


 しかし、ケラウノスとユピテルの関係を見ていると、案外アルはマシな方なのかもしれない。

 ……あくまで相対的な評価ではあるけれど。




『なぁ、アルよ。どうしてアイツはあんなド屑になっちまったんだろうな』

『そのように設計されたからでしょう』



 にべもない。

 性善説を根本から否定するような暴論である。



『そのお花畑思想は、あくまで人の本質を捉えたもの。我々精霊には全くの適用外です』

『まぁ、そうな』

『加えて元来神威型には、精神的な機能が備わっておりません。善か悪か以前の問題なんですよ。彼らはただの力であり、それ以上でもそれ以下でもないのです。ほら、マスターの大嫌いな雨を想像してみてください。アレが人の気持ちをおもんばかる事などあり得ないでしょう?』




 天気は空気を読まない。

 いくら俺が雨の根絶を願おうが、雨は好き勝手に降ってくるし、逆にどれだけ雨の到来を願おうが、降らない地域には決して降らないものである。


 人の想いなど関係ない。

 ただその様に、在るだけなのだ。


 


『故に瘴気どくと雷で構成された存在に、単一の感情を与えたところでまともに機能するはずがなかったのです。最も、くだんの外道共はその程度の瑕疵かし瑣末さまつな問題に過ぎないと考えていたようですが』



 ユピテル達に非道な実験をいてきた研究者達にとって、精霊と契約者が友好な関係を築けるかどうかなど、どうでもよかったのだろう。



 感情のインストールなんてご大層な実験を成功させておきながら、当の本人達は人の心がないだなんて、随分と皮肉が利いてるぜクソッタレ!



『……っつ』



 鈍い痛みが、全身を這いまわる。

 魂を内側から掻きむしられるような嫌な感覚。


 今まで何度も【四次元防御】を使ってきたが、やはりこれだけは一向に慣れない。




『もう音を上げますか?』

『馬鹿言え。まだまだ……っ、これからだっ』



 

 ケラウノスの砲撃は未だに健在だ。

 止む気配どころか、衰える素振そぶりすらない。



 だからこの地獄は、まだまだ続く。




『……さっきの話の続きをしよう。お前の言葉を借りるならば、ケラウノスもまた被害者ってことになる』

『ある意味では、そうなのかもしれませんね』



 人間の勝手な都合で鹵獲ろかくされ、望まぬ感情を押しつけられた哀れな精霊。

 成る程、見方を変えれば、あのゴミですら悲しい過去持ちの同情対象になり得るわけだ。



 きっと心優しい主人公たちならば、ケラウノスの話に多少の憐憫れんびんを抱いたことだろう。




 だが……。




『気にいらねぇ』




 生憎あいにく俺はチュートリアルの中ボスだ。


 悲しい過去? 同情すべき背景? 知った事かよいいから死ね。


 

 善とか悪とか正義とか悪とか被害者とか加害者とか、全部どうだっていいんだよ。


 

 お前は俺達の前に立ちはだかった、そして俺を怒らせた。


 理由はそれで十分だ。だから死ね。惨めに死ね。無様に死ね。ありとあらゆる自尊心をへし折られて死にやがれ。



 俺はお前を許さない。

 悲しい過去があろうがなかろうが必ず殺す。


 ユピテルを辛い目に合わせたのはお前だ。

 シラードさんのクランに迷惑をかけたのもお前だ。

 十五層で以降の冒険を停滞させたのもお前のせいだだ。


 

 アクセサリーの購入で沢山の金を失った。

 遥を危険な戦いに巻き込んでしまった。

 姉さんや叔母さんにも苦労をかけた。

 


 そして今、俺はモノクロの世界でひとり孤独に戦っている。



 痛い――――ケラウノスのせいだ。


 苦しい――――雷親父ケラウノスのせいだ。


 かゆい――――毒親ケラウノスのせいだ。


 気持ちが悪い――――黒雷の獣ケラウノスのせいだ。



 あらゆる苦悶を憎悪に変えて、全ての痛みを殺意の糧に。


 奴が憎くてたまらない。

 憎くて憎くて百周回ってまだ憎い。




『マスター、【四次元防御】の最長記録を更新しました』

『……そうか。まだまだ全然いけるぞ』



 奴への怒りではらわたが煮えくりかえっているというのに、【四次元防御】のコントロールはすこぶる順調だった。



 術式の効率化――――少ない霊力で術を維持するテクニックを、俺はどうやら完璧に会得したらしい。



『ゾーン、あるいはフロー……極限の集中下における精神の覚醒状態を、現代では斯様かような言葉で表すようですが、マスターの好調はまさにソレかと』

『理屈なんてどうでもいいさ。覚醒だろうが眠っていた血族の力だろうが、使えるものはなんでも使ってこの局面を切り抜ける。俺達は絶対に勝つ。あんなゴミには死んでも負けねぇ』




 そうさ。

 俺の怒りがあいつの憎悪に負けるなどあってはならない。



 俺はお前にキレている。

 お前よりも億倍はキレている。


 その俺が、お前よりもはるかにブチギレているこの俺が、お前如きに負けるはずがないんだよ。


 霊力を回す。

 怒りの感情をたぎらせる。

 術の反動すら憎しみの材料にして、俺はとにかく【四次元防御】の維持に努めた。



 耐えて、耐えて、ひたすら耐えて――――そうして、一体自分がどれだけ耐え続けたのかすら分からなくなってきた頃、ようやく向こうの勢いに衰えが見え始める。



『あと少しです、マスター。ここで倒れてしまったら、いささか格好がつきませんよ』

『わか……ってるよ』



 アルの励ましを脊髄せきずい反射気味に返しながら、最後の力を振り絞る。



 ……まだ限界じゃない、俺はやれるのだ。

 

 半ば自己暗示じみた方法で精神に鼓舞をかけながら、時間停止の理を繰り返す。


 気は抜かない。いや、抜けない。

 チュートリアルの中ボスに油断の二文字はないのである。


 絶対に勝つという強い意志を持ちながらも、おごりや慢心まんしんはご法度はっとだ。



 ケラウノスの霊力がしぼむ。

 黒雷の幅が狭まっていく。

 蒼穹が舞った。

 熱術が飛んだ。

 機をうかがっていた仲間達が攻勢に転じたようである。



 瞋恚のRaging黒雷darkの残量もあと少しなのだろう。


 術式のコントロールに乱れが生じ始めたことからも、奴の焦りっぷりがよく分かる。



 馬鹿が。術の扱い方がまるでなっちゃいねぇ。

 お前、それでもグランドルートの中ボスかよ?


 そんなロスの多いやり方で回してたら、終わりが早まるだけだってのに。


 定まらない照準。

 崩壊していく収束性。

 自慢の暴力が通じないという拭いがたい現実が、ケラウノスのアイデンティティをぐずぐずと内側から溶かしていく。




 そして――――




『マスター、時が満ちました』




 その時は、きた。



 ケラウノスから放出されていた究極の黒雷が、とうとう沈黙したのである。



『ケラウノスの霊力状態が危険水域レッドゾーンに突入しました。擬態の可能性は十万分の一を下回ります』

『つまり?』

『ここから先は、キツいお仕置きのスーパーフルボッコ時間タイムです』



 

 瞬間、俺は【四次元防御】を解除した。


 世界から失った色彩が蘇っていく。


 目眩、酩酊、悪寒に悪心おしんに倦怠感――――すげぇな反動の辛さも過去一だ――――に全身を脅かされながらも構わず大盾の中心部にとりつけられたトリガーを引いてエッケザックスを変形させる。



 今ここで俺が大人しくしていたとしても戦局に影響はないのかもしれない。


 こっちには遥とシラードさんがいるのだ。


 出がらし状態のケラウノスなんて相手にもならないだろう。



 だがな、駄目なんだよ。


 ここまで俺を怒らせたあのゴミに、一発も入れることなくゲームセットなんてそんな馬鹿げた話があるかっての。



 誰にも譲らない。

 アイツの自尊心を徹底的に痛めつけてから殺すと決めたのだ。


 だから殺す。俺が殺す。絶対に殺す。



 いざ、雷親父ケラウノスに天罰を――――





「くたばれこのクソモンペがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」




 《脚力強化ストライド》と《時間加速》の多重発動により人外のスピードを獲得した俺は、地面を踏みつぶす勢いで疾駆した。


 狙うはもちろんケラウノスの懐だ。


 十層のフィールドの狭さもあいまって、彼我の距離は指を弾くよりもはやくゼロとなる。



「よう、ゴミ。さっさと死ねや」



 挨拶代わりに喉笛を切り裂き、続けざまに天啓レガリアを解き放つ。




「やれ、<獄門縛鎖デスモテリオン>」




 周囲の空間が黒く歪み、絶対捕縛の理を持った死神の鎖が奴の四肢へと絡みつく。


 これでケラウノスはしばらくの間、攻撃防御回避その他あらゆる戦闘行動を封じられたことになる。



 いい様だ。

 やっとお前に相応しい姿になれたじゃないか。


 社会のゴミから本物の廃棄物ゴミになった気分はどうだい?



『VAU……UUUOOO……』



 そうかい。何言ってるか全然分かんねえや。



「じゃあ、死ね」



 眼球を抉り、顎を裂いて、脳髄を穿つ。



 所詮は外殻ガワなので、肉感のようなものは微塵も感じなかったが、どうやらそれなりに効いているようだ。


 汚らしい咆哮を上げながら、のたうち回る事すら禁じられての生命蹂躙カーニバル


 どうだい、ウチの親父狩りは一味違うだろ?


 なにせ金の代わりに内臓のかつ上げだ、五臓六腑に染みわたること間違いなしだぜ、おめでとう。

 



「あぁ、でもお前の中って空洞っぽいんだよな。機能があるだけで中身はない感じ? なんだよ、中身が薄っぺらいだけじゃなくて、物理的にも空っぽなのかよ。まったく、本当にお前ってやつはどうしようもねぇ――――なぁっ」



 原型もなくなるくらいグチャグチャに荒し尽くしたご尊顔の内側から直接刃を通して下へと進む。



 気管を、脊髄を、食道を、肺を、肺を、心臓を、横隔膜を、肝臓を、胆嚢を、丹田を、胃を、腸を、脾臓を、腎臓を、その他ありとあらゆる生命器官を破壊尽くしてもなお足りない。



 なにせ魂の奥深くまで恐怖を刻み、二度とユピテルに非道な行いができなくなるまで徹底的に調教しなければならんのだ。


 郷に入ればなんとやら……いや、この場合目には目をだな。


 目には目を、歯には歯を、最低DV野郎には同じく最低最悪な暴力をもって処断する。


 。お前らみたいなゴミは大好きだろ、このフレーズ。



 


「VAVO、VAVO、VAVOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!」

「安心しろ、時間もないし、そろそろ終わりにしてやる」

 


 そう言って、俺が刃を向けた先はユピテルを排出した穴であった。


 位置的には下腹部の辺りである。


 首から始まった親父狩りツアーもいよいよフィナーレというわけだ。



 さぁ、宴もたけなわ、ひと思いにやっちまいましょうとエッケザックスを降り降ろそうとしたその刹那




「VAWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」



 

 急にケラウノスが暴れ出した。



 まだ<獄門縛鎖デスモテリオン>の拘束は続いている。



だからこれは本当に無駄な抵抗というやつで、いくら奴が濁音交じりの絶叫をあげたところで足の一本も動かせないはずなのだが……。




「もしかして、お前ココ斬られるの嫌なのか?」



 負け犬の遠吠えが高らかに鳴り響く。


 どうやら正解らしい。


 元々中身が空っぽだったとはいえ、顔面から消化器までズタボロにされてなお意気軒高けんこうだったというのに、ここに来て途端にしおらしくなりやがった。



 おかしいな、ダンマギの設定資料集にそんな記述はなかったと思うのだが……。




 もしかして、ユピテルか?


 いやいや、いくらなんでもそれはないぜ凶一郎。



 まさか、自らのトラウマになんてそんな馬鹿な真似、あいつがするわけないだろうに。



 まぁ、いい。



 どういう理由かは分からんが、とにかくケラウノスは股間もしくは肛門周りの攻撃を嫌がっている。



 それも怯えているといっても過言ではない程の忌避きひだ。



「わーったよ。武士の情けってやつだ。もうこれ以上お前を斬るのはやめておく」



 俺はエッケザックスのシリンダーをいじりながら、耳ざわりのいい言葉を雷親父にささやいてやった。



 奴からの返答はなかったが、心なしか周囲の空気が少しだけ弛緩しかんした気がする。



 良かったなケラウノス、俺が約束を守れるナイスガイでよ。


 あぁ、そうとも。一度交わした誓いをひっこめたりはしないさ。

  


 ちゃんと斬るのは止めてやる。



 俺は『突』と書かれた戦闘論理をセットしてトリガーを引く。




「その汚ねぇ穴には――――」



 エッケザックスは剣の形から、より尖った存在へと変身を遂げる。




「――――ちゃんとぶっといモンをブッ刺してやんねぇとなぁっ!」





 変形完了、エッケザックス螺旋槍形態。



 太く、長くそして捻じれたボディ。



 そう、こいつは単なる槍じゃない。


 刃の部分が少しばかり特殊な形状をしていて、溝の捻じれた円柱状のスライム鋼の先端に鋭い切れ刃が設けられているのだ。



 こいつは他の形態と違い、霊力を流してやることで刃の部分が螺旋を描いて回転する。



 早い話が、ドリルなのだ!



 ぎゅぃいいんっと、快音を鳴らしながら回り始めるエッケザックス。



 その音と霊力を感じ取った雷親父は、あらん限りの声で鳴き叫び、動かない四肢をばたつかせた。



「おいおい嬉ションにはまだ早いぜ獣野郎。今からこの黒くて長くて太い棒で、その股間だか肛門だかよく分かんねぇ穴をほじりにほじってガバガバにしてやるから覚悟しなァ?」




 しっかりと狙いを定めながら、ユピテルの出てきた穴に回転する螺旋槍を近づけていく。




『VAOW』


「待たない」


『VAWAOW』


「話さない」


『VAWAOW! VAWAOW!』


「与えない。……つーかお前さぁ」



 最初から最後まで「AWOOOOO」だの「VAOWOOOOO」だのとギャーギャーギャーギャー喚きやがって。




「何言ってんのか全然、まったく、これっぽちもわかんねぇんだよ、クソが!」

「VAWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」



 回転する螺旋槍。

 耳をつんざく断末魔。



 俺の怒りと憎悪を乗せた魂の突貫工事は、ケラウノスの急所ごと奴の肉体を跡形もなく消し飛ばした。




 驕れる者は久しからず。


 猛き獣も遂には掘られる。


 この世は所詮、所業無情。


 腐りきった毒親の天下なんざいつまでも続くものじゃない。



「いいか、クソ雷親父モンペ。これだけは肝に、いや股間に銘じておけよ」




 天高く螺旋槍を突き上げながら、俺は高らかに宣言した。




「ガキはてめぇのオモチャじゃねぇっ! 自分の意志と心を持った人間なんだ! そんな当たり前のことも理解できねぇクソ野郎の癖に、図々しく親を名乗るなゴミカスがぁっ!」



 お前の為にと勝手を働き、頼まれてもいないのにナイト気取りで暴力三昧。



 そんな最低最悪の恥知らずム―ブを今度またユピテルの前で働いてみろ。

 その時は今日の処刑が生ぬるく思える程の地獄メニューでお前を掘り抜いてやるからな。

















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