第四十八話 雷霆の獣と夢みる少女9










◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十層





「っしゃあっ! もう一発!」




 大剣形態のエッケザックスを振り降ろし、雷親父モンペのアキレス腱に斬撃を刻む。



 左側の恒星系に注意し過ぎて足元がお留守だぜケラウノスちゃんよ。




「AWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」





 咆哮と共に天井から黒雷が降り注いだ。


 『噴出点』の操作を応用した近距離狙撃では、初動を潰されると踏んでの選択だろう。


 いい判断だ。


 だが甘ェ。




「通さんっ!」



 通る声と共にシラードさんの熱術掃射が、落雷を漏れなく撃ち落としていく。


 変換系耐性付与型アクセサリーの影響で死ぬほどノロマになっているとはいえ、神威の雷を撃墜しちゃってるよあの人……。



「マジぱねぇ」


 五大クランの長の実力はやっぱり伊達じゃないわ。



 驚嘆と尊敬の念を抱きながら、フルスイングでエッケザックスをぶん回す。

 よし、いいのが一発入った。

 さて、退散退散。



「遥、そろそろアレが来るぞ! 深追いはすんな」

「分かってる――――よっ!」



 左方の恒星系がバク宙を利用したスタイリッシュバックステップを華麗に決める。


 当然、蒼穹の複製達による波状攻撃との並列作業マルチタスクである。




「相変わらず、スゲーなお前」

「えへへー。もっと褒めてくれてもよいぞよ?」


 

 照れ隠しのつもりなのか変な語尾で答える遥さん。


 若干、ほっこりしかけたところで、雷親父モンペの足元から茨状の黒雷を観測。


 厄介な範囲攻撃だが、もうとっくに射程外だ。


 本来のスペックならばいざ知らず、今のケラウノスの能力値ではとても俺達をとらえることなど不可能である。



「まぁ、近接へのけん制としては機能してるし、産廃スキルとまでは言わんがな」



 自身の周囲に黒雷をきながら、後退していくケラウノス。



 戦いは本日何度目かの砲撃戦へとシフトしていく。




「ハーッハッハッハッ!」

「WOOOOOOOOOOO――――!」




 激突する熱線と黒雷。


 怪獣たちによる一大スペクタクル巨編を眺めながら、合流してきた遥に携帯食料を渡す。



「遅いね、ユピちゃん」

「あの化物と向こうの世界でタイマン張ってんだ。長引くのは仕方ねぇよ」



 調伏を為すためには、ユピテル自身の手でケラウノスに打ち勝たなければならない。


 精霊によっては問答や知恵比べといった平和的な試練を課してくる輩もいるが、あの雷親父の場合、十中八九暴力系だ。



 アイツの人生における負とトラウマの象徴であるケラウノスとの相対。

 辛いはずだ、苦しいはずだ。

 だけど……。




「アイツは克つよ。図太いもん」

「……あたしだって、別に疑ってるわけじゃないよ? だけど、」

「心配なんだろ?」



 棺桶の飾られた壁面にもたれかかりながら、携帯食料を噛みしめる。……げ、ちょっと溶けかかってる。



「うん、そうだね。やっぱり心配だよ」



 フルーツ味の携帯食料をもそもそとかじりながら、入り口側の景色を見つめる恒星系。



 視線の先では雷親父が鬼の様な形相で、線形の雷撃を放出していた。


 今の奴のスペックでは、どう頑張ってもシラードさんに勝つことはできない。


 無理に力を捻出して、加減モードのシラードさんに抵抗するのがやっとという有り様。



 こうして休憩なんて取らずに三人で一斉にかかれば、簡単に倒す事が叶うだろう。


 しかしさっきも言ったように、それでは何の意味もないのだ。


 ユピテルが克ち、俺達も勝つ――――調伏分からせとは、そういうことなのである。

 

 


「信じてるけど、心配してる――――ねぇ、凶さん。これって矛盾してる?」

「矛と盾の比率にもよるな。割合は?」

「えっと、半分こをオシャレな感じで言いつくろうとどうなるんだっけ? ハーフ&ハーフ?」



 フィフティ&フィフティと言いたいんだろうか。



「まぁ、うまい感じにブレンドされてるって認識でいいんだな?」

「そうそう」

「だったら、そいつは矛盾パラドックスじゃなくて葛藤コンフリクトだな」

「どう違うの?」

「カレーかラーメンの間で迷うのが葛藤。カレー食べるって言いながらラーメン食うのが矛盾」

「あたしだったら、どっちも食べるけど」

「……そういう話はしていない」



 いや、そういう話、なのか?




 信じていても心配なものは心配だろうし、逆もまたしかりである。

 どちらか一方を捨てる必要なんかない。


 信頼カレー心配ラーメンも、両方平らげればいいのだ。



 少なくとも、この大食い娘にはそっちの方が性にあっている気がする。



 

 とまぁ、このような益体やくたいのない話で時間を潰している内に、あちらの決着もついたようだ。



 砲撃対決に打ち勝ったシラードさんの熱術が、ケラウノスの頭部に直撃する。




「WOOOOOoooooo…………OOOOOOOOOOOOO――――!」




 発火した頭部を地面にこすりつけながら、のたうち回る黒雷の獣。


 ダメージもダウンも取っているけど、回復可能な領域――――良い塩梅だ。

 流石はシラードさんである。



「チャンスだ遥。今度こそ蒼穹で腱切って、機動を完全に封じようぜ」

「あの子、あたしのこと警戒してるからな―」


 等と言いつつ、蒼穹の複製をケラウノスの左足へと射出する遥さん。



「……Wooooooooooo!」



 だが、雷親父の対応も早かった。


 頭部を燃焼させたまま、黒雷による閃光フラッシュ躯体くたいの旋回によって、こちらに的を絞らせないム―ブをかましてくるケラウノス。




 イカれた雷親父の癖して、戦い方だけは巧妙である。


 あえて急所を守らずに回避行動を取ってくる辺りに、性格の悪さがにじみ出てやがる。




「外面の印象より、大分したたかだね、この子」

「多分、こっちの思惑がバレてんだろうな」


 

 さっきから足を守る為に頭部を差し出すような動きをちょこちょこ見かける。


 偶然にしては頻度が多いし、一貫して遥の斬撃を警戒しているところからも察せるように奴は決して馬鹿じゃない。


 戦闘を長引かせ、ユピテルの心をへし折る事が叶えば奴の勝ちだし、万一この場で倒されたとしても、

ユピテルが克たなければノーゲーム――――蹂躙じゅうりんが不可能と察するやいなや、あっさり耐久戦に切り替えてくれちゃって。




「まったく、良い性格してるぜケラウノスさんよぉ」



 長引くな、これは……。


 

 そんな確信に近い想定を固めかけていた時のことである。



「えっ……?」



 いの一番に驚いたのは遥だった。


 理由は瞭然りょうぜんだ。


 唐突に、本当に唐突に攻撃が通ったのである。


 左前脚の腱を流麗に両断する蒼乃の秘剣。


 ついさっきまで、あれ程避けられ続けた斬撃が、至極あっさりと決まってしまった。


 大変喜ばしい事ではあるが、どうも妙だ。


 攻撃の直前に致命的かつ不自然な隙が生まれた事もそうだし、なにより腱が斬られたというのに、ケラウノスは微動だにしない。


 ぼうっと、心ここに在らずといった様子でたたずんでいる。



「まさか……!」



 口に出かけた感情を飲み込み、俺は遥とシラードさんに指示を出す。



「遥は今の内に残りの足も斬ってくれ。シラードさんはいつでも動けるように準備を整えておいて下さい!」



 言うべきことを伝え終えた俺は、全速力で雷親父の元へと足を進める。



 確証はない。

 だが、それ以外の理由が思いつかない。



 四方を棺桶に囲まれた空間を猛スピードで駆け抜ける。


 あぁ、もう……。



「待ちくたびれたぜ、この野郎――――!」




 獣の下腹部に鈍色にびいろの亀裂が走る。


 ぱらぱらと崩れ落ちてゆくケラウノスの外殻。

 広がっていく下腹部の穴。

 やがてその穴の中から、ちんちくりんの少女が落ちてきた。



 銀髪の少女だ。

 瞳は紅くて、髪型はツインテール。

 

 見間違えるはずもない。

 獣の中から現れたのは、まぎれもなくウチの砲撃手である。



「ユピテルッ!」



 地面に衝突する直前の少女を抱きかかえながら、その名前を呼ぶ。



 少女はしばらくの間、目をパチパチとしばたたかせていたが、やがて状況を理解したのかゆっくりとこちらを見上げて言ったのだ。




「帰ってきた」

「あぁ。お帰り」

「うん、ただいま」



 緩みそうになった涙腺を無理やり閉じて、足早に雷親父のそばから離れる。


 奴の怒号が轟いたのは、それからわず一拍いっぱく後の事だった。

 



「AWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」




 咆哮の大きさは過去最大級。

 無理もない。

 こいつにとって今の状況は、大事な大事なユピテルちゃんが悪い仲間にそそのかされた挙げ句に自分をボコって家を出たのと同義なのだから、そりゃあ癇癪かんしゃくの一つも起こしたくなるだろうよ。



 ま、同情はしないし、なんならこれからお前はその悪い仲間達の手によってボコられるんだがな!



「一旦、シラードさんのところまで下がる。少し急ぐから、しっかりつかまってるんだぞ」

「わかった」



 銀髪の少女がこっくりと頷いたのを確認した俺は、全速力のスプリントで漂白された床面を疾走しながら、声を張り上げた。



「シラードさん、全力の熱術をお願いします! 遥は今すぐに後退してくれ! 回収したユピテルを預けに向かう!」



 仲間達はすぐに動き出した。


 かつてない規模の熱線が戦場を飛ぶ。

 遥が今にも泣きだしそうな顔を浮かべながら出口方面へと移動する。

 


 役者は揃った。

 状況も整った。


 長かった親父狩りも、いよいよ最終局面だ。



気張きばっていこうぜ、ユピテル」

「ぜったい、勝つ」




 ふん、と二人で鼻息を荒くしながら、背後の獣をめつける。


 覚悟しろよケラウノス。


 互いに縛りはもう消えた。


 ここから先は、出し惜しみなしの殺し合いである。













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