第三十六話 真意、神威、瞋恚(前編)








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第八層




 翌日、俺達は朝早くから出発し、十層へと向かった。


 ユピテルは二番目の中間点を取っていないので、スタートは当然五層からだ。


「中間点もさー、個人単位じゃなくてパーティ単位で登録してくれればいいのにねー」

「仕方ね―よ、そんな仕様にしたらズルし放題になるし」

「えー、でもさー」



 恒星系が霧におおわれた湿原をぴちゃぴちゃと歩きながら、視線を俺の更に後方へと向ける。



「このめんどくさい仕様のせいで、ユピちゃんヘロヘロになってるじゃん」

「…………またか」


 急いで振り返り、一分ぶりの後方確認を行う。


 ぜーはーぜーはー、と今にも気絶しそうな息遣い。


 手足はぴくぴく震えて、まるで小鹿のようだ。



「悪い、遥。一旦ストップ。ちょっと回収してくる」



 俺は助け船を出すべく、銀髪ツインテールの元へと近寄った。



「なぁ、ユピテル。もう一度休憩を挟もう」



 するとユピテルは銀色の髪の毛をぶんぶんと振りまわし、一目で強がりと分かるようなカラ元気を口にした。



「……だいじょうび」

「全然大丈夫じゃない」



 っていうかちゃんと言えてね―し。



「後衛なんだし、息切れするのは仕方ねーよ」



 よっと、小さなお姫様を抱え上げ、近くにあった凹凸の少ない岩場に座らせる。



 前方を歩く遥に目配せをすると、恒星系は「おっけー」と指で小さな輪っかを作り、ひょこひょことこちらへ戻って来てくれた。



「さ、ユピちゃん。遥さんと一緒にゆっくり休もう。休息も冒険の内、なんだよ」



 アウトドアリュックから経口補水液を取り出し、ユピテルの口元にそっと持っていく遥さん。


 普段アレなのに、ちゃんとしてるんだよなぁ、こういう所。



「……申し訳、ない。ワタシ、迷惑かけてる」

「気にする事ないって。ユピちゃんのおかげで、安全に進めてるんだし」

「そうだぞ。人には向き不向きがあるんだ。ユピテルが教えてくれて、俺達が動く。適材適所ってやつだ」

「だね!」



 わっはっは! とノーテンキに恒星系と笑い合う。


 そんな俺達の元気な様子を見て、グランドルートの中ボスがぽつりと小さく呟いた



「……二人とも、本当にタフ。うらやましい」



 ふぅ、と紫色の岩場に腰を押しつけながら、心底から羨ましそうに俺達を見つめるユピテル。


 そんなもんかなぁ。単体糞雑魚野郎の俺からしたら、キロ単位の射程を持っているユピテルの方がよっぽどスゴいと思うんだが。



「ちょっと鍛えれば、ユピちゃんもあたし達みたいに動けるようになるよ。今度、一緒に走ろ!」

「……運動、好きくない」

「全否定されちゃった!?」

 

 

 うえーん、と雑な泣き真似をする遥さん。


 うん、ユピテルよ。運動をしたくない気持ちは良く分かるんだが、そこを通らずに身体能力を鍛え上げるのは無理筋だぞ。



 数十キロの重りを背負ってフルマラソンとか、型や太刀筋を毎回変えながら剣の素振り一万回とか、そんな無茶をいきなりやれっていってるわけじゃないんだ。


 まずは簡単なストレッチから、徐々に負荷をあげていく……大事なのは質でも量でもなくて、継続なんだ。


 一年で筋肉の要塞を作り上げなければならないとかそういった特異な事情でもない限り、運動はできる範囲で始めればいいんだよ。


 そこさえ理解できれば後は、とんとん拍子なんだが……。



「んっ? そっか」

「どしたの、凶さん?」

「いいこと思いついた」



 思いついた名案を遥に話してみる。


 すると恒星系は、太陽のような笑みと共に賛同してくれた。


 よし、後は本人の同意だけだ。



「なぁ、ユピテル。お前が楽をしながら、移動時間を大幅に短縮できる方法を思いついたんだが、聞いてくれるか」

「ぜひ聞きたい」



 よし来た、と身ぶり手ぶりを交えながら簡潔に事のあらましを話す。



 俺の思いついたグッドアイディア。それは…………。










「どうだ、お客さん。ぐっと楽になっただろ!」

「楽なことは認める……。けれどもも言えぬ敗北感」



 ぐぬぬ、と気難しい声が背中から耳に流れる。


 そう、背中からだ!


 俺の背中には、今銀髪ツインテール&荷物がっかている。



 ただのおんぶと侮るなかれ。


 このおんぶは、射程と感知能力の高いユピテルにセンサー係を集中させ、前方及び周辺には遥と『布都御魂フツノミタマ』の布陣をセット、更に敵が俺達の陣形の中に出現しても戦えるようにエッケザックスを腰回りにスタンバイという三段構えなのだ。



 邪神をおぶりながらフルマラソン三セットとかいう正気の沙汰とは思えないイカれた特訓の成果が、ようやくここにきて発揮されたぜ。ワハハハハ!



「ははっ、ははははは……」

「どうしたの、キョウイチロウ。ワタシ、重い?」

「全然重くない。あの食欲大魔神と比べたら、羽毛みたいに軽いよ」



 うっ、うっとありし日の特訓トラウマを噛みしめながらぬかるんだ道を歩いていく。



 いつか、あの邪神に、一発ぎゃふんと言わせてやるんだ。いつかな!







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十層





「やめて、私に乱暴する気でしょ!?」



「角切りトマト!」




 俺の【四次元防御】と遥のサイ殺クッキングが炸裂し、再現体の厨二ミイラがあの世に帰っていった。



「よーし、これでユピテルも中間点取れたな」

「お疲れ―。さ、ぷるぷるさん達に会いにいこ」



 遥とあーだこーだと益体もない話を喋りながら、第二中間点へと通じる転移門へと足を伸ばす。



「…………」



 ……んっ?



 後ろから足音が聞こえない。


 視線を後方に移すと、銀髪の少女がぼうっっと立ちつくしていた。



「どうしたユピテル。疲れたのか?」

「きっとそうだよ。ほら、凶さんおんぶおんぶ」



 遥にうながされるまま、ユピテルの方へと駆けよる。



 まったく、遠慮しなくても背中ぐらい貸してやるってのに。


 一歩ごとに、視界に入るユピテルの像が大きくなっていく。


 しっかし、本当に華奢な体つきしてるよな、コイツ。


 同年代の子とも比べても、ちょっと細すぎるくらいだ。


 しかも、なんか周りが黒い雷でパリパリしてるし。



「えっ?」



 黒い、雷?


 なんで? 敵はもういないはずじゃ…………。



 刹那、天から巨大な雷が俺の前方へと落下した。



「なっ!?」



 急ぎエッケザックスを構えながら、様子を伺う。



 同じ座標に等間隔で落雷を続ける黒の雷。


 ぼうっとたたずむ銀髪の少女。


 その紅い双眸そうぼうは、まるで生気を失ったかのように虚ろだった。


 明かに正気じゃない。


 かといって不用意に近づくのは危険すぎる。



「おい、ユピテル。しっかりしろ!」

「大丈夫、ユピちゃん!?」



 よって、俺達が取れた選択肢は、二人で必死になって呼びかける事だけだった。



 ここに敵はいない、安心してと心を配り続けること約数分。


 ようやくユピテルの瞳に光が灯り、それと同時に漆黒の落雷現象も煙のように消えていった。


 

「あっ、……ワタシ、ワタシ」



 状況の変化に、身に覚えがあったのだろう。



 正気に戻ったユピテルの表情がたちまち青ざめていく。




「ワタシ……ワタシ」

「大丈夫だから! ユピちゃんは、大丈夫だから!」



 今にも崩れ落ちそうな少女の身体を支えるようにして、恒星系がユピテルを抱きしめる。



「そうだっ。俺達はこんなことでお前を嫌いになったりしない。ここにいるのは、全員お前の味方だ! 誰も何かを強制しないし、お前のことを怒らない。だから、怖がらなくていいんだよ」



 ユピテルを安心させるための言葉を慎重に選びながら、俺は事態の推論を組み立てていた。



 詳しい事は本人にたずねないと分からないが、恐らく何かの拍子でコントロールが利かなくなったのだろう。



 ユピテルが良く言う「コントロールができない」とは、術式の操作能力に難がある事を指し示したものではない。


 だって、彼女が正確な狙いで敵を撃ち落とす瞬間を、俺達はしっかりとこの眼で目撃している。そうだろ?



 だから、ユピテルの「できない」は術のコントロールではない。



 彼女がコントロールできないものとは、その根本にして真奥。



 亜神級神威系統特殊改造型『ケラウノス』、つまりは、ユピテルの契約精霊である。





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