第三十七話 真意、神威、瞋恚(後編)











◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「住宅街エリア」





「ワタシは、自分の精霊をコントロールできない。なぜなら、この力は『施設』の人に無理やり植え付けられたものだから……」




 借り家のリビングに、沈鬱ちんうつな空気が流れる。



 あの後、なんとか放心状態から回復したユピテルが望んだことは、「話したい」だった。


 その意をんで、話せる場をセッティングしたのだが……内容は聞いての通り、とても辛いものだった。



 曰く、自分は幼いころに『授かり者達の楽園』という組織に売られたという事。


 曰く、その施設では、日夜特殊改造された精霊の適合者を産み出す為の非道な研究が行われていたという事。


 曰く、自分は激しい競争を勝ち抜いた末に『ケラウノス』という名の精霊を与えられたという事。


 曰く、ユピテルとはその時に与えられたコードネームのようなものであり、今となっては本名を思い出せないという事。


 曰く、自分が自由の身になれたのは、ある日突然現れた『正義の味方』を名乗る男性に助けられたからだという事。


 曰く、施設はその男の手によって壊滅させられたが、男もまた、戦闘の際の怪我によって命を落としたという事。


 曰く、自分は男が今際の間近に告げた「皇国に行け」という言葉に従い、その後、遅れて救助にやってきた彼の仲間の力を借りてこの国に来たという事。



 曰く、曰く、曰く、曰く。


 彼女が語る自身の半生は、そのどれもが胸が張り裂けそうになるような悲劇であり、地獄であった。




「『ケラウノス』は、とても特殊な精霊。本来、自我の存在しない神威型に、無理やり感情特性を与えて強化された存在」



 神威型。

 それは、純粋な霊力の固まりが、気の遠くなる様な成熟期間を経た末に形成された、意志なき神達の総称である。



 イマイチ、ピンと来ないようであれば、「一応、精霊というカテゴリーだけど実際は精霊っぽいだけのものすごいエネルギー」と解釈してくれれば問題ない。


 雑な表現だが、ダンマギのプロデューサーが言っていたんだ。


 大体これで間違いない。



 この神威型の特徴は、ざっくり説明すると「ものすごい強力な術が撃てるけど、ちっとも融通ゆうづうの利かない困ったさん」である。



 なにせ彼らは意志のない力の集合体だ。だから普段の意志疎通はおろか、主の命令すらろくに理解しようとしない。


 契約という論理規則コードに従い、術という作業命令プログラムに機械的に従っているだけなのだ。



 だから、亜神級随一の出力を持っているにも関わらず、一般的に神威型は扱いづらいタイプとして認知されている。



 多少力は落ちてもしっかりと意志疎通のできる神霊系やもう一つのタイプの方が、使いやすいからだ。


 最も、これはプレイヤー視点での話で、実際にこの世界に生きている人間たちからすれば亜神級の精霊という時点で垂涎すいぜんものだろう。



 しかし、ダンマギに出てくる神威型の使い手達は、往々にして力をうまく扱えないキャラクターとして扱われている。


 うまく力をコントロールできない神威型の使い手が、特訓の果てに力を操れるようになるなんて展開を、これまで何度目にしてきたことか。



 強い力を持っているが、制御がうまくできない――――それが神威型の宿命なのだといっても過言ではない。




 しかし、そんな神威型の欠点を、極めて非道なアプローチによって解決しようとした集団がいる。



 それこそが、『授かり者達の楽園』。即ち幼いユピテルを買った、件の施設である。




 彼らは、特殊な伝手によって手に入れた神威型の精霊達に、人間の特定の感情を際限なく流し込む事で制御を単純化させようと企てたのだ。




「『ケラウノス』に植え付けられた感情特性は『父性』。契約者を子どもとみなし、我が身に変えても守ろうとする慈愛の意志」





 親が子を慈しむ。



 それは、本来であればとても尊ぶべき感情なのだろう。



 だが、数多の被験者たちの記憶から、その感情を流入させられた黒雷の神威は、当然のように歪んでしまった。




「彼は、娘のワタシを傷つけるものを絶対に許さない。敵や攻撃といった明確に分かるものだけじゃない。少しでもワタシが怖がったり、ストレスを感じたりしたら、すぐに怒って周りを破壊する。人も、モノも、精霊も、全く区別せずに攻撃してしまう……」




 それが、ユピテルがたらい回しにされていた本当の理由。



 彼女は、強力無比な砲撃手だが、少しでもダメージを負ってしまうと途端に制御の利かない災害になってしまうのだ。




「さっき、暴走してしまったのは、おそらくワタシが漠然と自分が役に立っていないと思いこんでしまったから。今日、ワタシは全然活躍できなかった。キョウイチロウにおぶられ、ハルカに気を使ってもらい、ボス戦でもなにもできなかった。だから、それが、申し訳なくて、それで、……つい」




 どうして自分はこんなにも無力なのだろう、と考えてしまったのだと少女は言った。




「最低の考え。人の親切に勝手に引け目を感じ、身勝手にいじけて、力を暴走させた。どれだけ謝っても、謝りきれない。本当に……ゴメンなさい」



 ユピテルは深々と頭を下げ、ここから出ていくと申し出た。



「これ以上、二人に迷惑はかけられない。やはり、ワタシは人と生きていくべきではない。その事が良く分かった。だから――――」

「だからこれからは一人で生きていきます、なんて小学生みたいな事いうつもりじゃないだろうな」



 図星をつかれたのだろう、銀髪の少女の瞳が微量にかげる。



「他に、方法なんてない。ワタシは、いてはいけない存在」

「そっか。じゃあ仮にお前が、一人で生きていくとしよう。生計は冒険者稼業でやっていくとして、お前はソロ狩り専門の冒険者になるわけだ。場所は誰にも迷惑をかけないように十一層辺りにするか? そこで毎日精霊を狩って、糊口ここうしのいでいく。成る程、最初のうちはうまくいくだろうな」



 ユピテルの力があれば、このダンジョンで生きていく事自体は可能だろう。



 今は攻略者が俺達しかいない十層以降のエリアに立ち入れるのも追い風だしな。




「だけどな、ユピテル。世の中何が起きるのか分からないんだ。突然、桜花のダンジョンに出てくる敵が狂暴化するかもしれないし、人々の心の闇が増幅する謎の現象が発生するかもしれない。そんで、社会が不安定になれば当然、周囲の当たりも強くなるだろう」



 ねたみ、そねみ、理不尽な差別。

 俺達が苦しい想いをしているのに、なんであのガキだけ稼いでいるんだ、けしからん。



「――――そんな不当な八つ当たりを受けた時、いったいお前はどうなると思う?」

「それは……」

「当然、ストレスがたまるよな。ただでさえ孤独な中、たまに会う他人から向けられるのは暴力的な感情ばかり。参って当たり前だよ。耐えられる方がどうかしている」



 そしてそのストレスが臨界点に達した時、本当の悲劇が始まるんだ。




「孤独と不安、周囲のやっかみ、そういったストレスが積み重なれば、間違いなくお前の中の精霊が暴れ出す。で、大手クランの庇護ひご下にいないお前がやらかせば、すぐに役人がやってきて、長い間牢屋にブチ込められる事になるだろう」



 皇国において、一度でも罪を犯した異国の民は、重い罰を課せられる傾向にある。


 帰化していようが関係ない。この国のお偉方は、そんなものは建前に過ぎないと考えているからだ。



 国民ではあっても、異国人である。


 だから、表向きは友好に接してやるが、いざとなったら一目散に突き落として石を投げつける。


 この考え方は、なにも皇国に限った話じゃない。


 どこの国も、大なり小なりみんな似通った思想を持っているのさ。


 理想のエネルギー資源を手に入れてもなお、この始末だなんて、人って生き物は本当に救いがねぇよな。




「あるいは、その前にお前みたいな子供をターゲットにした悪い『組織』に騙される……なんて展開もあるかもしれないよな」



 だからその反動で、極端な馬鹿どもが生まれるんだ。



“あなたは何も悪くない。間違っているのは、この社会”




 ――――これが、やつらの常とう句。孤独な獲物をそそのかし、体の良い道具として扱う。あぁ、まったくもって反吐が出るよ。




「そうやって悪い大人とその身に宿した過保護な馬鹿親に言われるがまま、お前は暴力の世界にハマっていくんだ」



 間違っているのは社会だ。

 もう我慢しなくていいんだよ。

 周りにいる奴らはみんな君を苦しめた罪人たちだ。



「人を殺したら褒められる。建物を壊したらご褒美をもらえる。死んだのは自分を苦しめた悪い奴だから罪悪感を感じる必要もない…………そんな環境に身を置いた時、お前は果たしてお前のままでいられるかな?」

「……全部、たられば。あり得ない事象ばかりで構成された、虚構」

「かもな。だがお前はこうも思ったんじゃないか? もし今披露ひろうした妄言もうげん通りの展開におちいった時、自分は同じような選択肢を取ってしまうんじゃないのかってな」

「……………………」



 否定はできないはずだ。


 何故ならこの話は、ここと良く似た世界で、お前にそっくりの大バカ野郎が辿たどった運命すじがきだからな。



 知ってるか? そいつ“瞋恚のRaging黒雷dark”なんて異名で呼ばれてるんだぜ?




 大層な名前だよな、何をそんなに怒ってるんだって感じだよ。だっせぇ、だっせぇ、糞だっせぇ。




「悪いけどな、ユピテル。俺はお前にそんなダサい真似はさせねぇぞ」



 一人で? 迫害されて? 暴発して? 騙されて? 挙句の果てにはテロリスト堕ち?



 ――――馬鹿を言え! そんな五流以下のゴミカス脚本誰が認めるかってんだ糞が!



 悪いな、才能の欠片もない時代遅れの創造者きゃくほんかさんよ。


 今回もお前のカスみたいなお涙頂戴劇はご破算だ。ざまぁねえな、ミジンコ野郎。



 残念ながらこいつは、これから俺達の仲間として沢山の栄光と幸せを掴むんだ。


 なんでもかんでも社会のせいだとかほざく秘密(笑)結社になんて死んでも渡さねぇよ。




「力がコントロールできない? 精霊が勝手に暴走してしまう? だったら、その雷親父モンペを一発ぶっ飛ばしてやろうぜ。娘の交友関係に父親が割り込んでくるなってな」

「いいねいいね、ついでにこれ以上、オイタしないように去勢しちゃおうよ」

「名案だな、さすが遥」

「でっしょー!」




 わっはっはっはといつもの三割増しぐらいで笑い合う。



 そんな俺達の能天気っぷりを銀髪の少女は、信じられないものをおがむような視線で見つめていた。



「ワタシが怖くないの?」

「全然」

「迷惑じゃないの?」

「むしろいっぱい迷惑かけて欲しいな」

「な……んで、そんな優しくしてくれるの」

「そりゃあ――――」

「――――あたし達は」



 パーティだから、と不覚にも恒星系と声が被ってしまった。



 すごく気恥かしいが、つまりは、そういう事である。




「そもそもだな、ユピテル。俺達は十五層でつまずいたから、お前を加えたんだ。十層も越えて、ようやくこれからだって時にお前さんに抜けられたら、大損どころの騒ぎじゃないぜ?」

「そーそー、今度はあたし達がおんぶしてもらう番! だから頼りにしてるよ、ユピちゃん?」

「キョウイチロウ、ハルカ……」


 


 ゆっくりと、何かを噛みしめるようにユピテルは顔をうずめた。



「二人が、そう言ってくれるなら、ワタシはもう少しだけ……がんばりたい」



 そんな少女の精一杯の勇気に、俺達は満面の笑みで応えたんだ。










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