第三十二話 マクスウェルの悪魔







◆仮想空間・ステージ・プレーン





 ジェームズ・シラードがようする亜神級精霊『マクスウェル』の能力は、その名が示す通りの『分子運動操作能力』である。



 分子運動操作能力とは端的に言ってしまえば、熱の動きを自由自在に操る異能の事だ。



 炎を生み出す能力でも、氷を創り出すスキルでもない。


 『マクスウェル』はその前提、あるいは原因となる事象を掌握する事によって『燃える冰剣』という矛盾すら可能にするのである。



 その『マクスウェル』の特性を最大限に生かしたシラードさんの絶対破壊術式【Rosso&Blu】が、初手からかっ飛んできたのだ。


 控えめに言ってちびりかけたね、俺は。



「凶さんっ!」

「しっ心配すんな! おおお俺がなんとかしちゃる!」

「そこはかとなく不安!」



 真っ白になりかけた思考をどうにか現実に引き戻し、ポンコツ色の脳細胞をフル回転させる。



 綺麗な螺旋を描きながら進撃する対消滅の閃光。


 当たれば終わり、そして回避という選択肢は……おそらく下策だ。



 『マクスウェル』は同系の中でも、極めて操作性に優れたステータス特性を持つ精霊である。


 そして契約者であるシラードさんの能力値傾向も操作性に重きを置いたパラメータになっている。


 精密操作に長けた敵相手に、下手な回避を試みたところで術を誘導ホーミングされて終わりだ。




「遥! 少し距離取りながら俺の後ろに隠れろ! こいつは俺が引きつける」

「任せたよ!」



 だから俺達が取るべき選択は当然【四次元防御】一択になる。


 全てを物理的に消失させる理不尽には、更に上の理不尽で対抗するしかない。



 エッケザックスを右方に突き下ろし、柄を握った状態のまま左方に仁王立ち。


 ガード範囲を武器で広げつつ、可能な限り隙間を失くしながら【四次元防御】を展開する。


 迫りくる対消滅の閃光。


 行く手に阻むものを全て破壊し尽くす悪魔のエネルギーに、五感と本能が恐怖する。


 消えゆく轟音、いろどりを失う空間。


 大昔のサイレント映画の様なモノクロームの世界の中心で、俺は対消滅の光に呑みこまれる自分の姿を俯瞰ふかんした。



 【四次元防御】によって一時的に四次元体となった俺の身体はシラードさんの【Rosso&Blu】をどうにかせき止めている様だった。


 絶対破壊術式と全身でキスをしている自分の姿なんて見たくもなかったが、幸い術の反動によるかゆみや悪心おしんを除けば五体満足である。


 いたましいが、痛くはないのだ。


 贅沢はいってられない。ひたすら耐えるのみである。


 気になるのは霊力の消費量だが、それは向こうも同じ事だ。


 【Rosso&Blu】はその圧倒的威力と貫通性能の代償として多大な霊力を消費する。


 いかにシラードさんがトップクラスの使い手だとしても、超高温と極低温を融合させた対消滅エネルギーの放出なんて無茶苦茶を長時間持続させられるはずがないんだ。



 ダンマギの設定に準拠するのであれば、秒間あたりの霊力消費量は概算で【四次元防御】の四倍程度。



 このまま暖簾のれんに腕押しぬかに釘と【Rosso&Blu】を打ち続ければ、やがてどこかでガス欠になるのは目に見えている。


 そうなれば完全に勝負の趨勢すうせいがこちらに傾くだろうが、当然そんな事は向こうもお見通しのはず。



 時の経過と共に徐々に勢いを弱めていく対消滅の閃光。



 案の定とでもいうべきか、必殺技での強襲は数十秒で沈黙した。



 そうだよな。リソース配分も考えられない様な人間がトップクランのマスターなんか務まるはずがないもんな。



 

 欲をいえばもう少し削っておきたかったが、まぁいい。



 こっちも結構、危なかったが、なんとか無事に耐えきったんだ。








「つーわけで、行って来い遥、お前のワクワクをシラードさんに叩き込んでやれ!」



 返事の代わりに疾走する一陣の風。


 敵の大規模砲撃が止んだドンピシャのタイミングで、天稟てんぴんの剣士が出陣する。



 長い黒髪をたなびかせながら、倶風ぐふうの様な速さで直進する恒星系。



 そしてそんな彼女の周囲を回遊する六本の蒼穹。


 さながら輝く恒星にかしずく惑星群であるかのごとき威容を放つ刀剣達の群れが、主と共に凄まじい圧をかけながら迫って来る。



 まるで天体の縮図とでもいうべき円状の軌道が計六層。


 

 そのどれもが高速回転を行いながら、同時に層ごとに別の奥義を放ち続けているのである。


 六本の刀が織りなす六種の奥義乱舞。しかも一周ごとに技のスタイルや回転の軌道をころころ変え続けているのだから始末に負えない。



 信じられるか? あれでまだ本人的には準備体操なんだぜ?



 これには流石のシラードさんも苦笑い……ではなく、心底から喝采かっさいしているようだった。




「よもやこれ程のものとは……驚いたよハルカ。君の才気はまさに神々しく燃えたぎる太陽だ!」

「いえいえ、まだ驚く場面じゃないですよシラードさん、ワクワクするのはこれからです!」




 短い会話を終えて両者が同時に動き出す。



 シラードさんは周囲の空間に無数の噴出口ゲートを形成し、そこから複数の術式を一斉掃射。


 熱線が走り、凍てつく大気が吹雪き、プラズマが爆ぜ、氷塊が落ちてくる。


 対消滅の閃光などという超大技を出したばかりにも関わらず、ありとあらゆる熱術の砲撃を惜しげもなく披露してくる“燃える冰剣Rosso&Blu”の主。



 オイオイやっぱりあの人とんでもない化物だよ。


 【四次元防御】の反動でヒィヒィとわめく肢体をどうにか無理やり動かしながら、念の為シラードさんの射線から離れた位置へと移動する。


 万が一流れ弾が飛んできてゲームオーバーになったら目も当てられないからな。



 と分かっていてもジッとしていられなっていうのが人情ってもんよ。



 視線を遥の方に見やる。



 恒星系はワッハッハと目を煌めかせながら飛来する熱線を斬り裂いていた。



 熱線を斬り裂く。うん、意味が分かんないよね。




 いかに奴が空前絶後の天才だとしても、集束された熱エネルギーをぶった斬れる道理なんてない。



 だからこの異次元の御業みわざの源泉は、遥の才能とは別の部分ところにあるのだ。


 

 蒼穹。ダンマギにおいてかの《剣獄羅刹》討伐の切り札として蒼乃彼方が当代当主よりたまわった蒼乃の至宝。



 その効力とは霊体並びにエネルギー体への干渉と特攻――――つまり生身では斬れない存在へのアンチウエポンである。



 斬れないものを斬り、断てないモノを断つ。


 ダンマギに出てくる主要キャラクターの専用武器としては、イマイチぱっとしない効能であるが、その分、特攻性能は折り紙つきだ。




 汎用性を犠牲にしたその特攻倍率はまさに作中屈指のレベルであり、ダンマギユーザーの間では、特攻が通る相手との戦いでは、天啓レガリア武器ではなく、あえて蒼穹をメインウエポンにえたかなたんを物理アタッカーにするのがテンプレになっていた程である。



 なにせ蒼穹は、あの糞ボス筆頭剣獄羅刹にすら有利を取れる代物なのだ。


 霊体や流体、はたまたエネルギーそのものを断ち斬る蒼乃秘伝の対魔刀。



 シラードさんの様なエネルギー放出をメイン火力とする相手ならば、相当な優位が取れるだろう。




 しかしこの蒼穹を本来の持ち主が振るった場合、その凶悪さは桁違いに跳ね上がるのだ。


 何故か? 



 その答えは、遥が保有する亜神級精霊『布都御魂フツノミタマ』の持つ能力にある。




 の精霊の特性は『術者の所持している刀剣の複製及び操作』、即ち装備状態の武器のコピー武器を召喚して操る異能である。




 『布都御魂フツノミタマ』の複製能力は、極めて精巧なものだ。



 これは亜神級という上位クラスの能力である事に加え、複製対象に対する二重の縛りを課しているが故にこそ成り立つ事象なのだが、まぁこの辺の裏設定は、またの機会に語るとしよう。



 今大切なのは、『布都御魂フツノミタマ』の力によって生み出されたコピー武器が、その切れ味や強度だけでなく、元の対象が持つ加護の力まで完全再現されるという点だ。




 そして、あぁ筆舌するのも恐ろしい事に、こうしてコピーされた複製品達は、全て「主が装備している武器もの」として扱われるのである。



 現在、遥が展開している蒼穹の数は本人が握っている物も含めて計七本。



 七本全ての蒼穹には全てに特攻の加護があり、同時に遥の装備品でもあるわけだ。



 七本の剣に七つの加護……もう分かっただろ?



 蒼乃遥の蒼穹の特攻性能は、現在既存の数値の七倍に達しているのである。



 ただでさえアホみたいに高い蒼穹の特攻性能の七倍化、しかもその増加された加護の力が、遥が操る全ての刀にも均等に浸透しているのだ。



 そう。これこそが『布都御魂フツノミタマ』の真骨頂。



 コピーした刀剣の加護や特殊能力を、コピーした本数分だけ倍加させる驚天動地のバグ技だ。



 バグみたいな女が、バクみたいな特攻武器を、バグみたいな力で増やしているのである。



 力と業と武器が織りなす三重層の反則コンボ。


 

 この完璧な布陣の前では、いかなシラードさんといえども並みの熱術掃射では太刀打ちできないだろう。



 対応するとしたらそれこそ【Rosso&Blu】級の大技をぶちかますしかないが……今の状況じゃあ撃てないよなぁシラードさんよ。



 アンタがアレを初手に撃ちだせたのは、溜める時間が十分にあったからだ。


 だが今は違う。


 ワクワク狂いが急速に距離を詰め、それを阻止すべく牽制の掃射を行っているこの状況において、並行して次弾を用意するだけの暇はない。



 更に万が一次弾発射の準備ができたとしても、今度は俺の妨害がちらつく――――なぁ、そうだろ?



 どうだい、この位置取り。


 遥の攻撃を邪魔しないように避けつつ、アンタの霊力に妙な反応があればすぐに《脚力強化》で追いつける立ち位置さ。



 さっき自分の必殺技を完全に防いだ盾役が絶妙な距離で待ち構えている。



 正直、滅茶苦茶邪魔だろ。



 下手に攻められるよりも、こういう挙動の方がよっぽどうざいよな、くけけけけ。



 そんな端役の暗躍を背景よそに、シラードさんと遥のせめぎ合いは続いていく。



 一歩、また一歩と縮まっていく二人の距離。



 炎の嵐と刃の竜巻の激突が加速度的に激しさを増して増して増して増して――――




「行きますっ!」

「いいだろう、来たまえ!」




 その果てに、両者の戦いは接近戦へと移行した。







 先に仕掛けてきたのは、意外にもシラードさんだった。



 両手から氷の双剣を召喚し、両足の特殊レギンスから火柱を放出させながら宙を駆ける“燃える冰剣Rosso&Blu”の主。



 横の領域に圧力をかける遥の布陣に対する回答札アンサーカードが、ジェット噴射を利用した高速三次元軌道とは恐れ入る。



 嘘みたいだろ? あの単身で刃の竜巻に突撃してる人、後衛なんだぜ?



「そんな便利な物があるなら、さっさと使って後ろに逃げれば良かったのに」

「野暮を言うな。君達の様な才ある若者を前にして、逃げの一手を講じるなど愚の骨頂! 先達者として私が魅せるべきは、賢しい後退ではなく、勇気ある前進だ! 死中にこそ活があり! さぁ強敵よ! 存分に踊ろうではないか!」

「なるほどなるほどー。そういう事なら……よろしくてよ、ミスター!」



 上空からの双冰剣の斬り降ろしと、地面からの斬り上げが激突する。



 刹那、二人を中心とした周囲一帯が鏖殺地帯キリングゾーンと化した。



 乱れ飛ぶ熱線、吹き荒れる絶刃。


 互いの手札を高速で捌き合いながら、同時にド派手な剣戟を交える化物達。



 五大クランのマスターと互角に張り合う遥と、天稟の才能と天敵じみた相性の暴力で襲いかかる相手との接近戦を、見事に成立させているシラードさん。




 いや、これヤバくね? 


 どう控えめに評しても、歴史に残る名勝負じゃねえか。



 すげぇ、すげぇよ二人共。すごすぎて俺の出る幕が全然ない!



 そう。二人の熱戦の前に、チュートリアルの中ボスがしゃしゃり出る隙間など欠片もなかったのである。


 

 剣術と熱術、前衛と後衛、ルーキーとトップランカー――――バトルスタイルもポジションも立場もまるで違う二人の一騎打ちは、いつしか幾百の術式と幾千の武技が飛び交う壮絶な死闘と相成あいなっていた。




 斬って、かわして、飛んで、撃って、走って、ぶつけて、防いで、騙して、迫って、操って。


 

 そうやって無数に存在する戦闘コマンドを、一秒毎に全部載せしながら争い続ける両者の趨勢すうせいは、暫くの間、完全な拮抗状態にあった。



 斬り合いに関しては、完全に遥の方に軍配がある。


 シラードさんも健闘はしているが、それでも純粋な剣術の技量は恒星系には敵わない。


 しかしシラードさんはそれを手数と冒険者としての経験値で補っているのだ。




 多少押し負けても隙ができる前に熱線の掃射を行う。

 ジェット噴射の三次元軌道で常に上のアドバンテージを取る。

 死角には常に高密度の弾幕を張り、そもそも敵に近づけない。


 

 ――――数多の手練手管てれんてくだが、恒星系の優位性を潰していき、逆にシラードさんの不利盤面をくつがええしていく。



 まさに、歴戦の猛者といった戦いっぷりだ。



 五大クランのマスターにとっては、武術の技量が格上である相手との勝負すらも、小慣れたものらしい。




「いいね、シラードさん。とってもワクワクする!」

「そういっても貰えると光栄だよ、レディッ!」



 言葉を交わしながら、その数十倍の攻防を撃ち合う両雄。



 才能と相性VS経験値と手札。


 より強いのはどちらで、より重要なのはどちらか。


 その答えが出る事は、今までも、そしてこれからもないだろう。



 しかしそれらを体現する二人の決着は、長い時間を経た末にハッキリとした形でつけられる事となる。


 





「覇ァぁあああああっ!」





 斬ッという小気味よい音が鳴り響くと同時に、シラードさんの右腕が仮想の宙を舞う。



 長いつばぜり合いの末に、何重ものフェイントと複数の流派の奥義を無理やり混ぜた《複合混成奥義ヴァリアブルアーツ》×七連撃の合わせ技で作り出した一瞬の隙を、遥がモノにしたのだ。



 鮮血と共に飛び散るシラードさんの右腕。


 即座にが爆弾に変わり恒星系へと牙を剥くが、奴はこれを最小限の動作で避けつつ隻腕状態のシラードさんへ追撃をかける。



 勝因となったのは、遥の高い適応能力だった。


 シラードさんとの無数の攻防の中で、奴は彼の行動パターンを解析し、その上で対ジェームズ・シラード専用の対抗武術を編み出したのである。


 もちろん、戦闘中にだ。



 この角度で斬るとこれだけの熱術をぶつけてくる、この技を使うと回避を優先する、この太刀筋だとつばぜり合いを選ぶ――――そういった相手のこと細かな反応を全て学習し、やがてシラードさん程の達人を手玉に取る程のメタ戦術をあろうことか即興で開発した恒星系の才能には、最早「すげぇ」以外の語彙ごいが言語野から出て来ない。



 才能だけでなく成長速度すら人外とか、バグキャラにも程があるぜ遥さんや。




「フフッ、フハハハハハッ! まさかこの私がルーキー相手に一騎打ちで後れを取るとは! 善哉、善哉! 桜花の未来は明るいな!」




 敗色は濃厚、断頭台の刃は目の先といった状況で満足そうに哄笑するシラードさん。



 素直に敗北を認め、潔く散るつもりか?




「だが――――ゲームに勝つのはこの私だ!」



 瞬間、シラードさんはありったけの熱線を遥に向けて放ちながら、戦場を離脱した。



 フルスロットルのジェット噴射で後方へと逃げていく五大クランの一長の姿に遥は思わず口をぽかんと開けて素直な感想を呟いた。




「にげちゃった」




 あまりにも的確な指摘に、思わず苦笑がこぼれる。



 そうだ。そうなんだ。ジェームズ・シラードという男は、あの局面で「にげちゃった」を選べる男なんだよ。



 シューターにも関わらず、勇猛果敢に近接戦を挑んだかと思えば、いざ不利になると迷わず敗北を認めて逃走を選択する。



 で、さっきの宣言通りあの人は勝負に負けても大人げなく試合に勝ちにいく事ができるんだ。



「ねぇ、凶さん。これなんかまずくない?」


 

 遥は額に大粒の汗をかきながら、すっかり冷え切った仮想の地面に指を差す。



 霜が生えた大地は、霊力で強化された肉体すら蝕む程寒いのに、上半身は焼けるように熱い。



 いつからこの場所は、こんなおかしな温度設定になったんだ? もちろんシラードさんが逃げてからだ。



 天は烈日、地は氷獄。


 それはジェームズ・シラードが持つ【Rosso&Blu】級の大技の一つであり、空間そのものを対消滅のエネルギーで満たす防御回避不能の全体攻撃。



 名は 【Calmi Cuori Appassionati】、ダンマギでは“静穏と熱情の狭間”なんて訳され方をしていったっけ。



 この技の脅威は、自分すら巻き込む無差別性にある。



 なにせ座標ではなく空間を対消滅エネルギーで満たすのだ。


 相手は死ぬし、高い熱術耐性持ちのシラードさんといえどタダでは済まない。


 おまけに今の彼は遥との一騎打ちで右腕と少なくない霊力を失っているから、ダメージリスクもマシマシだ。



 だが、うまく決まった時の見返りもまた計り知れない。



 仮想空間のフィールドを【Calmi Cuori Appassionati】で満たし、対消滅エネルギーで破壊してしまえば、まず遥はリタイアである。



 【四次元防御】で守ろうにも、空間そのものが対消滅エネルギーと化しているわけだから問答無用であの世行きログアウトだ。



 そして残った単体糞雑魚野郎に関しては、話にならない。


 為すすべなく特攻をしかけたところを熱術の一斉掃射で丸焼きにするだけでゲームオーバー。


 シラードさんなら仮に四肢がもがれていてもイージーウィンが狙えるだろう。



 回避不能、防御不能、おまけに相手は大人げなくジェット噴射で時間を稼ぐ腹積もり。



 必殺技を防いで、一騎打ちにも勝ったのに大ピンチ。



 笑えねェよな。笑えねェし、許せねェ。



 オマエ栄光ワクワクは、誰にだって汚させねェよ。




 だから俺は――――。




「遥、なるべく早く追いついてくれ」




 それだけ言い残し、戦場を駆ける。



 まとう術式は《脚力強化》と《時間加速》の二重掛け。



 《時間加速》は俺が初めて覚えた固有スキルだ。その効力は時の流れの高速化。

 ゲーム的にいえば行動ターンの追加、現実に落し込めると“他人の数十倍の早さの世界を動く事が可能になる”という説明が妥当かな。



 今の俺のレベルだと、大体、常人の六十倍の早さで動く事ができる。



 六十倍、つまり他の奴らにとっての一秒が、俺にとっては一分になるってわけ。


 そこに《脚力強化》まで組み合わせれば、まさに鬼に金棒。


 俺はこの戦場の誰よりも早くて速い存在になるって寸法よ。



 全てがスローモーションになった世界を一人颯爽と駆け抜ける。


 無双のスピードを手にしたからといって浮かれている時間はない。


 事は一刻を争うんだ。今は六十分の一秒だって無駄にしたくない。

 寸暇すんかを惜しまず働け凶一郎。

 急かなきゃ事を仕損じる今の状況で、チンタラしてたら全てが終わる。









 インチキじみた六十倍加速で走行して、それでも現実時間の二秒が経過した。



 ようやく再会できたシラードさんにウェルカム熱線ビームをもらうが、これを難なく回避。


 

 大技構築中にも関わらず、咄嗟の判断でこれだけの数の熱線を放出できるのは流石だが、それでも今の俺にとっては欠伸あくびが出るほどの遅さである。



 開始からここまでしこたま霊力を消費してきたアンタと違って、俺はたっぷり休めたからな。


 この最速モードはまだまだ余裕で続けられるぞ。


 シラードさんの周りをぐるぐると回りながら、決まり手の準備を始める。


 右手の親指に着けた髑髏ドクロの指輪。


 とうとうお前を使う時が来たぜ、この野郎。


 俺はリングに込められた霊力を解き放ち、己が天啓レガリアである死神の残影の名を告げる。






「やれ、<獄門縛鎖デスモテリオン>」




 



 








 




















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