第三十三話 <獄門鎖縛>








◆仮想空間・ステージ・プレーン





 天啓レガリアとは、アバターではなく、本体をダンジョンに置く精霊――――つまりはボスクラスの敵が討伐された時に落す専用アイテムである。

 その形式は武器や防具にアクセサリーと多彩だが、どいつもこいつも人智を越えたぶっ壊れ性能である事は間違いない。



 何せ天啓レガリアは、ボス精霊の残滓がアイテム化したものだ。



 強敵を討伐した証としてその敵の能力の一部や特性を受け継いだ一点ものが弱いはずもなく、その取得難易度の高さもあいまって、界隈では天啓保持者レガリアユーザーイコール一流冒険者と見なす者も多いらしい。



 正当な所有者以外が所有しても真価を発揮しないという共通ルールがなければ、きっと想像もできない額の売買とそれにともないさかいが数多く引き起こされていた事だろう。



 この設定ルールを作った神様ライターに、グッジョブの言葉を送りたい。




 さて、ここに一つの天啓レガリアがある。



 銘は<獄門鎖縛デスモテリオン>。



 俺がの死神を討伐した際に入手したアクセサリーだ。


 趣味の悪い髑髏ドクロの造形が目立つこの指輪が、奴より継承したその能力は“絶対捕縛”。



 そう、俺達を散々苦しめたあのインチキ鎖群の召喚である。





「やれ、<獄門縛鎖デスモテリオン>」




 俺の宣言に伴い、周囲の空間が黒く歪む。


 生成された四つの黒穴から、間髪おかずに現れたのはトラウマ必至の鎖達。



 宙に舞うシラードさんの全身に喰らいつく怨嗟と悪意の赤鎖は、瞬く間に五大クランの一長を無力化した。


 鎖による物理的な拘束と、一時的な霊力の完全遮断による二重捕縛。



 本家と違い拘束効果のタイムリミットこそあるものの、その絶対性は健在だ。


 しかも発動時のステルス性能まで部分再現されているのだから、隙がない。

 初見かつタイマンという状況であればトップランカー相手でもこの通りさ。


 

 最大限の警戒心を張りながら、捕らえた獲物に目を向ける。


 全身を鎖で縛られ、指一本すら動かせずに倒れ伏すシラードさん。



 彼はこの状況においてもなお、快活な笑みを浮かべていた。




「トドメを刺さないのかね」

「その手には乗りませんよ。確かシラードさんって復活系のスキル持ってますよね」




 正しくは肉体の損傷を熱エネルギーに変えて無理やり修繕するスキルなのだが、細かい事はどうでもいい。


 下手な攻撃をすれば回復される、それだけ分かっていれば十分だ。



「だからちゃんとヤれる奴にヤってもらいます。腕を治していない所から察するに、遥の斬撃は有効みたいですから」

「そうか」


 

 

 敵が乗って来ない事を察したシラードさんは、満足したように頷き、そして小さく息を吐きだした。



「これ以上の抵抗は無意味だな。よろしい、降参リザインだ。我が敗北を認めよう」




 その宣誓と共に仮想の世界に虹色の文字が浮かびあがる。





<WINNER 凶一郎・遥チーム>


<LOSER ジェームズ・シラード>




 湧きあがる歓声と、轟く打ち上げ花火。


 所詮はバーチャルリアリティによる演出だが、それでもこれだけ盛大に祝われたらアガるってもんだ。


 一秒毎に鼓動の高鳴りが増していく。


 勝ったのか? 俺達が、あのジェームズ・シラードに?


 夢かどうか確認する為に頬をつねるがあまり痛くない。


 うん、仮想ユメだ。……ってそうじゃなくて。



 俺は仮想の世界で起きた出来事がリアルかどうかを確かめるべくもう一度、宙空に記された虹色の文字を黙読した。





<WINNER 凶一郎・遥チーム>




 やっぱりそうだ。何度読んでも間違いない。



 リザルト画面には、俺達が勝者だと書いてある。



「おっおぉしゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 腹の底から溢れだす無上の歓喜を、あらん限りの声量で叫び上げる。



 勝った。勝ったんだ。俺達は、やったんだ!



「凶さんっ!」



 バタバタとせわしない足音を立てながら、此方こなたより駆けよって来る恒星系。



 満開の桜の様な笑顔を咲かせた奴の風姿ふうしからは、既に勝敗のアナウンスが行き届いている事がみとれた。



 シラードさんを拘束から解放し、最高の仲間の元へと走り出す。


 近づく視線、感じる吐息、同時に伸びた二つの掌が快音と共にぶつかり合う。




「やったんだね!」

「あぁ! 俺達二人の勝利だ」



 パチンと万感の想いをこめたハイタッチを交わし、それから俺達はアバターの声帯が枯れるまで勝鬨かちどきを上げ続けた。






◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルームVIPエリア






「ハッハッハッ! いやいや見事にしてやられたよ。ぐぅの音も出ない程の完敗だ!」




 仮想の世界から現実へと帰還した俺達を待っていたのは、対戦相手からの惜しみのない賞賛だった。




「まずハルカ、君のセンスと適応能力には感服したよ。唯一無二の刀剣技術に卓越した術式コントロール、そしてなによりも戦いのなかで進化していく自己アップデートの速さが最高にクールだね。久しぶりに本物の天才に出会えた気がするよ。

 どうだい、是非ウチのクランに入会して、より高みを目指してみないか?」

「どーもー! でも謹んでお断りしまっす!」


 

 即答だった。にべもない。


 しかし、シラードさんは「それは残念だ」と、大げさに肩を竦めながらも、その実まるでへこたれていない様子だった。


 彼は輝くようなキメ顔スマイルを浮かべながら、今度は俺の方へと向き直る。





「では、キョウイチロウ。君を口説かせてもらおうか。先の戦いで私がキョウイチロウに抱いた率直な感想は“厄介な指揮官”だ。特異なチカラと、戦場全体の動きを見透かしたかのような優れた戦術眼バトルビジョン、……特に決定的な局面マストカウンターの見極めと対処の仕方は絶妙だったよ」

「あっ、ありがとうございます」




 どうしよう、シラードさんにべた褒めされてしまった! 超絶嬉しい!




「走攻守、全てにおいて戦局を変えうるスキルを持っている上に、その効果的な使い方を熟知し、自身を徹底的に駒として扱える指揮官なんて滅多にお目にかかれるものじゃない。是非とも我がクランでその辣腕を振るってもらいたいものだが、どうかね?」



 更に続く褒め褒め天国に一瞬、頭が沸騰しかけたが、すぐに思い直して頭を垂れる。




「シラードさん程のお方にお褒めいただき大変光栄に思います。ですが、申し訳ありません。またとない機会であることは重々承知しておりますが、丁重にお断りさせて頂きます」

「フハハハハッ! あっさりとフラれてしまったな! だがその気骨もまた良し! 前途ある若者が、己の力でのし上がる! 痛快ではないか!」



 ハッハッハと、心底から愉快そうに快笑するシラードさん。



 彼の真意が、全く読めない。


 残念だという割には、ご機嫌だし、ふざけているにしては、言葉に芯がこもっている。


 ほんと、不思議な人だよシラードさんは。



 ただ、先程の戦いを通じて視えてきたモノもある。


 今日シラードさんが俺達を呼び出した理由は、やはりあの戦いそのものにあったのだ。



 俺がこの考えに至った根拠は、シラードさんの戦い方にある。


 模擬戦において、確かに彼は“燃える冰剣Rosso&Blu”の主の名に恥じない大技の数々で俺達を圧倒していた。


 術式に手心を加えていた様子もなく、霊力を惜しんでいた素振りもない。


 あの時あの瞬間、確かにシラードさんは俺達相手に全力で相対あいたいしてくれたのだろう。


 

 ……問題は、その方向性だ。



 例えば初手、彼は【四次元防御】の存在を知っていたにも関わらず、一点集中型の【Rosso&Blu】を切って来た。


 例えば遥との近接戦、彼は自分の不利対面である事を百も承知しながら恒星系との斬り合いを選択した。


 ハンデを頂いていたなどと不必要な謙遜で俺達の勝利にケチをつけるつもりは毛頭ない。



 だが事実として、シラードさんはあまりも正々堂々と戦い過ぎていたのである。



 正々堂々というよりも、相手が有利に戦える盤面であえて真っ向勝負を挑んできたといった方が正しいか。


 戦闘前の作戦会議で、俺は遥に手の内を知られていない点が有利だと言ってしまったが、とんでもない。



 シラードさんは、知り得る限りの俺達の情報を徹底的に調べていたのだろう。



 そしてそんな手間をかけたにも関わらず、あえて俺達の有利な状況で戦ったのは、おそらくソレが目的だったからだ。



 勝つためではなく、観察する為の戦い。


 だから相手の土俵で戦うし、だから所持している無数の天啓レガリアも使わない。


 彼は自らが背負うブランドや強力なクランメンバーの所属先まで賭けておいて、勝つためではなく、俺達を戦っていたのだ。



 賭けに負けたにも関わらずご機嫌なのは、彼にとって賭けの結果自体がどうでもいいからなのだろう。



「……そうだ、賭けの褒賞ほうしょう!」




 賭け、そう賭けだ。


 俺達が勝って、シラードさんが負けた。



 という事は“燃える冰剣Rosso&Blu”所属のスーパー砲撃手が俺達のパーティに……!



「あの、シラードさん。戦う前に交わした賭けの約束覚えておりますでしょうか?」

「君は戦っている時と、平常時で言葉遣いが大きく変わるタイプなんだなキョウイチロウ。うん、そんな所もチャーミングだよ」

「きょ、恐縮です」

「え? なに? シラードさんってそっちも行けるタイプの方なんですか? あと凶さんは、なんでモジモジしてるの?」

「恋多き人間である事は認めるが、その辺りの詮索せんさくはもう少しお互いの仲を深めてからにしようじゃないか、レディ」

「やだなー、もー」




 あっはっはっとにこやかに笑い合う恒星系とシラードさん。


 しかし俺は気づいてしまった。

 一見、軽やかな微笑にみえる遥さんの瞳の奥底が全く笑っていない事を。



「どしたの、凶さん?」

「なんでもない。何も知らない」



 俺は何も見なかった。いいね?



「失敬。少し話が脱線してしまったようだ。いかんな、君達との会話はどうにも弾んでしまう」

「そーゆーのもういいんで、話の続きをどうぞシラードさん」

「ハハッ、了解しましたレディ。もちろん、賭けの内容は有効だよ。急ぎ本人に通達し、書面による移籍登録を済ませた後に君達の元へと派遣しよう」



 良かった。特に揉めることなく賭けの履行は済みそうだ。


 しかし、シラードさんがその気でも、当の砲撃手さんがゴネたらどうするつもりなんだろうか?







 けれど俺の心配をよそに、移籍手続きはなんのとどこおりもなく行われた。



 五大クランが一角“燃える冰剣Rosso&Blu”のクランマスター・ジェームズ・シラードとの戦いを経た俺達は、待望の砲撃手を手に入れたのである。



 そして――――。








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「歓楽街エリア」







「はじめまして……じゃない。一度会った事がある」




 そして俺は彼女と再会する事になる。



 銀髪のツインテール、ノワールカラーのゴシックドレスと特徴的な紅の瞳。



 約束の時間、待ち合わせ場所の噴水広場に現れたのは、あの日『サクラギ』ですれ違った少女だった。



「三週間くらい前に、お店でみた。……覚えてる?」

「あぁ。覚えているよ。印象的だったからな」



 忘れたくても忘れられない。


 だって俺は、未来のお前を知っているんだから。



 

『そうさな。多少の難はあるが、少なくとも私に匹敵する出力と射程を持った人材である事だけは保証しよう』




 不意にあの時のシラードさんの言葉が脳裏をかすめる。



 成る程、言い得て妙だ。



 確かに彼女ならば、シラードさん級という評価にも納得がいく。



 なにせ彼女は、特別だ。



 特別な生い立ち。

 特別な精霊。

 特別なステータス。



 そして何よりも特別なのは、作中における彼女の立ち位置である。



 


「自己紹介、する。ユピテル。ポジションは後衛、得意ロールは砲撃手……よろしく」





 ユピテル。ダンマギでの通称は“瞋恚のRaging黒雷dark”。





『だから、ねぇしっかり泣き喚きナサイッ。無様ヲ晒してこのユピテルヲ楽しまセルノ。それが、無能デ無価値ナお前達に許された唯一の贖イヨ。キャハッ、キャハハハハッ、キャハハハハハハハハハッ!』





 その立ち位置は、主人公達と敵対する『組織』の一員として立ちふさがる、









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