第三十一話 燃える冰剣クランマスター・ジェームズ・シラード







◆仮想空間・ステージ・プレーン





 二キロメートル四方に広がる黒の空間。


 等間隔に配置された電子の輝きを光源としたこの仮想世界の中心に三つの人影が集っていた。




「わはー! すごいすごい! 現実で動いているのと全然変わんないや!」



 ぴょんぴょことご機嫌に跳ねまわる遥さんを尻目に、俺は眼前にたたずむ“燃える冰剣Rosso&Blu”の主に向かって声をかけた。




「勝負は時間無制限の一本試合。バトル形式は特殊ルールなしの総力戦で、決着はどちらかの陣営の全滅か、シミュレーターの“降参機能リザインシステム”を用いての降伏。初期配置は、互いに中央のラインを中心とした半径二百メートル以内の自由位置……これで相違ありませんか?」

「うむ。問題ない」



 鷹揚に頷くシラードさんのたたずまいは、流石というべきか堂に入っていた。



 今更になって去来きょらいし始める後悔の念。本当にあのジェームズ・シラードと一戦構える俺達。




「開戦のタイミングは君達で決めてくれていい。……そうだな、キョウイチロウかハルカのどちらかが中央ラインを越えた戦闘行動を取った時にしよう」

「戦闘行動の定義を教えて下さい」

「移動と攻撃全般としておこうか。勿論もちろん、攻撃というのは遠隔攻撃も含まれるよ」



 中央ラインを越えた攻撃と移動が開戦の合図、つまり裏を返せば幾らでも下準備は整えてもいいという事か。



「随分気前がいいですねー、シラードさん」

「基より君達に分の悪い賭けだからね。これくらいはサービスさせてくれ」

「おー! トップクランの余裕というやつだ!」



 シラードさんの涼やかな返しを、これまた天然記念物級の面の厚さで受け流していく恒星系。


 今だけは、こいつのマイペースさが羨ましい。



「熱い勝負を期待しているよ」

「はい、よろしくお願いします」

「お願いしまーす!」


 

 握手と一礼を終えて、そのまま二手に分かれる俺達とシラードさん。



 想いはそれぞれ、足取りも様々に。



 そうして出来あがった両陣営の初期配置は、見事に対照的なものと相成あいなった。




 シラードさんが陣取った場所は、後方二百メートルギリギリのライン。


 後衛タイプの術師としては定番の位置取りだ。



 対して俺達は……。



「うん! やっぱりここだよね!」

「ここ以外あり得ないよな」



 中央のライン、ぎりぎりの立ち位置で、二人してうんうん、と頷き合う。


 そう。近距離タイプの俺達のセオリーは、“なるべく相手の近くに位置取る”だ。



 射程的な後塵ビハインドを拝している俺達の最適解は、この最前線をおいて他にない。



 後衛はより遠く、前衛は限界まで近くに――――戦闘前の陣形選びは、互いにオーソドックスな形で落着した。




「さて、それじゃあものすっっごく気の重い作戦会議始めるぞ。遥、何か良い案あるか?」

「そうだねー、折角好きなだけ準備時間貰ったんだし、アレ作っちゃえば? ほら、凶さんの最強技」

「【始源の終末エンドオブゼロ】か」



 コクコクと頷く遥さん。相変わらず戦闘ごとに関しては非の打ちどころのない程にキレッキレである。



 そんな彼女が提示したプランは、ある一点を除けばほとんど満点と言っても差し支えない程に有用な代物だった。

 


 超長時間のチャージが必要なものの、その弱点さえなんとかできればほぼ勝利に至れる【始原の終末】。



 ネックとなるラインの内側で発動状態まで持っていき、更に霊力を貯めて《時間加速》を発動、ついでに遥の援護まで組み合わせれば、高い確率でシラードさんを仕留める事が叶うだろう。



 ただなぁ……。



「確証はないが、多分【始原の終末】を当てたらシラードさんが死ぬ」

「そういうルールなんだし、なんの問題もないじゃん」

「いや、仮想空間のアバターが消失するとかじゃなくてリアルに滅ぶ」

「おー……」



 何ともいえない顔をさせてしまった。


 すまん、遥。


 しかし模擬戦で死人を出すわけにはいかんのだよ。


 しかもシラードさんはダンマギの重要人物だし。




「で、【始原の終末】が使えないとなるとシラードさん相手に俺がメインアタッカーじゃ力不足。だから俺の案としてはお前に主役を張って欲しいんだが、やってくれるか?」

「えっ!? あんな美味しそうなヒト一人占めしちゃっていいの!?」

「あぁ、お前の『蒼穹』は、シラードさんと相性がいいからな。それになにより――――」



 すーっと仮想世界の酸素を取り込んで、シラードさんに聞こえる様な大声で言い放つ。



「いくら五大クランのオーナーといえども、シラードさんは後衛だからなー! 接近戦にさえ持ち込めば、俺達でも勝機があるんじゃないかなー!」

「えっと、凶さん急に声を張り上げてどしたの?」

「別にー! 普通に作戦会議してるだけだぜー! まぁ、“燃える冰剣”の長ならきっとルーキーの俺達の土俵に合わせてくれると思うしー? てかルーキー相手に遠距離攻撃で圧殺なんてしたらチョーおとなげなくなーい?」



 なんか後半ギャルっぽくなってしまったけど、ひとまず挑発はこの位でいいだろう。


 なにせ負けたら侵略、勝ったら傑物だ。俺の恥と名誉を代償に有利な状況を作れる可能性があるのなら、喜んでピエロになってやるぜクケケケケ。



「んじゃ、こっから真面目な作戦会議に入るぞ」




 声のトーンを最小限に絞り込み、遥と内緒のコソコソ話を開始する。



「この戦いにおける俺達のアドバンテージはどこにあると思う?」

「手の内を知られてない所でしょ」

「そ。逆に向こうは有名人だから、ある程度手札が透けている」



 実際は、まだシラードさんが世間に公開していない伏せ札まで把握済みなんだが、その辺をうまくチョロまかしつつ彼の戦術スタイルを解説していく。



「ジェームズ・シラード。ポジションは後衛寄りのオールレンジシューター。威力射程共に優れた熱術を機関銃の様な密度で速射してくる化物だ」

「優れた威力って具体的にはどれくらい?」

「術にもよるが、モノによってはお前が『蒼穹』と『布都御魂フツノミタマ』のコンボを決めても崩せない」



 それを聞いた遥の瞳が「マジで!?」とつり上がった。




「えっ? この時点であたし達に勝ち目なくない?」

「シラードさんが本気で殺しにかかって来た場合は、そうなるだろうな。

 射程も密度も超一流なシューター相手に超高威力の遠距離掃射を決められたら、基本的に近距離アタッカー側は為すすべないし」



 おまけにシラードさんの保有している無数の天啓レガリアなぞを展開された日には、間違いなく凄惨せいさんなワンサイドゲームが待っている事だろう。




「だけど多分、そんな味気ない展開にはならないと思う」

「どうして」

「この戦いにおけるシラードさん側の目的が、俺達の戦いっぷりを“観る”事に関係しているからだ」




 恥をかかせたいだとか、新人に灸をすえたいといったよこしまな理由があったのならば、大勢の前で公開処刑をすればいい。



 もし本当に常闇の資源の占領を狙うのであれば、賭けの賞品を侵略行為の強制ではなく俺達を“燃える冰剣Rosso&Blu”に移籍させた方が手っ取り早い。



 そもそもあのテキトーに成立させた賭けの約束自体にも疑問が残る。


 俺の知る限り、ジェームズ・シラードという人物はヤクザまがいの手法で無理やり自分達の活動拠点を増やそうとするような野蛮な男ではない。



 義に厚く、同時に狡知にも長けたカリスマ冒険者であり、一見、深く考えていないかのように振舞いながらも、その実、後から振り返れば、全てがこの人の掌の上であったかと錯覚させる程の鬼謀きぼうをさりげなく差し込む策略家――――それが、ダンマギの世界におけるジェームズ・シラードというキャラクターだ。




「情報収集か、何かを見定める為なのか、その真意についてまでは分からないけど、シラードさんの本来の目的は俺達の力量を肌で感じる事にあると思うんだ。

 つーか、クランマスターが、デビューしたてのルーキーを大人げなくボコって侵略行為を働いたなんて噂が広まれば、“燃える冰剣Rosso&Blu”に迷惑がかかるだろ?」

「自分のクランの看板に自ら泥を塗る様な真似はしないかー。うん、確かに凶さんの言う通りかも」

「だから加減というわけじゃないが、ある程度戦いになる様な試合運びをしてくれると俺は信じている」



 推測というよりは願望に近い甘い見立て。

 しかし、このか細い蜘蛛の糸の様な可能性だけが、今の俺達がシラードさんに一泡吹かせられる唯一のチャンスなんだ。



「どれだけシラードさんが俺達を観たがっているかが勝負の肝だ。兎に角相手がガチになる前に距離を稼いで懐に入れ。さっきも言ったが近距離戦にさえ持ち込めれば、絶対にお前が勝つ」

「えー? 嬉しいけどちょっと凶さん、あたしの事買いかぶり過ぎてないかにゃー? 後衛とはいってもシラードさんは“あの人”と同じ五大クランのマスターでしょ?」

「あぁ。動画サイトとかに上がってるシラードさんの戦闘ログを見る限り、あの人は近距離戦闘の腕前も普通じゃない」



 だけどな、遥と俺は胸を張って断言する。



「お前はもっと普通じゃない。そして俺はお前の普通じゃなさを誰よりも信頼している」




 それは嘘偽りのない誠言せいげんだった。


 こいつは天才だ。それも並はずれたレベルではない。



 単純な武芸者としての技量だけで測るのであれば、歴代シリーズの中でも五指、いや三指に入ってもおかしくない程の“規格外”である。



 シラードさんがこいつの事をどれだけ高く評価しているのかは分からないが、馬鹿を言うな。



 こいつの才能はアンタの叡知を以てしても、測りきれない程にイカレてるんだよ。



「どんな手段を使っても俺がお前をシラードさんの所まで届けてやる。だから遥は思う存分ワクワクしてこい」

「ん、分かった。目一杯楽しんでくる!だから、ちゃんとあたしをエスコートしてね王子様」

「王子って柄じゃないが、精いっぱい頑張るよお姫様」

「あたしもお姫様ってガラじゃないや」

「知ってる」



 ワハハッといつものように笑い合ってから俺達は決意と霊力をみなぎらせた。



「行くぞ遥、大一番だ」

「頼りにしてるし、頼りにしてね、凶一郎」



 拳を突き合わせながら前へと進む。


 全身に満ちあふれる白の霊力と、仮想世界の宙を回遊する六つの『蒼穹』。


 ダンジョン月蝕での死闘以来の全力戦闘に、脳内のシナプスが喜色を浮かべる。


 さぁいくぜ、ミスター燃える冰剣Rosso&Blu、今日この瞬間だけ、俺達はアンタを越える。


 歩幅を揃えて、共に踏み抜く生と死の境界線デッドライン



 そうして俺達は――――。












「境界を越えたな若人よ、ならば是非もなし! 君達の勇気ある進撃に、私も相応の誠意をもって応えるとしよう!」











 ――――絶望を見た。


 それは、超高温と極低温、相反する二つの熱術をあらゆる熱力学の法則を無視しながら対消滅させ解き放つ絶対破壊術式であり、同時に彼のクランの名を冠したジェームズ・シラードの代名詞的必殺技。



 【Rosso&Blu】――――シラードさんの初手として繰りだされた対消滅の砲撃が、炸裂した。






 

 

























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