第三十話 風雲急を告ぐ











 その電話が俺の所に届いたのは、俺達の初めての冒険が終わってから一週間後の事だった。




『お世話になっております、冒険者組合第三百三十六支部渉外担当の霧島きりしまと申します。恐れ入りますが、清水凶一郎様でいらっしゃいますか』



 霧島と名乗る女性いわく、ダンジョン常闇に俺達ての“お客様”が来ているらしい。


 ものすごく丁寧な口調で「暇なら今すぐフル装備で来てくれ」との要請を受けた俺は、急いで支度したくを整え常闇ダンジョンへと向かった。





 どこの誰だか知らないが、その“お客様”っていうのは俺達を顎で呼び出せるような立場の人間らしい。


 面倒な相手でなければいいんだが……。




◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』応接室





「やっほ、凶さん」



 係の人に案内されるまま常闇の応接室へおもむくと、先客が黒革のソファでくつろいでいた。



「おう遥、お前一人か?」

「うん。ここでしばらくお待ちくださいだって」



 シャクシャクとお茶受けのフィナンシェをかじりながら答える恒星系。随分と満喫してらっしゃる。




「お客様とやらの詳細は聞いたか?」

「全然。凶さんの方は?」

「俺の方もさっぱりだ」



 黒革のソファに腰を下ろして一息つく。おっ、いい座り心地。



「一体どこのどなた様があたし達を呼び出したんだろうねぇ」

「“あの人”が来たらどうする?」

「まさかそんなわけない……よね?」



 しゃくりとフィナンシェを飲みこみ急に居ずまいを正す遥。分かりやすい奴である。




 しかしこの時の俺達は知らなかったのだ。俺が冗談半分で言った軽口が、実は当たらずとも遠からずであった事を。










「失礼する」





 芯の通った男声と共に開かれる応接室の扉。



 入って来たのは灰色の髪の偉丈夫だった。



 逆立った髪に漆黒のトレンチコート、つき刺すような眼光を放つ両の眼は、まるで鍛えられた剣の様な鋼色だ。




 ……おいおい嘘だろ、超大物じゃねぇか。


 十層前の一件でフラグは立ったと思っていたが、よもやよもやだ。


 まさか彼が直々に出てくるだなんて。




「ジェームズ・シラード」

「知っているのか、私の事を」

「桜花の冒険者で貴方を知らない人間などいません」



 「えっ? どこのどなた?」とほざきかけた恒星系の口にありったけのフィナンシェを突っ込みながら、俺は彼の栄誉ある地位をそらんじた。



「桜花五大クランが一つ、“燃える冰剣Rosso&Blu”のクランマスターにして最高峰の熱術使い―――――お会いできて光栄です」


 俺が頭を下げ、手を差し出すとシラードさんは快くその手を握ってくれた。



「礼を述べるのはこちらの方だ。急な申し出にも関わらず、こうして足を運んでくれた事に感謝するキョウシ、キョウジ……あー、すまない。君達の名前を教えてくれないか?」

「はいっ、清水凶一郎と申します」

「蒼乃遥でっす」

「そう、キョウイチロウとハルカだ。ここ最近、何度も耳にしたはずなのだが、どうもこちらの名前は覚えずらくてね。不作法を許して欲しい」


 

 気さくな仕草で謝罪の意を伝える“燃える冰剣Rosso&Blu”の長。


 あぁこの感じ、原作通りのジェームズ・シラードだ。



 抜き身の刃のような鋭いオーラを纏いながらも、その実思慮深くて仲間想いで気配りもできる真のイケメン―――――やっぱ主要キャラは格が違うわ。



 ……ってそうじゃないだろ、凶一郎。





「それでシラードさん、本日は一体どういったご用件で俺達を?」

「そう大仰に構えなくてもいい。少し話をしたいだけだ」




 話、ね。

 一体どんなサプライズが用意されている事やら。







 しかし俺の心配を余所よそに、会合は終始なごやかな雰囲気で行われたのだった。


 お茶と洋菓子を楽しみながら、冒険の話をちょこちょこと。



 基本的にシラードさんが聞き手に回り、俺達が喋る事が多かったかな。



 特に盛り上がったのは、『常闇』の話。



 十層、そして十五層の冒険譚ぼうけんたんは案の定、ウケが良くこの話しだけで時計の長針が一周しかけた程である。

 

 後は、武器の話。これもバカ受けだった。

 特に遥の持つ『蒼穹』が気に入ったらしく、子供の様に目を輝かせながら恒星系の解説を聞いていた。


 あまりに、熱心に話を聞いてくれるものだから、見かねた遥が特別に刀身を見せてやった時のリアクションは、すごかったなぁ。

 

 感極まって母国語が出ちゃうくらい興奮していたシラードさんは、もう滅茶苦茶可愛かったですよ。

 ギャップ萌えというやつだな、ウン。




 




「――――それで十層に入る前に“燃える冰剣Rosso&Blu”さんのメンバーにも出会いまして」

「ダムだな。彼からも君達の話を聞いたよ。口下手なあの男が珍しく褒めていたものだから、私も気になってはいたのだが、今日会って確信したよ。

 君達は本当に

「きょ、恐縮です」



 謙遜しつつも、内心はテンション爆上がりだった。


 だってあのジェームズ・シラードだぜ? 強くてカッコよくてルートによっては主人公達のパーティメンバー入りまで果たす五大クランの一長が、俺達の事を褒めてくれたんだぜ? 正気なんて保ってられるかっての。




「…………」



 もそもそと一人フィナンシェをかじる恒星系。不機嫌というわけではないが、若干目がわっていてちょっと怖い。




「どうした遥、お菓子の追加でも頼もうか?」

「えっ……違う違う。お菓子は美味しいし、スゴイ人と話ができてありがたいと思ってるよ、ちゃんと! 

 たださ」




 若干困惑気味に小首を傾げながら続きの言葉を紡ぐ我らがワクワクおサイコさん。





「この茶番、いつまで続くのかなーって」





 ぴきり、と。その時空気が凍りつく音を俺の両耳は確かに聞いた。




「おまっ、なんちゅう暴言を――――」

「あっ、ごめん。チョイスを完全に間違えた。

 えーっと、えーっと、見え透いた? おためごかし? 前座? とにかくその、なんというか、そろそろ本題に入って頂ければと!」




 なんてやつだ。取り繕おうとして逆に全力で墓穴を深めてやがる。



 俺は恒星系の失言を詫びるべく急いで頭を下げようとしたが、それをジラードさんの手がやんわりと制した。




「気にする必要はない。むしろその実直さは非常に好ましく思えるよ。良い仲間に恵まれているな、キョウイチロウ」



 灰髪の偉丈夫は薄い微笑を浮かべながら、恒星系失言サイコ女に問いかけた。




「何か私に至らない点があったかな、レディ?」

「いえいえ、シラードさんに文句なんてありませんよー。

 というか逆にシラードさんが良い人だからこそ気になるというか」



 もごもごと失礼のないように言の葉を選びながら、たどたどしく論陣を展開していく遥。


 やだ、ちょっと愛らしいじゃないの。




「ここの職員を顎で使ってあたし達を呼び出しておいて、無理やりお雑談を強いる様なえらぶりじんには見えないんですよねー」



 やだ、全然愛らしくない事をほざきなさってる。お口にガムテープでも突っ込んでやろうかしら。



「それになにより」



 よっせっと壁際にたてかけられた愛刀を手元に寄せながら、稀代の剣術使いとしての顔を覗かせながら言い放つ。




持って来させておいて、お喋りオンリーなワケないですよね?」




 至極まともな正論だった。


 純粋なコミュニケーション目的で召集をかけたのならば、俺達に装備を整えさせる必要などなかったはずだ。

 


 

 にもかかわらず『エッケザックス』や『蒼穹』を持参させたということは……。






「ハハッ、成る程。君はそういうタイプなのかハルカ。ならばいたし方あるまい。本音を言えばもう少し君達との歓談を楽しみたかったところだが、焦がれている女性を待たせるのは紳士的ではないからね」



 猛禽類のような鋭い眼差しを俺達に注ぎながら、けれども澄みきった小川の清流のような音色で口火を開く最高峰の熱術使い。




「どうかな、君達さえ良ければ、私と一戦交えてみないかい?」






◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルームVIPエリア





 ダンマギにおける対人戦の半分はリアルバトルでできている。



 リアルバトルっつーか、生身の肉体同士が喧嘩したり殺し合ったりする野蛮極まりない争い方だ。


 このバトル方式を取るのは大抵ボス敵だ。


 まぁ、そりゃそうさ。生身の状態で武器振りまわして市街地で霊術放つなんて犯罪的な真似、悪役じゃなければ務まらんからな。



 で、今回重要になってくるのはもう半分の方。



 冒険者達が互いを傷つけずに、けれども全力で戦える様な場所を提供する色々な意味で“夢のある”バトル方式、それこそが――――


 


「おー! これが噂のシミュレーションバトル!」



 目を煌めかせながらシミュレーションバトルルームを見渡す恒星系。


 太い管の様な配線に繋げられた白いまゆ型の筺体きょうたいが等間隔で並べられている様はどことなくサイバーパンクちっくで趣がある。



「二人共、シミュレーションバトルは初めてかな」



 こくこくと頷く俺達に微笑みかけるシラードさん。畜生、一々表情がカッコいいなぁ!



「シミュレーションバトルは、そこの『白い繭コクーン』に乗り込んで行う仮想戦闘だ。コクーンでスキャンした生体情報を基に作られた自分の精巧なアバターを使って仮想空間での戦闘シミュレートを行う――――そうだな、認識としては、没入感の高いバーチャルゲームの様なものだと思ってくれればいい。

 仮想現実の中での出来事は全て夢の様なものだから、どれだけ傷つこうとも、現実の肉体に還元される事はない。存分に君達の才能ちからを見せてくれ」



 精霊とか冒険者がいるファンタジー世界でVRゲームの説明を受けるこのなんでもチャンポン感が、実にダンマギらしい。一作目からジャンルのバリトゥード状態だったもんなぁ。



「細かい設定はこちら側で調節しておくから、君達はコクーン内のヘッドセットを装着するだけで構わない。さて、ここまでの事柄について何か質問はあるかね?」



 はい、と控えめに手を挙げる。



「すごく自然な流れでここまで来てしまったのですが、俺達が戦わなければならない理由ってなんですか」

「何言ってんのさ凶さん、闘争あらそいに理由なんてないんだよ! ヤリたくなったから、ヤる! それが人間ってもんでしょ!」

「おだまり」



 誰も彼もがお前の様な戦闘サイコ民族じゃないのだよ。


 

 シラードさん程の方が、何のメリットもなく俺達みたいな新人と戦ってくれる訳がない。


 本来であれば五大クランの長との模擬戦闘なんていくらでも金が取れるレベルの大事なんだ。


 

 そんな値千金なレア体験を知り合ったばかりの俺達に無償で提供してくれる? 馬鹿な。天地がひっくり返ったってあり得ない。




「クランメンバーでもない俺達と模擬戦闘を行って、シラードさん側にメリットがあるとは思えませんし、新人潰しをするならば人目のつかないVIPエリアを選ぶはずがありません」

「君達との会話を経て、私が気まぐれに誘ったという線で納得はできないかな?」

「できません。俺達は、装備を整えてここへ来るようにと指示されました。つまり貴方は俺達と初めからヤるつもりだった、そうですよね?」





 ふむ、と何事かを思案するように顎を下げるシラードさん。



 やがて彼は良いアイディアが浮かんだとばかりに天を見上げ、そして斯様かような台詞をのたまった。




 私は常闇における利益の独占を考えていた。未だ十層以降の攻略者が二人だけというこのダンジョンの最前線にもし私の愛する同士達を送りこむ事ができれば大きな利益になるのでは、と。

 だから君達をここまで誘導し、その上で賭け事を申し込むつもりだったのさ。

 もし私が君達を制した場合、勝利の報償として我がクランメンバーと強制的にパーティを組ませ、再度十層を攻略せよという風にな

 フハハハハハハッ、我ながら随分悪辣な企みを考えついたものよ!」



 ハッハッハッと腹の底から響き渡る様な快笑を浮かべる“燃える冰剣Rosso&Blu”の長。



 いや、それどう考えても今考えついた奴でしょアンタ。大体そんな企み俺達が断るだけで瓦解しちゃうじゃん。




「凶さん、多分この人どれだけ問い詰めてもテキトーにはぐらかしてくると思うよ」

「そりゃあ分かってるんだが」



 万が一にでもさっきの意見がシラードさんの本意だった場合、折角の独走状態が崩される事になる。

 

 だから申し訳ないけれど……。




「すいません、シラードさん。普通に戦うならばまだしも、その様な一方的な賭けを引き受ける訳には……」

「十五層の攻略には、優秀な砲撃手が必要だと言っていたね」



 さえぎるようにして放たれた文言は、あまりにも意外な物だった。



 砲撃手。遠距離タイプの精霊使いの中でも特に威力と射程に優れた遠距離アタッカー。


 シラードさんの言う通り、確かに今の俺達が欲しているタイプの人材である。



「もしも君達が私を打倒し得た場合、我がクランからりすぐりの砲撃手を君達のパーティへ移籍させても良いといったら、どうするかね?」

「なっ!?」



 一瞬、頭の中が真っ白になりかけた。いやいや、落ち着け。即決なんて絶対にするなよキョウイチロウ。


 慎重に、冷静に、情報収集と分析を並行させながらリスクとリターンのバランスを考えるんだ。





「……砲撃手、ですか。可能であれば詳細をお聞かせ願えないでしょうか」

「そうさな。多少の難はあるが、少なくとも私に匹敵する出力と射程を持った人材である事だけは保証しよう」



 その言明に俺は思わず耳を疑った。



 シラードさんクラスの出力と射程を持った砲撃手だと? 本当だとしたら間違いなくトップレベルじゃねえか。


 クソッ、完全にこちらの足元を読まれている。



 カマクは元より、その先の最終階層ボスの事まで考えるならば、シラードさんクラスの砲撃手は是が非でも欲しい。



 お手つき?

 紐付き?

 悪いけどそんな事にこだわっている余裕はないのだ。

 いやむしろ、あの最終階層守護者インチキボスを越えるためには、多少のリスクを呑み込んででも積極的に取りに行く必要があるとすら言える。



 それにどれだけシラードさんの息がかかっていようと、ちゃんと契約で縛りさえすれば無茶な裏切りはできないだろうし、何よりシラードさん自身が闇討ちそういうタイプの策士ではない。



 もしも俺達が勝てば、彼は本当に砲撃手を連れてくるのだろう。



 そうすれば、念願の万能快癒薬エリクサー獲得への大きな一歩に繋がって…………




「その顔を見るに、どうやら少しはやる気になってくれたようだね、キョウイチロウ」

「……流石は五大クランのマスター。人を手玉に取るのが本当にうまい」



 首筋に冷や汗を垂らしながら、それでも俺の胸中はこの危機チャンスに燃えていた。



 負けたら侵略、勝ったら傑物――――チクショウ、悔しいがたぎるじゃねぇか。





 

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