第二十九話 遠距離タイプの必要性












◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第二中間点





「明日の予定、どうしよっか?」



 夜もけてきた頃、遥がヤルダ三三六製のバーベキューグリルで焼かれたマシュマロを頬張りながら、答えにくい質問を切り出した。


 うっ、と気まずさを覚えた俺の視線が、思わずかたわららでぴょんぴょこ跳ねているマスコットもどき達の方へと泳いでしまう。



『どうしましたー、凶一郎サン? もしかしてまたボク達にお仕事くれるんですか!』

「いや、とりあえず今はいいよ。ありがとな」


 俺の返答に少しだけ残念そうに顔をうつむかせながら、しかしすぐに『わかりました! ご用がありましたら、すぐにお申しつけ下さいね!』と元気を取り戻して跳ねまわるぷるぷる星人。畜生、あざとかわいいじゃねえか。



「凶さーん?」

「悪い悪い。明日の予定だよな」


 逃げられないと悟った俺は、観念して答えづらい質問――――つまり、明日の予定について頭を巡らせた。



 昨日、五層に到達し、今日こうして十層のボスを倒した以上、当然明日の目的地は十五層という事になる。



 ……でもなぁ、十五層のボスって今の俺達じゃ逆立ちしても倒せないタイプなんだよなぁ。



 決して十層の死魔の様な理不尽ボスではないし、スペック自体も格別大したものでもない。


 だけどアイツは俺達では倒せない。



 しかしだからといって誰も知らないはずのボスの詳細をべらべら喋って、「行っても無駄です、諦めましょう」と結論付けるのはあまりにも身勝手だし傲慢だ。


 そもそも何でそんな情報を知ってるんだお前ってなるのは、目に見えてるしな。



 遥を信頼していないわけじゃないが、転生者カミングアウトはどうしてもリスクがつきまとう。ゲーム知識は、俺の持つ最大の武器だが、同時に使い方を間違えれば我が身を喰らう諸刃の剣にもなり得るのだ。


 ……ぶっちゃけ公開するだけで戦争起こせるようなヤバい情報も沢山持ってるし、俺が“知っている”という事はなるべく隠したい。



 転生者カミングアウトが必要性のない場面で切れる様な安いカードではない以上、ここはやはり一般冒険者清水凶一郎として答えるのが適策か。




「ここから先は、攻略情報のない正真正銘の最前線だ。だから今まで以上に用心しつつ、なんなら下見のつもりで十五層を目指そう」

「うん! そうこなくっちゃ!」


 

 遥の美貌がこれでもかというくらい嬉しそうに破顔する。


 ギリギリのラインではあるが、嘘はついていない。……罪悪感は半端じゃないが。


 表情からの読心サトラレは、すぐに焼きマシュマロを口いっぱい頬張る事で誤魔化して――うん、どうやらカモフラージュは成功したっぽい。




 あぁ、もう自分のサトラレ体質が恨めしくてしょうがない。やっぱり、少しでも表情を誤魔化せるアイテムが必要かもなぁ。

 







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十五層








 翌日、俺達の冒険は十五層のボス戦で無念の停滞をむかえた。



「これは無理だねぇ」

「……だなぁ」




 二人して溜息を交えながら十五層の天井を見上げる。といっても高過ぎてその全容がよく分からなのだけれど。



 底の視えない天井――――いや、最早これは天空と称すべきだろう。どこまでも広がる果てのないソラと宙に根を張るバオバブの様な大樹。まさにザ・ファンタジーなフィールドだ。



 標高にして約三百メートル程離れた空域に浮かぶ巨大植物、その天辺にはこれまた大層立派な巨鳥が羽を休めている。



 毒々しい体毛に体躯の倍はありそうな大翼、猛禽類を彷彿ほうふつとさせる様な一組の双眸そうぼうは、絶えず此方こなためつけている。




 “覆雨怪鳥”カマク。

 十五層を支配する階層守護者は、空に浮かぶ巨大樹に引っ込んだまま全く動かない。


 攻撃はおろか牽制けんせいすらしてこない。


 ただ高度三百メートルの安全圏からにらむだけである。



「おーい、降りてこーい! 楽しく戦おー」

「てめぇ降りてこいこのクソチキン野郎! 中ボスの癖にニート決め込むとかどんな神経してやがる!」



 やいのやいのと大地直送の罵声や挑発を繰り出す俺達であったが、そんなものはどこ吹く風といった感じで涼しげに聞き流す巨大鳥。


 畜生め、やはりこうなったか。



 特定の戦闘タイプへの対策や優位性を活かして戦う“戦術特攻型”のボスは数え切れないほどいるが、“高度”と“距離”で近接タイプを無力化するのは一周回って好感がもて……るわけねぇだろカスが!



 圧倒的な地形アドバンテージ貰っておいて、やることが羽休めとにらみつけるとかボスとしての自覚がなさ過ぎんだろうが!




「ねぇ、あの鳥さん、ずっと降りて来ないつもりなのかな?」

「俺達が叫び疲れて寝たりしたらあるいはだけども、見るからに警戒心強そうだからなぁ」



 実際、ゲームでは飛行能力のあるキャラクターか、あの高さまで攻撃を届かせる事のできる長距離射程持ちの遠距離アタッカーがいないと戦闘イベントが発生しなかったし。



「俺は論外として、お前の『布都御魂フツノミタマ』でも届かないとなると大分詰み臭いぞコレ」

「せめて足場でもあれば話は違ったんだけどねー」



 見上げた先には空飛ぶ巨大樹以外何もないのだ。救済ギミックは一つもなし。

 空を飛ぶか、空まで撃つか。

 それができなきゃ、戦えないという事だ。



「多分、仲間がいるんだ」

「仲間?」



 遥のオウム返しに頷きをもって答える。



「そ、仲間。追加のパーティーメンバーだ。飛べるやつか、遠距離攻撃が可能なやつが必要なんだと思う」

「という事は今回の冒険はここで終了?」

「いや、お前の望むまでここにいて良いぞ。アイディアがあれば、可能な限り協力するし」

「……むぅ」





 しばらく悶々と考え抜いた後、遥は観念したかのように息を吐き出し、苦笑い混じりの顔で言った。



「とても残念だけど、今回はここまでにしよう。今のあたし達じゃ、あの鳥さんに近づけない」

「分かった。じゃあ一度五層の中間点に戻って荷物を整理してから、ダンジョンを出よう」

「了解。……もうっ、次は絶対倒そうね!」

「あぁ! 派手にリベンジかまそうぜ」



 拳を突き合わせ、再戦の誓いを胸に中間点用の《帰還の腕環》を起動する。

 地面に出現した幾何学模様の円陣に吸い込まれるようにして、俺達は十五層を後にした。


 

 覚えてろよトリ公め、この『借り』は必ず返してやる。






◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』





 二日ぶりに桜花の街へ帰って来た俺達を待っていたのは、惜しみない賞賛と怒涛の質問攻めだった。


 前人未到だった十層の突破に第二中間点の解放、そして新たなる“最深”地点となった十五層の見聞、しかもそれを成し遂げたのがデビューしたてのルーキー二人組と来たものだから、もう信じられない程囲まれたよ。

 




 緊迫した面持ちで状況を聴取する職員。

 目の色を変えて勧誘してくる先輩冒険者。

 獲得した報酬も数百万はくだらない。


 正直、一介の中坊が受けるには、いやたとえ大人であっても中々味わえない様な富と栄誉を俺達はたまわったのである。




「まさかこんな騒ぎになるとはねぇ」

「ぶっちゃけ五層のボス戦より疲れたんだが」

「あたしも」



 二人して入口のベンチに腰掛けながら、はははっと渇いた笑いを浮かべる。


 目立つ事はそれなりに疲れるのだと、今日初めて知った。



 『やれやれ、あんまり目立ちたくなかったんだがな』とイキリ散らかすウェブ小説の英雄達の気持が少しだけ分かった気がする。


 よっぽどの承認欲求モンスターでもない限り、アレはキツイわ。無駄にしがらみも増えちゃったし。



沢山たくさん貰っちゃったねー、クランからの名刺」

「パーティ申請も山ほど来たしな」



 頂いた名刺の束を月明かりに照らしながら、ぼうっと眺める。すげぇ、原作に出てきた有名所の名前まであるじゃないか。



「どこか入りたい所でもあった?」




 じっと俺を見つめる視線に気づいて、遥の方へと眼を向ける。


 月光に照らされた蒼い髪留めの少女の瞳は、サファイアの様に澄んでいた。



「興味がないといえば嘘になるな」

「うん」

「だけど俺はどこかのクランに入るつもりはないよ」



 断言する。長いものに巻かれればそれだけ楽な思いができるが、その対価として色々なものを分け与えなければならない。



 労力、報酬、時間、そして何よりも万能快癒薬エリクサーの所有権で揉めるなんて展開だけは絶対に避けたいので、クラン入りは論外だ。同じ理由でパーティに入れてもらうという選択肢もノー。



 到底ガラではないが、常闇の攻略は俺主導でやり遂げなければ意味がないのだ。



「お前こそどうなんだ、遥? 例えば“あの人”からのラブコールが来たらどうする? 憧れなんだろ」

「うっ、嫌な質問するねー、凶さん」


 居心地悪そうに頬をかきながら、小首をかしげる恒星系。まぁ、遥の気持ちも分かる。


 カッコいいもんな、蓮華開花彼女





「んー、でもやっぱりあたしも断ると思うよ。いつかあの人と肩を並べて冒険したいとは思うけどさ、それよりも今は凶さんといっぱい冒険がしたい。

 だから凶さんがどこにも属さないっていうなら、あたしもそれに付き合うよ」





 その言葉を聞いて、俺の心臓は自然と熱を帯びた。


 なんだろう、今日貰った他のどんな賞賛よりも嬉しい。




「ありがとう、俺も遥と沢山冒険がしたい」

「両想いというやつだ」

「ある意味な」



 見合せながら同時に笑い合う。



 月と風と大樹のこずえがさざめく音。


 初めての冒険の終わりは、大層“風情”なものだった。





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