第二十八話 第二中間点~ぷるぷる、そしてぷるぷる







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十層







「中々おっきい精霊石だね」

「一応、中ボスだからな」





 かつて死魔と呼ばれたサイコロステーキが霊子となって消え去った跡地には、濃紫色の精霊石が転がっていた。


 高さ、幅、奥行き共に五百ミリメートルはくだらない代物だ。運搬は……まぁ、なんとかなるだろう。



「しかし凶さんの防御スキル――――えーっとなんだっけ」

「【四次元防御】」

「そう、【四次元防御】! あれスゴイねー! 無敵じゃん」

「……実は全然そんな事ないんだよ」




 遥の言う通り、単純な防御性能だけでみればあのスキルは無敵である。




 しかし先ほども述べた通り、【四次元防御】は出力以外の部分に大幅な弱体化きょういちろう補正が加えられているのだ。




 例えば燃費、こいつはもちろん悪い。

 レベルアップボーナスと毎日の訓練による地道なキャパ上げでこさえた潤沢な霊力も、【四次元防御】をフル稼働すれば一分も待たずにスッカラカンだ。



 しかも発動時間が長びけば長びく程、四次元内での負荷がかかるし、解除すればその反動でやっぱり身体が悲鳴を上げる。



 おまけに……。




「動けないんだよ、発動中」




 凶一郎版【四次元防御】の最大の弱点、それは俺自身がなにもできなくなるという事だ。


 攻撃も回避も仲間とのコミュニケーションも全部無理。

 発動中は確かに無敵だが、その間俺は何もできない置物になってしまうのだ。

 もしも敵が距離をとって、解除タイミングと同時に遠距離攻撃なんてしてきた日には間違いなく一巻の終わりである。




「おー……なんというか、ロックだね!」

「無理に褒めんでいい」



 せめてもう少し遠距離適性のあるキャラだったら話は全く違ってたんだが、こればっかりは嘆いたところで仕方がない。



 『時間停止』スキルを使ったら、自分の時間だけ止まる――――それが清水凶一郎という男なのだから。

 




「さて、それじゃあそろそろ出発しようか」

「うん!」



 戦利品を抱えながら、主のいなくなった棺桶部屋を後にする。

 さらばアストー・ウィザートゥ、えーっと他に言うことは……特にないや。





◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第二中間点





 ポータルゲートを抜けた先で待っていたのは、起伏のない平野だった。


 雲一つない黄昏色の空、穏やかな気候、そしてまっ平らな大地。


「すっごい静か」

「ここまで来た人間は、俺達が初めてだろうからな」

「前人未到の未開地域ってやつだ」

「まぁ人以外の原住民はいたりするんだが」



 「なんですと!?」と鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔で驚く遥さん。



「えっ何? これから中間点在住のサムシングさんと一戦交えたりするの? わはー、これは嬉しいサプライズだ」

「お前の望む様な展開にはならないから、とりあえず刀をしまえ」



 どうどう、と火がつきそうになっている遥さんにフルーツがぎっしり詰まったシリアルバーを与え鎮静化を図る。



 ったく、このバトル大好きっ子め。



「でもさぁ、原住民がいるって言っても、ここ何にもないよ」

「今は見えないだけさ。すぐに向こうからやって来るよ」



 俺の発した予測が現実に変わったのは、それから約五分後の事だった。

 




『はじめまして冒険者サン。ここの管理を任されておりますヤルダ三三六と申します!』



 

 紫色の身体をした全長四十センチほどのぷるぷる生物が、突如として地面の下から現れたのである。

 

 ナマコとウサギを足して二で割ってものすごくゆるキャラっぽく仕上げた外見とでもいえばいいのだろうか。頭上にある耳だか触覚だかイマイチ判別がつかない部位をぷるぷるさせながら、奴は愛嬌のある声で口々に自己紹介を始めた。



『ようこそおいでくださいました冒険者サン。ボクはヤルダ三三六と申します。仲良くしてくださいね!』

『ボクはー、ヤルダ三三六っていいますー。どんな小さな事でも何なりとご命令くださいー』

『拙者、ヤルダ三三六という名前のもので候うござるのまき。冒険者サンの支援活動を全力で取り組む所存に候うあにはからんやいとをかし』



 ぽこぽこと地面から現れては「ヤルダ三三六」という名前を一人ずつ名乗り上げていくぷるぷる生物たち。


 

 一、十……気がついたら百匹に届きそうな勢いでぷるぷる密度を高めていく彼らに向かって俺はとりあえず落ち着くようにとうながした。



「あー、ヤルダの皆さん、大勢での歓迎はありがたいんですけど、そのもう少しお静かに……」

『冒険者サン達はなんてお名前なんですか―』

「あっ、申し遅れました清水凶一郎です」

「蒼乃遥でっす」




『わー、お二人とも素敵なお名前ですねー!』と一斉にぷるぷるしだすゆるキャラもどき達。


 まずい、これは全然話が進まない流れだ。

 やつらのペースに合わせていたら、おそらく夜が明けてしまう。

 わちゃわちゃし出した状況を打開すべく、、俺はバッグの中からとある物体を取り出して頭上にかかげた。

 



「君達、コレ欲しくない?」



 ぴたり、とぷるぷるするのを止めるヤルダ三三六の皆様。つぶらな視線が一斉に俺の手の先へと向く様は、えも言えぬ愛らしさで満ちていた。



 やはりこの辺はゲーム時代と変わらないみたいだな。



「えっ? ぷるぷるさん達どうしちゃったの? ていうか凶さん、ソレどうするの?」



 俺は疑問符を浮かべる遥にニヤリと口角を上げて言った。




「なに、少し買い物をするだけさ。ヤルダ三三六の皆さん、コレで二人分の椅子を頼めるかな?」



 腰を落とし、一番手前のぷるぷる星人に硬貨くらいの大きさの精霊石を二欠片程渡す。


 一瞬の沈黙の後、ゆるキャラもどき達は口々に『お石様だー!』と歓声を上げながら、全身を小刻みに震わした。



『わーいわーい、お石様貰っちゃったー!』

『お仕事くれた、お仕事くれた!』

『ねぇねぇ、どんな椅子作る? みんなでかんがえよ!』



 わーわー、きゃーきゃーとこちらをそっちのけで盛り上がるぷるぷる星人達。


 そのはしゃぎっぷりは、まさにお祭り騒ぎ。


 彼らの習性を知らない恒星系以外は、熱狂の渦に包まれていた。



「凶さん、解説ぷりーず」

「あいよ」



 俺はこほんと一度わざとらしく咳ばらいをし、現時点で遥に伝えても問題ない情報を脳内で精査しながら“ヤルダシリーズ”についての情報を語った。




「ここにいるヤルダの皆さんは、中間点の管理者なんだ。

 特性としては《無限増殖》、《完全情報共有》、《物質創造》と実に多彩で、基本的に中間点の中でなら

 好きな物は冒険者サンと精霊石で、趣味はお仕事。だからさっきみたいに対価分の石を渡すと素敵なアイテムを作ってくれるのさ」

「なんかサラッとヤバいフレーズが聞こえた気がするんだけど」

「気のせい気のせい。ヤルダの皆さんは可愛くて優しくて理想的な管理者です。だから我々も敬意を払って彼らに接しましょう」




 いぶかしげにこちらの瞳を見つめてくる恒星系。

 いや全く、これっぽっちも嘘はついてませんよ、ええ。



 ただ彼らに狼藉を働くと恐ろしい“存在”が降臨する事だったり、体験を共有し合っているからどこのダンジョンに行っても好感度が引き継がれる事だったり、なんならその大源はアルと同じ――――ゲフンゲフン、とにかく一見普通の可愛いらしいマスコットもどきさん達の裏設定についてつまびらかに喋ってないだけで、嘘はついてない。

 ついてないったらついてない。



「中間点での生活を支えてくれる大切なビジネスパートナーと認識してくれればいいよ」

「……えっ? 凶さんなんかビビってない?」

「ビビってない。畏敬の念を抱いているだけだ」

「いや、それって堅い言葉で言い直しただけじゃ……まぁ、いいか。オッケー、とりあえずこの可愛いぷるぷるさん達をないがしろにするなって話でしょ」




 理解が早くて非常に助かる。

 しかしそれはそれとして一つ気になる事があった。



「お前、いくらなんでも知らなさすぎじゃね?」

「いやー、遥さんって、まだぴっちぴちのルーキーですし」



 違う違うと首を振って恒星系の自己弁護をさえぎる。



「別に知らない事自体をとがめているわけじゃないんだ。新人に知識が足りないのは当たり前だからな。

 でもお前って、確かファン向けのクランミーティングに参加するくらい熱中してた時期があったんだろ。その割に」

「なんにも知らないのは不思議だと?」

「そうそう」




 中間点やハウジング、百歩譲ってヤルダシリーズの表設定について知らないだけならまだ分かる(一応全部講習会で教えてくれるような内容だが、アレは丸一日講師がテキスト朗読してビデオ見るだけの詰め込み式だから頭に定着し辛いんだよ)。

 



 だけど五大クランの一角である“燃える冰剣Rosso&Blu”の名前にまでピンと来てなかったのは、さすがに「んっ?」と思ってしまったのだ。



 五大クランなんて桜花のチビッ子なら誰でも知っているレベルの有名どころだぜ? クランミーティングに行くような奴が覚えていないなんてにわかには信じられないのだが




「そりゃあ、あたしが“にわか”だからでしょ」



 あっけらかんとした口調で解答を述べる遥。


 すげぇ。こんなに胸張って堂々と自分をにわかだと認める奴は初めて見た。



「あたしが好きになったきっかけは“あの人”だし、その追っかけやってたからあの人のクランについて詳しくなった。

 だけど他のクランについてまで興味が湧いたかというと、そりゃあまた別の話というか、正直食指しょくしが動かなかったんだー」



 ちょっとだけ申し訳なさそうに事の次第を語る遥さん。



 にわかでサイコなわくわく狂いとか、死亡フラグのオンパレードみたいな女である。




「なるほどな。了解した。悪いな、変なこと聞いて」

「あれ? それだけ? 『そんな浅い知識でこの先うんたらかんたら~』みたいな説教はなし?」

「最初に言っただろ、咎めてるわけじゃないって。

 初めはみんな初心者だし、にわかなんだ。その当たり前を忘れて知識マウントを取る古参オタなんて一番クソだろ」




 知識量があっても、その知識をテメェの薄っぺらい自己顕示欲を満たす為にひけらかす奴にコンテンツ愛があるとは言えないし、逆に多少知識が足りなくても楽しそうに熱中している奴の方が“良いファン”である事も多いんだ。

 大体、好き嫌いの方向性はあっても、そういう気持ちの定義って個人個人で全然違うじゃんか? それを暗記テストみたいな方法だけで無理やり格付けし合うのってスゲー不毛だと、俺は思うんだよね。




 後、何かにつけて「向上心が~」とか「プロとしての心構えが~」とか言う奴な。

 仕事にしろ趣味にしろ初心者相手にウザい根性論語るんじゃねぇよ。テキストやマニュアルの内容を完全暗記してない奴はやる気なし判定とか馬鹿じゃねーの。

 そんな器のちっちゃい奴らがのさばっているから、世のブラック企業が(以下略)





「うーんと、ゴメン凶さん、途中からなんの話?」

「……お前はそのまんまでいいよって話」





 おー! と遥の目が一際綺麗に輝きだす。



「凶さんは心が広いねぇ」

「わはは! もっと褒めてもいいぞ!」




 そんな感じで俺達の四方山よもやま話が温まって来たところに、ぷるぷる星人がやって来た。




『遥サン、凶一郎サン、お二人の座る椅子ができました!』



 ヤルダ三三六の案内に従って視線を移すと、そこにはとても見事なアームチェアが二つ並べられていた。




『みてみてー、とっても上手にできたよ!』

『ボクたちいっぱい頑張りました! 誉めてください!』

『座って座ってー』



 ぴょんぴょこと跳ね回るぷるぷる星人に導かれるまま、俺と遥は肘掛け椅子に腰を下ろす。



「うん、いい感じ。作ってくれてありがとう、ぷるぷるさん達」



 遥がリラックスした表情で目尻を下げる。


 そしてその言葉を待っていたとばかりに歓声をあげる無数のヤルダ達。



 前人未到を越えた先に辿り着いた第二中間点の夜は、こうして穏やかに過ぎ去っていくのだった。






―――――――――――――――――――――――



補足

 ・天啓はボスクラスの討伐でドロップする特殊アイテムですが、

これを落すのは最終階層守護者や突然変異体といったいわゆる

ボスキャラのみに限られます。

 死魔の扱いは所謂いわゆる中ボスなので、頑張って倒しても

天啓は落ちないのです。残念っ。


 ・プルプルさん達自体は、かなりの万能チートキャラですが、作れる物に制限が課せられています。

 家具や建物、インフラ設備などにおいては無類の汎用性を誇る一方で、武器や回復アイテムなどは基本的に初期装備レベルまでしか作ってくれません(ただし、好感度を上昇させた上で特定のイベントをこなすと特別なアイテムを作ってくれたりはします)。

 見た目も役割も、○うぶつの森に出てきそうなプルプルさん達だと思っていただけたら幸いでございます。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る