第二十五話 前人未到を目指して







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「歓楽街エリア」




 二日目の朝、俺は朝早くに借り家を出て歓楽街エリアに向かっていた。


 理由は端的にいって、買い物だ。

 昨日の夜、修学旅行みたいなテンションで遥とはしゃいでいたら今日の食料を買い忘れたのである。


 中学生らしいといえば中学生らしいのだが、向こうにいたころの俺の年齢はゲフンゲフン。……きっと中坊と融合したから精神も引っ張られているのだろう。そういう事にしとこうぜ☆



 とまぁ、かくも幼稚な理由で回って来た昨日のツケを払うべく、俺は一人さびし楽しく食料調達中という分けなのさ。


 遥はどうしたのかって? あいつは今も自分の部屋のベッドの中だよ。

 というかついさっき午前六時を迎えたばかりの早朝時にわざわざ起こすのも悪いなと思って、そのまま放ってきた。


 まぁ、あのワクワク娘も、この程度の単独行動に一々目くじらを立てたりはしないだろう。

 念の為、リビングに置き手紙をしたためておいたから、変なトラブルも起こらないはずだ。



 こういう時、スマホが使えれば楽だったのに、とつくづく思う。


 五大ダンジョンの様な例外を除いて、基本的に電波を介するアイテムは、ダンジョン探索で役に立たない。


 基地局サーバーがないからだ。


 俺達が日ごろお世話になっているテレビやスマホも、肝心かなめの発信源がなければ途端とたんに光る事だけが取り柄の物言わぬ箱になってしまう。


 体験してみて痛感したのだが、電波のない世界ってかなりつらい。



 《思念共有テレパシー》を利用した通信革命が起こるのはもっと先の話だし、現状はどうしようもないのだが、それでもあの光る箱が使えない事に軽いストレスを感じてしまう。


 どうしようもなくらいに、俺はスマホ世代の人間だった。



 ……あー、WEB小説が読みたい。こっちの世界のエンタメ界隈かいわいもあっちに負けず劣らず面白いんだよなぁ。



 自分の内からあふれ出す即物的な欲求に悶々もんもんとしながら、頼りない足取りで橋を渡る。


 そこから更に少し歩いてようやく目的の場所へ。おっ、見えてきた見えてきた――――ってなんじゃコリャ?



「完全に別物じゃねえか」



 閑静な街並み。

 影も形もない屋台の群れ。

 人の往来も驚くほど少ないし、何より誰も騒いでない。

 

 当たり前といえば当たり前なんだろうが、白んだ朝焼けに照らされた明け方の歓楽街は、夜の雰囲気からは全く想像できない程落ち着いていた。


 地図を開き、道を確認しながら不自然なくらい綺麗な通りをひたすら進む。


 そして五分後、俺は無事目的の店に辿り着く事が出来た。

 


 桜の花びらの形をしたロゴマークの下に書かれた『桜花冒険者組合ギルド公認店舗』の文字が示す通り、ここ“サクラギ”は、桜花の冒険者ギルドが各ダンジョンの中間点に設置している総合ディスカウントストアだ。



 店員から配送業者まで全員冒険者ライセンスの持ち主で構成されており、その豊富な品ぞろえとサービスの良さから桜花の冒険者にとってなくてはならない存在として愛されている……というのがゲーム内での設定だった。


 実際、客にとっては居心地の良い店なんだろう。

 桜色を基調とした店の外観は掃除が行き届いているし、店舗内の整理整頓具合も気合が入ってる。

 店の中を忙しなく動き回る店員さんの動きも機敏きびんで、客として訪れる分には本当に素晴らしい店だと心から思う。



 ……けどなぁ。これ絶対、店側の負担が半端ないよなぁ。


 ネットが繋がらないダンジョンの中間点でこれだけのクオリティを維持するのって本当にブラッ……大変な事だ。


 あっちの世界で学生時代に似たような店でバイトしてたから分かるけど、大きめのディスカウントストアってマジで忙しいからな。


 その更に上の二十四時間営業ハードモード仕様と考えるとここの店員さん達は下手な冒険者よりもよっぽどタフなのかもしれない。


 俺は心の中で彼らに尊敬と感謝と僅かばかりの共感をささげながら、できるかぎり仕事の邪魔にならない足運びを意識しつつ店内をめぐった。


 缶詰やおにぎり、更にはカップ麺といった定番の保存食品をいくつか入れつつ、それだけでは健康に悪いので幾つかの生鮮食品をかごに入れる。


 ダンジョンの中で肉や野菜が買えるというのは本当にありがたい。

 噂に違わず、商品のラインナップもバラエティに富んでいて、これなら三食バランスの良い献立を組む事ができそうだ。



 さて、次は調味料の方を……



「……っと」

 



 丁度野菜売り場を抜けだそうとしたタイミングで、運悪く現れた他の客とぶつかりかけた。



「大丈夫ですか!?」



 接触はなかったはずだが、万が一という事もある。


 俺は振り返りながら、状況の確認と謝罪の言葉を紡ごうとして



「えっ?」




 瞠目どうもくした。



 銀髪のツインテール、ノワールカラーのゴシックドレス、そして特徴的な紅の瞳。




『キャハハハハッ、キャハハハハハッ』




 知っている。知っているとも、その顔を。




『みんな、みーんな痛めてアゲル、傷つけてアゲルッ! 苦しめてアゲルッ!! 消し去ってアゲルッ!!!』




 故になぜ、という疑念が真っ先に頭をよぎった。





『だから、ねぇしっかり泣き喚きナサイッ。無様ヲ晒してこの■■■■ヲ楽しまセルノ。それが、無能デ無価値ナお前達に許された唯一のあがなイヨ。キャハッ、キャハハハハッ、キャハハハハハハハハハッ!』





 なぜだ。どうして“彼女”がここにいる?




「あの、君は」


「…………大丈夫、こちらの不注意。気にしないで」




 それだけ告げて銀髪の少女は、去っていった。


 時間にしてわずか数秒にも満たない短い会話。日常生活を送っていれば、誰もが一度は経験した事があるであろう瑣末さまつに過ぎないすれ違い。


 ぶつかりそうになって、俺が謝り、彼女が大丈夫と頷いた――――そんな“普通”を、“普通”であった事を、俺の脳は“異常”であると判断した。



 


 どういう事だ? わけが分からない。いやそもそも、俺の知っている“彼女”であれば、




 顔も、声も、服の趣味すら一致しているというのにパーソナリティが全く違う。


 双子? ドッペルゲンガー? いやいやそんな設定はなかったはずだ。


 ならば一体、あの子は誰だというのか。



 頭の中の設定資料とフローチャートを総動員させて、この時間軸における“彼女”の可能性を虱潰しらみつぶししに探り続け、そして



「まさか」



 そして辿り着いた最も確度の高い解答を前に、俺はただ茫然ぼうぜんと立ちつくす事しかできなかった。



 





◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「住宅街エリア」





「悔しいけど、やっぱり文明の利器って偉大だわ―」




 テーブルの上に並べられたシュガーバタートーストをつまみながら、寝起きの遥さんがそんなことを仰った。




「ベッドで寝れて、お風呂も入れて、しかもこんな素敵なモーニングセットまで出てくるなんて――――至れり尽くせりが過ぎて、ここの子になっちゃいそう」

「馬鹿な事考えてないでさっさと……いや、お前の場合はよく味わって食べなさい」



 カップに注がれたミネストローネに口をつけながら、形ばかりの注意を入れておく。おっ、うまい。トマトの酸味と仕上げの粒胡椒こしょうがいい感じに噛み合ってる。



「こんな気合の入った朝ごはんで餌づけしておいてそれはないよー。ていうか、凶さんって料理できたんだね」

「姉さんの手伝いをしてたら自然にな」



 最初は姉さんの負担を少しでもやわらげるために台所に立っていたのだが、気づいたらすっかりハマってしまい、今ではすっかり特技の一つになってしまった。



「あたしはその辺からっきしだから、普通に尊敬しちゃうな―」

「そうなのか? 妹さんとかすっごい上手そうなイメージあるけど」

「? なんで急に彼方かなたの話?」



 しまった。うっかりダンマギオタクの血が反応してしまった。



「いや、別に他意はないよ。本当に根拠のない勘みたいなもんで」

「ふーん……、まぁいいけど。でも実際、凶さんの推理は合ってるよ。ウチの妹の料理チョーおいしいの。身内贔屓びいきなしでお店が開けるレベル」



 そうなんだよなぁ。かなたんってヒロインの中でもトップクラスに料理ができる子なんだよ。

 確か自身のルートでは、「簡単な物だが」とかいって主人公に懐石料理を振る舞ってたっけ。……うん、それは色々と重いよかなたん。




「で、凶さんや。今日の予定はどちらまで」

「あー、そうだな。とりあえず当初の計画通りここの最深記録を塗り替える」



 俺の大言壮語を聞いた遥の口元が三日月のように歪む。悪そうな笑みなのだが、唇の端にサラダドレッシングがついていたので台無しだった。




「前人未到の攻略かぁ。いよいよって感じだね。でもさ、凶さん。第十層が誰にも攻略されてないのにはワケがあるんでしょ?」

「あぁ。当然その点は織り込み済みだ。――――織り込んだ上で、今日中に十層を攻略する」

「秘策があると?」

「秘策って程のものじゃないさ。ただ覚えたてのスキルを使う、それだけで噂の試練は突破可能だ」




 サラダの中に入っているスライス状のゆで卵を飲みこみながら、大丈夫だと親指を立てる。



 なにせこの数週間、その為だけに自分の息子を邪神に捧げてきたんだ。ここで成果を出さなきゃどうするよって話。




「じゃあ少し早いが、話のついでに対十層に向けたブリーフィングもやっとくか。まずボスの特徴だが――――」




 俺は事前に仕入れておいたもとに、十層の試練の内容を遥に語った。



 十層のボスは、六層行きのポータルゲート前に注意喚起の張り紙が貼られる程に悪名が轟いている。



 だから俺が奴の情報を知っていても、なんらおかしな事ではないし、仮に少し知り過ぎていたとしても、きっと誤差や噂の範囲で片付けられるだろう。



 俺はボスの体力、術妓、特性、行動パターン、更には弱点や試練の抜け穴をあますことなく遥に伝えながら、同時に本番用の対策プランを複数個提示する。



 自画自賛する訳ではないが、十層の攻略法は安全かつ迅速な仕様に仕上がっている。しかも独りよがりの結論ではなく、ちゃんと邪神アルのお墨付きをもらった良策だ。


 だから当然、快諾されるものだと思っていたのだが



「うわ、凶さん悪趣味ィー」



 返ってきたのは、若干引き気味のジト目だった。




 おい待て、遥よ。いつも散々無茶苦茶サイコやってるお前が引くのは卑怯ズルいだろ。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る