第二十四話 夜を歩こう
◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「住宅街エリア」
一通り借り家の調査を終えた後、俺達はそれぞれ自分の部屋を
意外だったのは遥が洋室を選んだ事だ。
蒼乃の家は純和風の建物だった筈だから、てっきり和室を選ぶものだとばかり思ったのだが……。
「分かってないなあ、凶さんは。ウチに帰ればいやがおうにもお布団生活なわけですよ。だったらこっちにいる時くらいベッドで休まないと損じゃんか」
とレンタル品のベッドの上で、わちゃわちゃとはしゃぐ遥さん。
こういうのは損得じゃなくて相性の問題だと思うのだが、まぁ本人が楽しそうしているんだしそれで良いのだろう。
「じゃあ一時間後にリビングな」
「あいあい」
待ち合わせの約束を交わし、そっと部屋のドアを閉める。
さて、ここからはしばらく自由行動の時間だ。
俺は遥が選ばなかった方の部屋に自分の荷物を下ろし終えると、そのまま備え付けのベッドに腰掛けてボーっとする事にした。
アイツには巣作りなんて言ったけれど、実の所この借り家には、契約の段階で必要な家具一式を揃えておいたのだ。
ベッドに机、冷蔵庫に装備置き場、更には空気清浄機やエアコンまで完備されているこの簡素な部屋は、さながら小さな王国とでもいった所か。
バッグからすっかり温くなった炭酸水を取り出し、キャップを開けて口に含む。
「あー、つかれたー」
炭酸混じりの呼気を吐きながら、白塗りの壁にもたれかかる。
言霊というものは本当にあるらしい。疲れたと口に出した瞬間から、異様に身体が重くなった気がした。
無理もない。
なにせ朝の九時からここまでの間、ずっと重い荷物を背負いながら広いダンジョンを探索していたのである。
精霊との契約(プラス日々の筋トレ)によって肉体が幾分人間の限界を越えているとはいえ、それでも疲労は溜るし、眠くもなるのだ。
だからこの一時間は久方ぶりに訪れた安息の時であり
『おや、生きていたのですかマスター』
それを邪魔する権利は、たとえ天下の時の女神様であってもノット&ギルティだと思うのですがそこんところどうお考えなんですかね、えぇ。
『おうおう、随分と遅いご登場じゃねえかアルさんよ。今日のハイライトはとっくに終わってるぜ』
『文香とのデート中に、血なまぐさい戦闘シーンなど拝みたくはなかったので回線をシャットダウンしておりました。悪しからずです』
それに、と《思念共有》を通して伝わるアルの心が言った。
『この私が一年以上の時間をかけて鍛え上げたのです。今更下層程度の敵相手に、マスターが苦戦する道理などありません』
『お、おう』
なんだよ急に褒めてきやがって。くすぐったいじゃねぇか。
『相変わらずのチョロさですね、マスター。扱いが
『うるせぇ』
これから成長していくんじゃい。
『で、そっちの方はどうだったんだよ。姉さん、楽しんでたか?』
『えぇ、まぁ。いくつか評判の高級料理店を
『うんうん』
『しかしながら、あぁいう店舗は一品の量が少ない為我々の胃袋を満足させるには至らず、かといって非常識な量の注文を頼むのもマナー違反だと
……ん?
『山盛りの野菜、煮豚のタワー、背油の海に、トッピングメニューのオールスター。麺は極太の縮れ麺で、味はとんこつベースの醤油テイストです。当然全てマシマシにした上で更にデラックスチャーハンとジャンボギガギョーザも頼みましたから、
『おい待て。もしかして姉さんも同じ奴頼んだのか』
『文香は違いますよ』
良かった、とホッと胸をなで下ろす。
そうだよな。最近色んな疑惑が出ているが、姉さんは普通のJKなんだ。そんなフードファイターみたいな真似する筈が
『文香はあの店の絶対王者ですからね。当然頼むメニューはチャレンジメニュー一択です』
する筈が
『机一つを平気で占拠する様な巨体ラーメンを上品かつ流麗に平らげていく姿は、まさに職人芸でした。食を愛するものとして文香、いえ“FUMIKA”のフードスタイルには敬服の念を抱かずにはおれません』
…………。
『恐らくこの街で彼女に比肩する人物は、
『この話、止めにしない!?』
クソ、なんだよこのミッシングリンクが繋がる感じ。てか、どうして俺の周りに早食いと大食いの女王様が集まってんのさ。ジャンル違いも
『……! この
『話を広げようとするな!』
収集がつかない。全然、収集がつかないよ。
◆
「やぁやぁ凶さん。一時間ぶりですな」
一時間後、丁度ぴったりの時間に遥がリビングに現れた。
「着替えてきたのか」
「そりゃねー。遥さんとてオフの時間くらいは防具外しますよ」
と、めかし込んだ姿で微笑する恒星系。
薄い亜麻色のチノパンに白のタンクトップ、そしてお気に入りの蒼をジャケットに添えた姿は、ラフながらも品があり、遥の持つ魅力を自然に引き立てている。
「素材がいいっていうのもあるんだろうけど、毎度毎度服選びのセンスが秀逸過ぎて驚くわ」
「えへへー、ありがとう。凶さんのそういう所、いいと思うぞー」
顔が沸騰しそうになったので急いでそっぽを向く。たまに胸がキュッとなるような事口にするんだよな、こいつ。
「あーっと、それじゃあ飯食いに行きますか」
「いくー」
戸締りと財布の確認を済ませ、いざ外へ。
「なんか新鮮だね、こういうの」
「まぁ、中学生がダンジョンに家借りるなんて超レアケースだもんな」
俺達より若くしてライセンスを取った冒険者は沢山いるのだろうが、そういう
だからどこの後ろ盾も持たず、中坊だけのパーティでここまで来れているというのは、中々どうしてすごい事なのである。
しかし、彼女のいう“新鮮”とは、どうやら違う意味合いを含んでいたらしい。
「うん、それもそうなんだけどさ。あたし、こうやって夜の街を同年代の子と歩いた経験全然なくて」
と、恥ずかしそうに頬をかく遥。
街の外灯に照らされたそのかんばせは、溶けかけのビターチョコレートのような温い苦みを秘めていた。
夜、といっても時計の針は、まだ八時にもなっていない。
そりゃあ中学三年生が出歩いていて褒められるような時間ではないだろうが、さりとて補導される程の深夜でもないだろう。
塾や部活の帰り道、友達と背伸びして行ってみた遠くの場所、認めたくはないが、リア充属性ならば好きな人とのデートという線もあり得なくはない。
何気なく他愛ない話をしながら、時に喧嘩をしたり、相談に乗ったり、あるいはドキドキしたりしながら歩く夜の街。
そういった経験ないというのは、もしかしたらちょっとだけ寂しい事なのかもしれない。
少なくとも遥の美貌に張り付いた感情は、ソレを確かに
いいなぁ、と。薄暗い鳥かごの中で、外に広がる青い春を見つめる蒼の少女。
そんな姿がありありと想像できてしまったから、俺はとっさに声を上げたんだ。
「なら、これから増やしていけばいいじゃないか」
おどけた風に笑いながら、なんてこともないような声色で語りかける。
「別に大した用事じゃなくていいんだ。小腹が空いたとか、夜風に当たりたいとかそんな形の理由にもならない思いつきで夜を歩こう。
もうすぐ高校生なんだし、ちょっとくらい背伸びしても
そうさ、遥。お前はもう、自由を勝ち取ったんだ。ワクワクする事、ドキドキする事、いっぱいあるんだろ? だったら、それを片っ端から叶えていこうぜ。必要なら俺も力を貸すからさ。
「……うん、うん! それはなんだか、とっても素敵な
「あぁ、きっと楽しいぞ」
短く頷いて、少しだけ照れくさそうに笑い合いながら、そうして俺達は夜の街を歩きだした。
見上げる空の偽物は、本物よりも綺麗な星が瞬いていて、なんだか頭上が少しだけ騒々しい。
けれど、街中に灯る色とりどりの外灯が更に
赤、青、黄色、オレンジ、緑、ピンク、白に紫。
様々な色の光が町中を華やかに照らしていて、まるで近所の夏祭りに顔を出しているかのような錯覚を覚えてしまう。
別に
住宅街を抜け、人工(というよりも中間点の地形操作機能を利用した)河川に架かる橋を渡って歓楽街エリアに入ると、その傾向はより顕著なものになっていた。
「らっしゃい、らっしゃい! りんご飴味のポーション売ってるよ!」
「どうだいお客さん、ウチの霊石クジはハズレなしだよ。しかも特賞は、あのアレイスター社の新作だ! ノーリスクハイリターンの霊石クジ、やらなきゃ絶対損だよー!」
「パーティのマッチング会場はこちらでーす! 現在ヒーラーが不足しておりますので是非ご参加くださーい! 他のロールの方も大歓迎でーす!」
屋台にテキ屋、それにパーティの
これは、もうまさしくといった感じだ。
「すごいよ凶さん、お祭りやってる! 今日ってなにか特別な日? だとしたらあたし達すっごくラッキーだね」
「どうだろう。俺も詳しい事は分からないけど、多分コレがこの街の日常なんじゃないかな」
『常闇』は、十層にいる糞ボスが理不尽ム―ブかますせいで
恐らくそのせいで、本来であれば中間点毎に分かれる筈の冒険者達がこの区画に集結しているのだろう。
理由があってクリアされていないダンジョン――――ダンマギでは良くある話だ。
「先へは進めない、だけどここでしか手に入らない特殊な精霊石を沢山集めたいっていう板挟み的な思考をもった冒険者達が副業感覚で店を出してるってのでは、っていうのが俺の私見」
「おー! つまり毎日がお祭り騒ぎってわけだね!」
「……ソダネ」
その大ざっぱなまとめ方、俺は好きだぜ遥よ。
「ねーねー、折角だし見て回ろうよ」
「
「いいねいいね! 今日くらいはそうしちゃおっか」
そんなわけで俺と遥の夕食は屋台の買い食いとあいなった。
たこ焼き、牛串、焼きそば、ケバブ、じゃがバターに焼き鳥、たい焼きやリンゴ飴、焼きトウモロコシもわたあめも制覇して、チョコバナナもソースせんべいもかき氷も食べ尽くした俺達は、この日この街を一番堪能していたと思う。
少なくとも“蒼い流星”の食いっぷりは伝説に残るレベルだった。
「あーあ、こんな楽しいイベントがあるんだったら、家から浴衣持ってくればよかったな―」
ぽんぽん、と射的の景品で手に入れたチョン・チョン君人形を撫でながら、遥が残念そうに目を細める。
「そんなもんか? ここの連中、誰も浴衣なんて着てなかったぞ」
「分かってないなぁ、凶さんは。風情だよ、風情。周りがどうとかじゃなくてあたしが感じたいの」
ふむ。さっぱり『風情』の基準が分からん。それっぽければいいのだろうか?
「じゃあ、花火なんてどうだ? 季節感はゼロだが祭りっぽくはあるだろ」
「花火は熱いね! こう、この辺に
……うん、あたし的にはすごく風情がある」
うっとりと頬を染めながら遥が見つめる空の先には、きっと幻想の花火が咲き誇っているのだろう。
「遥って、案外こだわりが強いタイプなんだな」
「強いかな―? でも形は結構大事にするかも」
「でもって根っからのロマンチストと」
「だねー、ワクワクするの大好き」
良い事だ。そのままスクスク真っ直ぐと成長するのじゃぞ、遥よ。
「なんか凶さん、ジジ臭い」
「何をいうか。心はいつまでも
「
「あっ、うん。中二というか厨二というかそういうスラングがあってさ――――」
中学生に厨二の語源を説明する。これほどの羞恥プレイが他にあるだろうか。
「えぇっ? どうしてその人は何の能力もないのに“暗黒の邪天使”の生まれ変わりだなんて
「その時はカッコいいと思ってたんだよ!」
いや、ないだろう。
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