第二十六話 判決は、死罪の後に(前編)













◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』




 十層までの道中は、これまでの冒険となんら代わり映えのしないものだった。



 いや、出てくる敵の種類や道なりには色々な変化があったよ。



 だけど、敵は結局基本スキルも使わずにワンパン可能な奴らばかりだったし、フィールドの方も俺達の体力スタミナに響くレベルのものではなかったのだ。

 


 変化はあった。

 だけどその変化が俺と遥にとっては些細ささいなものだったから、結果として代わり映えがないように感じてしまったのだと思う。



 楽勝だとか無双し過ぎて俺ツエーなどとおごたかぶった天狗になるつもりはないけれど、正直余力は相当残っていた。


 途中、気合いを入れ直す意味も込めて、遥に軽い剣術稽古をつけてもらった程である。




「凶一郎の剣は、いい意味で誇りがないね。完全に“手段”として割りきってるから変な癖がない」



 良い先生に教えてもらってるね、と素直な言葉で誉めてくれる人類最高峰の剣術使い。



 “良い”先生か。



 確かにうちのアルさんは、優秀な指導者である。


 指導は的確だし、教える内容も幅広い。

 俺がたった一年の間にここまで強くなれたのも間違いなくあいつがそばにいてくれたからだ。



 けれども、奴が優しい人格者かといわれたら答えは確実にノーだろう。


 パワハラ、ロジハラは当たり前、理不尽な金的たいばつもあるし、基本訓練メニューは俺が壊れないギリギリのラインで攻めてくる。



 ……うん、向こうの価値観でとらえたら、間違いなく悪い先生だ。

 ネットの正義マン達にこぞって叩かれる様が目に浮かぶ。



 しかし、郷に入っては何とやら。

 強さや生産性が第一とされる『精霊大戦ダンジョンマギア』の世界において、奴の教育方針はやり過ぎのきらいこそあれ、格別そしられる程でもないのである。



 そもそも、“こちら”と“あちら”では命に対する価値観が全然違うわけだから、あちらの物差しで測るのはナンセンスなのだ――――けれども、だからといって自分の息子を無表情で蹴ってくるあの邪神様を肯定するのは間違っていると思うし、かといって奴のおかげで強くなったのも厳然たる事実なわけで――――うーむ、堂々巡り。




「優れた先生だとは思うよ、でも全然優しくない」


 


 結局、行き着いた答えはそんな当たり障りのないの台詞せりふだった。



 優れているけど、優しくない。

 完璧な正解とはいえないだろうが、奴の要旨ようしおおむね押さえた言葉だと俺は思う。


 

 でも、あれでアイツも案外……いや、いい加減キリがないので話を進める事にしよう。



 なんだかんだでそれなりに冒険を満喫した俺達が、十層への転移門を見つけたのは午後四時過ぎの事。



 入りが昨日よりも遅かったのに、到着までの合計タイムが大幅に更新されたのは、日課のランニングの代わりとかいって遥と一緒に六層七層を爆走したのが功を奏したのだろうか。



「というわけで、やって参りました十層前」



 いえーい! と無駄に元気な遥さんと謎ハイタッチを交わす。


 前人未到の試練を前にしてこのノリだ。頼もしい事この上ない。



「んじゃ、手筈てはず通りに頼むぜ」

「了解。凶さんもしくじるなよー」



 よっしゃ行こかと軽い足取りで前進する中坊二人組。

 まとう空気はほとんど平常時と変わらず、まるでこれから修学旅行にでも行くかのようなゆるさである。



「おい待てアンタ達! 一体どこに向かおうとしてるんだ!?」



 突き刺すような怒号が鳴り響く。


 振り返ると、血相を変えてこちらに向かってくる色黒の男性の姿が目に飛び込んできた。




「その先は未踏破区域だ。悪い事は言わん。引き返せ」

「……冒険者組合の方ですか?」

「違う。だが、“燃える冰剣Rosso&Blu”の末端を担う者だ。この意味が分かるか?」



 「分かりません!」と正直に告白する遥さんの口元におにぎりを突っ込みながら、俺は神妙な顔でうなずいた。



「“燃える冰剣Rosso&Blu”といえば、五大クランの一角ですよね。最大手さんが、なぜ俺達みたいな木端のパーティに忠告を?」

「これから死にに行こうとする若いのを止めるのに、ご大層な理由は必要ねえだろ。いいか、この先に足を踏み入れたら間違いなく死ぬぞ」



 険のある口調で俺達を威圧する黒肌の男性。恐らく心底からの親切心で俺達を引きとめようとしてくれているのだろう。



「今までアンタ達のような若くて血気盛んな連中が何人も“試練”に挑戦し、そして一人残らず死んじまった。わかるか? 一人残らずだ。今その紫の扉をくぐっちまったら、アンタ達も必ず同じ目にあう。勇気と無謀を吐きちがえるな。度胸試しならよそでやれ」



 ありがたい事だし、先輩の優しさに報いたいという気持ちもある。だけど




「忠言、痛み入ります。十層の事は俺達も調べたつもりでいましたが、貴方の話を聞いて、より一層身が引き締まりました。

ありかとうございます、先輩。貴方は俺達を必死になって止めようとしてくれた。だからこの先で俺達に何があってもそれは貴方の責任ではありません。俺達の責任は、俺達自身が取ります。――――では、またどこかで」




 深々と頭を下げて、そのまま一気に紫渦の扉を駆け抜ける。並走する恒星系、悲痛な叫びを上げる先輩冒険者。


 人としての尊敬の念と、一抹の申し訳なさが胸をひりつかせるが、最も強く去来した想いは酷く冷めたものだった。



 成る程、フラグは“燃える冰剣Rosso&Blu”に立ったか。



 俺は今後の展開の予想を立てながら、次元と次元の狭間を通過する。



 そしてその先に待っていたものは


 





◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十層







『よくぞ参った咎人よ』






 大型の立方体部屋、壁一面に敷き詰められた無数の棺桶と不自然に漂白された床。



 そんな不快指数の極めて高い病み部屋の中心に、枯れ木のような男が立っていた。



 男の身長は二メートルを軽く越え、二十センチ、三十センチ……下手したら五十センチに届くかもしれない程に

 もしも奴の身体に人並みの“肉”がついていたら、きっと“巨体”と形容するにふさわしい大きさの化物に仕上がっていた事だろう。


 しかし、眼前の怪人に肉と呼べるものはほとんどない。



 あれはそう、皮だ。骨に皮をつけて、その上から更に白い包帯を巻いているのだ。


 棒人間に最低限の輪郭だけつけて、全身を包帯でぐるぐる巻きにした奇人――――それがこの部屋の主を表すのに最も適した言葉だった。



 高く、細く、そして声だけは理知的な男声の包帯ミイラ。


 奴こそが十層の主であり、ダンジョン常闇の停滞を招いた元凶に他ならない。


 名はシンプルに“死魔”、またの名を――――




『我が名はアストー・ウィザートゥ。汝ら咎人を裁く魂の運び手にして死出の番人。

さぁ、咎人よ。この先に進みたくば、我が裁きを受けよ』

「裁き、ね」



 ゲームで、そしてこの世界に来てからも何度も見聞きしたから知っているのだけれども、一応確認と礼儀の意味を込めて意味をたずねる。




「一体全体、何の罪で俺達は裁かれるんだ? 後、当然弁明の機会はあるんだよな?」

『咎人の罪とは在る事なり。故に我は死をもって咎を清めん。汝らの身が真に潔白であるのなら、自ずと道は開かれるであろう』



 奴の仰々ぎょうぎょうしい弁舌べんぜつを聞き終えた遥さんが、難しそうな顔で小首を傾げた。



「ねぇ、凶一郎。何言ってるか全然わかんない」


 うん、そうだね。言葉遣いが堅過ぎて最早ただの厨二病だもんな、アイツ。




「えーっと、ものすっごい噛み砕いて説明するとアストー・ウィザートゥさんは

“お前達はいるだけで邪魔だからこれから殺すね。もし僕のスーパーパワーに耐えられたら通してあげてもいいよ”とほざき散らかしております」

「ふむふむ…………って滅茶苦茶身勝手なこと言ってんじゃんあのノッポ!」

「そうなんだよ。無茶苦茶なんだよ」




 ダンマギのボスキャラは大体「こんにちわ! じゃあ死んでね!」の精神で襲いかかってくるから普通といえば普通なんだが、このミイラ男の場合、一見理性的にみえるから性質タチが悪い。



 なんだよ“在る事が罪”って。完全にゲームジャンル間違えてんじゃねぇか。



 ……まぁいい。郷に入れば何とやらだ。



「分かったよ。んじゃ、まずは俺から裁いてくれ」

『良かろう、前へ』



 ミイラ男の枯れ枝のような手が俺を指す。



 突然の浮遊感――――否、本当に浮いているのだ――――そして次の瞬間俺の身体は、強制的に奴のいる方角へと突き飛ばされた。



「っ!?」


 大の字の形で宙を飛ぶチュートリアルの中ボス。傍からみれば相当間抜けな絵面だろう。実際、後ろから遥さんの爆笑ボイスが聞こえてくるんだから間違いない。……後で覚えておけよ恒星系!



『止まれ』

 



 丁度、死魔の手前まで来たところでストップの号令が下る。

 奴の指示に従って、俺の身体は緊急停止。ぐえっとカエルのようなうめき声を吐きだしながら大の字状態で空中浮遊。


 恥辱プレイにも程がある。



『捕らえよ』




 そして全然嬉しくない事に、死魔のはずかしめはまだ終わっていなかった。


 左右の壁面に飾られた棺桶から突如飛びだす無数の黒縄。それらが俺の四肢を締め上げ拘束したのである!





「筋肉だるまの縛りプレイとか、誰得なんだよ」

『損得の話ではない。貴様が逃げ出さぬよう緊縛きんばくしたまでのこと』



 すかした声で危ない台詞を吐くんじゃないよ。くそっ、完全に同人誌みたいな展開じゃんか。ならばいっその事――――!



「くっ、殺せ!」

『元よりそのつもりだ』



 「ぶふぉっ!」と後ろで盛大に吹き出す遥さん。よしよし、奴の腹筋に一発デカイのをかましてやったぜ。一度言ってみたかったんだよなぁ、くっころ



 



『それでは、これより試練さばきを始める』






 










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