第十七話 八島グレン






浪漫ろまん工房『ラリ・ラリ』




 『ドヴェルグ』と店の看板には書いてあった。由来はおそらく北欧神話の鍛冶妖精からだろう。


 随分ずいぶんまともな店名だ。まとも過ぎて逆に怪しくなってくる。もしかしたら『ドヴェルグ』という単語に俺の知らない意味でもあるのだろうか。




「あー、安心してー。ウチの屋号に変な性癖とか入ってないから」



 からからとこの店の店主であるグレンさんが笑う。どうやら俺の不安はハッキリ顔に出ていたらしい。



「すいません。このビルに入っている店って、その……独特ですから」

「それなー。あいつら変態きもいをステータスだと思ってる節があるからマジ勘弁」




 凶一郎君も苦労したっしょ、と苦笑しながら慣れた手つきで店のシャッターを開いていくグレンさん。

 極めて常識的な対応だ。とても変態の巣窟の住人とは思えないが……信じてみてもいいのだろうか。




「まぁ、でも根は良い奴らなんだよ。話してみれば割かし面白いし。純粋っていうか、愛せるバカっていうかー? まぁ凶一郎君も無理のない範囲でスルーしてやってよ。仲良くなれば結構まけてくれる系が多いから」



 シャッターが完全に開き、暗闇に包まれた店内が露わになる。


 「ちょっと待っててねー」と店の奥の方へと消えていくグレンさんを見送りながら、俺は強い確信を抱いた。



 この人、ちゃんとまともだ!


 心のガッツポーズが止まらない。大人だ。変態じゃない大人がいる――――たったそれだけの事が、どうしてこんなに嬉しいんだろう!



 ていうか、あんな百点満点のフォロー見せられたら、こっちがキュンキュンしちゃうじゃんか。

 ギャルなのに大人とか、もうそれギャップの大量破壊兵器だからねコンチクショウ!



「…………」

「なんだよアル」

「いえ、発情期の豚のようだな、と」




 純度百パーセントの悪口が俺の脳に冷や水をかけた。

 えっ、なんで俺のむねの内が分かるんだコイツ。《思念共有》はさっき切ったはずだぞ。

 


「心の内など読まずとも、マスターの童貞臭はしたない妄想の類は、全てその悪人面に書きこまれておりますゆえ

「マジで!?」

「大マジです。知己のものなら大抵読めるレベルです。……もしかして、自覚がなかったのですか?」

「なかったよ!」



 羞恥心と防衛本能が悲鳴を上げ、反射的に顔を隠してしまう。



 やべぇ、滅茶苦茶恥ずかしい。


 というかコレ普通に危ない欠点じゃん。

 要するに読心の逆バージョンって事でしょ? なにそのゴミみたいな体質。どうしよう。仮面とかつけたらバレなくなるかな。



「そんなバカな理由で仮面つけるキャラクターなんて前代未聞ですよ」

「やめて! それ以上心を読まないで!」



 どんだけダダ漏れなんだよ俺!








 数分後、明かりの灯った店内からグレンさんが帰ってきた。




「おまたせー。さっ、入ってよ。ここがあーしの工房でーす」



 ほんのりドヤ顔なグレンさんの後に従いながら店内をゆっくり見て回る。

 暖色系の光に照らされた大人ギャル職人の工房は、彼女のアゲアゲな見た目に反して非常に「武骨」な印象を俺に与えた。


 いや、「武骨」だと少し語弊があるかな。えーっと、質実剛健、整理整頓、ちゃんとしている――――そう、「ちゃんとしている」だ。



 ショーケースに並べられた武器の数々はどれも華美かびな装飾が施されていないし、売り物の説明欄も一枚一枚丁寧に書き込まれている。

 なんていうか、グレンさんの気配りが店中に行き渡っているんだよな。

 変態達の巣窟で廃れてしまった俺の心には、その優しさが染みてしょうがないよ、全く。



「今日買うのは凶一郎君だけで良いんだよね」

「はい」



 アルは『異界不可侵の原則バリアルール』という誰得ルールのせいでダンジョンに入れないからな。残念だが俺が体を張るしかないのである。



「なに系が好きとかあるー? ウチは手広く扱ってっから色々選べるよー」

「うーん、そうですね」



 好みの武器の系統か。

 単純な好悪で判断するならば、そりゃあ王道の剣とか刀が好きだが、ここで求められる「好き」は違うよな。合うか合わないか――――つまり、俺のパフォーマンスを最大限に引き出し、そしてパーティ内での貢献度を高められる得物を考えよう。



 であれば……。



「それなりの重量は欲しいですね。斬る力というよりは重さで叩きのめすタイプが好ましいです。

遠距離ではなく近接武器、敏捷型アジリティアタッカー向けではなく腕力型パワーファイター向け、出来る限り大きめなものを用意して頂けるとありがたいです……参考になりましたかね?」

「うんうん。おけまる! あーしの予想的中☆ そんだけ筋肉あったらやっぱりそっち系いくよねー」

「アハハッ、まぁそうですね」



 霊力抜きのノーギアベンチプレスでも二百キロぐらいはいくからな。あっちの世界なら完全にモンスター中学生だよ俺は。



「ちなみに予算はどれくらいを考えてる?」

「物によりますけど百万円までで揃えたいかな、と」

「じゃあもし仮に百万円以上の価値を持った武器が相応の価格で販売されていたら、諦める系な感じ?」



 アルと顔を見合わせる。なんだろう。少し変な質問だ。まるでヒアリングにかこつけてこちらの懐事情を探ろうとしている様な違和感がある。



「どうする?」

「費用対効果を十分に得られるのであれば、私は別に構いませんよ」

「だよなぁ」



 無駄遣いをしないようにと一応の予算は決めてあるが、金はそれなりにあるのだ。

 良いものが良い値段で買えるというならば、是非もなし。財布のひもを緩める覚悟は出来ている。

 

 ……全うな取引であればの話だが。




「そうですね。大体五百万円くらいまでなら考える余地はあるかな、と」


 

 その言葉を聞いた瞬間、グレンさんの目の色が変わった。


 欲にかられた、という感じじゃない。もっと原始的で切迫した感情が、彼女の瞳の奥で燃えている。



「マジで? その言葉に二言ない?」

「えっと美術的価値とかは勘定に入れませんよ? あくまで実用性の面だけで判断した場合の最大値が五百というだけで」

「勿論! それはあーしが保証する。純粋な機能性だけで数百の価値が出せるがあるんだ」



 そのまま天狗もかくやというスピードで店員専用の仕事室へと駆けて行くグレンさん。良く言えば清々しく、悪く捉えるならば露骨な行動だ。




「絵画商法の武器版って展開だけは勘弁して欲しいな」




 ゲスの勘ぐりだといいんだが、少なくともグレンさんが百万円以上の高額商品を取りに行った事は間違いない。

 




「喫茶店で唐突に話しかけられる。自分の店に来ないかと誘われる。予算をしつこく尋ねられ、最終的に店頭にない高額商品が現れる――――成る程、これは美味しいカモ鍋が出来そうですね」

「人の心がないのか!?」




 というか主がカモ鍋になる前に止めようとかそういう発想はないわけ!?



「面白そうなので写真に撮ってネットに拡散します。

タイトルは『【悲報】噂のスーパールーキー、高額武器詐欺にあう。~非モテ男子の悲しい性』なんてどうでしょうか」

「血も涙もねぇ!」



 サブタイトルまでつけやがって!



「いいさ、そんなに馬鹿にすんならよく見てけよアル。この俺が冷静かつ冷酷に物の真贋ってやつを見極めて――――」

「ごめんごめんー。大分待たせちゃったねー!」

「――――いえ、全然お構いなく。こっちはこっちで楽しくやっておりましたので!」



 瞬時に外行きの顔に切り替えて、戻ってきたグレンさんに微笑みを向ける。

 おいやめろアル、ゴミに向けるような視線をこっちに送るな。

 男ってのはいつだって女子に良い顔したいんだよ!



「凶一郎君とアルちゃんってめっちゃ仲良いよねー。やっぱり二人はカレカノピッピ同士なん?」

「ハッ」

「うわー、パネェ、アルちゃん。その反応だけで違うって分かるわ」




 一笑に付すとは、こういう顔の事をいうのだろう。


 しかしなんて小憎たらしい表情をするんだこの裏ボスは。

 ていうかアレだ、これ睾丸キン◯マ蹴っている時の顔じゃねぇかクソが!! 

 てめぇ男のシンボル蹴り飛ばす感覚で、主の雑魚メンタル傷つけて楽しいのかよ、このドS!




「楽しくなどありませんし、ドSでもありません。むしろ主の性癖に合わせてサービスでやっている節すらあります」



 うるさい! ナチュラルに人の心を読むな! 後いつも通りの感覚で人の息子を蹴るんじゃないよ。



 ……あぁ、もう。とにかく話題を変えよう。このままじゃ本当にらちが明かない。



「えっと、ソレは一体?」



 十中八九、高額武器が乗せられているであろうキャスター付きコンテナボックスを眺めながらグレンさんに訊いてみる。


 

「これ? ふふーん気になるー? えへへ、この中にはねー、さっき話したとっておきが入ってるんだ―」



 おーっ、と派手目なリアクションを取りながら様子をうかがう。

 トビ色の布に包まれていてディテールは掴めないが、どうやら相当デカイ代物のようだ。



「まぁ、引っ張ってもつまんないし早速オープンしちゃうねー。はーい、ドーン☆」



 そうしてグレンさんの手によってコンテナの中身が露わになる。




 中に眠っていたのは、黒い棍棒こんぼうだった。全体的に長大で、柄と棒の中間にトリガーや弾倉らしきものが確認できる。



 ガンブレードの棍棒版、いやいやそんなのゲームの中でしか――――。




「えっ?」



 そうだ。この形。見覚えがある。



 記憶の出所はゲーム。

 しかも他ならぬ『精霊大戦ダンジョンマギア』シリーズの二作目だ。



 突くは槍、振れば刀剣、払う姿は薙刀の様――――そんな棒術の変幻自在性を物理的に叶えた武器が、目の前の黒棍棒と重なっていく。

 

 なぜだ、なぜお前がここに在る?



 ……いや、落ち着け凶一郎。

 あの武器が、裏カジノの最高景品として扱われていたあの超特殊武器が桜花の街のアングラ鍛冶屋で売っているわけないだろう。

 きっと何かの間違いだ。

 それを証明するために俺は今から決定的な問いを投げかける。




「すいません。この武器の銘はなんと?」




 武器を拝んで早々に名前をきくというのも変な話だったが、グレンさんは快く答えてくれた。




「名前は『エッケザックス』。あーしの最高最強傑作さ☆」









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