第十六話 装備を買いに来ただけなのに……






浪漫ろまん工房『ラリ・ラリ』





 ダンジョン『常闇』。幻の霊薬万能快癒薬エリクサーが眠る現状唯一のダンジョン。


 今まで俺達が費やしてきた労力の全ては、そこへ至る為のものだった。



 精霊との契約。戦う為の訓練。冒険者としての資格に、頼れる仲間の存在。



 長い時間と転生前の知識、そして死神との死闘を経て俺が手に入れてきたものはそれなりに大きい。


 けれども、これからダンジョンに潜るにあたって準備しなければならないものはまだ色々ある。



 ダンジョン内でのハウジング登録や、各種役所への届け出、それに装備の問題だってある。


 特に装備に関しては一切の妥協が許されない。


 ダンジョン内に潜む数多の強敵達と戦う為の命綱を、どうしておろそかにできようか。




「というわけで、今日はここで装備を整えたいと思います」




隣でクレープを頬張るアルに鈍色のビルを紹介する。俺と裏ボスの組み合わせ自体はいつもの事なんだが、修行以外でアルと外に出かける事は意外に少ないので、実はちょっと新鮮な気分。



「浪漫工房『ラリ・ラリ』。初心者お断りな強気な価格設定とそれに見合った高スペック商品を提供している店舗群だ」



 と、ゲーム知識を披露してみる。



 こっちの世界での評判も精査した上でのチョイスだからまるっきり出鱈目でたらめという事もないだろう。ファクトチェック、マジ大事。



「自分の命を預ける相棒に妥協はしたくないからな。幸い懐事情は解決しているし、ここでの買い物も問題なく行える筈だ」 

「そうですね。全く可愛げはありませんが」

「…………」

 


 まぁ、確かに。資格取ったばかりのルーキーが高級装備を買い漁るのってなんだか成金ぽくって鼻につくよな。


 でも、それを言っちゃあおしまいじゃないかねアルさんよ。



「別に私は何も感じませんよ。……というより、やはり気にしていらしたのですね」

「ぐ」



 図星だった。

 

 いや、そりゃあ気にするでしょうよ。

 

 タダでさえ冒険者試験のあれこれでデビュー前から目立っちゃってるのよ俺達? そこに来て上級者向けの高額装備をこれ見よがしにまとってたら周りはどう思う? 『あ、あいつ調子乗ってんな』って思うじゃん。少なくとも俺は思うね。



「相変わらず七面倒臭い事を考えますね、マスターは。別に良いではないですか。そのお金は、貴方が命懸けで稼いだものでしょう」



 アルが無表情のまま、呆れの色をこちらに向ける。



 裏ボスの意見は、一面においては正しい。


 現在俺の冒険者バンクに眠っている現在の預貯金は、八桁を越えている。


 あのド腐れロリコン死神野郎を討伐した際にドロップした精霊石がやたら高く売れたんだ。当然、金は遥と折半したが、それでも優に八桁はある。


 ヤバイよな、八桁。ルーキー中学生が持っていい金額じゃないよ。普通に金銭感覚狂っちまうし、身体に悪いよ八桁って。



 ……いや、俺の卑屈な小市民根性についてはこの際どうでもいい。



 大事なのは、俺の手元に大金があり、その上でどのような店を選ぶべきかという事なんだ。



 とはいえ、ひとえに装備ショップといってもその『ウリ』は千差万別である。


 手頃な値段で買える初心者ご用達の店もあれば、機能性を重視した玄人向けの店、海外製の商品ばかりを揃えた店舗なんてものもある。



 そんなお熱い装備品業界における『ラリ・ラリ』の強みはどこかというと、それはひたすら『高品質』であるという事だ。


 一流の職人たちが、希少素材を惜しみなく使い、時に『変態』とも称されるイカれた技術力で『作品』を創造する工房兼展覧場。



 それが『ラリ・ラリ』の強みであり、特徴だ。強い装備を欲している今の俺達にとって、これ程うってつけの店もないだろう。




「というわけで、今日はここで装備を整えたいと思います」

「つい先程同じ台詞を聞きましたが」

「さっきのは紹介で、今のは決意表明みたいなもんだ」

「……たまにマスターの感性が分からなくなる時があります」



 それはお互い様なので深く考えてはいけない。



 というわけで、しゅっぱーつ!








 七階建ての雑居ビルにごちゃごちゃ集められた雑貨屋ショップ郡――――『ラリ・ラリ』の第一印象は、そんな感じだった。


 やさぐれた町内のお祭りと言えば良いのだろうか。どの店も派手に主張はしているのだけれど、そこに協調性まるっと欠落しているみたいな雰囲気。



ショッピングモールのような喧騒さはないのだけれど、全体的に目にうるさいのだ。極彩色の孔雀達が、羽を広げてドヤ顔アピールしているような外観の店がとにかく多い。



 そんなアングラ臭に満ちあふれた冒険者のテーマパークをアルと並んで歩いていると、ハートマークと唇を合わせたような看板が目についた。


 『マザーズミルク』と書いてある。


 中に陳列されているのは……耐性補助アクセサリーの類だろうか、多種多様な色彩の宝石達が、アクリル製のショーケースの中で輝いていた。



 耐性補助アクセサリー。精霊石を加工して作られた装飾品。

 冒険に必須とはいわないが、あると便利なのは間違いない。




「ちょっと入ってみてもいいか」

「どうぞ」



 アルに軽く礼を言い、少しの緊張感を孕みながら店の奥に入る。


「いらっしゃい」



 出迎えてくれたのはベビーキャップを被った親父だった。ベビーキャップ……? いやいや、きっとベビーキャップに似た形の帽子ってだけだろう。パンチの利いた衣装に一瞬尻込みしそうになったが、親父の愛想自体はとても良いので問題ない。


 ……問題ない、よな?



「こんにちは。えーっと、お店見させて頂いてもいいですか?」

「いいよ。ついでにお店のもの買ってくれるともっといいよ」



 ニコニコしながら、中々反応し辛い事を言ってくれる。出来るな、この親父。店の看板名が『マザーズミルク』で赤ちゃん帽みたいなものを被っている事以外は完璧だ。



「それは完璧とは言わないのでは?」

「良いんだよ、アル」


 世の中には深入りしない方が幸せなことが沢山あるのさ。



 とまぁ、そんなこんなで俺達は店内を一巡することにしたのだが、もうね、スゴいの。なんというか流石『ラリ・ラリ』って感じ。



 どれもこれも手作りな上、性能も軒並のきなみ高くておまけに綺麗。当然値段も相応にワンパクだが、見てるだけでも心が満たされるから問題なし。ウインドウショッピングって楽しいよなホント。



「うわ……この変換率やべぇな。出力犠牲に耐性超アップじゃん。市販のスペック越えてるよ完全に」



 思わず溜息が出る。ショーケースに並べられた各種変換系耐性付与リングのパラメータは、ダンマギ廃人の俺でも目を見張るものだった。


「兄ちゃん、そいつはお買い得よ。なにせこの変換率で八十万よ。絶対買いよ、買い」



 当然、店の親父が提示した額も目を見張るものだった。複数装備前提の補助アイテムが一個八十万か……。少し心が動きそうになるが、いかんいかんと首を振る。



 落ち着け凶一郎。ここでホイホイと即決していたら、キリがない。財布の紐は、計画的に緩めなければ。



「すいません。他の店内も見て回りたいので、後でまた来ます」

「おー、残念! でも絶対また来てね。約束よ、約束」


 人の良さそうな親父の笑顔に、少しだけ申し訳なさを感じた。

 すぐに来れるかは分からないが、アクセサリーが入り用になったら必ずここに来よう。



「うまいこと店主の術中にまりましたね」

「そんな事ないぞ」


 ないよ……ね?







「いらっしゃい。ヘッドギア専門店『ブレインウォッシュ』にようこそ」



 二軒目に入った頭部用防具ヘッドギア専門店もインパクト抜群だった。



 メリハリのきいたボディの知的系美人が、白衣を棚引たなびかせてお出迎えしてくれたのである。



 ……いや、誤解してほしくないのだが女性が白衣を着ているからインパクトがあると言っているのではない。



 少々、スリットが多いのが気になるが、それでもお洒落の範疇だ。わざわざ目くじらを立てる程の事でもないだろう。



 問題は――――。



「やだぁ……っ! お兄さんってばスゴい筋肉。いっぱい鍛えてらっしゃるンですねぇ」



 この猫なで声を出しながらセクシーに迫ってくる店主さんの声が、野太い男声バリトンボイスだという事だ。



「こんなイケてるお兄さんだったらぁ、私、いっぱいサービスしちゃうかもぉ……」



 フッと店主さんの吐息が耳元に吹きかけられる。なんだろう、春だというのに背筋が冷える。


 性の多様性についてとやかく言うつもりは毛頭ない。色んな愛の形があるのは素敵な事だし、人間の数だけ性別があったって良いと思う。




「あはは、アリガトゴザイヤス」



 ただ、それはそれとして俺は女の子大好き人間なので雄々しい男声バリトンボイスで迫られると委縮してしまうのはもう仕方がない事なのでどうか許して欲しい。後パーソナルスペースは守って下さい。ていうか顔近いです、息荒いです! 香水キツイデスッ!



「異世界の地で出会ったばかりの美人に迫られる――――マスターの夢が一つ叶いましたね」

「これはちょっと違くねぇか!?」



 絶対違うよね!?








 その後も俺達の魔境ラリ・ラリ探訪は続いた。



 インナー、アウター、レギンス、ガントレットにレガース――――どれもこれも高性能高価格な上、店員が大体濃い人達だった。正直何人か帰りたくなるレベルの変態もいたけれど、それもいつかは良い思い出になればいいなと思っている。思っているというか、出会った記憶をリセットしたい。



 そんなこんなで今は休憩タイム。ビル内の小洒落た喫茶店で糖分補給中だ。




大凡おおよその組み立てはみえてきましたね」




 アルが巨大タワーパフェを崩しながら喋り始める。毎度の事ながら本当に良く食べる女である。




「マスターは近距離特化型ですから、インナーは『ソドム』、アウターは『マゾッホルマリン』、ヘッドギアは『ブレインウォッシュ』が良いかと」

「ヘッドギアについては俺も同意見だ。

ただ、インナーとアウターはもう少し軽量型の方がいいんじゃないか? 個人的には『ペドミナス』とか『バタードッグ』辺りで買った方が柔軟に動ける気がする」

「では、インナーを『ペドミナス』、アウターを『マゾッホルマリン』ならばどうです? 

更に運動性を重視するならばこれらに加えてガントレットやレギンスを『豚汁』や『ヌーディストビーツ』で揃える事を勧めます」

「うーん……。いや、いっそのことガントレットとレギンスは軽いプロテクターでもいいかもな。『NTRBSS』の商品なら耐久性もそれなりだし」

「ふむ。一考の余地ありですね」



 知らない人が聞いたら卒倒する様な危ない会話。


 何故だろう。俺達は店の名前を並べているだけの筈なのに、羞恥心しゅうちしんがムクムクと膨れ上がってくる。



 それもこれも全てここの変態達が悪い。自分の性癖を店名に晒して個性とかほざいてくるんだぜ。うん、限度って言葉知ってるかな?



 ゲームの時からおかしいとは思ってたんだ。『ラリ・ラリ』はビル内に複数のテナントが出店しているって設定なのに、店名が「武器屋」とか「アクセサリー屋」とかで統一されていたんだよ。



 その理由が今なら分かる。表に出しちゃいけない個性って……あるよね。



「うん。甘い」



 洋皿に盛りつけられたバニラアイスをすくい、舌に流し込んでリフレッシュを図る。



 これ以上変態達の事について考えるのはよそう。

 


 深淵ヘンタイをのぞく時、深淵ヘンタイもまたこちらをのぞいているのだ――――露出狂みられたがりな上に盗撮魔みたがりとか業が深すぎだろ――――いや、もういい。変態は本当にもういい。



 俺が集中すべきは自分の装備についてだけだ。余計な事を考えない為にアルに話題を振る。




「防具はここらで良いとして、問題は武器だよな」

「まともな武器がほとんどありませんでしたからね」




 溜息がこぼれる。ここでいう「まとも」とは性能が良いという意味ではない。正気かどうかという意味の「まとも」である。つまり変態という事だ。



 奴らは人として変態なだけでなく、武器職人としても変態だったのである。……あぁ、そうさ。やっぱり変態の話だよ糞が!




 例えばある店では『爆発する槍』が売っていた。

 

 その槍には注意書で「爆発しても平気な方向け」と書いてあった。


 店主の話によると爆発の威力を高め過ぎた結果、使用者を巻き込んで爆発する神風特攻仕様になってしまったらしい。


 だから爆発しても大丈夫な人間にしか売れないと変態は嘆いていた。

 

 ……うん、そうだね、爆発しても大丈夫な人に売ればPL法も許してくれるよね。



 またある店では、五種変形合体機能付きの空飛ぶパイルバンカーセットが販売されていた。

 

 日朝アニメの合体ロボよろしく五つのパイルバンカーが合体し、オート操作で敵に突撃してくれるらしい。


  ……うん、武器ってなんなんだろうね。



 そして極めつけはメイドだった。

 

 メイド。お帰りなさいませしてくれるあのメイドさんである。


 高度な人工知能を搭載したそのカラクリは、戦闘から炊事洗濯そして主の夜伽までサポートしてくれるらしい。

 

 武器等製造法の範疇に含まれるのか極めて怪しかったが、ちょっとそそられたのは秘密である。

 

 ……うん、それ譲ってくれない?




 とまぁ、こんな風にどこもかしこも浪漫ろまん工房の名に恥じない変態ぶりを発揮してくれやがるお陰で「まとも」な武器が全然見つからないのよ。



 そういえばネットの評価も防具中心だったよな、と今更ながらに思い出す。

 こりゃあ色眼鏡バイアスかかった凶一郎さんが失敗しちゃったパターンか? ……いやいや、待ってくれよ。これは流石に読めないって。

 

 だってゲームの中ではまともな武器売ってたし、野生の変態もいなかったんだぜ?

 アレか? これから二年かけて本編と帳尻合わせる為の出来事があるってっいう事か?

 

 そんなの誰が分かるんだ。少なくとも俺には無理だったよコンチクショウ。




えて評価点を挙げるとするならば、刀系統は比較的まともだったと思います」



 頭を抱える俺とは対照的に、アルは至極冷静な面持ちで一つ目のタワーパフェを平らげた。奴の胃袋はそこが知れない。



「確かに刀は普通のものが多かったよな。変わっているものでも蛇腹剣から弓に変形する位のものだったし」



 普通の基準が段々おかしくなっている気がするが、それでも刀は「まとも」だった。



「でも刀はなぁ……」



 蒼乃遥あおのはるかという最強剣士キャラの隣で刀振るうとか最早ギャグでしかないだろう。なんだったらアイツ刀増やせるし。



 命がかかっているわけだから変な武器は選べないし、かといって刀はパーティのバランス的にアウト気味。



 うーん。まだ全部回ったわけではないけれど、武器は別の所で買った方がベターかな。




「兄さん兄さん! ちょっといーい?」





 そう決断しかけた俺の耳に、明朗な女性の声が響いた。


 何事かと後ろを振り返る。背もたれを挟んだ向かい側の席からこちらをしげしげと観察する女性と目があった。


 


「えーっと、はい?」

「んー? んー、んー! 嘘!? もしかしてお兄さんってば噂のスーパールーキー?」



 オレンジ色の長髪をサイドテールでまとめ上げたギャルっぽい見た目の女性は、間違いないと目を輝かせながら手を叩く。


 ……スーパールーキーか。面と向かって言われたのはこれが初めてだけど、普通に恥ずいな。



「多分、合ってます。何かご用でしょうか?」



 探り探り尋ねてみると、ギャルっぽいお姉さんは溌剌はつらつとした瞳を喜色に染めた。



「うわー! ヤベェ、ガチモンじゃーん! あーし超ついてるしー!」

「……あの?」

「あーゴメンゴメン。ちょっと自分の世界にトリップしてたワ。あっ、あーしは八島やしまグレン。ここで武器屋開いてまーす! よろしくねっ☆」



 盛大にデコられた人差し指と中指を顎に乗せてあざとくアピールしてくるグレンさん。やだ、普通に可愛い。



「マスターのチョロさは発情した動物並みですね」

「…………」


 否定できない。少なくともどんなチョロインよりチョロい自信がある。




 その後俺達はなんやかんやと簡潔な自己紹介を交わし、軽い談笑も挟みながら親交を深めた。




「それで最初に言っていた力になれるっていうのは具体的にどういう事ですか?」

「ヤバッ、喋るの楽しくてすっかり忘れてた。そう、それな!」



 握った左手をポンっと叩き、すっかり忘れていたと謝りながら話をふり出しに戻すグレンさん。一々仕草が可愛い。



「ふふん♪ 武器屋が貸せる力なんて武器しかないっしょ。良かったらあーしの店に来てよ。そしたらアンタ達に特別スペシャルウルトラゴージャスなメチャ強武器を売ったげる」



 俺とアルは互いに顔を見合わせた。


「マスター」

「うむ」


 互いの《思念共有》のチャンネルをONへと切り替え、高速ないしょ話を開始する。


 “変態キチ”と出るか“きょう”と出るか。

 俺達が「とりあえず行ってみようか」という至極無難な解答に辿りつくまで後、十分二秒





































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