第十八話 着脱式可変戦闘論理搭載型多目的近接兵装『エッケザックス』











浪漫ろまん工房『ラリ・ラリ』






 『エッケザックス』。正式名称は、着脱式可変戦闘論理搭載型多目的近接兵装『エッケザックス』というのだそうだ。




「この子のすごいところはねー、自分の形を変えられるんだよ。基本形態は『棒』だけど、『剣』にも『槍』にも『槌』にもなれちゃう。比喩じゃないよ、《《実際になるんだ》》」


 

 武装の形状変化。

 



 エッケザックスの基本コンセプトは、案の定、そして驚くべき事にゲーム時代に出てきた同名の武具と全く同一のものであった。



 あり得ない。グレンさんが、あのエッケザックスを作ったというのか? 


 ゲーム時代のフレーバーテキストによれば、エッケザックスは制作者不明の武器という事になっている。


 だから、そういう解釈の余地もゼロじゃない。

 作ったのが誰だか分からない以上、原作に出てこない八島やしまグレンという名のギャル系職人が制作者だったとしても理屈の上では通るからだ。



 しかしそれでも俺は信じられなかった。

 

 理由は簡単だ。エッケザックス程の特殊武器を作り出した名工が、後の歴史に名前すら残さない人物であるとは到底思えないからである。

 


 エッケザックスは、その構造が二作目の時間軸ですらブラックボックス扱いを受けていた代物だ。



 武装の形状変化という唯一無二の特性。超硬度、超質量による圧倒的な攻撃力と耐久力の両立。その二つが組み合わさる事で「打突斬の物理属性を自由に切り替えながら攻撃できる超高攻撃力武器」という頭のネジがぶっ壊れているとしか思えない相乗効果を発揮していた謎の多目的近接兵装――――




「変身する秘密はねー、あーしが独自ブレンドで産み出した『スライム鋼』って金属にあるんだー☆ とりま簡単に説明すると『めっちゃ硬くて、めっちゃ頭のいい形状記憶合金』って感じかな。これに精霊石と霊力ぶっかけて、特定のアルゴリズムをパターン化したプログラムを埋め込む事で変形するんだけど……実際に体験してみた方が早いと思うから、凶一郎君これ持ってみて」



 


 ――――その謎の部分が、物凄くさらりと説明されて気絶しそうになったが、俺はなんとかこらえて黒棒の柄の部分を掴んだ、



 重い。決して持てなくはないし、戦闘行動にも支障はなさそうだが、この筋肉の要塞の様な身体を持つ俺ですら重量感を感じられる程の重み。

 

 良い手応えだ。上腕二頭筋も喜んでいる。



「やっぱスゴいねー、凶一郎君。この子相当重いのに軽々と持ち上げちゃった」

「ハハハハ。鍛えてますからね!」



 ヒョロガリだった頃の凶一郎君とは一年前にサヨナラしているからな。

 今ここにいるのは、一年間鬼教官にしごかれまくった末に生まれたバルクモンスター。凡人ゆえに筋肉の鎧を纏うしかなかった悲哀の化身さ、フッ。



「キモい勘違い系ナルシシストにしか見えないのですが」

「シャラップ」



 そもそもこんな身体にしたのはお前じゃろがい。


 ……っと、グレンさんが苦笑している。話を戻さねば


「すいません、一応持ちましたけど、この先どうすればいいですか?」

「えー、もうちょっとアルちゃんといちゃついててもいーんだよ?」

「いえ、全くもって大丈夫です」

「ほんとに?」

「本当の本当に」

「ハッ」

「お前はその顔をやめろ」



 「じゃあお言葉に甘えましてー」とグレンさんがにまにました顔で俺に小物を手渡してきた。


 何か変な勘違いをしているようで若干不安だったが、とりあえず細かいことは無視して手に置かれた物体へと目を通す。


 渡されたのはやや大きめの弾薬筒だった。

 先端の弾丸部分がやたら刺々しい。



「店主、この奇妙な物体は何に使うものなのでしょう」


 珍しくアルが直接グレンさんに問いかけた。

 自分の時代になかった武器ものだから興味を持ったのだろうか。


 でも、これ多分本来の使われ方しないぞ。



「これはねー、着脱式戦闘論理カートリッジっていうの。秒で説明するとエッケザックスを変身させるための設計図が入ってるんよ。専用の補助記憶装置メモリ的な感じだねー☆

で、だ。早速なんだけど凶一郎君さ、そこの『斬』って書かれた弾を弾倉に入れてくんなーい」

「分かりました」



 薬莢部分に斬とラベリングされた弾丸を装填する。

 確かゲームだと、この後



「そいで撃鉄落として~」



 そうだよな、と金具を起こす。カチリと、小気味良い音が店内に鳴り渡って、それで……って、ちょっと待って。



「ドーンと引き金引いちゃえば変身だよ☆」



 だよな! そうなるよな。

 いや、でもいきなり店内の真ん中でハイそうですかドーンは流石に気が引けるよ! 




「あの、ここで引いちゃって大丈夫なんですか?」

「ダイジョーブダイジョーブ。それ、銃の構造借りてるだけで実際に発砲するわけじゃないから、気にせず撃っちゃってー」


 ゲーム通りの仕様にほっと胸を撫で下ろす。

 そういうことなら安心して撃てそうだ。



「分かりました。では……」




 無事に店主からの許可を頂いたので、改めて引き金に手をかける。いくぞ



 一、二の、三…………!



 人差し指を力強く押し込み、弾丸の力を解放する。


 起こった変化は快音と振動。引き金を引いた衝撃――――いや、それ以上の何かがエッケザックスの巨体を根本から別のものへと変えていく。



 例えるならばそれはスライムの侵略だった。

 黒いスライムが柄の先をうねうねと這い回り、好き勝手に黒棒の存在をこね繰り回しているのだ。




 うねうねうねうね。先端が尖る。



 うねうねうねうね。全体が角張っていく。



 うねうねうねうね。角はやがて複雑に絡み合いながら刃を形成し



 うねうねうねうね。

 うねうねうねうね。



 そうしてうねうねと待つこと約五秒、俺の手に握られていた黒棒だったものは、その姿形を見事な黒剣へと変えていた。


 分厚く、そして精巧な剣だ。刃は名工の手によって研ぎ澄まされたかの様に鋭く尖っている。



 最早反論の余地もない。こいつは、本物のエッケザックスだ。





「どう☆スゴいっしょ!」




 グレンさんの自賛に心の底から首肯しゅこうする。


 脱帽という他ない。

 未来の時間軸においてすら『謎の技術の集積体』と称されていたエッケザックスを、彼女はこの時代に産み出していたのだ。


 間違いなく武器史に名を残す大偉業を、グレンさんはやってのけている。




「すごいです。メッチャすごいです。俺は貴女を心の底から尊敬します。だから――――」



 だからこそ、俺は不思議でならない。



「――――だから聞かせて下さい。どうしてこれ程の武器が売れていないんですか?」



 何故、『八島グレン』の名前が未来の歴史に刻まれていないんだ?


 エッケザックスは制作者不明の武器とされ、『ラリ・ラリ』の変態達は影も形もなく、技術と値段だけは一流の高級店へと様変わり。

 そう。未来の世界、つまりダンマギの世界の『ラリ・ラリ』には、グレンさんを含め今ここにいる住人達が誰一人としていない事になっている。



 何があった? いや、



 その取っ掛かりを得る為にも、俺は知らなければならない。

 

 一体彼女が何を抱えているのかを。



「たははー、凶一郎君痛い所つくな―」



 グレンさんは気まずそうに天を仰ぎながら息を吐き出し、やがて自嘲するかのような笑顔で事情を語ってくれた。




「自分が作った最高傑作にこんな事を言うのもアレだけど、この子中途半端なんだよ。製作費とか諸々考えると初心者に売れるもんじゃないし、かといって上の連中は『天啓レガリア』持ちが多いじゃん?」

「ですね」



 天啓レガリア。アバターではなく、本体をダンジョンに置く精霊――――つまりはボスクラスの敵が討伐された時に落す専用アイテムである。


 その形式は武器や防具にアクセサリーと多彩だが、どいつもこいつも人智を越えたぶっ壊れ性能である事は間違いない。



 何せ天啓レガリアは、ボス精霊の霊基情報データがアイテム化したものだ。つまりボス固有のスキルや特性が何らかの形で再現されているのである。



 スペックとしても高性能な上に、二つとない特殊能力を持った一点ものの激レアアイテム。



 そんなチート装備を手に入れた冒険者が、果たして人間の作った装備を使うかと問われれば答えは当然否である。



 特に攻略組と呼ばれるタイプの冒険者クランなんかは、主力パーティ全員が天啓レガリア持ちである事もザラだし、更に大手ともなると募集要項に天啓レガリアの所持を平然と掲げたりもする。



 天啓レガリアは強者の証であると同時に、冒険者の実力を計り知れないほど高める最重要アイテムなのだ。



 故に強者程天啓レガリアを欲し、逆に日銭を稼ぐ事を目的とした冒険者達は高額商品には目もくれない。


「おまけにこの子は“重い”からねー。後衛タイプは勿論、前衛でも敏捷型には需要がない」


 


 だからエッケザックスは売れないのだ、とグレンさんは寂しそうに教えてくれた。



「あーしとしてもこの子作るのに結構無茶しちゃってさー、結構ヤバいとこから金借りちゃったりとかしてたから早いとこ、お金作んないとマズいんよぶっちゃけ」



 絵画商法じみた強引な呼び込みを行っていたのもそのためらしい。結果はあまりかんばしくなかっそうだが。




「つーわけだから、この子買ってくれるとチョー助かるんだ。ダサい事いうけど、凶一郎君の判断にあーしの命が懸かってるっていってもカゴンじゃねーの。だからお願い! あーしの事助けると思って買って下さい」



 土下座する様な勢いで頭を下げるグレンさん。本人の言う通り、確かにこの言い方はダサい――――というより卑怯だ。



 買わないと大変な目にあうと懇願され、もし断ってしまったらきっと罪悪感が残る。特に俺みたいなチョロインメンタル野郎には有効な方法だよ、間違いなくな。

 しかもこれはグレンさん本人ですら知らない事だろうが、アンタは未来の世界で名前も残らないんだ。


 ヤバいところから金を借りた、と彼女はさっき言っていた。それが本当にグレンさんの消えた未来の原因なのかは分からないし、知る術もない。


 だけど目に見える癌として彼女の借金が立ちふさがる以上、俺には無視する事など到底無理だ。



 あぁ、そもそも…………どうしてグレンさん程の職人が、こんな惨めな思いをしなきゃならないんだ糞が!



 彼女は人類の武器史に名を残せるほどのモノを完成させたんだぞ? 並大抵の苦労じゃなかった筈だ。苦しい事も、辛い事もいっぱいあったはずだ。


 そんな彼女がやっとの想いで完成させた最高の作品が売れない? 借金で破滅? 寝言は寝ていえこのゲロ運命カス



 頑張った奴が、偉業を成し遂げた人間が、我が子の親も名乗れず消えるなんてあっちゃならねえし、させる気もねえよ。



「アル」



 我が相棒は小さく顎を下げて了承してくれた。普段毒舌ばかり吐く癖に、こういう時の対応だけはやたらクールでスマートでカッコいい。



 最大の障害は消えた。

 武器のスペックもなんら問題はない。



 ならばもう、後は俺が彼女に頼むだけである。




「グレンさん」



 需要と供給が合致し、客も売り手も両想い。だからこの後の展開については、殊更ことさら語るまでもないだろう。





◆◆◆




「どう思いますか」



 『ラリ・ラリ』からの帰り道、横を歩くアルが唐突に謎のクエッションを投げかけてきた。右手にはケバブ、左手にはたい焼き。黄昏時の空模様も相まって、なんとなく祭りをまわっているかのような錯覚を覚える。



「どう、って何が?」

「八島グレンです。我々がその長い棒を買うという出来事は、本来の歴史には起こり得なかったイベントの筈。であれば、彼女を取り巻く環境も大きく変わるでしょう」

「だろうな」




 背中に背負った特製の武器ケースに意識を向ける。見た目は超絶スリムな棺桶みたいだが、これが結構持ちやすい。中に入っている俺の新たな得物も、基本の黒棒形態でぐっすりお眠り中だ。



「ならば彼女はこれで救われるのでしょうか。借金を返し、晴れて自由の身になった八島グレンは、職人界の風雲児としてこれからも革新的な商品を作り続ける事が出来るのでしょうか」



 アルの美声にグレンさんへの心配や親愛の色はない。

 どちらかといえば純粋な疑問、しかもその対象はどうやら俺に向けたもののようで。

 



「難しいだろうな」



 だから俺は、正直に所感を伝えた。



「個人的にはハッピーエンドで終わって欲しいさ。だけど多分そうはならない」

「何故?」

「グレンさんの借金問題だけでは説明できない未来ことがらが多すぎるんだよ」



 

 例えば何故グレンさんは名前を消されなければならなかったのか? 

 例えば何故『ラリ・ラリ』の変態達はいなくなったのか?

 

 そして



「本当にエッケザックスは売れ残っていたんだろうか」


 中途半端だと、グレンさんは言っていた。



 初心者や日銭を稼ぐ事を目的とした労働組ワーカーには高すぎて売れず、天啓レガリア持ちの冒険者にとっては無用の長物――――成る程、確かに一理あるだろう。



 だがそれは上と下の間に位置する立場、いわゆる中間層の冒険者の存在を無視した論理である。



 ダンマギの世界には非常に多くの冒険者が存在している。その中には金に困っていない貴族階級出身の者や、それなりの収支と実力を備えながらボス討伐まで後一歩届かない実力者だって沢山いるだろう。




 そもそも、『ラリ・ラリ』は中間そういった層をターゲットにしたビル群だ。選択と集中の結果に適した武器を作っておいて「中途半端」は流石に自虐が過ぎるだろう。


 冒険者界隈全体に視線を向けるのであれば、グレンさんの持論は正しい。

 だけど『ラリ・ラリ』の中の視点で観るのであれば、彼女の意見は事実に即しているとは言い難いものになる。



 ものの見方によって正しさの意味が変わる。月並みの言葉だが、万華鏡のようだ。




「つまりマスターは、八島グレンが嘘をついていたと?」

「そうじゃないさ」



 何かまだ事情を抱えているんだろうな、とは勘ぐっているけれども。



「人間なんだ。言いたくない事の一つや二つくらいはあるだろう。それを引っかきまわしてお前は裏切り者だの嘘つきだのとまくし立てるのは紳士のする事じゃない」

「では、マスターは彼女を咎めないと?」

「咎めるも何も、俺は不利益を被ってない。こうして最高の武器に出会えて、それを言い値で買っただけだ」



 ついでに連絡先も交換しちゃったからな。やったぜ。



「だから感謝こそすれ、グレンさんに反感みたいなものはないよ」



 ふむ、とアルが頷き、残ったケバブを咀嚼した。やっている事はただの暴飲暴食なのに、外見が女神じみているせいで非常に絵になっている。



「マスターのチョロ甘スタンスは理解しました。私としても現在のところはどうこうする気はございません」

「どうこうって……」

「ですが」


 

 アルの芸術品の様な瞳がこちらに向く。



「今後、マスターの知る未来に繋がるような出来事、いえトラブルが彼女や、あの店に降りかかった時貴方はどうするつもりですか?」



 今はよくても後々厄介な事になるぞ、と警告してくれているのだと勝手に解釈する。そうさな。



 その時は――――




「その時は、イキリ散らしながら勝手に首突っ込んでやるよ。俺のいきつけの店に何してくれてんじゃゴラァってな感じでな」

「小者感丸出しですね」

「そ。小者だから知り合いを贔屓するし、小者だから自分の都合を優先する」



 主人公じゃないんだ。誰かれ構わず助けるなんて英雄じみた行動は、とても俺にはできやしない。



 だけど自分の手の届く範囲内で関わった人の幸せを手助けするくらいの偽善サブクエストは、小者にだってやれるはずさ。



 遠い世界の誰かじゃなくて、近くの知り合いにだけ手を差し伸べる。うん。やっぱ清水凶一郎には、これくらいの浅さが丁度いい。







――――――――――――――




 サブクエスト1 了

 第二章へ続く


 










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