第十一話 ダンジョンの死神と六花の剣3
◆ダンジョン都市桜花・第二十七番ダンジョン『月蝕』第一層
ダンマギの
蒼乃彼方。通称かなたん。
精霊大戦ダンジョンマギア(無印)の五大ヒロインの一角にして剣の名門蒼乃の次代を担うクール系大和撫子。
眉目秀麗、質実剛健、威風凛然を体現したかのような彼女の姿に魅了されたプレイヤーの数は、恐らく相当な規模に及ぶだろう。
かくいう俺も、そんな紳士の一人だった。
クーデレ武士っ娘ヒロインなんていう属性の宝石箱の様な彼女の一挙手一投足にドキドキしながらゲームをプレイしたあの日々。
可愛かった。美しかった。最高に萌えた。
俺はあの時あの瞬間、確かにかなたんというヒロインに恋していたのだろう。
そんな風に自信を持って断言できる程、彼女は魅力的で格好いいヒロインだったのだ。
しかし彼女の人気とは裏腹に――――いや正確には人気があるからこそなのだがまぁ兎も角――――界隈における蒼乃彼方専用ルートの評価は、最悪の一言に尽きる。
理由は単純かつ明白だ。
彼女のルートは、敵が死ぬほど強かったのである。
……うん、分かる。敵が強いくらいなんだと言いたくなる気持ちは良く分かる。
俺だって何も知らなければ同じような感想を抱いたかもしれないし、物語とゲームの難易度は分けて考えるべきだと思わなくもない。
だが、そんな常識をぶっ潰す程に蒼乃彼方「ルート」は糞なのだ。
糞ほど敵が強いのだ。
例えば先制攻撃で複数の状態異常攻撃を同時に放つ雑魚。
あるいは雑魚のはずなのにワンパンで味方を沈ませる雑魚。
もしくはこっちのアイテムとレベルを一方的に奪った挙げ句絶対に返さない雑魚に、例えば一定ターンの間無敵状態になりながら味方を毎ターン回復&蘇生させてくる鬼畜雑魚。
どいつもこいつもトラウマ必至な
糞である。驚く程に糞である。
その辺も含めて腹立たしい事この上ない。
んで、そんな糞ルートのボス敵がまともな性能をしている筈もなく、『奴』は当然の様にやらかした。
《
こいつの戦闘スタイルを簡単に表すと以下の通りになる。
“通常攻撃が六回攻撃でプラス捕食と召喚と捕縛を同時にやってくる死神はありですか!?”
良いわけねえだろ糞が! 常識装備してから出直してこいやこのド腐れ骸骨! こんな馬鹿な性能考えた戦犯スタッフもろとも地獄へ落ちろF○CK野郎!
……すまない、少し取り乱してしまった。
でも、俺の気持ちも少しは分かるだろ?
九回行動ってなんだよイカれてんじゃねぇのか?
裏ボスのアルですら、一ターン毎の行動回数はもう少し自重してたぞ(その代わりやつは平気で数ターン飛ばす上、攻撃は全部即死ダメージをっていう極悪仕様だったが)!?
敵が強い事が悪いんじゃない。
仮にこれがかなたんルートがトゥルーエンドとかグランドルートに位置するモノであったならば、こんな鬼畜難易度でも許されただろう。
だが実際のかなたんルートは、世界の真実も、主人公達が解決すべき問題もなぁなぁのまま終わる。
三人目という真ん中に位置する段階で
気合の入った演出と、声優さんの名演技、そしてその他諸々の超クオリティのお陰でなんとか見れるものにはなっているが、かなたんルート単体の評価は、
おまけに肝心のシナリオが『突然変異体に取り込まれて死ぬことすら出来ない姉を、妹であるかなたんが主人公と共に倒す』という救い様のない話だったことも相まって、かなたん推しほどかなたんルートを憎むという皮肉めいた構造に陥っているのも世知辛いというかなんというか。
まぁ、それ故に。あるいはだからこそ、俺はこの瞬間に間に合えた自分を心の底より讃えたかった。
間に合った。本当にギリギリの寸前だったが、それでもなんとか間に合った。
死してなお、その尊厳を踏みにじられる運命にあった彼女は、
五体満足で、目立った傷もなく、ちゃんと人間として生きている。
それが堪らなく嬉しくて、自然と涙腺が緩みかけたが――――
『霊覚リンク強制同調。思念通信速度の優先順位をマスターの反射行動の上位に設定並びに脊髄系への仮想神経接続を開始します。マスター、許可を』
ここは未だ戦場の真っ只中。
アルからの強制介入権をすぐさま受け入れると同時に、精神と肉体を臨戦態勢に戻して周囲の状況を確認する。
共有ではなく同調というレベルまで引き上げられた俺達の感覚は、考えるよりも早く情報を分かち合い、コミュニケーションを完結させる領域にまで到達していた。
この形態の利点は、アルの調律によって動きの最適化が図れる点と、霊力の感知能力が
剣獄羅刹になっていないとはいえ、奴は元々突然変異体。
注意は全力、戒心はMAXで。
奴の一挙手一投足を必ず見逃さないという覚悟を決めて、俺達は蒼の世界を見渡した。
『対象は
数瞬の間を置いて、告げられる裏ボスからのGOサイン。
俺は即座に大剣を振り降ろし、少女の四肢を縛る鎖を叩き割った。
鈍い金属音と共に解き放たれる蒼乃遥の身体。
支えの失った彼女の腰を支えながら、なるべく負担の少ない動きで直立状態にもっていく。
「立てるか?」
「あははっ。ありがとう。助けてもらっちゃったね」
死ぬかと思ったよ~と苦笑しながらしっかりと自立する蒼い髪留めの少女。
目立った外傷はなさそうだが……
『霊的なダメージも確認できません。少々疲労の色が見られますが、健全な状態と判断しても差し支えないでしょう』
アルの診断にホッと息を撫でおろす。
良かった。彼女は、本当に無事みたいだ。
胸に満ちる安堵の感覚。
けれど万が一の場合に備えて、一応アレも渡しておくか。
俺はポケットから赤い液体の入った透明瓶を取り出して、蒼乃遥の手元に置く。
横幅の広い液体入りの瓶を両手で押さえながら、蒼の少女は不思議そうな眼で俺に尋ねてきた。
「えっと、これは?」
「
冒険者試験の受験祝いに叔母さんが寄越してくれた虎の子の治癒力活性化剤。あの人には申し訳ないが、ここは彼女に使ってもらおう。
「助けてもらった上になんだか冒険者っぽいアイテムまでくれるなんて。もしかして清水君って良い人?」
「良い人かどうかはさておき、紳士であろうとはしているよ。そんな事よりアンタ」
「遥だよ。蒼乃遥」
「分かった。蒼乃遥……さん。ここは危ないから、今の内に避難してくれ」
そう言って俺は、蒼乃遥に一枚の紙を手渡した。
「二階堂試験官からの預かり物だ。ここ一層の全体地図が書いてある。赤マルのついている場所が現在地で、黒丸が入口だ。アンタの実力ならすぐに行けるだろ?」
手短に情報を伝える
『こんな事を受験生に頼むなんて私は試験官失格だ。でも今は、赤羽試験官の試練に打ち勝った君の実力に賭けさせて欲しい。どうか、どうか彼女を助けてやってくれ』
蒼乃遥のおかげで自分は難を逃れたと語っていた二階堂試験官。
彼は偶然出会ったばかりの俺に、全てを託してくれたのだ。
無責任? 臆病者? いいや、違う。
試験官としてのプライドや、男としての矜持なんか全部かなぐり捨てて地図を渡してくれた二階堂試験官の行動は、決して卑怯でも薄弱でもない。
だってそうだろう。
本当に自分の保身を考えるのであれば、俺をみすみす突然変異体の元に行かせたりなんかしない。
適当に大人の理屈を説いて、無理やり追い返すのが正しいし、安全だ。
そうしなければ自分のクビが飛ぶ恐れがあるし、最悪、何らかの刑が下されてもおかしくはない悪手中の悪手。
にも関わらず、あの人は俺の事を信じて助けてくれた。運営の立場が危うくなるリスクを承知の上で、だ。
無論、何の確証もなく取った行動ではないのだろう。
多分俺が持っていた赤羽試験官のメダルと、纏っている霊力の質を根拠にした上でのゴーサインだと思う。
でも、だから何だ?
それだけの判断材料に全てを賭けて、誰も死なない
自分の立場が危うくなる事を百も承知して、上手くいっても咎められるリスクを平然と受け止めながら俺を送りだすなんて選択、相当の勇気がなければ出来なかっただろう。
ありがとう二階堂試験官。貴方の想い、決して無駄にはしません。必ず彼女を助け出します。
……とまぁ、ガラにもなく殊勝な決意を固めた俺であったが、その想いはものの二秒で打ち破られる事になる。
なんでかって?
「えっ、やだ」
他ならぬ救出対象者が拒絶しやがったのさ。
ハハッ、ハハハハハッ。
なんだろう。青筋がすごいピクピクする。
「オーケー。理由を説明してくれ。なるべく手短にな」
「あたし、まだ全然やれるもん。だから一緒に戦う。おーけー?」
何一つとしてオーケーじゃない。
「……あんまり恩着せがましいことは言いたかないが、アンタ死ぬところだったんだぞ?」
「知ってるよ! そこを清水君に助けてもらったんだよね、ありがとう本当に感謝しています。これで良い? じゃあ協力してアイツ倒そ!」
ドン引きである。
自分を殺しかけた敵を前にして、折れるどころか毛ほどもビビっていない。
「いや、あのさ」
俺が蒼乃遥をなんとか説得しようとしたその時――――
「!?」
静寂な空間を淀ませるような粘っこい感覚が俺の第六感を刺激する。
よろしくない霊力だ。サイドステップで大きく足を動かしながら隣の戦闘サイボーグに声を張る。
「後方から何か来る、多分鎖だ。霊感研ぎ澄ませながら回避!」
「分かった!」
急いでその場を離れた蒼乃遥から遅れる事約二秒。俺と彼女の元いた場所に、合計四本の鎖が襲いかかった。
割合としては俺が一で、彼女が三。
ロリコン野郎め、よっぽど彼女にご執心らしい。
『見え透いていたタヌキ寝入りについては置いておくとして、問題はアレが間を置いた理由です』
『体力の回復と動向の確認、後は隙の選定と……鎖のリロードって所か』
『ふむ。マスターにしては中々の解答です。特別に花丸をあげましょう』
『そりゃあ、どうも。で、どうする? せっかく助けたお姫様が滅茶苦茶やる気なんだが』
『……方針を変えて、共闘路線に移るべきかと』
『だな。何とかやってみる』
時間にして一秒をはるかに下回るスピードでアルとの思考会話を終えた俺は、そのまま死神目がけて疾走する蒼乃遥に声をかけた。
「左右から挟みこむぞ! くれぐれも鎖には注意しろ」
「うん! する!」
元気の良い返事と共に、蒼い髪留めの少女は支給品の倭刀を流麗な動作で拾い上げた。
楽しそうに笑いやがって。そんな顔されたら、こっちまでアガってくるじゃないか。
『アル、あれをやろう』
俺は上昇するテンションのままに、相棒へあるスキルの発動をオーダーする。
それは俺が持ち得る最大にして最強の攻撃術。
反動とリスクこそ大きいものの、決まれば一撃でこの戦いを終わらせる事も可能なレベルの一撃だ。
『くれぐれも起動後の立ち回りには気をつけて下さい。ここでマスターに死なれては、私も困ります』
『心配すんな。俺含めて誰ひとり死なせねェよ』
『承知致しました。……では』
その言葉と共に、俺の体内に在る霊力が快音を鳴らしながら動き始めた。
どうやら裏ボスからの承認は得られたらしい。
で、あるならば。
後は躊躇なく切り札を切るだけだ。
「ぶちかますぜ、【■■■■■】――――!」
俺は其の名を宣誓し、弾丸の様な勢いで大剣を振り上げた。
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