第八話  ダンジョンの死神と六花の剣1










◆ダンジョン都市桜花・第二十七番ダンジョン『月蝕』第一層




 説明と質問タイムを終え、各自武器を選んだ俺達は順番にポータルゲートをくぐり抜けて行った。



 現実世界と異界であるダンジョンの内部を繋ぐ不可思議な扉、《転移門ポータルゲート》。


 一瞬で他次元へと向かう超絶ワープを初めて体験した俺であるが、その感想は「普通」としか言いようがない地味なものだった。


 身体が揺れたりとか、変な浮遊感みたいなその手の交通手段にありがちな感覚経験が、まるでないのだ。


 本当にただくぐり抜けただけ。変わっていたのは目の前の景色だけである。



「うぉぉぉぉおおおおおおっ!」



 しかしそんな事はどうでも良くなるくらい、俺のテンションは上がっていた。




 天井、床、壁面に至るその全てが蒼色と光のアストラル体で構成された異界の景観。まるで迷路のように入り組んだ構造の通路形体。


 いやが上にも実感できてしまう。 

 

 ここは、ダンジョンの中だ。中なのだ!


 転移してから約一年、ずっと憧れながらも外から眺めることしか出来なかったダンマギのメインコンテンツ!



 そこに! 俺は! いるのだ!



『大はしゃぎですねマスター』

「あったり前だ! 初ダンジョンだぜ初ダンジョン! こんなん上がるに決まってんだろ!」


 ダンジョン内部でも無事聞こえる相棒の声に、若干の呆れが混じる。


『……ですか。しかし、その様な立ち振舞いは、集団の中で行うべきではないと忠言致します』

「あ」



 アルのアドバイスで我を取り戻した時には、既に色々遅かった。



 試験官さんを含めた今回の試験関係者全員の視線が、俺の所へ集まっている。



「その、なんだ。好奇心が旺盛なのは良いことだが、時と場合をわきまえるように」



 若干気を遣ってくれた試験官さんの優しさが、逆に俺の羞恥心を加速させた。







「それでは、これより冒険者試験春の部の開催を宣言する。期限はこれより正午までの九十分間、各々悔いの残らぬよう全力で励むように。では……始めっ!」



 鎧姿の試験さんの気合いの入った一言を皮切りに、ついに試験が始まった。


 どことなくサイバーな感じな雰囲気の迷宮を、次々と駆けていく受験者達。



 その中には先程見た彼女の姿もあった。



『マスター、彼女の進行方向に合わせて移動を開始してください』

「応!」



 アルの指示に従い、蒼い髪留めを身につけた少女の跡を追尾する。


 所業だけ見れば、只のストーカーと見なされても仕方のない行動を取っているという自覚はある。


 だが、これには切実な理由があるのだ。



 何故ならば、今日の試験は二年後の世界であるダンマギ無印においても語り継がれる程に有名であり、そして彼女はその渦中の人物で――――



「えっ?」



 不意に正面を走る彼女の横顔がこちらを向いた。



 凛々しさと愛嬌を含んだ彼女の瞳がじっと俺の姿を覗き込み



 ――――笑った?



 そう。確かに彼女は俺を見て微笑んだのだ。


 何故、と考え込もうとした次の瞬間、彼女はまるで猫のような俊敏さで壁を駆け登り、あっさりと迷路の上部まで移ろいだ。


 静かに、けれど同時に軽やかに。


 重力や慣性を超越した動きで上部への着地を決めた蒼い髪留めの少女。


 そんな彼女の視線が再びこちらへと向けられた。


 目と目が合う。一瞬の静寂が訪れたのもつかの間、彼女の美しい唇が、まるで花弁が舞うかのような流麗さで言葉を紡いでいく。



「『ここまでおいで』か。完全に遊ばれてるな、こりゃあ」



 きっと彼女の目には、俺の姿が協力を打診しようとした受験者にでも見えたのだろう。


 それを煩わしく思ったのか、あるいはその資格があるのかを見定める為なのかまでは分からないが、ともあれこちら側が挑発されたのは事実である。



『もしくはマスターの事をキモいストーカー野郎と毛嫌いしての行動という線も考えられますが』

「いや、そんなん普通に死にたくなるけど無いよね? 無いよね!?」

『私の口からはなんとも。只、一般的な感性の持ち主がマスターのような顔の怖い筋肉ダルマから急に追っかけられた場合、不快指数の高い感情を抱くとは思います』

「お前に慈悲や優しさという機能はないのか!?」



 心の中で血涙を流しながら、凶一郎の顔は怖くないもん、と自己弁護に励む。



「って、そんなんどうでもいいわ! とっとと追いつくぞ!」



 自身に発破をかけるように声を上げながら《脚力強化ストライド》の術を自身に付与する。



 アルとの不毛な会話で費やした数秒のロスを取り戻そうと足腰に力を入れた瞬間



「おいおい、そりゃあないぜ」



 俺の周囲を囲むようにして現れた黒いモヤ。


 それは彼らが、こちら側に降りてくる時の予兆に他ならない。 


 

 そう。俺はこの一分一秒を争う最悪のタイミングで出くわしてしまったのだ。




 一体何と出くわしたのかって? もちろん、敵とだよ!






敵精霊エネミーアバター確認。数は五。内訳はゴブリン三、コボルド二。ついていませんね、マスター』

「あぁ」



 全くだ。

 よりにもよって人生初めての精霊戦がこのタイミングとはな。ついてないにも程がある。


「急いでいるから見逃してくれって頼んだら、通してくれるかな」

『経験値稼ぎに来ている連中が、マスターを見逃すと思いますか?』


 否定の色を含んだアルの問いかけに、俺は苦笑の溜息で答えた。

 


 人間が資源や宝物を目指してダンジョンを目指すのとは対称的に、彼ら精霊が精霊界からダンジョンに出現ログインする理由は専ら『成長』する為である。


 成長。RPG風に言えばレベルアップ。

 精霊達にとって自身をより高次の存在へと高めるという事は、あらゆる快楽や倫理にも勝る至上命題であり、本質であり、優先事項なのだ。


 幾ら贔屓ひいきしていた一族の子孫とはいえ、稀代の裏ボスであるアルが簡単に力を貸してくれた背景も、この精霊特有の成長厨的側面が多分に関係している。


 自身を高める手段があるのならば試さずにはいられない。

 強くなる事、多くの存在に認められる事、自分だけの価値を見つけ出す事。

 それが精霊という種族の在り方なのだ。


 

 だから今俺の目の前でさびた剣を構える緑色の肌をした小鬼ゴブリンも、愛嬌のある顔で弓をつがえる犬人族コボルトも、その目的は自己鍛錬レベルアップ



 俺はさながらログインした瞬間に出くわした経験値といった所か。



「とはいえ大人しくお前らの肥やしになるつもりは更々ないが」



 背中に差した鞘から得物を抜く。

 試験前に俺が選んだこのツーハンデッドソードはサイズ百七十センチの大型だ。

 破壊力と範囲重視の大剣って滅茶苦茶俺と相性良いと思うんだよね。



 対精霊用に特殊加工された大型の両手剣の登場により、分かりやすく変わっていくゴブリン達の表情。


 ダンマギに出現する雑魚敵は、精霊界から自身の分身であるアバターを作り出してダンジョンにログインしているという設定だった。


 だからこの場で負けたところで命の危機に陥るとか、そんな深刻な話にはならない筈なんだが……。



『ゲームで自分より強そうな相手と接敵した場合、多少なりとも身構えるでしょう。まして敗北した場合は、自身の命の断片であり、財産でもある精霊石を奪われるのです。それなりに切迫はしますよ』



 という事らしい。


 こっちの感覚で言えば、デスペナルティ毎に十万円程奪われるって感じなのかね。……すげぇクソゲーだなオイ。俺なら絶対にやらないな、ウン。



 しかし種族単位でレベルアップ厨な精霊の皆さん方は違うらしい。彼らは武器の出現に多少、うろたえたものの、すぐに持ち直して隊列を組み始めた。



 こちらとしては逃げてくれた方が楽なのだが、向こうに戦うという選択肢を取られた以上は、それに応じるしかない。


 いや、本音を言うと別に逃げても良いんだが、一つ気になる事があるんだよ。


 コボルト達の持っている紫の矢じり。あれって間違いなく毒矢だよな。刺さった場合、痛いだけで済まない未来がありありと目に浮かぶ。



『マスター、今はまだ、リスクを背負う局面ではありません。迅速かつ丁寧な迎撃を』

「オーケー」



 息を吸い込み、視界を見渡す。


 通路に挟まれた地形。幅は三メートル弱。彼我の距離は約四メートル。敵は前方に五体。近接三。遠距離二。警戒すべきはコボルトの毒矢。


 ならば……。



「っしゃらあっ!」


 

 大声と共に重心と視線を右側にずらす。


 声と視線につられて敵さんが右方向へ注意を向けた瞬間に、全身を逆方向に逸らして直進。


 《脚力強化》によって上昇した俺の敏捷性は、指を弾くよりも更に短い時間で敵との間合いを詰め上げた。


 彼らの意識がフェイントと気づくよりもなお早く敵陣の中枢へと乗り込んだ俺は、その勢いを利用した刺突でコボルトを串刺しにする。



 「ぎゃっ」という断末魔を放ちながら、俺の剣先で白い発光体となって消えていくコボルトの姿。


 敵の消失を確認するのと同時にもう一匹のコボルトの首を刎ねた。


 血飛沫すら上げずに消え去ったのはアバターの仕様なのだろうか。ともあれこれで厄介な遠距離攻撃役は片付けた。


 俺はすぐさま向き直り、残る前衛役に焦点を向ける。


「ギャア、ギャア!」

「グギャギャギャ!」

「ギャヒィ! ギリャア!」




 あっけなく消え去ったコボルト達の末路に、残されたゴブリン達は悲鳴とも怒号とも取れるような叫声を上げていた。

 だがそれが命取りだ。


 敵の刃が喉元まで迫っているというこの状況で、我を忘れて声だけ上げるというのは下策中の下策。


 悪いが戦いそのものに価値を見出す武人肌じゃないんでね、隙を見せたら遠慮なく突かせてもらうぜ。



「「「ギャギャギャギャアアアアア!!」」」



 耳をつんざく嫌な悲鳴の三重奏。


 抜き胴によって仲良く上半身と下半身を引き裂かれたゴブリン達は、そのまま白い発光体となって退場。


 唐突に始まったダンジョン初戦は、こうしてあっさりと幕を閉じたのだった。



『上々の立ち上がりですね、マスター』

「まぁ、良い準備運動になったと前向きにとらえていこう」



 戦場跡に残った小石程度の大きさの精霊石を、支給されたショルダーバッグに入れながら遥か上空を見やる。



 颯爽と跳んで行った少女の姿は、今や影も形もない。


 試験はまだ序盤も序盤。出鼻こそ挫かれたが、まだ挽回のチャンスはある筈だ。


「待ってろよ」 


 言葉で自分を鼓舞しながら追跡を再開する。


 

「絶対に追いついてやるからな」

『字面だけ切り取ると完全にストーカー野郎ですね』




 うるさいよ。















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