第七話 開幕! 冒険者試験!
◆ ダンジョン都市桜花・第二十七番ダンジョン『月蝕』入口
ダンジョン。
それはあらゆるゲームやウェブ小説における花形の舞台であり、夢と冒険の聖地である。
危険な敵。恐ろしい罠。そして最奥に待ち受ける強大なボス。
そこには常に戦いとドラマがあり、見るものを魅了してやまないファンタジックワンダーランド。
それがダンジョンである!
……と行けば素晴らしい限りなのだが、ここで現実の壁が立ちはだかる。
そんなおっかない所に誰が行きたがるだろうか?
怖いもの見たさの
だから多くのゲームやウェブ小説には、必ずダンジョンを攻略しなければならない理由が存在する。
例えばダンジョンの奥には巨額の富や宝が眠っているといったプラスの理由。
例えば湧き上がる魔物を駆除しなければ世界が危ないといったマイナスの理由。
作品のテイストによってその理由こそ千差万別だが、ダンジョンというものは攻略される理由があって初めて攻略され得る代物なのだ。
じゃあ肝心のダンマギシリーズはどうなのかというと、基本的にはプラスの理由である。
キーワードは精霊石。
ダンジョン内の敵精霊を倒す事で得られる綺麗な結晶体で、固形化したアストラル体という設定なのだが、この際その辺はどうでも良い。肝心なのはその使い道だ。
使い道。つまり扱い方、あるいは用途、もしくは効能と言いかえても良い。
そういう「何が出来るか」みたいな定義上の解釈範囲におけるコイツの
この精霊石、なんとあらゆるエネルギーへの転用が可能なのだ。
しかも化石燃料を大きく上回る効率と周囲に悪影響を及ぼさないという極めて優秀なエネルギー源として、である。
お陰でこの世界においては、一部のアンチ精霊派等が化石燃料を用いる程度で、他の代替エネルギーは、そもそもロクに開発されてすらいない始末。
色々な、意味でヤバいよな、ウン。
で、話を戻すがダンジョンの中には勿論、RPGお約束の貴重な武器や、レアアイテムというものも数多く存在している。
だけど現代社会において必要とされるモノは魔法の武器よりも魔法のようなエネルギーだ。
しかも、ぶっちぎりのトップシェアともなれば言わずもがな。
ダンジョンの冒険に励む冒険者達の収入源もまた、この精霊石によるものが大半という扱いである。
けれど。
俺達にとって重要なものは、そんな高効率&クリーンな金の成る万能エネルギーなどではない。
皆の暮らしを守るために命がけでダンジョンに潜る先達には頭が上がらないが、こちらの目的は別にある。
ダンジョンの中に眠る人知を越えた奇跡の宝物。
その中にあるんだよ、姉さんの呪いをも治すことの出来る秘薬
『マスター、いよいよですね』
脳内に直接響き渡るような感覚で伝わってくるアルの声。
契約者と契約を交わした精霊の間でのみ使用可能な
「あぁ、いよいよだ」
俺は感慨深げにため息をつきながら、そびえ立つ桜の大樹を見上げる。
桜花の街に存在する数多のダンジョンの内の一つ『月蝕』。
この世界に転移してからの目標だった姉さんの完全回復。
そこに至るための大きな一歩を踏み出すべく、俺はダンジョンの入り口へと足を運ぶ。
桜の大樹の根本に佇む巨大な扉。
右腕に軽く霊力をまとわせて小突くと、まるで重さを感じさせない軽やかさで扉は中への道を開いていく。
「これも試験、なんだろうな」
精霊力のあるものならば苦もなく開けられ、無いものにとっては余程の剛力でもない限り先に進むことは敵わない。
……ゲームの設定通りだな。
この日この場所に限っていうのであれば、それが良いことなのか、悪いことなのか分からない。
確信を持って言えることがあるとするのならば只一つ。
今日ここで、俺は冒険者になるのだ。
◆
桜花のダンジョンは、基本的に大樹の中にある――――そんな風に語ると非常にファンタジックな印象を受けるかもしれないが、実際はかなり現代的な造りになっている。
大理石の床に、白を基調とした明るい壁。エレベーターやエスカレーターは当然の様に配備されているし、中央に設置された電光掲示板では3Dモデルのキャラクターが今週の予定を溌剌と紹介している。
『しばらく見ない間に、神殿の雰囲気も随分と様変わり致しましたね』
脳内に響き渡る裏ボスの美声。
《思念共有》によって俺の視ているものはアルにも見えている筈だから、それを踏まえての意見なのだろう。
ちなみに彼女は冒険者試験に参加しない。というより物理的に出来ない。
『
詳細は省くが人間界に在籍する精霊本体が直接ダンジョンに入ることを禁じるという向こう側の規則である。
「精霊本体が直接ダンジョンに入ることを禁じる」なんて、一見するとものすごい横暴な理屈に思えるかもしれないが、どうか安心して欲しい。
こいつが禁止しているのはあくまで精霊本体をパーティメンバーに加えることであって、精霊の力そのものではない。
だからスキルの発動や霊力の供給はもちろん、《召喚》や《顕現》スキル、もしくは『憑依一体型』と呼ばれる契約形態の形でならば戦闘に参加できるので、実際のところはそんなにキツイ縛りではないのである。
精霊は冒険者になれない。
かいつまんで言ってしまえば、
分かりやすいけど、どうでもいい。というかほぼ本筋に絡んでこないから認識のしようもない――――ぶっちゃけプレイヤー間でのコイツの扱いはこの程度である。
だって主人公も五大ヒロインも全員ルールに抵触しないんだもの。絡みようがないんだもの。
空気なんだよ、
本当に誰得という言葉がこれ程相応しいルールも中々存在しない。
誰得というか、俺達にとっては一方的に損なんだが、そこは気にしてはいけないゾ。
大事なのは
……いや、実際のところ最強の裏ボス様ならばそんな理屈無視して侵入できそうではあるのだが、そうすると後々極めて厄介な問題を抱えそうなのでパス。
ルール破って冒険者になれませんでしたとか泣いても泣ききれないからな。
滅茶苦茶どうしようもない事態にでも
しかし神殿か。神殿。……んっ?
『――――あぁ、そっか。ダンジョンって昔は神の住まう社として敬われていたんだっけ』
『はい。霊験あらたかな場所として、ある時は権力者に、ある時は宗教関係者に利用されたものです』
随分と含みのある言い方だ。
きっと過去に何かあったのだろう。叶うならばその辺りの事情も聞いてみたいところだが――――。
『そんな事よりもマスター、お時間の方はよろしいのですか?』
『おっと、そろそろだな』
スマホの時計を見ると結構な時間が経っていた。
急いで受付に向い、受験番号の記されたネームプレートを受け取った後、受付嬢さんの案内に従って十五階にある『ポータルゲート』まで向かう。
駆動音がほとんど聞こえないエレベーターで、快適に進む事数十秒。
到着のチャイムと共に十五階への扉が開く。
「おっ……おぉ!?」
開けた視界の先に見えた景色は、これまでとまるで様相が違っていた。
細長い透明の管が無数に敷き詰められた武骨な壁面。
青白い電流のような光が流れ行く様はまさにサイバーパンク。
その行き先を眼で追っていくと、そこには高くそびえる巨大な門扉の姿があった。
「ポータルゲート……本物の……」
ポータルゲート。異界に通じる神秘の扉。
それを見た瞬間、俺のテンションは爆発的な速度であがった。
見入ってしまうほどに幻想的な光景、弾ける音に、独特な匂い。どれもこれも最高に素晴らしい。可能ならば一日中、このフロアを見て回りたい程だ。
しかし、現実はそんな都合良くは進まない。ここはダンマギオタクの聖地ではなくて試験会場である。
故に俺の耳に飛び込んできたのは歓迎の挨拶などではなく、当然の質問だった。
「受験番号と名前は?」
奥のポータルゲートを中心に集められた人だかり。その中心に立つ鎧姿の女性が、俺に向かって名乗りを上げろと促した。
「受験番号二十六番、清水凶一郎です」
チェックリストのようなものを確認した鎧の女性は「そこに並べ」と受験者達で構成された集団の最後列を指し示す。
俺は言われた通りの位置に移動しながら、こっそりとライバル達の様子を観察する事にした。
受験者の数は凡そ四百名。
ヒト族が七割、異種族が三割。異国の血筋の人間も、ちらほらとだが見受けられる。
年齢層は、俺よりも五つほど離れた二十歳過ぎの青年が過半数以上。次いでそれより上っぽそうな年齢の方が次点を占め、逆にティーンエイジャーだと断言できるような受験生は一割程度しかいない。
そんな数少ない十代組の中に、彼女の姿もあった。
おそらく寒色系のカラーリングが好みなのだろう。
全ての小物が、青を基調としたデザインで統一されていた。
『マスター、彼女が』
俺はアルの
彼女の姿を生で拝むのは初めてだが、その美しい顔立ちはダンマギに出てきたとあるヒロインに通じるものがあった。
「さて、これより本試験の概要についての説明を始める」
そうやって俺が受験者の様子を眺めている間に、どうやら集合時間は過ぎたらしい。
集中集中と気分を改めて、赤毛の試験官さんの言葉に耳を澄ます。
「試験会場は本ダンジョン第一層。諸君らにはそこで九十分間の探索活動を行ってもらう。ただし装備品は予めこちらで用意した物を使うように」
要するに一時間半の間、ダンジョンに潜って冒険しろという事だ。
そこである程度稼いだ奴が文句なしの合格。
後は試験官が用意した特別な試練をクリアした受験者にはボーナスポイントというのがゲーム内での仕様だったが、どうやらこちらの世界でもそうらしい。
「受験者間での協力行為は、戦闘行動に限定する形で許可しよう。ただし、その際の評価点は協力した人数に応じて変動するという事だけは覚えておくように」
まどろっこしい言い方だが、要するに「パーティを組んでも良いけど、その場合は一人で倒した時よりもポイントが少なくなるよ」と言いたいのだろう。
まぁ、そうしないと受験者全員でパーティ組んで全員合格って事になりかねないもんな。
パーティを組んだら楽に戦闘はこなせるけど、その分ソロプレイヤーよりも沢山狩らなきければならないというのは良い落とし所だと思う。
「また試験者間での精霊石の譲渡は全面禁止とする。当然、略奪行為など論外だ。もしもこれらに該当する行為が見つかった場合、即時失格のうえ、当面の受験資格を剥奪する。肝に銘じておく事だな」
一見、女試験官さんが俺達を脅しているように聞こえるが、実際彼女が言っている事は「テストの答案用紙を交換しない」とか「他人のテスト用紙を無理やり奪って自分のものにしない」とかそういったレベルの話だ。
最低限のルールすら守れない輩へのペナルティとしては、妥当の範囲である。
「以上で本試験の説明を終了する。質問のある者は速やかに挙手するように」
試験官さんの説明が終わり、やって来たのは質問タイム。
他の受験者に紛れ俺も手を挙げてみた所、なんと栄えある最初の質問者に指名された。
今日の俺はついてるぜ。
「質問を述べろ」
「はい。お聞きしたい点が二点あります。一つは本試験における《帰還の指輪》の有無について。そしてもう一つは本試験における運営側の警備状況についてです」
俺の質問はどうも珍妙だったらしい。
女試験官さんは、しばらく目を瞬かせた後、少し困惑気味に答えた。
「《帰還の指輪》については、あー、用意していない。ここはクリア済みのダンジョンである上、試験会場は第一層にあるからな。あちら側のポータルゲートが目と鼻の先にある状況で、人数分の帰還の指輪を配布するのは予算の関係上不可能だ。理解してくれ」
試験官さんの返事を聞いた何人かがクスクスと笑い出した。
大変恥ずかしいが、当然の反応だろう。
使うとこちらの世界まで戻ってくる事のできる便利アイテム《帰還の指輪》は、どんなに安くとも軽く六桁はする代物だ。
それを最も易しい第一層で使うなど、まさに金の無駄遣い。
ダメ元で聞いてみたが、やはり結果はノーだった。
「二つ目の質問については、私と私の部下二人が監督する。試練を与える役と並行しての職務となるが、諸君らが安心して試験に臨めるように最善を尽くす。以上が質問への解答だ。納得は出来たか?」
「……はい。ありがとうございます」
内心迷いに迷ったが、寸前の所で質問の深追いを止めた。
不安だから警備を増やして欲しいと頼んだ所で、どうせ一蹴されるのは目に見えている。
試験官さん達が甘いという訳ではない。彼女達は、最大限安全に配慮してくれているのだろう。
しかしそれは、初心者ダンジョンの第一層を基準とした最大限だ。
『仕方がありません。マスターの
『分かってるよ。悲しんじゃいないし、絶望もしていない。ただ、何もせずにいるのが嫌だっただけだ』
『それならば良いのです。ご武運を』
「あぁ」
あいつなりの励ましの言葉を受け、少し沈みがちだった気持ちを切り替える。
やってやるさ冒険者試験。
たとえ何が待っていようが、必ずクリアしてやる。
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