第六話 春夏秋冬、修行修行!






 これは、一人のどうしようもない糞雑魚が、血と汗と涙とその他諸々もろもろの汚い液体を垂らしながら、懸命に強くなろうとした記録である。

 









◆◆◆春――――鍛錬の季節








 最初の三カ月はひたすら走り込みと筋トレだった。


 いや、理には叶っているのだ。


 ダンジョンがあり、精霊がいるこの世界で非力なままで想いを為せるなんて甘い事は言ってられない。


 それに俺はあの清水凶一郎。

 契約している精霊こそ最強の存在だが、俺自身はただ人相が悪いだけの糞雑魚野郎である。


 だから肉体作りというアルの提案には従ったさ。


 けれど裏ボス様の意見に乗った時は、その言葉の意味を深く考えていなかったんだと思う。



「まず、基礎的な体力をつける為に、毎日十キロメートル程走って頂きます。これを三セット。代謝と持久力はあらゆる戦闘状況で有効な要素として働きます。そしてその後は短距離ダッシュを五十セット。スプリントによる効能として敏捷型アジリティの向上と共に瞬間的なパワーを引き出す時の助けになります。筋肉のトレーニングは最終的に筋力、筋肥大、筋持久力の三つ全てを高水準に鍛え上げる事を目標とします。しかし初めから全ての項目に手を出すのは効率的ではありません。まずは筋力向上を中心に育てていきましょう。トレーニング機材はいずれ買いそろえるとして、まずは軽くスクワット○○○回、腕立て○○○回、上体起こし○○○回。これを一セットとして――――」



 訓練の初日、アルがいつもの澄まし顔でそんな事をほざいた時は、当然猛烈に抗議したさ。


 だってこんなオーバーワークどころかオーバーキルな練習メニュー、明かに不健康だろう?



 だけど裏ボス様は、桜餅さくらもちを頬張りながら言ったんだ。



「ご安心をマスター。貴方はこの私と契約をしているのです。深度レベルが最低とはいえ、このメニューをギリギリこなせるだけの加護は働いておりますので」



 鬼だ、と思った。


 ヒミングレーヴァの言う通り、確かにダンマギの登場人物達は人間とは思えない速度で飛んだり跳ねたりしていた。


 そしてその力の源が精霊の加護という事も分かっている。



 華奢きゃしゃな美少女達が超人ばりの活躍を見せる言い訳としては、中々良く出来ているなと、当時は思ったものだがしかし……



「いや、でもまてヒミングレーヴァ! だったら筋トレとか必要なくねぇか!? 加護のお陰で超人並みのパフォーマンスが発揮できるんだから無理に鍛える必要なんてないだろ?」



 そうやってワラにもすがる思いで尋ねた俺に対し、裏ボス様は



「お馬鹿ですねマスターは。加護の効果は乗算されていくもの。素体のパラメータが優れていれば優れている程、掛け合わせた時の能力も大きくなっていくのです。加えて肉体の向上は、自信や勇気といったポジティブな精神機能の発現、更には敵対者への威圧や必要のない戦闘行動への抑止効果といった副次効果も見込まれます。そもそも、超常の力を己の者だと過信し、自己を磨けない者に世界の運命を変える事など出来るでしょうか? 後、アルとお呼び下さいまし」


 

 等と、にべもなく突っぱね、俺に地獄の修行を強制しやがったのだ。



 最初の内は、そりゃもう酷かった。


 修行の厳しさに泣いたし、吐いたし、漏らした事もあった。


 アルの考えたトレーニングメニューは本当に、加護込みでギリギリこなせる範囲の代物であり、おまけに各運動後に脈拍や呼吸のチェックまで完璧にこなしやがるので仮病や嘘も通用しない。



 しかもトレーニング後は裏ボス直々のマッサージや、姉さんお手製の筋肉料理で体力を回復させられ、翌朝起きたらなんとか修行がこなせる程度には快復してやがるのだ。


 ボロボロになっても、翌朝には動けるようになってしまう身体をひたすらいじめてイジメテ虐め抜く。


 それは正真正銘の地獄だった。









◆◆◆夏――――強化の季節







 しかし、どんなに劣悪な環境でも、人は徐々になれていくものである。


 あれ程きつかったトレーニングも、制服が夏服へと変わる頃には比較的平常心でこなせるようになってきていた。


 無論、ウチの鬼教官が負荷の増加を考えない筈もなく、こちらが少し慣れてくるとすぐにトレーニングの質や量を増やしやがるのだが、それ込みでもなんとか耐えられる程度には、俺の精神はこの修行地獄を受け入れられるようになっていたのである。



「そろそろ次の段階に進んでも良さそうですね」



 そう言ってアルが精霊術アストラルスキルの基礎を教えてくれるようになったのは六月の事。



 雨のせいで中々外の修行が出来ない事もあり、アルは室内でも行える修行として精霊術関連の訓練を行ってくれるようになったのだ。



 精霊術。いわばこの世界の魔法。


 契約した精霊を通して異界の奇跡を発現するこの術において人間側に必要とされる能力は、ゲームで言うところのMPや魔力と呼ばれる類の万能エネルギーの保有量



 何故ならばダンマギの世界の登場人物は、一部の例外を除いてそういったファンタジー能力を持ち合わせていないのだ。



 ……まぁ、その一部というのが種族単位でいたりするんだから、やっぱり向こうの世界のリアルとはかけ離れているわけなんだけどさ。


 さておき。この世界の住人のほとんどは、奇跡を発現させる為の魔法の燃料を持ち合わせていない。


 ならば、どこからソレを引き出すのか?



「最初は簡単な術の訓練から行きましょう。装甲強化プロテクト腕力強化アームズといった肉体強化の基礎スキルならば、私の供給する霊力をマスターの肉体に循環するだけで発現が可能です」



 霊力。または精霊力。


 精霊を通して契約者に供給される奇跡の源となる力の名だ。


 そう。ダンマギの中でAPと呼ばれる魔力量的な意味合いを持つステータスが示すものとは、精霊によって供給された精霊力アストラルパワー多寡たかであり、本人が持って生まれた力ではないのである。


 だからWEB小説定番の「魔力量を増やす為に幼少期から魔力放出を毎日行い鍛え上げる」といった方法は、そのままでは使えない。


 なにせこの世界の人間には不思議な力を自前で捻出する器官などないのだから。


 では、何を鍛えれば良いのかというとこれは主に二つある。


 一つは許容量キャパシティの強化。

 

 精霊から供給された霊力を、最大どれだけ溜めこめるか。つまり最大APの増強である。


 腹部の臍のあたりにあるとされる霊的エネルギーの貯蔵器官の機能を拡充し、最大APを大きくする事がどうやらこの世界における精霊使いの基本訓練らしい。


 そして二つ目が回復量の増加。


 術によって減った体内の精霊力をいかに早く精霊に供給してもらえるかという事だ。


 ゲームのダンマギでは、ターン毎に減ったAPが一定量ずつ回復していくという仕様だったのだが、これは精霊と人間の関係性を考えれば当然だったんだよな。


 奇跡の源となる精霊力は、精霊を通して分け与えられる。


 ならば術によって減ったエネルギーは、また精霊に持ってきてもらえば良い訳だ。


 この話を聞いた時、俺はゲームの仕様がうまく現実世界に落し込まれている、と年甲斐もなくはしゃいでしまった。


 そんな俺を、アルがアイスキャンディー片手に冷めた目で見ていたのも、今となっては良い想い出である。


 んで意外な事にだが、この精霊力を鍛える訓練は思いの外スムーズに進んだのだった。


 基本的にこの訓練は精霊力をすっからかんになるまでスキルとして変換し、その後アルから追加の精霊力を供給してもらうという流れを一セットとして行われるのだが、俺はこれを約一週間でものにしたのである。



 いや、もちろん基礎的なスキルを発現出来るようになっただけというかトレーニングをする上でのコツを掴んだ程度の話なのだが、少し考えてみて欲しい。


 俺はあの清水凶一郎であり、中身は平和な世の中で社畜をやっていた一般人なのだ。


 凄くね? ヤバくね?


 元々剣も魔法も精霊もいない世界から突然転移してきた身でありながら、不思議パワーの一端を簡単に会得出来た俺って天才じゃね?


 その事を鼻高々とアルに話したら



「肉体トレーニングの成果がでましたね、マスター。基本的に精霊力関連の訓練は身体に負荷をかけ、容量や機能を増強するというシステムですから、筋トレ馬鹿のマスターなら耐えられると思いましたよ」



 と褒められた。


 あの地獄の様な筋トレが精霊術を取り扱う訓練の前段階だったとは……! というか見事に掌で踊らされていた……だと!?


 ウチの鬼教官ってば本当に策士!







◆◆◆秋――――決断の季節






 筋トレと精霊術関連の訓練を平行して行い、街の紅葉がちらほらと目につくようになった頃、俺達の修行は次の段階へと移行していた。



 その内容とはすなわち




「基礎的な技術は概ね身についたようですね。では、そろそろ私の術を修めていきましょうか」



 そう! みんな大好き固有スキルの習得である!



 固有スキル、専用能力、個性、異能、ギフトに転生特典――――男なら誰でも一度は憧れる自分だけの特殊能力をものにする瞬間が、ついに俺にも来たんだよ!


 もうテンション爆上がりで年甲斐もなく(いや、今の身体は十四才なんだから年相応なのか?)はしゃいでしまった俺は、今までにない程の集中力でこの訓練に臨んだんだ。



 しかし……



「驚くほどのポンコツぶりですね、マスター」



 焼き芋片手にアルが下した結論は、辛辣だが、的を射ていた。



 術の放出。つまり、体内で練り上げたスキルを離れた場所に放つという技術が、俺はどうも不得手らしい。



 今まで生きていた世界で特殊なオーラを飛ばすなんて生活送って来なかった弊害なのかどうか分からないが、自分の身体から離れていったものを操るという感覚がどうもつかめないのだ。



「マスターは術の変換効率や集束性などは優れているのですが、指向性や拡張性等といった観点に問題があります」



「つまり?」


「ゲームで例えるならゴリゴリの脳筋戦士タイプです。魔法使いや僧侶といった後方役には絶対につけません」




 暇さえあればゲーム知識を語り尽くしていたお陰か、裏ボス様の例えはとても俗っぽくて分かりやいものだった。



 まぁ、とにかく俺は遠距離攻撃が苦手らしい。


「でも、遠距離攻撃ロングレンジを持たない戦士タイプって大分不安が残るな」



 ダンジョン探索は奥が深い。

 戦闘に限った局面だけでも前衛に中衛に後衛、攻撃役アタッカー盾役タンク援護役サポーター等を集めたパーティー攻略が鉄板だ。



 それでも、俺が主人公やメインヒロインのような万能勇者タイプであれば、ソロ攻略も可能だったのかもしれないが、残念ながら俺の適正は脳筋近接戦闘タイプ。



「こりゃあソロの攻略は難しそうだな」



 エリクサーの眠るダンジョンは、そこまでパーティーの多様性が求められるダンジョンではないが、それでも戦士タイプ一人で攻略できるほど甘くはない。



「マスターの情報を前提にプランを立てるならば、武器の扱いに長けた敏捷型アジリティアタッカーと、威力及び殲滅能力に優れた遠距離攻撃ロングレンジシューターは必須でしょう。個人的には回復役も一人欲しいところです」



 アルの意見には、俺も賛成だった。

 道中はともかく、ボス戦を見越すならば技巧に優れた剣士タイプの前衛と、一気に大ダメージを与えられる砲撃タイプの後衛は絶対に必要だ。



 特に確たる技を身につけた武芸者の存在は、ボス戦攻略における要といっても過言ではない。




「強い武芸者か……」



 真っ先に思い浮かんだのは、元の世界で「物理属性最強」と呼ばれていたチートキャラの存在だ。



 でもあいつは、一騎討ちで勝たないと仲間になってくれない初心者お断りキャラだし、それほどの実力が俺にあったならばそもそもこんなことで悩んでないので即却下。



 次に思い浮かんだのは、無印五大ヒロインの内の一人であるクーデレ剣士。


 彼女なんかは技術もあるし、義にもあつい性格のはずだ。


 なんとかコネを作り頼み込めばいけるのではないだろうか。



 ……でもなぁ、それって主人公からヒロインを寝取ってるみたいで気が引けるんだよなぁ。



 そりゃあ俺はくそったれな運命を良しとしない反逆者だよ?


 でも、だからといってなんでもかんでも好き勝手に変えようなんて欲深な野望は抱いていないし、主人公に成り代わろうとも思っていない。


 ヒロインと勝手に知り合ってダンジョン攻略なんてもっての外だろう。



「面倒臭いことを考えますねマスターは。我々に手段を選んでいる余裕などないでしょうに」

「分かってるよアル。でもこれはギャルゲープレイヤーの性なんだよ。…俺達はな、別に主人公になりたい訳じゃないんだ。主人公とくっついて幸せに喜ぶヒロインが見たいんだよ」

「随分と歪んだ欲求ですね」

「紳士ってのはそういうもんだよ」




 やれやれ、と無表情のまま肩をすくめる裏ボス様。その顔色は鉄面皮のように不変だが、この数ヶ月間彼女と行動を共にしてきた俺には分かる。

 奴はちっとも諦めていない。




「ダンジョン攻略のためには業務パートナーの存在は不可欠です。実現不可能な人物ならばともかく、可能性のある人物まで除外する行為は人事を尽くしているとは言えません」

「分かっている。分かっているんだけど……」

「分かっているのならば、行動に移して下さいマスター。有能な人物を知っているのであれば、その家族にまでアプローチを試みる程度の気概は持つべきです」

「……んっ?」




 その物言いに、思わず反応してしまったのは耳に響いたからではない。


 アルの正論は、今日に始まったことではないし、流石にこの程度で目くじらを立てるほど短気な性格はしていない。


 そうではなくて、気になったのは家族というフレーズだ。



「今って皇歴1189年だよな」

「はい。マスターの欲している答えを補足するのであれば、本編と呼ばれる時間軸のおよそ二年半程前に位置する時点にございます」



 そう、主人公がこの街にやって来る二年半前の時間軸に立っている。


 で、あれば……。



「アル。一人候補が見つかったんだが、聞いてくれるか」

「伺いましょう」



 そうして俺はクーデレヒロインのルートに出てくる『彼女』の過去について語り始めた。

 向こうの世界で同じ事を語ったとしても、それは只のオタトークにしかならない。

 けれど、今この時この瞬間において彼女の物語を語ることには、大きな大きな意味がある。


「……なるほど。であれば、冒険者ライセンスの取得を春先に変える必要がありそうですね」



 俺の話に賛同してくれたアルが早速修行プランの修正を語り始める。


 その後、二人であれこれと今後の事を話し込んでいたら「二人はとても仲良しさんですね」と姉さんに微笑まれた。


 なんとも複雑な気分になったが、不思議と悪い気はしなかった。






◆◆◆冬――――飛躍の季節





 雪が降り、辺り一面が白銀色に染め上げられた師走時。


 俺達の修行はついに締めの段階へと突入した。



 トレーニングによって鍛えられた肉体、意外な才能を発揮した精霊術の基礎訓練、そしてあれこれとアプローチを変えながら最適な使用方法を模索中の固有スキルの発現。


 冬の修行は、そんな過去の経験を総動員しなければスタートラインにすら立てないほどの難関だった。



「どうしましたマスター? そのような体たらくでは、肉まんで両手を覆ったこの私に一太刀を浴びせる事など到底敵いませんよ」



「っるせぇ!」



 俺は雪に埋もれた身体を起こし、そのまま《脚力強化ストライド》と《腕力強化アームズ》の精霊術を発動。



「そう何度も何度もこてんぱんにされる凶一郎さんじゃないって事を見せてやるぜ!」

「そうである事を期待しています」



 腋にはさんだ紙袋から、湯気の漂う肉まんを取り出す裏ボス様。


 言葉とは裏腹に、奴の脳裏に食への探求心しかない事は火を見るより明らかだ。


 舐めやがって。



「目に物を見せてやるわっ!」



 木剣を正眼の位置に構え、そのままあらん限りの気合と共に振り上げる。


 奴との距離は十メートル。このまま剣を降ろしても到底アルの所までは届かない。


 ならば。


「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 咆哮と共に俺は雪原を駆け抜けた。


 そう。届かないのならば近づけば良いだけだ。


 振り上げから振り降ろしまでの僅かな間隙で十メートルの距離を埋めるべく、俺の身体は早風のように疾駆する。



 使用した術は先の脚力強化と固有スキルの《時間加速》。


 放出系のスキルが苦手な俺がどうにかして時間操作能力を活用すべく編み出した必殺コンボだ。



 時間加速は読んでのごとく時の流れを速める術の事だが、これを体内の時間経過速度に限定する事で強化系スキルの範疇に収める事に成功。



 更に駄目押しとばかりに付与された《脚力強化》の術のお陰で、俺の身体は尋常じゃない速さで十メートルという距離を踏破する。



 常人から見れば、まるで時が止まったかと錯覚するような一瞬の移動。


 技体合一の合わせ技により見事アルの背後を取った俺は、そのまま彼女の後頭部に木剣を振り降ろし――――



「良い攻撃です。私でなければ成功していたでしょう」



 そのまま裏ボスの回し蹴りを腹部にもらい、吹っ飛ばされた。



「畜生! これでも駄目かぁっ!」



 肺に入り込む空気の冷たさを感じながら、俺は何度目かのアタック失敗を実感した。



 精霊術を使用した本格的な戦闘訓練。今までの総決算と言っていいこの修行が始まってしばらく立つ。


 師匠は裏ボス。俺は、チュートリアルの中ボス。そりゃあ戦力差は明かな訳だが



「それでも、一発くらいは当てられると思ったんだがなぁ!」



 雪色に染まった地面に両手をついて息を吐く。気づかない内に相当身体を酷使していたらしい。真冬だというのに汗で服がびっしょりだ。


 俺は、休まず肉まんをもそもそ食べ続ける白髪少女に若干の恨みがましさを伴った視線を送る。



「何か?」

「いや、改めてすげぇなって思っただけだよ」


 裏ボス様は強かった。


 契約により、契約者と同程度(規模と深度は雲泥の差だが)の固有スキルしか使えないというハンデがあっても圧倒的に強かった。



「なんでアレ避けられるんだよ。絶対無理だろあんなの」

「可能です。筋肉の収縮や眼球の動き、後は重心の位置などを注視すれば人の行動は予測できます」


 正面から斬りかかった相手が、次の瞬間背後から奇襲かましてきたというのにこの余裕である。


 

「ったく、お前とやってると全然強くなった気がしないぜ?」

「卑下する事はありませんよ、マスター。貴方が日に日に成長している事は、私が保証します」


 と、アルはいつもの澄まし顔で言う。



「特に先程の《腕力強化》と《脚力強化》、更には《時間加速》の三重強化トリプルコンボは見事でした。消耗の大きさこそ課題点ですが、十分実戦でも通用する術技です」

「珍しく素直に褒めるじゃないか」

「それ程マスターの成長が著しいという事ですよ。貴方は、自身が思っている程弱くもなければ、脆くもない。少しくらい自信を持っても罰は当たりません」



 アルの素直な賞賛に若干の戸惑いと嬉しさを覚えながら、俺はゆっくりと立ち上がる。




「ありがとう、アル。でもまだまだ俺は未熟だよ」



 すねている訳じゃない。心底からの想いだった。


 アルの言う通り、俺は幾ばくか成長したのだろう。


 けれど、まだまだ足りない所が沢山あるのもまた事実なわけで、そこをなあなあにするのはよろしくない。



 クソッタレな運命に反逆すると大見え切っている以上、甘えや妥協は邪魔なだけだ。



「つーわけで、もう一本頼むわアル」

「前々から思っていたのですが、マスターって結構完璧主義ですよね?」

「いや、そんな事ないだろ。結構ちゃらんぽらんよ、俺」

「……そうですか。では、今度はあの技へ向けた訓練を行いましょう。まずは武器への――――」




 そんな風にして、俺とアルの二人三脚は続いていく。










 そうして春が去り、夏を通じ、秋を終え、冬が巡り、また春がやってくる。




 皇歴1190年、四月某日。


 この素晴らしくも残酷な世界にやって来て一年という月日が経とうとしていたその日



 俺は、冒険者資格を得る為の資格試験を受けるべく、とあるダンジョンへと向かっていた。










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