第五話  最強の精霊とその力



◆清水家・床の間



 なんとかヒミングレーヴァとの契約を結んだ俺は、早速彼女を家まで連れていき、姉さんに会わせた。



「あの、キョウ君、こちらの方は?」



 俺の隣にちょこんと座る白髪の美少女を不思議そうに眺める姉さん。



 なんて可愛いのだろうか。どうか末永く幸せに生きて欲しい。



「えっとこちらは、ヒミングレーヴァ・アルビオンさん。信じてもらえないかもしれないけど、ウチがまつっている神社の神様的立場の方っていう事で良いのかな……?」



「問題ありません。アルとお呼び下さいまし」



 澄ました顔で頷くヒミングレーヴァ。

 


 神社を出た辺りから武装を解き、ついでにあのダサ――個性的な喋り方を辞めた今の彼女は、さながら深窓の令嬢といった出で立ち。


 代わりに纏っている白のブラウスが大変さわやかでよろしい。




「もう! なんですかその良く分からない嘘は! どうして素直に彼女さんだって紹介できないんですか?」



「いや、違うんだ姉さん。これは彼女とかいう非現実的な存在じゃなくて、れっきとした神様で――――」



「どっちが、非現実的ですか!」



 ぷんすこと頬を膨らませておこる姉さんに、そりゃあ後者だろうと常識を語りたくなるが、どちらも非現実極まりない存在である事に変わりはないので俺は流すことにした。



 しかし、案の定というか信じてくれないな姉さん。



 いや、この人は神ですという世迷い言を疑いもなく信じてしまう方が問題ではあるけれども。



 俺は隣に座る裏ボス様を見やる。




「マスター、少しお耳を」



「ん? あぁ、どうした?」



 彼女の提案に乗り、左耳を最強精霊の口許へと寄せる。


 


「このままではらちが明きません。私が適当に話を作るのでマスターはそれに合わせてください」



「わ、分かった。すまんなヒミングレーヴァ。しかし、その喋り方はどうなんだ? いや流暢りゅうちょうではあるんだけど」



「言語機能制限を解除し、契約者周囲の言語環境に最適化した状態へと移行しただけです。ついでにアルとお呼びくださいまし。ファーストネームでの呼称は時間を要します」



 キャラ付けなど知らんとばかりの超効率重視な解答に、俺は敬服の念すら抱きながら「分かったよ、アル」と頷いた。




「何を二人でこそこそと話しているんですか。ナイショ話ならお姉ちゃんも仲間に入れてください。さみしいです」



「失礼致しました、姉上様。されど、ご心配なさらず。彼と私は、姉上様の危惧するような関係ではございません」



「では、どのような関係だと?」



「そうですね。端的に申し上げるならば」




 そこでヒミングレーヴァ――――アルは、その美しい唇を流麗に動かしながら





「彼は、記憶喪失の私に生きる希望を与えてくださった命の恩人です」





 そんな事をほざいたのだった。



「!? キョウ君、それは本当ですか!?」


「え……? あ、ウン。ソウダネ」



「出会いは神社の境内けいだいでした。どうしてここにいるかも分からない。自分の名前すらも分からない。そんな私を偶然居合わせた彼が救ってくださったのです。それから――――」




 それから語られたのは古今東西あらゆる感動系恋愛シミュレーションの冒頭を詰め合わせたような嘘八百の数々であった。




 記憶のない少女、桜舞う神社で出会った優しい青年。お腹の空いた少女に菓子パンを恵み、なんかそれっぽい抽象的なポエムを語る青年であったが、これまたどこからか現れた心ないチンピラに囲まれてあわやピンチ! そんな彼を助けるため少女は秘めたる力を覚醒させ――――とかなんとかそういうハートフルなボーイミーツガール物語をアルが騙り終えて頃には姉さんはもう、死ぬほど号泣していた。




「うっ、ぐすっ。そんな、そんな壮絶なドラマがあっただなんて」



「そっソウナンダヨ。だから姉さん、良かったらこのアルを――――」



「みなまで言わなくても大丈夫ですキョウ君! この子は、この子はウチで引き取りましょう!」




 力強い口調で断言する姉さん。

 

 こちらとしてはありがたい限りなのだが人が良すぎて心配になる。



「ご心配なさらず、マスター」



 俺の表情から何かを感じ取ったのかアルは、俺の耳元に向かって小さく囁きかけた。



「姉上が都合良く納得されたのは『死未しみず』の血筋故のこと。太古の契約より私と彼らの関係は奉られる者と奉る者。私の言葉は彼らにとって神の一言に他なりません」


「つまり?」


「私のお願いは何でも聞くし、何でも信じます」



「怖!?」



 とんでもない事実の発覚に俺は軽い目眩を覚えた。



 もしかして俺は、この世に放ってはならない類の邪神を野に放ってしまったのでは?



「ご安心下さいまし。私はこの家をどうこうする気など微塵もありません。マスターが約束さえ守ってくだされば、私は忠実な従者として振る舞いましょう」



 それは裏を返せば約束を守らなければ家族がどうなっても知らんぞという意味にもとらえられるのだが……まぁいい。

 ひとまずその件をスル―することにした俺は「家族が増える」とおおはしゃぎな姉さんに向き直り、言った。



「でさ、姉さん。実はアルには不思議な力があるんだ」


「先ほどの話の中で出てきた悪いチンピラさん達を撃退した力の事ですね」


「あ、ウンソウダネ。その力の亜種みたいなものだよ」



 俺は先ほどのアルの与太話に乗っかる形で本題に切り込む。



「どうやらアルには人の傷や病を癒す能力があるみたいでさ。さっきの話で派手にやりあったのに傷一つないのもこの力のお陰なんだよ」 


 戦いどころか襲ってくるチンピラもいなかったのだから怪我など起こりうるはずもないのが、さもアルのお陰で治ったのだとアピールする。


 ……詐欺師の手口そのものじゃないか。



「んで提案なんだけど、最近姉さんなんだか調子悪いだろ? だから良かったらアルに診てもらったらどうかなって思って」

 


「それは願ってもないことですが……」



 俺は視線でアルに合図を送る。


 いつの間にやら、机の上にあった茶菓子を全て平らげていた裏ボス様はそのまま食後の運動とばかりに姉さんの側へと近寄り




「少し眩しいかもしれません。目をつむっていて下さい」



「は、はい」



 そのまま素直に目を閉じる姉さんの額に手を当てた。



 次の瞬間、宣言通りアルの掌から淡く白い光が閃いた。



 形状は扇状おうぎじょうで、大きさは丁度姉さんの顔ほど。


 あくまで個人的な主観になるが、それは慈愛に満ちた優しい光だったと思う。


 

 頼む、うまく行ってくれと願いながら見守ること約一分。


 アルの手から放たれていた光は、徐々に明るさを失っていき、最後には煙のように消失した。



「姉さん!? 大丈夫?」



 俺は心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら、姉さんの容態を確認する。



「嘘……」



 姉さんは大きな瞳を更に見開きながら、その美しいウィスパーボイスで声を上げる。



「息苦しくないです……。身体もすごく軽い……。あぁ……空気がとても美味しいです」



 その時湧き上がった歓喜の感情をどう表現すれば良いだろうか。



 成功した証を示すかのように親指をサムズアップするアルと、今まで見たこともない程穏やかに微笑む姉さん。



 あぁ、あぁ、やったのだ。


 俺は思わず熱くなった目頭を押さえながら俺は術の成功を確信する。


 俺達に降りかかる死の運命。


 そのクソッタレな悪魔の筋書きに一矢報いる事が出来たんだ!









 その日、清水家では小さな宴が行われた。


 姉さんの快復と、アルが家の住人になった記念にと開かれたそのパーティは、半ば二人の大食い大会になっていた気もするが、まぁ楽しく出来たと思う。


 しかし姉さん、良く食べてたなぁ。


 昨日も普通におかわりとかしてたけど、あれは呪いに蝕まれていたせいで本調子ではなかったんだなと思い知らされたよ、全く。



 まぁ、それに劣らず



「お前も良く食べるよな」



 隣で風呂上がりのアイスに勤しむ裏ボス様は、相変わらずの仏頂面で



「精霊と人間ではそもそも規格が違います。貴方達の範疇はんちゅうで推し量る事はナンセンスです」



 それに、と入浴の影響でほんのりと上気した顔でヒミングレーヴァは言う。


「捧げものはしっかりと頂くというのが、奉られる者の礼儀というものでしょう」



「本当かぁ?」


 単に食い意地がはってるだけにしか見えないのだが。


「この私の言葉を疑うとは。マスターは清水の者の癖に生意気ですね」


「中身は清水さん家の子じゃないからな。いや、感謝はしてるし尊敬もしてるんだが」


 今の姿こそ威厳の欠片もないが、アルが姉さんの命を救ってくれた事に変わりはない。


「改めて本当にありがとうな、アル。今度は俺が約束を果たす番だよな」

 

「その事についてなのですが」



 と、食べ終わったバニラアイスのカップを横に置き、視線を俺へと移すアル。


「差し迫って一つ大きな問題があります」


 穏やかじゃない物言いに若干戸惑いながらも、俺は彼女の話に耳を傾ける。



「聞かせてくれ」


 ヒミングレーヴァは「えぇ」と小さくすると



「マスターの実力がへっぽこ過ぎます」



 そんな酷い事を平然と言ってのけた。


 パキンッと心の中の何かが音を立てて崩れていく感覚。


 だがしかし、それはぐうの音も出ない正論だった。



 素体が凶一郎な上に根っこは精霊もダンジョンも存在しない平和な世界で暮らしていた一般人なのだ。



「もっともな意見だが、そこはほら、別の優秀な奴と契約を結び直して俺は協力者ポジとして手伝えば良いんじゃないか」



 その為の暫定契約という形なんだし、と続けようとした反論は、白い少女の首振りでかき消されてしまった。




「それでは契約違反となります。私は貴方達『姉弟』に降りかかる死の運命を回避する事を条件にマスターと契約を結びました。しかし現状、私は清水文香、清水凶一郎の双方を救っておりません」


「ん?」


 ニュアンスによる問題か、もしくは聞き間違いか。どうもアルの説明が理解できない。


「あのさ、ヒミングレーヴァ。そこは双方を救って『は』おりませんだろ。お前の言い方だとまるで姉さんまで救ってないみたいな言い方になるぞ」



「いいえ間違ってはおりません。私にはまだ貴方達姉弟双方共に救わなければならない義務が課せられております。後アルとお呼び下さいまし」



 いやいや、と俺はアルの弁を否定する。




「姉さんは、さっきお前の力で元気になっただろ?」



 今現在、一人楽しく入浴中な我が姉の様子を思い出す。



 肌のつや。動き方の機微きび。食欲や顔色に咳の有無。素人目でも分かるくらい、姉さんの様子は見違えて快復していた。



 それは絶対に間違いない。……間違いない筈なのだ。



「はい。姉上様にかけられた呪術現象は停めました」

「そうだろ! だったら……?」

「停めただけです」

「……っ」


 良くない意味を孕んでいる言葉だという事は理解できた。



「この世界の知識を熟知しているマスターならご存知かと思われますが、私の能力特性は『時間操作』と『因果律の改変』です」



「そうだな」



 裏ボスにして最強の精霊格『アルテマ』が一柱ヒミングレーヴァ・アルビオンの能力は、時を自在に操り、あった事をなかった事にするという最強の能力。



「アルの能力なら『停める』に留まらず、『戻す』までいけると思っていたんだが……」



「はい。ですからこの問題は、マスターの実力がへっぽこである事に起因しています」



 言われて俺の脳裏に浮かんだのは、ダンマギのあるゲームシステムの存在だった。



精霊アストラルレベルの事か……」



 俺の解答にアルは首を振る事で肯定の意を示した。



 精霊アストラルレベル。それはダンマギにおける成長要素の総称だ。



 『精霊大戦ダンジョンマギア』というタイトル名が示す通り、ダンマギの戦いの主役は精霊である。



 精霊。太古の昔から存在する上位次元の知性体であり、数多の神話や伝説で名を馳せた超越的存在の正体にして本質。



 彼らの力を借りながら異世界の回廊であるダンジョンを探索し、それぞれの目的を果たしていくのがダンマギシリーズの基本フォーマットなのだが、この『精霊かれらの力を借りながら』という部分はキャラクターの成長にも大きな影響を及ぼしている。



 それが精霊アストラルレベル。契約した精霊を成長させる事でキャラクターを強化していく本作独自の成長システムだ。



 これはRPG等で良く見られる『スキルボードシステム』を基盤にしたもので、簡単に言うと①契約した精霊をレベルアップさせる事でポイントを獲得し、②そのポイントを割り振る事でステータスの補正や専用スキルといった精霊の恩恵を得るという仕様になっている。




 だから当然アルと契約したばかりでいわゆる初期状態な俺は……


「ほぼ私の力を使えないという事になります」


「そうなるよなぁ」


 思わず膝をついてうなだれてしまう。


 アルはあの時、時間を戻さなかったのではない。戻せなかったのである。



「『時間停止』を行えたのは、恩恵を与える精霊側だから解放状態のスキルを使う事が出来たって理屈でいいのか?」

「はい。解放領域にある機能に関しては問題なく使用可能です。

 故にいくつかのスキルにつきましては、マスターに先んじて使用可能という認識でよろしいかと」



 しかしそれらは所詮、アルの能力の基礎的な部分に過ぎない。



「『戻す』スキルのような応用的な機能を解放する為には相当数の経験値リソースが必要となるでしょう」

「成る程な」


  首を動かしながら、まずい事になったなと歯噛みする。



 要するに彼女がこの世界に及ぼせる影響は、俺の精霊レベルに依存したものになっているという事だ。



 だから裏ボス様があの時の姉さんに及ぼせた措置は、最低レベルの『時間停止』のみ。



 それだって十分破格でチートなのだが、彼女の言うようにそれは停めただけに過ぎない。



 よって姉さんを蝕む呪いは、その行動を停止しただけでまだ体内に残ったままという事である。



「加えて三次元上の干渉は、私が契約者と接続している間のみ効力を発揮します」


「という事はまさか……」


「へっぽこなマスターがどこかで野たれ死んだ場合、姉上様の呪いは再び彼女を蝕むという事です」



 首筋に流れる嫌な汗。姉さんは元気になった。けれど、俺次第でまたあの忌々しい呪いが蘇る?


 冗談じゃない。そんなのご免だ。真っ平だ。


 じゃあ、どうする? 主人公に近づかず大人しくして死なないようにやり過ごすか? ――――いや、それは無理だ。

 凶一郎が主人公達を襲った動機は姉さんだろうが、実行に移してしまった要因は



 ソレは運命なんて曖昧なものではない。

 もっと具体的で、ルールがあり、実害と悪意をともなう現象。

 無印の元凶とも呼ばれるソレが蔓延した時、俺は必ず侵され、望まぬ凶行へと走るだろう。



 そうなれば俺とアルの契約は切れ、姉さんの呪いは再発する。

 およそ考えられる最悪の未来だ。

 しかもタチが悪いことに、そいつは俺がなにもしない平穏な生活を選んだ先で待っている。



 だから現状維持ではダメなんだ。

 姉さんの死は、根本の原因を取り除かない限りくつがえらない。




 全ては俺が弱いから。

 弱いままでは誰も救えないし、俺自身も救えない。


 弱さが罪なんて冷淡な意見に賛同するわけではないけれど、少なくとも俺の弱さは家族を殺し、裏ボスの契約を踏みにじる程度には度しがたいものであると自覚している。


 弱いから、弱いから、弱いから――――。



 ならば弱い俺は、どうすれば良い?




「なぁ、アル。提案があるんだが」


「奇遇ですね。私も丁度マスターにやって頂きたい事がありまして」



 そして俺達二人は夜通し語り合った。


 内容は、主にこれからの事。


 俺の提案とアルのやって頂きたい事というのはものの見事に一致していたから、比較的穏やかに話し合えたと思う。


 その中で結論というか、大前提として組み上げられた決まりごとが一つある。


 それは



「――――俺の弱さが原因ならば」


「強くなればいいのです」



 そう、答えはとても簡単だった。覚悟をもって、ひたすら弱い己を鍛え上げる。



 つまり、修行というやつだ。

















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