第四話 始原の終末装置ヒミングレーヴァ・アルビオン(後編)










「――――つまり全アルテマとの対面を、俺は契約の対価として支払おう」




 アルテマ。それはダンマギの世界における最強格の精霊カテゴリーの総称だ。




 全てのドラゴンを統べし龍王、太古より暗躍する宇宙的恐怖の化身、時空間を自在に操る時の管理者――――どいつもこいつもおしなべてイカレた性能と設定を引っさげた超次元集団であり、全シリーズを通して最低でもラスボス格としてプレイヤーの前に立ちはだかるエンドコンテンツの代名詞的存在。




 そんな彼らだが、恐るべき事にこれでもまだ不完全状態であるという事が判明している。




『一つだけ言える事は、彼らは互いに出会う事でより力を増すという事です。……うーん、力を増すというのは少し語弊ごへいがあるかもしれないな。完成に近づく、と言った方が分かりやすいかもしれない。そう、アルテマってあれでもまだ不完全状態なんですよ』



 ダンマギのプロデューサーが大規模なオフラインイベントの際に話していた言葉だ。



 アルテマは不完全な状態であり、互いに出会う事で完成へと近づくという公式の見解は、当時の界隈かいわいを大きく盛り上げた。



 まだ見ぬ完全状態を夢想した神絵師たちの二次創作絵がインターネットを駆け巡り、それを徹夜して追いかけていたあの日々は、今思い出すだけでも胸が熱くなってくる。


 

 閑話休題。今この場において重要な事は三つである。



 その①作中のアルテマは不完全な状態である。

 その②アルテマは互いに相対する事でより完成に近づく。

 その③俺は全てのアルテマの居場所と出現条件を知っている。




「だから姉さんが治った暁には、アンタの完成をサポートする事を約束するよ。優秀な契約者の見積もり、出現条件を満たす為の援助、もちろん肝心のアルテマの情報だって全部アンタに渡す。これが俺に力を貸すメリット。一人の人間を救うに足るだけの対価は必ず払う」


「…………」



 俺のプレゼンを聞いたヒミングレーヴァの反応は、沈黙であった。


 真白の世界を支配する不気味な静けさ。


 無関心、というわけではないだろう。封印を解き、アルテマの秘密を口にした男を目前に何も感じない等という事はあり得まい。


 疑念、もしくは情報の吟味ぎんみという所か? 下手に割って入って心象を悪くするのは避けたい所なのでここは大人しく黙っておこう。



「把握/好奇/疑問。貴方の提示した条件について、当知性体は少なくない興味を持ったという事を報告致します。しかし同時に新たな問題点が検出されました」


「何か聞きたい事がある、という認識でいいのかな」


「肯定/問答。当知性体は貴方に問います」


 白の少女の白銀色の瞳が、俺の瞳の真中を捉える。


 淀みのない宝石の様な眼から感じられるのは、一切の嘘や誤魔化しを認めないというそんな意志だった。





「貴方が清水文香を助けなければならない理由をお答えください」





 何を当たり前の事をと喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「……姉さんの弟だからって理由じゃ納得しないよな」


「肯定/不可解。清水凶一郎は清水文香の弟ではありますが、貴方は凶一郎の身体を借りている赤の他人に過ぎません。自らの命を賭してまで彼女を助けようする貴方の行動は、生物的とは呼べません」



 ヒミングレーヴァの反論は、極めて的を射たものだった。


 要するにこの裏ボスは、こう言いたいのだ。



 昨日、清水文香の姉弟となったばかりの俺が弟面して命懸けの交渉に臨む筋合いなんてないだろう、と。



 まったく。その問いは反則だろう。


 異世界転生もののお約束としてその辺はなぁなぁにしておいてくれるとありがたかったんだけどなぁ。


 とはいえ。訊かれた以上は答えなければならない。


 これは交渉だ。相手を納得させなければ欲しいものは得られない。



「……そうだな。ざっと思いつく限り三つある」



 俺は右の人差し指から薬指までを上空に突き出しながら言葉を返す。




「一つは確認の為だ。さっき語った通り、清水凶一郎は遠くない未来で馬鹿やって死ぬ。それがくつがえせない運命なのかどうかは分からない。だから姉さんで確認するんだ」



 努めてドライに言い放つ。


 そう。ダンマギ本編において清水姉弟は必ず死ぬ運命にある。


 その死に様にこそ差はあれど、清水の命脈が尽きるという悲劇的結末は全ルート共通のものである。


 そうまでして俺達が死ななければならない理由は、恐らく目の前こいつが原因だろう。


 ヒミングレーヴァ・アルビオン。世界最強の精霊群アルテマの一角にして、清水家と深い関わりを持つ無印の裏ボス。


 メタ的な視点で見れば、俺達は主人公とこいつを戦わせるイベントを発現させる為に死ぬようなものだ。


 というか清水家は設定レベルでそういう扱いを課されている。



 父と母は、数年前の落盤事故で他界。


 祖父母は父方母方共に亡くなっていて、唯一縁のある叔母(昨日姉さんから話を聞いてピンときたんだ)も本編中のあるイベントで帰らぬ人となり、俺達姉弟に至っては言わずもがな。



 ……うん。もうね。呪われ過ぎだろ清水家。



 確かに清水の血筋があるとヒミングレーヴァとの対決がそもそも起こらないっていう事情は理解できるよ。


 でも、だったらその設定そのものを変えれば良かったじゃんか!


 ヒミングレーヴァ辺りの設定をちょっと弄って清水家は無関係な一般人で幸せに暮らしましたとさで解決出来ただろうに!


 高々裏ボスと戦わせる為だけに一つの家系を根絶やしにしてんじゃねぇよ糞が!



 ……あぁ、話が逸れたな。兎に角分かって欲しいのは、俺と姉さんは共に死ぬ運命にあるってこと。


 ってことは裏を返せばそれはどちらか一方の運命を覆すことができれば……



「要約。つまり清水文香の死を回避できるのならば、それは貴方の死も取り払える保証になるとお考えなのですね」



「あぁ。だから俺にも明確な利があるんだ」


「……」



 白色の少女は無言の頷きで返した。


 続きを述べろ、という事なのだろう。



「二つ目は極めて個人的な理由になるが……俺はこの世界を愛している」



 精霊大戦ダンジョンマギア。それは誇張でもなんでもなく俺の人生を変えたゲームだ。


 俺が初めてプレイしたギャルゲーであり、そして数多の神ゲーをプレイした今なお最高のゲームだと断言できる一本。



 それがダンマギだ。


 当時、色々あってふさぎこんでいた俺を救ってくれたのもダンマギ。


 オタク趣味の素晴らしさを教えてくれたのもダンマギ。


 同好の士と出会い、好きなものを共有する楽しさを教えてくれたのもダンマギだ。



 そんな世界に転生して。


 大好きだったキャラクターと直に会えて。


 おまけに手料理までご馳走になったんだ。



 向こうの世界で早くに両親を亡くした俺にとって、姉さんのハンバーグは涙が出るほど温かくて、美味しかった。



 憧れていた世界の大好きだったキャラに手料理を振る舞われたんだ。


 それはオタクにとって一宿一飯の恩どころの話ではないんだよ。



「オタクって人種は異常な程熱いバカなんだよ。高々ゲームのデータに平気でとんでもない額を注ぎ込むし、推しのイラストが少し入ってるだけのグッズを馬鹿みたいに買い込むことだってある」



 それを愚かだと笑う奴もいるだろう。


 あぁ、そうさ。愚かだとも。常識なんかクソ喰らえ、趣味に人生かけて何が悪い。

 低俗? 幼稚? いくらでも吠えてろボンクラ共! 自分の好きなものすら格好つけなきゃならない人生なんて、こっちからお断りだね。




「見ず知らずの他人じゃないんだ。大好きな作品の愛すべきキャラなんだ。その人が今、命の危機にさらされているんだぞ。ここで立ち上がらなきゃ、俺は自分を許せない」



 オタクに費用対効果なんて理屈は通用しない。


 たかがデータとか、ただの布切れとか、そんな賢い理屈で俺達が活動していると思ったら大間違いだ。



「おまけにオタクはチョロいからな。推しの手料理一つで命賭ける馬鹿がいたとしてもおかしくない」


「呆然。趣味嗜好の延長線上に自らの命を持ち出すというのですか」



「もちろん」



 心底から宣言する。


 チョロくて愚かなオタク野郎。俺はこんな自分が誇らしいよ。



「だが、流石の俺もこんな一世一代の決断を昨日の今日で下せる程、キまっちゃいない。だから三つ目だ」



 間髪入れずに俺は三つ目の理由を口にする。



「結論から言うとだな、この決断は俺だけのもんじゃない。姉さんを助けたいという意志は、俺の身体の持ち主の意志でもあるんだ」 



 清水凶一郎。


 初代ダンマギのヒャッハー系糞雑魚イキり中ボスという噛ませ犬にすらなれないやられ役。


 大半のプレイヤーにとってこいつは只のネタキャラであり、かく言う俺もその程度の認識に過ぎなかった。



 けれど、こうして俺が凶一郎としてダンマギの世界に転生し、そこで判明した諸々の状況を照らし合わせると見えてくるものがある。



 恐らく、凶一郎は姉さんを助けたかったのだ。



 呪いによって日に日に衰弱していく実の姉。



 そんな彼女をなんとかして救おうと、彼は彼なりに奮闘したのだろう。



 下級とはいえ二体の精霊を従えていたのはきっと凶一郎の努力の賜物だったのだ。


 チュートリアル中の主人公に手も足も出ずにやられる程度の実力しかない男が、それでも足掻いた結果があの二体の精霊だったのだと俺は思う。



 そして奴が脈絡みゃくらくなく主人公達に襲いかかった理由も今ならなんとなく分かる。



 プレイヤーにとっては突発的な出来事でも、凶一郎の視点に立ってみれば見えてくる一つの仮定が、俺の脳内を駆け巡る。





『ひゃっはぁあああああああああああああっ! オレ様の精霊術にひれ伏しなぁあああああああぁっ!』



 彼が主人公達を襲ったのは、主人公の隣にいた聖女が目的だったんじゃないか?



 ひれ伏す。つまり降伏の勧告かんこくだ。

 聖女のいる主人公パーティーを襲い、無理やり従わせてまで彼がやりたかった事。


 ……状況を鑑みれば、答えは一つしかない。

 あいつはきっと、聖女の持つ回復チート能力を借りて、姉さんを治そうとしたんだ。



「今現在、俺の中にどれだけアイツが残っているかは分からない。だけどこれが、この気持ちが俺だけのものではないって事だけは断言できる」



 言いながら俺は自分の心の内から沸き上がる衝動の正体を理解した。



 姉を助けたい。



 その気持ちはきっと、あの絶望的な未来においても変わらずに在ったのだと信じているから――――。


 


「どうしてこんな事になったのかは分からない。だけどこうして清水凶一郎として生まれ変わった以上は、アイツの願いを叶えてやりたい。今は強くそう思うよ」


 

 確認と憧れと衝動。


 端的にまとめれれば取るに足らない当たり前の動機ばかり。



 けれど、どんな偉業だって突き詰めればその始まりは当たり前の感情からだろう?



 だから異常だと非難されるいわれも、ありきたりだと卑下する必要もないんだよ。



 生きたくて、助けたくて、叶えたい。



 そんな当たり前の積み重ねが今俺をこの場に立たせているのだという自負を胸に、俺は裏ボスに向けて言い放つ。




「もう一度改めて言わせて欲しい。ヒミングレーヴァ、どうか俺達に力を貸して欲しい。お前の力が必要なんだ」



 下げる頭の角度は、折り目正しく四十五度。



 無力な俺に出来るありったけの礼を尽くして返答を待つこと数秒、彼女の涼やかな声音が白い空間に響き渡った。



「了解。ここに覚悟と意志は示されました。当知性体は貴方を暫定的な契約者として承諾します」



 驚きと歓喜が同時にき上がる。


 やった……。やったぞ畜生! 最強の裏ボスとの契約に成功したんだ!



「本当に、良いんだな。夢オチとか上げて落とす展開とかじゃないよな」



「無問題。元より貴方は『死未しみず』の血縁者。古の盟約により、当知性体との霊的パスはクリアしております。加えて貴方自身の特殊性並びに死未の血脈を守護するというオーダーの妥当性を鑑みれば、契約締結ていけつは必要かつ適切な行いと言えます」



 ヒミングレーヴァの言葉は半分くらいわけの分からないものだったが、それでも彼女が俺を契約者として認めてくれたという事だけは、しっかりと理解できた。



「ありがとうヒミングレーヴァ。そしてこれから宜しく頼む」



「了承。はい。これから宜しくお願いします、マスター」



 かくしてチュートリアルの中ボスと最強の裏ボスの契約は締結された。


 くそったれな運命に抗うための最初にして最大の障害を、俺はなんとか五体満足で乗り越えることに成功したのである。













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