第三話 始原の終末装置ヒミングレーヴァ・アルビオン（前編）
◆
気がつくと、世界は白一色に染まっていた。
天地の
その中心に、一人の少女が立っていた。
白い少女だ。
足のつま先から、髪の毛の一本に至るまでほとんど真っ白である。
白い空間に白い少女。色彩的にはとても見にくいのだが、それでも俺の目には彼女の姿がはっきりと映っていた。
だって彼女は普通じゃない。
視覚的な情報だけで判断しても、彼女は特別中の特別だったのだ。
まず目につくのはその武装だろう。
純白のドレスアーマーの上から真白の軍服を羽織り、腰には幾つもの刀剣が収められているその姿は、どう見ても戦うものの出で立ちだ。
戦う為の存在、そんな言葉が頭に浮かぶ。
けれどその印象に相反するかの様なあどけなさを、少女はその身に纏っていた。
整った目鼻顔立ち、名のある職人が手間暇かけて作り上げたオートクチュールの様な完璧なバランス。吸いこまれそうな程瑞々しい唇は、純白の世界に迷い込んだ一輪の
特筆すべきはその髪だ。
手入れの行き届いたショートカットを彩る色は真白。穢れを知らない新雪の様な
それは正しく人の理を超越した美しさであった。
あぁ、この侵しがたい神々しさは間違いなく裏ボスのものだ。
裏ボス。無印ぶっちぎりの最強精霊であり、全シリーズ通しても別格の枠組みである《アルテマ》の一柱。
「確認。当知性体を起動させたのは貴方ですか」
アルテマⅣ 始原の終末装置こと『ヒミングレーヴァ・アルビオン』は、抑揚のない声で俺に問いかけた。
「間違い……ありません。俺がアナタを呼びました」
思わず敬語で喋ってしまったのは彼女が余りにも神々しかったからだろう。
もうね、別格オーラが半端ないのよ。
勝てる気どころか戦う気すら起こらない。
いや、主人公って凄いわ。全クリ状態＋仲間がいたとはいえ、アレと戦えたんだもんなぁ。
「そうだ！ 戦い！」
俺は直ぐさま五体投地の姿勢を取り、裏ボスに対して害意がないというアピールを行った。
「ご覧の通り、こちらにアナタを仇なす意図はございません。ですからどうか試しの儀だけはご勘弁下さい！」
試しの儀。それは裏ボスが主人公達と戦う一連のイベントの事である。
詳細はこうだ。
全てのやり込み要素をクリアし、晴れてヒミングレーヴァを解放した主人公達。
しかしそんな彼らに対し、目覚めた彼女は「不正なアクセスを検知致しました」と問答無用の臨戦態勢に入り、試しの儀という名の裏ボス戦に入るのである。
導入としては比較的オーソドックスだろ？ うん、俺もそう思う。凄い自然な流れだよね。裏ボスだししょうがないよね。
でもさ、今の俺にとってはその自然なバトルム―ブが死活問題なわけよ。
だから俺は必死に懇願した。きっと根が平和主義者なんだろうな、ヘヘヘ。
「どうか何卒ご慈悲を下さいませ。私、清水凶一郎は虫も殺せぬ糞雑魚野郎でございます。間違いなく初手で確定死です。というかアナタ様が殺気を漏らしただけで、ウンコ漏らして死ぬ自信があります。ですから試すも糞もありません。私はウンコです」
あれ？ 何の話だったけ？
「不要/誤答。貴方は適格者である為、試しの儀は不要です。加えて貴方の言語センスが壊滅的かつ理解不能であると当知性体は進言
俺の決死のアピールが功を奏したのだろう、白い少女は試しの儀は行わないと明言してくれた。
良かったとホッとする半面、何か人として大事なものを失った気がするがその辺りは見て見ぬ振りで乗り切ろう。
そんなゴミみたいなプライドよりも、今
「適格者？」
俺の問いに裏ボスは首肯して答える。
「解答。適格者とはアルテマへの専用アクセス権を保有する特殊な血統固体を示す言葉です。貴方からは
長年シリーズをプレイし続けた俺ですら知らない裏設定が、今さらりと語られた気がする。
しかしこれで一つ謎が解けたぞ。
姉さんのイベントが裏ボス解放の道へと続いていたのには、やはり大きな意味があったんだ。
ただの心優しく見目麗しい天使な姉さんがヒミングレーヴァへ通じる鍵を持っていたのは、この世界から見れば半ば必然的な出来事であり、その鍵が主人公へと託されるのもまた、ある種の運命だったのだろう。
……言いたい事が無いわけでもないがとりあえず試しの儀は避けられそうだし、ひとまず安堵。
俺はホッと一息入れた後、改めて白い少女に向き直り土下座した。
「丁寧な解答、痛み入ります。その上で
「肯定/不要。構いません。加えて当知性体は貴方が不必要にへりくだった言語を用いなくてもよいと進言致します。貴方の喋りやすい口語形態でお話し下さい」
「お心遣い感謝致します。しかし」
「再告。貴方の喋りやすい口語形態でお話し下さい」
「……ありがとうございます……？」
「簡明。更にフランクな対応を求めます」
「もっとフランクに？ えっと……すまん、助かる、とか？」
「……了承。貴方はその語り口が合っていると当知性体は進言致します」
何だか知らないが、タメ口で話す事を強要されてしまった。
俺的には丁寧口調の方が失礼のないように感じるのだが、当の本人がそう言うのだ。
ここはしっかり合わせていこう。
「俺の名前は清水凶一郎。少なくとも今はそういう事になっている」
「疑問。『今は』という部分が不可解であると当知性体は進言致します。言語表現能力の不足として処理してもよろしいでしょうか」
「よろしくない。その辺りの事も含めて話をしたい。聞いてくれるか」
「重複/依頼。その会話は先程行いました。コミュニケーションの円滑化の為、無駄な会話は慎んで下さいと当知性体は進言致します」
愛くるしい美少女の顔立ちで、結構キツい事を言ってくる裏ボス。
キャラ付けかなんか知らないが、自分は毎回重複表現をしている癖に理不尽な奴である。
……まぁいい。今は大人しく会話に励むとするか。
「わかった。少し長くなるかもしれないが覚悟してくれ。まず初めに話しておきたいのは――――」
それから俺は、これまでの事を語った。
自分は異世界からやって来た事。精霊大戦ダンジョンマギアというゲームの事。そしてこれから俺達姉弟に降りかかる死の運命と、それを回避するためにヒミングレーヴァの助力が必要である事。
知りうる限りの情報は全て出しつくしたと思う。
出し惜しみする余裕なんてないし、隠し事なんてしても意味ないからな。
「――――だから俺にはアンタの力が必要なんだヒミングレーヴァ」
話を終え、最後にもう一度頭を下げる。
すると裏ボスは、平坦な口調で俺にこう言った。
「……把握/疑問。貴方が置かれている状況については
「構わない。何でも聞いてくれ」
俺は彼女の要望を二つ返事で快諾した。
質問があるという事は多少なりとも興味があるって事だ。
悪くない。いや、とても良い兆候だ。
俺はウキウキしながら質問を待った。
「問答。貴方に問います。当知性体が貴方と契約する事によって得られるメリットをお答え下さい」
しかし白い少女の口から発せられたのは、いきなり最高難度の問いかけだった。
最強の裏ボスが最弱の中ボスに力を貸すメリット。
普通に考えればそんなものは絶無である。
糞雑魚凶一郎の手札に彼女を惹きつける交渉カードなんてあるわけがない。
あぁ、そんなことは百も承知さ。分かっているとも。
「オーケー」
それを加味した上で、俺は不敵に笑って見せた。
そう。俺は凶一郎であって凶一郎ではない。
自分の事をダンマギやりこみゲーマー転生者と認識しているちょっとヤバい凶一郎だ。
「俺の頭の中にはこの世界の攻略法ともいうべき貴重な情報が山ほど詰まっている。そしてこのデータを提供すれば、アンタ達の願いを叶える一助になるんじゃないのか」
ヒミングレーヴァの纏う空気が変わる。白い世界を覆う空気が明かに息苦しいものへと転じた。
「その反応。少しは俺の話の信憑性を理解してくれたようだな。安心してくれ。嘘やハッタリなんかじゃない。俺は真実、知ってるんだ」
警戒されないよう最大限、言葉を選びつつ努めて明るい声音で純白の美少女に交渉のカードを切っていく。
背中を伝う嫌な汗。もしかしなくてもここが交渉の山場だ。
「アンタ達の願い。つまり――――」
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