第二話 最強の裏ボスに会いに行く
◆清水家・凶一郎の自室
ひとまず姉さんを寝かしつけた俺は、そのまま自分の部屋に籠り、何か良い案は無いかと思索に耽っていた。
このまま無為に時間を過ごしていれば、俺達姉弟は主人公の踏み台&感動盛り上げキャラとして死に絶える事になってしまう。
そんな事は許されない。断じて却下だ。
クソ雑魚イキリ野郎凶一郎は兎も角として、姉さんみたいな天使は絶対に幸せにならなければならない。
「必ず姉さんを救ってみせる」
俺は持てるゲーム知識を総動員して姉さんの呪いを解く方法を考えた。
真っ先に思いついたのは、ゲーム内で出てきた凄腕『呪術の専門家』に姉さんの呪いを解いてもらうという作戦である。
幸い今は本編開始の三年前。
まだ姉さんの症状も浅いみたいだし、妙案だと思ったのだが……
『私の名前はベルフェギ。流浪の解呪士だ。ここに来たのは、まぁ他の冒険者と同じ理由さ。ヨロシク』
思い返してみれば、アイツがここにやって来るのって三年後の事だった。
駄目だ。それでは到底間に合わない。
回復チート持ちの聖女が現れるのもゲーム開始時だし、ゲーム内キャラに頼るっていうのは難しそうだ。
……キャラが駄目ならアイテムはどうだ?
呪いの進行も初期段階の状態なら
ここがダンマギの世界であれば、エリクサーはあのダンジョンに眠っていると思うし、攻略情報を知っている俺であればアイテムゲットもワンチャンある。
……と、思ったんだが俺って凶一郎なんだよね。
最初から強力な精霊持ってる上に能力も化物な主人公様じゃなくて、チュートリアルのクソ雑魚中ボスであるって事をすっかり忘れてたわウン。
仲間もいない。才能もない。現段階では精霊すら持っていない。
詰んでるな、俺。
「……考え方を変えてみるか」
美少女ゲーマーの視点ではなく、ウェブ小説好きの視点で今の状況を考えてみる。
転生モノの主人公というのは、大体にして往々、チート能力を持っている。
それは神様からもらった恩恵であったり、幼少期からの鍛錬によって獲得した膨大な魔法力だったりと様々だ。
才能の外付け。これは転生モノにおいて欠かせないスパイスの一つであり、序盤の大きな見せ場でもある。
そこで今一度、俺自身のスペックについて振り返ってみよう。
えーっと、名前は清水凶一郎。能力はゴミ。性能はカス。イキり野郎で、仲間はおろか、多分友達もいない。唯一の取り柄は姉さんが美人で天使な事。以上。
……我が事ながら情けないことこの上ないが、これが清水凶一郎という男だ。
弱い。圧倒的に弱い。その辺のチワワの方がまだマシなレベルのクソ雑魚っぷりだ。
そんな弱キャラ代表の俺が一気に強くなる為には、どうすればいいのだろうか?
フフッ、ここでWeb小説先生のご登場だ。
先生はこう仰られている。強くなりたければ強力な
天啓とはまさにこの事だ。異世界で強くなるためには強い外付けを手に入れれば良い――――なんてシンプルで明快な答えなんだろう。異世界に転生する前にWeb小説を熟読しておいて本当に良かった!
しかし、web小説理論を閃いた俺の前に立ちはだかったのは、またしても現実という壁だった。
獲得条件は? 強さの程度は? 定めるべきゴール地点はどこにある?
強ければ良いというものではないし、扱えれば良いというものでもない。
必要なのは目的に沿った
ダンマギに出てくる精霊の数は、無印だけでもおよそ数百種類。当然、その中から目的に合致した精霊をピックアップする必要がある。
大変な作業だが、死ぬ気で考えろ凶一郎。今の俺に出来ることは頭を回すことだけなんだ。手を抜くな。妥協するな。諦めるな。
考えろ考えろ考えろ!
◆
悩んで悩んで悩み抜いた末に、俺は自室のメモ帳に以下の文章を書き記した。
『必要なもの:エリクサーの入手できるダンジョンをクリア出来る程度の力を持った精霊の存在。
姉さんの呪いを解呪出来るレベルの精霊であればなお良し。
大前提として、今の俺でも入手できる容易性を含むものとする』
書き終えて改めて読み直してみると、都合の良い事しか書いていない。
超強くて、おまけに簡単に手に入る精霊――――そんな都合の良い存在がいたら、それはまさしくチートだろう。
チート。インチキ。大いに結構。姉さんの命が助かるならその程度の
しかしそんな都合の良い存在が、そう簡単に存在するわけもないもんなぁ。
あぁ、もう! チートでもなんでもいいから姉さんの命を救ってくれよ。頼むから――――。
「……いや、待てよ」
そこで俺はふと気づく。
姉さん。そう、姉さんだ。
ダンマギにおいて姉さんは必ず死ぬ。
主人公達に
制作会社はどうして姉さんをこんな目に合わせたかったのか? 胸糞悪くて仕方がないが考えられる理由は二つ。
一つは物語的な意味である。
姉さんの死は、その後の主人公達の考え方に大きな影響を及ぼすことになるのだ。
清水文香のイベントを経験した主人公達は、その後事あるごとに姉さんを思い出しては、嘆き悲しみ、戦う為の決意を固めていく。
――――あの人の様な犠牲をこれ以上出さない為に。
――――文香さん、どうか天国で俺達の事を見守っていて下さい。
大層ご立派な事を言っていた気がするが、要するに姉さんはその死によって主人公達を精神的に成長させる役割を負ったのだ。
これが姉さんが死んだ第一の理由。
俺も当時は、落涙しながらプレイしていたが、こんなもん『当事者』からしてみれば理不尽以外の何物でもない。
主人公達を成長させる為の死? そんなゴミみたいな理由でどうして姉さんが犠牲にならねばならんのだ?
……まぁいい。大事なのはこの先だ。
姉さんの死が主人公達を成長させる(笑)物語的な意義があったのは間違いない。
けれど、それだけじゃないのだ。
清水文香の死は、ゲームの進行面においても意義があるものとして描かれている。
イベントの最終盤、死の床に伏せる姉さんは、最後の力を振り絞って主人公にあるアイテムを託す。
『神様に花を添えて上げて下さい。私にはもう、出来そうにありませんので』
それは今では廃れてしまった古い神社の境内の鍵であり、主人公は姉さんの死後、言われた場所に花を添える。
良いシーンだよな。俺も感動したよ。今となっては最低の演出としか思えないがな!
けれどこの神社、後にとんでもない事実が発覚する。
信仰が
その事実が判明するのはラスボスを倒したクリア後の事。
全てのダンジョンを踏破し、各種やり込み要素を全て究めたプレイヤーのみが入手する事が出来る《
……って、ちっともめでたくねぇよ! 何テメェら姉さんの形見使って神社荒しちゃってくれてんの? つーか制作会社も姉さんの死を裏ボス解放の条件にしてんじゃねぇよ! ○ねっ!
だがこの吐き気を催すような
裏ボスとの邂逅の条件は、①神社の境内の鍵を手に入れ、②超克の古文書の内容を読みあげる――――この二つの行程だけだ。
そしてこの二つの条件、俺ならば簡単にクリアする事が出来る。
神社の境内の鍵は本来の持ち主である姉さんから借りれば良いし、古文書の内容は俺のギャルゲー脳にしっかりと刻み込まれているから必要なし!
やべぇ。テンション上がる。最弱のボスが最強の裏ボスと契約を結ぶとか、超王道じゃん。
もしも首尾よく『彼女』の力を借りる事が出来れば、俺の問題と姉さんの呪いを一気に解決する事だって可能なはずだ。
バトル展開になったらそこでゲームオーバーだが、元々詰んでいる身だ。
ゲーム知識を総動員して、絶対にこのチャンスを掴んでみせる。
「オーケー、やってやろうじゃんか」
決意と覚悟を新たに、俺は今後の方針を定めていく。
まずは裏ボスを手に入れる。
全ての話はそこからだ。
◆
翌日、姉さんから境内の鍵を借りた俺は、早速神社へと向かった。
スマホの地図アプリと姉さんが用意してくれた案内図のお陰で、
しかしあの『桜花』の街を自転車で駆けまわる事が出来る日が来るなんて夢にも思わなかったな。
パッと見は都市部に見えなくもないんだが、所々に高層ビル大の巨木があったりして見てて本当に飽きないよ。
「ダンマギの世界に来たんだなぁ、俺」
そんな事をしみじみと噛みしめながら走っていると、いつの間にか目的地へと辿り着いていた。
今では信仰の廃れてしまった古い神社。
かつて清水家の遠い祖先が運営していた社なんだが、今では神職に就く者もおらず、お袋から鍵を受け取った姉さんが定期的に掃除に来る程度の寂れ具合。
いや、普通はこんな所に裏ボスがいるとは思えないよな。
姉さんから貰った鍵を使い、境内へ向かう扉を開けてみる。
がちゃり、と小気味よい音が聞こえて錠が外れた。
「じゃあ、行くか」
リュックサックの中から懐中電灯を取り出し、そのまま薄暗い境内の中をまっすぐ進む。
いかにも何かが出そうな雰囲気の暗がりだが、特に何かと鉢合わせる事も無く俺は目的地へと辿り着いた。
「ここだな」
懐中電灯の光が闇の中心を照らす。
そこに
広い空間に、たった一体だけ置かれた少女の仏像。
信仰の廃れた古い社に祭られた一体の神像。
この像の前で古文書の言葉を説けば裏ボスへの道に繋がるはずなのだが……。
「とりあえず、やってみるか」
俺は記憶の中に眠る古文書の言葉を唱えた。
「万象照らす天つ日の
失くし亡くされ無きぬれば
いざや導け因果の果てへ」
決して長くはないその中二ポエムを詠み終えた俺は、
多分あっている筈だ。というか合ってないと全部パァだ。
「頼む裏ボス。どうか俺の声に答えてくれ」
俺は祈った。ひたすらに祈った。
異世界に来て早々に神頼みとか格好悪過ぎるよな。
でも今の俺にはこれしかないんだ。
倫理とか美徳とかそんな強い拘りをもって生きれる程
「万象照らす天つ日の
光隈なき時の帳
失くし亡くされ無きぬれば
いざや導け因果の果てへ
万象照らす天つ日の
光隈なき時の帳
失くし亡くされ無きぬれば
いざや導け因果の果てへ
万象照らす天つ日の
光隈なき時の帳
失くし亡くされ無きぬれば
いざや導け因果の果てへ……!」
出てきてくれ最強の精霊よ。俺達にはお前の力が必要なんだ。
どうか姉さんを(ついでに俺を)助けてくれ!
『起動プロトコルを確認/生体認証クリア/
暗闇の中に響き渡る無機質な声。それと同時に目の前の神像が眩い光を放ち始めた。
あぁ、これだ。これを待っていた。
光りなき社に差し込む輝き、感情を感じさせない電子の言葉。
これぞまさしく――――
「裏ボスのイベントだ!」
俺は白い光に包まれる社の中心で、一人忙しなくガッツポーズを決めるのだった。
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