第一話 泣きゲー展開なんざ糞喰らえ














「ちょっとキョウ君!」



 パタパタと階段を駆け上る音が聞こえてくる。



 しまった! 騒ぎ過ぎて家の人に不信がられたらしい。



 どうする、どうすると錯乱する俺。



 だが何が出来るでもなく、凶一郎の部屋のふすまは、開けられてしまった。



「もう、そんなに騒いだらご近所さんに迷惑ですよ!」



 現れたのは制服姿のお姉さんだった。




 黒髪ストレートのミドルヘア―をたなびかせながら、優しそうな目元をキュッと吊り上げて怒ってますよアピールをする謎の美人さん。



「いや、あのすいません。これは、なんというか――――」



 そこまで喋ってはたと気づく。このお姉さん、もしかして……



文香ふみか、さん?」




 目元のほくろに色っぽい恵体、そして何より俺の好きな実力派声優のウィスパーボイス。




 間違いない。彼女はダンマギに出てきた文香さんだ。





 夢にまで見たギャルゲーの女性キャラの、しかもあろうことか推しキャラの登場に、俺は凶一郎である事も忘れてその場で打ち震えた。





 やべぇ……! 生文香さん、超可愛い。その麗しい姿を拝んでいるだけで、心の中の汚い何かが浄化されそうだ。





 心の中でやっぱダンマギって神ゲーだったんだなと再確認する俺をよそに、文香さんは困り顔でその美しい声をお聞かせ下さった。





「もう、どこでそんな変な呼び方を覚えたんですか。あんまりふざけているとお姉ちゃん怒りますからね」

「ご、ごめんなさいお姉ちゃ……ん?」




 今、なんつった? 



 お姉ちゃん? 文香さんが? 誰の?




「そうです。キョウ君の大事なお姉ちゃんですよ。 ……? どうしましたキョウ君? そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして」






 凶一郎キョウくんのだったぁああああああっ!




 待って。本当に待って。文香さんが凶一郎の姉?




 何その冗談ハハッウケる。下手したら種族が違うんじゃないかってくらい顔が似てねぇのに姉弟きょうだいとか……いや、待てよ?



 一見すると到底信じられない話ではあるが、可能性はゼロじゃない。



 何せ文香さんは最後まで名字不詳のキャラクターだった。




 そしてイベントの最中に『最愛の家族だった弟が最近精霊に襲われて……』とか気になる事を言っていた気もする。




 でもだからって凶一郎と文香さんが家族? っていう事はもしかして文香さんの本名って清水文香?




 明かされた衝撃の事実に、俺のつたない脳はパンク寸前だ。文香さんがお姉ちゃん。文香さんがお姉ちゃん。文香さんがお姉ちゃん。感動とショックと嬉しさで、なんだかどうにかなっちまいそうである。





「もう、今日のキョウ君はちょっと変ですよ」





 慌てふためく俺の姿を見て小さく溜息をつく文香さん。




 そんな姿もたまらなく素敵だった。









 ここまでの状況を整理してみよう。




 現在俺は清水凶一郎である。




 大人気恋愛シミュレーションRPG『精霊大戦ダンジョンマギア』の最雑魚イキリ糞野郎にして、チュートリアルの中ボス担当である凶一郎。





 このままシナリオ通りに事が運ぶとすれば、俺の未来は主人公にイキッた挙げ句、フルぼっこにされ、その後ポッと出のボス敵に食われて死ぬという悲惨な物である。




 当然ながら、そんな結末は認められない。問答無用で却下である。




 だから大前提として俺はこの死亡フラグを叩きおらなければならんのだ。




 もちろん、この世界がダンマギと似ているだけの別世界という可能性はある。





 けれど、その可能性に賭けて何もしないっていうのは幾らなんでも楽観的すぎるだろう。




 よって出来る限りの情報収集をしつつ、波風立たない生活を心がける。イキり散らして主人公様に突っかかるとか論外だ。



「文香……姉さん。変な事聞くけど、今って『皇歴』何年だっけ?」




 夕食時。二人だけの居間で、俺は文香さんの作ってくれた和風おろしハンバーグを頬張りながら、思い切って聞いてみた。




 しかしあの文香さんがお姉ちゃんになって手料理振舞ってくれるとか、この世界最高過ぎだろ。




 味は絶品だし、何より温かい。



 なんか無性に泣きたくなってくるほど温かくて美味い。



 全く、これで凶一郎でさえなければ本言う事無しなんだけどな!。




「どうしたんですか急に?」




 怪訝そうな顔を浮かべる文香姉さん。




 そりゃあ、そういう顔になるよな。普通に暮らしてたら「今が何年」なんて忘れるわけないんだし。



「いや、なんかド忘れしちゃってさぁ。ほら、俺ってそういう所あるじゃん?」



 とりあえず軽いノリでそれっぽい言いわけを並べてみる。ゲーム内でのあの軽薄そうな格好を見るに凶一郎はきっとこんな感じのキャラの筈だ。……多分。




「もうっ、仕方ないですね。普段から喧嘩ばっかりしているから、そういう大切な事も忘れちゃうんですよ」

「ご、ごめん。姉さん」




 どうやら予想は的中したらしい。しかし年号を忘れていてもすんなり受け入れられるとか凶一郎馬鹿すぎだろう。我が事ながら悲しくなってくるよ。





「今年は皇歴1189年です。もう忘れちゃ駄目ですよ」


「ありがとう姉さん。それと、今日の料理本当に美味しいね。特にこのお吸い物最高だよ。鯛の出汁とゆずの香りが絶妙にマッチしてて――――」





 これ以上ボロが出ないように、俺はひたすら姉さんの料理を褒めちぎった。




 嘘や偽りではなく、姉さんの料理はどれも絶品だったのでその後の会話の流れはスムーズにいったと思う。




 学生でこれだけ美人なのに料理も完璧とか文香さん隙が無さ過ぎだろ本当。




「もうっ、そんなにおだててもおかわり位しか上げませんからね」



 そう言って空になった二人分のお茶碗を、とてとてと台所に運んでいく姉さん。



 照れてくれる所も、どさくさに紛れて自分もおかわりしちゃう所も最高に可愛い。




「皇歴1189年か……」



 台所で嬉しそうに炊き込みご飯をよそう姉さんの姿にほっこりしながら、俺はひとりでに呟いた。




 前世の記憶が確かならばダンマギ(無印)の物語が始まるのは皇歴1192年。




 凶一郎がイキッて死ぬまでにはまだ多少の猶予があるという事になる。



 大体三年って所か。欲を言えばもう一年早くに転生していれば最良だったんだが、まぁいい。



 三年間必死こいて頑張って凶一郎の破滅ルートを回避してやろうじゃないか。









 夕食を終えた俺は、姉さんと仲良く洗い物をしながら、それとなく色々な情報を引き出した。



 お陰で大体凶一郎の置かれている状況は理解する事が出来たので、情報収集の成果は上々と言える。




 姉さんに聞いて分かった事は凡およそ三つ。




《分かった事その①ここはダンジョン都市『桜花』の居住区であり、俺達清水姉弟は、学生であるという事》




 ダンジョン都市って言うのは読んで字のごとくダンジョンが沢山ある都市の事だ。




 ダンマギの世界は基本的にダンジョンと精霊で成り立っている。




 エネルギー関連は大抵ダンジョンで取れる魔法の石でまかなわれているし、精霊のおかげで魔法の真似事だってお手の物だ。




 だからダンジョンや精霊の集まる場所は必然的に栄えていくワケで、ここ桜花もそんなダンジョン都市の一つである。……少なくとも今はまだ、そういう扱いの筈だ。






《分かった事その②清水姉弟は二人暮らしである》




 凶一郎と文香姉さんの両親は数年前に落盤事故で他界してしまったらしい。




 これは正直、覚悟していた部分はある。



 ダンマギで出てきた文香さんは、十八という若さにも関わらず自分は孤独の身だと言っていた。




 だからある程度予想はしていたのだが、それでも実際その話を聞かされた時はこたえたよ。




 遊びたい盛りの姉さん残して逝っちゃうなんてあんまりじゃないか。




 なんでJKにすらなってない娘さんが、母親の真似して凶一郎なんて育てなきゃならねぇんだよ。





 おまけに姉さんは……。






「キョウ君。ありがとう。お皿洗いを手伝ってくれるなんて成長しましたね」




 頭を撫でようとしてくれたのだろう。

 ゆったりとした手の平が俺の頭に被さる――――



「うっくっ、ごめんなさい。ちょっと」



 ――――直前になって姉さんは小さくき込んだのだった。



「大丈夫、姉さん!?」


「大丈夫ですよー。ケホッ。ちょっと風邪の直りが遅いだけですから。コホッコホッ」





 咳に苦しみながらも、精いっぱい元気に振舞う姉さん。




 けれど、姉さん。俺は知ってるんだ。それが風邪じゃない事も、そして姉さんの中に巣食うソレが後三年と少しで貴方の命を奪う事も。






《分かった事その③ここはダンマギの世界そのものであり、清水文香は三年後に他界する》











 ダンマギはストーリーに定評のある作品だった。




 抱腹絶倒必死のコメディパート、思わず血が滾らずにはいられない怒涛のバトルシナリオ、そして迎える各ヒロインルートのフィナーレでは、毎回涙腺崩壊級の感動爆弾を投下してくる。




 笑い、萌え&燃え、そして感動。



 どこを取っても隙のないその構成と筆力は、本当に人間が作ったものなのかと疑いたくなる様な出来であり、まさに神作品と呼ぶべきクオリティをダンマギは毎回プレイヤー達に提供してくれた。




 そんなダンマギの物語の中で、サブキャラクターの文香さんを中心として描かれたイベントは、『やるせなさ』に特化したシナリオとして多くのプレイヤーに認知されている。




 イベント名<最後の瞬間を、君と>




 夏休みの後半にふとしたきっかけで文香さんと知り合った主人公が彼女と仲良くなり、そして最後の時を穏やかに迎えるまでを描いた物語だ。




 病院のベッドで主人公と会話する姉さんの健気さとか、主人公が必死になって姉さんを治そうと駆けずり回るあのシーンとか、夏の終わりに姉さんが感謝の言葉を伝えながら逝くあのシーンとか、このイベントの感動ポイントを上げればキリがないのだが、今大事な事は一つである。




 このままでは姉さんは確実に死ぬ。





 ダンマギのシナリオ通りならば姉さんの身体を蝕んでいるのは呪いである。




 悪しき呪術師の通り魔的な呪いにより、姉さんは本人すら知らない間に命を侵されていたという設定だったはずだ。



 遅行性でじわじわとその身体を蝕んでいき、やがて宿主を死に至らしめる最悪の業病。




 特殊な精霊術とアイテムを用いる事で発生可能なこの呪いの厄介な所は、その進行と共に、あらゆる治癒に対して耐性を持つという事である。




 ゲームの中の姉さんは、最早あらゆる精霊術アストラルスキルや回復アイテムを以てしても一切治らないという状態にまで侵されてしまい、そのまま息を引き取ってしまった。




 残酷だ。残酷にも程がある。



 姉弟揃って必ず死ぬとかどんだけ理不尽なんですか神様よ。



 清水家の救いのなさに俺は思わず唇を噛みしめた。




 だってそうだろう? 家族を早くに失って必死に生きてきた姉弟がなんで揃いもそろってデッドエンドを迎えなければならない。




 ゲームだったらそれでもいい。必要な死、主人公を輝かせる為の踏み台、盛り上げるための犠牲。大いに結構だ。諸手を上げて歓迎する。




 けれどそれが現実に置き換えたらどんだけ不条理なのかという事を、俺はこの凶一郎の身体に乗り移った事で初めて知った。




 かませ犬? 意義のある死? そんな主人公様のご機嫌伺いの為になんで俺達姉弟が犠牲にならなければならないんだ。



「姉さん。俺決めたよ」




 苦しそうに咳き込む姉さんの肩をさすりながら、俺は心の底から誓うのだった。



「この世界の理不尽なお約束なんて全部まとめてブッ潰してやる」













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