チュートリアルが始まる前に~ボスキャラ達を破滅させない為に俺ができる幾つかの事

髙橋炬燵/ハイブリッジこたつ

第一部 結成編

第一章 チュートリアルが始まる前に

せめて生存ルートのあるキャラに転生したかったと嘆くプロローグ









 俺の人生は、概ねギャルゲーとウェブ小説で出来ていた。


 仕事をこなし、ウェブ小説を読み、飯を食べ、ギャルゲーをやる。


 それだけの生活。それだけの毎日。

 世間から見ればさぞや退屈で、孤独な人生に見えただろう。


 でも俺はそんな生活が大好きだった。充分満ち足りていたんだ。


 そりゃあ先々の事を考えると、少し憂鬱ゆううつになったりすることもあったさ。

 なにせ俺ときたら、嫁はおろか彼女いない歴=年齢っていう典型的な負け犬人生を送っていたからな。


 けれどまぁ、経済的にはそこそこ豊かだったし、何より俺にはギャルゲーとウェブ小説という最高の相棒達がいたから寂しくはなかったよ。


 ……寂しくは、なかった。


 だけど時々、無性に虚しい気持ちになって、大人げなくギャルゲーやウェブ小説の主人公をうらやんでしまう瞬間があったんだ。


 “あぁ、俺もあんな楽しい世界で暮らせたらなぁ”って。


  主人公なんて贅沢は言わない。主人公の友人や、モブポジション。なんだったらエリートのかませ犬キャラとかでも全然構わない。



 ――――そんな風に、考えていた時期もありましたよ、えぇ。






「だからって……これはねぇだろうがぁっ!」



 俺こと清水凶一郎しみずきょういちろうは、鏡の前で叫喚きょうかんした。



 さもありなん! 目を覚まして、姿見に映る顔を見てみたら、見知ったゲームに出てくる極悪人相が俺と同じポーズで驚いているんだもの。


 透明な鏡の中に映る悪人面。安っぽいカラーワックスで染め上げたアッシュグレイの髪の毛が兎に角痛々しくて見てられない。



 意味が分からなかった。いや、意味は分かるが理解したくない。



「転生した? いや、憑依といった方が良いのか? 俺が、清水凶一郎に……なっている?」



 疑問符の答えは鏡の中にあった。どこからどう見ても見覚えのあるゲームのキャラだ。

 夢かと思い頬をつねって見たけど普通に痛い。



「(現実だ)」



 現実だった。ガチでリアルに清水凶一郎になってやがる。何たる衝撃。何たる暗澹あんたん。状況を理解すればする程に、焦りと絶望感だけが増していく。


「よりによって、なんでコイツに……」


 白状しよう。俺は確かに常日頃からギャルゲーの世界に行ってみたいと思っていた。


 それは認めるし、今だってあの淡い憧憬どうけいを忘れた訳ではない。


 だけど、これはない。あってはならない。


 清水凶一郎。


 それは伝説の恋愛シミュレーションRPG『精霊大戦ダンジョンマギア』シリーズにおけるやられ役の代名詞的存在であり、また、どのルートでも必ず死ぬ哀れな男の名前でもあり、そしてついでに今の俺だった。



 ◆


 精霊大戦ダンジョンマギア。それは近年の国内製RPGにおいて最も売れているゲームタイトルの一つである。


 魅力的なキャラクター、広大な世界で繰り広げられるファンタジーライフ、奥深い戦闘システムに笑いあり涙ありのストーリーといったジャンルとしての面白さと、色々な意味で一筋縄ではいかないRPG部分の高難易度はちゃめちゃぶりがウリの『ダンマギシリーズ』、そんな有名タイトルの中において、彼の存在はある意味においてとても目立っていた。


 清水凶一郎。


 彼はダンマギシリーズの第一作目『精霊大戦ダンジョンマギア(通称無印)』の登場人物で、主人公達が初めて戦う事になる中ボスである。


 大作シリーズの初代中ボスなんて美味しい役じゃないのと思う方もいらっしゃるかもしれないが、残念ながらそれは大いに間違った考え方であると言わざるを得ない。


 何故ならこの男、清水凶一郎は、自由度が売りのダンマギにおいて、全ルートで必ず最初に死ぬ事が約束されたほぼ唯一のキャラなのだ。


 プレイスタイルや所属する派閥次第で色々なキャラクターの様々な側面が見られることに定評のあるダンマギシリーズの中で、『序盤に出てきて必ず死ぬ』というのはそれだけで圧倒的な個性であり、おまけにコイツと来たら


『ひゃっはぁあああああああああああああっ! オレ様の精霊術アストラルスキルにひれ伏しなぁあああああああぁっ!』


 等というお下劣極まりない文言を、平気で抜かせちゃうタイプなのである。


 断っておくが、ダンマギの文明設定はモヒカンが徒党を組んで村を襲う様な世紀末ポストアポカリプスではない。


 剣と精霊術(魔法のようなものだと考えてくれればいい)の世界観にSFをミックスさせて学園物で包んだナンチャッテ異世界風味といった感じのファンタジーワールドがこのシリーズのウリであり、基本コンセプトである。


 そんな中で『ヒャッハー』と奇声を上げながら主人公に襲いかかって来る凶一郎は完全に危ない人であり、そして当然の様に登場人物の中でも浮いていた。

 これだけならまだいい。良くはないが、まだ目を瞑れる範囲内である。


 しかし残念ながら、そして恐るべきことに、この男のダメっぷりには先があるのだ。


 清水凶一郎――――彼は、弱い。ハチャメチャに弱い。ネタキャラとしての地位を確立してしまう位に弱いのである。


 まぁ、当然と言えば当然なのだ。

 何せ清水凶一郎の立ち位置は、チュートリアルの中ボスである。


 チュートリアルの中ボス。要するに、戦いを通してボス戦というものがどういったものなのかという事を、プレイヤーに教える為に作られたキャラクターなのだ。


 だから彼の弱さは運営の意図した『弱さ』であり、チュートリアル相応といえばそれまで(とは言いつつも、そのすぐ後に戦うことになる本番(ボスキャラは、ちゃんと手強いので、やはり凶一郎だけが浮いている)なのだ。


 しかし敢えて言おう。この男の『弱さ』は、そういった大人の事情を差し引いたとしてもなお酷い。


 何故か? 答えは簡単だ。


 彼は武器も防具も持たない様な状態で、三人パーティ相手に三ターンに一度しか攻撃してこない糞雑魚のんびりやさんなのである。


 エキセントリックな言動を携えて、突然主人公の前に現れた中ボス。

 初めての強敵相手にドキドキしながらゲームを進めるプレイヤー。


 しかし、そんな緊張感を嘲笑うような凶一郎の行動パターンがこちらである。



 一ターン目:精霊術で敵を眠らせる(単体)

 二ターン目:精霊術で敵の防御力を下げる(単体)

 三ターン目:パンチ(単体&糞雑魚)

 四ターン目:精霊術で敵を眠らせる(単体)……以降ループ


 お分かりいただけただろうか。


 この男は貴重な戦闘ターンの内の三分の二を弱体化デバフや状態異常(単体)に費やしているのである。

 しかもここまでお膳立てして繰りだしたパンチの威力がまた死ぬほど弱いんだ。


 ぶっちゃけデバフかけられた状態で殴られても最下級の回復技一発で全快されるからね。二ターンも費やした準備期間の果てに繰り出される攻撃がカスダメって逆にスゴいよな、ホント。


 まぁそれでも、仮にバトル形式が一対一のタイマンであったのならば、やつもそこそこ強い中ボスになれただろう。攻撃手段が乏しいとはいえ、状態異常と弱体化でジワジワ敵を痛ぶっていくという戦法スタイル自体は悪くないからな。


 だけど現実は非情である。対峙する主人公達は三人パーティーな上、その中の一人は聖女の名を冠するぶっ壊れヒーラーなのだ。

 

 故に、単体糞雑魚野郎に勝ちの目はない。万に一つもありはしない。約束された敗北に向かってレッツゴーというわけだ。


 こうして主人公達にフルボッコにされたポッと出のイキリ糞雑魚野郎清水凶一郎は、その後これまたポッと出で現れた真のボス敵に食われて役目を終える。


 イキッて、ボコられて、食われて死ぬ。


 これがダンマギにおける凶一郎の唯一にして無二の役割である。醜態(しゅうたい)さらして死ぬのがお仕事なんて、とっても楽チンだね。ハハッ


「ハハッ、ハハハハハッ……うっ、うぅっ……」



 俺は泣いた。しこたま泣いた。なまじ末路が分かっているだけに、余計に絶望感が込み上げてくる。



「こんなのって、こんなのって、あんまりにもあんまり過ぎるだろうがよぉっ!」


 こうして俺の異世界生活は、突如として、そして最悪の役回りで始まりを迎えたのである。


 












 

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