65.感情とは我が侭なのですね
根回しは終わったとお父様が仰ったので、私はカスト様と一緒に執務室へお伺いしました。そこで貴族から提出された案を書類で受け取り目を通します。無茶な要求が並んでいたらどうしよう。リーディア様が王妃だった頃、そういったお話をいくつも聞いていました。
側妃を娶るよう進言した貴族は、己の妹を送り込んだそうです。賛同した貴族は姪や娘を。そうして後宮の部屋がすべて埋まるほどの女性が押し掛けたとか。最終的にお手付きにならなかったご令嬢方は、結婚のために後宮を去った。
その間に王妃の地位を何度も脅かされそうになった。私にも同じことが起きるのでしょうか。カスト様が他の女性を娶るなど嫌です。弟ダヴィードにご令嬢方が群がる姿も見たくありません。お父様とお母様の間を引き裂く女性の出現も我慢できませんわ。
震える手で開いた提案書を読み、私は驚きでお父様の顔を見つめました。
「書いてある通りだ。大規模な領地替えを行うことになった。新しい王国が始まるのに、爵位や領地が以前のままでいいのかと議論が白熱し、最終的にこの形が望ましいと落ち着いたのだ」
大量の書類を片付けた机に広げたのは、大きな地図です。想像と違い過ぎて、茫然と地図を眺めました。手を添わせた地図は、以前の領地が記されています。その上から様々な人の筆跡で家名が記されていました。境界線も変わっているようです。
「これは……」
「王家から分かれる公爵家なら、王都にすぐ駆け付けられる距離がいい。そう言って、アナスタージ侯爵が領地を半分提供した。そこへ隣のアネーリオ伯爵が領地の交換を申し出て、旧シモーニ領の一部へ移動となる。テバルディ子爵家、トスカーニ子爵家も旧シモーニ領との交換希望が出ていたな」
「テバルディとトスカーニは、父方のピザーヌ伯爵家の一族ですね」
カスト様がにっこりと笑って付け足します。それからも領地替えに関する話がたくさん出て、最終的にいくつかの家が昇格したと聞きました。最後に残った空白地は、王都の東側にある領地でした。周囲を森に囲まれた美しい場所で、かつて王家の直轄地があった土地を含みます。
「皆様が、これを?」
「そうだ。ルナが尽力した家が協力してくれた。皆、おまえの叙爵を楽しみにしているよ」
叙爵――この私が? 慌てて隣のカスト様を見上げます。通常、貴族家の相続や叙爵は男性のはず。いくら王女の私であっても、公爵へ嫁ぐ形ではないのですか?
「女公爵になった君の夫になる日が待ち遠しいな」
微笑むカスト様のお顔に嘘は感じられなくて、頬が緩みました。
「カスト様が公爵閣下になるのだと思っておりましたわ」
「王家の宝であるルナを娶るとあれば、どんな地位があっても足りませんよ。それこそ、どこかで国を興すか乗っ取らないとね」
国王の地位が必要と笑うカスト様に、私は首を横に振りました。絡めた腕に身を寄せて、肩に首を預けます。
「私はカスト様が国王でなくて良かったです。だって、たくさんの奥様の一人では我慢できませんもの」
王族は数多くの側妃がいるもの。その認識は間違っていないと思うのです。国を継ぐ者は多くの王子や王女の中から優秀な者を選び出し、強い国家を維持する。それでこそ、民も安心して国のために働いてくれるでしょう。
王妃や側妃の役割を頭で理解しても、感情は我が侭でした。私の夫に触れないで、私のものよ。そう叫びたくなるのです。だから、国王でなくて良かった。カスト様は私だけの夫でいてくれるんですもの。嬉しそうに笑うカスト様と私を見て、お父様はほっとしたお顔をなさいました。
ご心配をおかけしましたが、私達のことを考えてくださった貴族の方々と手を取り合い、ダヴィードを支えていく未来が楽しみです。
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