52.私に見える現実という虚構

 お父様の元へ手紙が届いた。いえ、手紙というより報告書でしょうか。事実と結果を記した公式書類のような文面です。一番上に署名と血判が押された誓約書がありました。


 カスト様と並んで座る私の前に、書類が置かれています。緊張で渇いた喉がごくりと動きました。カスト様の腕が私の肩を温めるように包んでくれたので、気持ちが前向きになりますね。


「読んでも読まなくてもいいが、知らせない選択肢はないからな」


 お父様はシモーニ公爵家当主です。優しいお顔だけでなく、癖が強い分家を纏めながら動かす方でした。私が知らないご苦労をなさってきたお父様だからこそ、隠そうとしないのでしょう。


 この家を継ぐのは弟のダヴィードに決まっていますが、姉の私も分家の空席を埋めるために領地に留まる予定でした。その領地はこの本家からも近く、数時間で行き来できる便利な場所です。その領地をカスト様と一緒に治める予定なので、今後は政や領地経営も覚える必要がありました。


 これは私とカスト様への、ひとつの試金石ではないかと思います。嫌なことから逃げるだけなら、私はこのまま成長出来ない。覚悟を決めて、先に手を伸ばしました。カスト様は私の動きを待って、手元の書類を一緒に覗き込みます。


 誓約書は、アナスタージ侯爵家の当主の印が鮮やかでした。その脇に押された血判が、重要性を物語ります。基本的な知識はすでに王子妃教育で学んでいました。これは離反せず従属する証でしょう。


 幾人も宰相や王妃を輩出した名門貴族が、シモーニ公爵家の傘下に入る。臣下の誓いに等しい誓約書が重く感じられ、手が震えました。そっと支えるカスト様の手が、誓約書をテーブルに戻します。代わりに報告書を拾い上げました。


 王家の解体、王妃……いえ今はリーディア様とお呼びするのが相応しいでしょうか。リーディア様は息子のパトリツィオ様と、ご実家に身を寄せられる。側妃の実家はすでに貴族ではありません。爵位と領地を王家に返上しています。戻る家がない彼女は、今後、平民として生きていく道しか残されていませんでした。


 気の毒と同情するほどお付き合いはありませんので、事実を淡々と受け止めます。アルバーノ様はアナスタージ侯爵家が責任を持ってと記されていました。


「カスト様、この処置とはどのような?」


「アナスタージ侯爵の領地内で暮らすという意味でしょう。元国王陛下が歩き回れば、周囲は気にしますから。しっかり領地内で面倒を見る約束ですね」


 お父様も頷くので、同じ意見のようです。何となく不穏な響きのような気がして、怖かったのですが。安心いたしました。ヴァレンテ様も平民になられているので、愛するモドローネ男爵令嬢と結婚しているのかしら。そこへ実のお母様が合流なされば、幸せに暮らせるでしょう。


 私の予測を聞いて、お父様もカスト様も「そうだね」と同意をくれます。王家は無くなりましたが、これで良かったのです……きっと。

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